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=== キリスト教 ===
対して、将来にユダヤを復興するメシア王を約束する『旧約聖書』を、キリスト教徒は[[イエス・キリスト]]の出現を約束する救済史として読む。『旧約聖書』の代名詞にも使われる「律法」はもはやキリスト教徒の戒律ではないが、キリスト教徒にとっては『旧約聖書』の完成がイエス・キリストとその使信であり依然として重要な意義をもっているとされている。
 
旧約聖書の語そのものが神学的、信仰的な意味を持っており、キリスト者以外がこれを旧約聖書と呼ぶ義務はない<ref>[[アリスター・マクグラス]]『キリスト教神学入門』[[教文館]] p.226</ref>。
 
旧約聖書は「律法と預言者と諸書」、「律法と預言者と詩篇」([[ルカによる福音書|ルカ]]24:44)、「律法」([[マタイによる福音書|マタイ]]5:17-18、[[ヨハネによる福音書|ヨハネ]]10:34)と呼ばれていた。旧約聖書と[[新約聖書]]を合わせて「律法と預言者および福音と使徒」(アレキサンドリアのクレメンス、[[テルトゥリアヌス]])、「律法と福音」(クラウディウス、アポリナリウス、エイレナイオス)と呼ぶ表現があり、[[アウグスティヌス]]が引用した[[アンティオキアのイグナティオス|イグナティウス]]の「新約聖書は、旧約聖書の中に隠されており、旧約聖書は、新約聖書の中に現わされている。」ということばは有名である<ref>[[尾山令仁]]著『聖書の権威』[[日本プロテスタント聖書信仰同盟]] (再版:[[羊群社]]) p.100</ref>。
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[[詩篇]]で祈る伝統は古くからあった。これは、[[正教会]]が[[聖詠]]と呼ぶものである。旧約時代に詩篇は歌われていたが、今日でも[[詩篇歌]]があり、[[改革派教会]]には[[ジュネーブ詩篇歌]]がある<ref>[[森川甫]]『フランス・プロテスタント-苦難と栄光の歩み』</ref>。
 
キリストを知るまでは神を知ることは出来ないので、旧約は不必要だとする見解に対し、[[日本キリスト改革派教会]]の創立者である[[岡田稔]][[牧師]]は「キリスト教の宣教の最初は旧約聖書の知識がある人に福音が伝えられたため、イエス・キリストが救い主であると伝えればよかったが、真の神を知らない異教徒の日本人に福音伝道するためには、旧約聖書が必要である」と述べている<ref>[[岡田稔]]『キリストの教会』小峯書店</ref>。[[中央神学校]]のチャップマン教授は、旧約聖書には異教の偶像崇拝について書かれてあるが、戦前の教派はその旧約聖書の知識を欠いていたために、神社を参拝する偶像崇拝に対してもろかったと指摘する<ref>中央神学校史編集委員会『中央神学校の回想-日本プロテスタント史の一資料として』</ref>。チャップマン教授は日本で旧約聖書の大切さを早くに主張した<ref>[[中村敏]] 『日本における福音派の歴史』いのちのことば社 p.41</ref>。
 
[[宗教改革]]者、[[ピューリタン]]<!--、[[チャールズ・スポルジョン]]、[[マーティン・ロイドジョンズ]]-->などは旧約聖書から説教を行ったが、[[高等批評]]、[[自由主義神学]]の影響により、今日では旧約聖書から説教することが少なくなっていると言われる<ref>[[マーティン・ロイドジョンズ]]『旧約聖書から福音を語る』[[いのちのことば社]]</ref>。
 
== 旧約聖書の成立過程 ==
{{main|正典化|3段階正典化説}}
『旧約聖書』は断続的かつ長い期間に渡り、立場の異なる多くの人々や学派のようなグループが関わり、何度も大きな増補・改訂・編纂が行われ、その過程はかなり複雑なものであったとも推測されるが、異論もあり、いまだに定説を見ないのが現状である。聖書の記述には誤りが無いと信じるプロテスタントの[[福音派]]は、旧約聖書は聖書記者によって書かれた時から正典としての権威を持っていたと認め<ref>[[尾山令仁]]著『聖書の権威』[[日本プロテスタント聖書信仰同盟]]</ref>、[[申命記]]4:2「私があなたがたに命じることばに、つけ加えてはならない。また減らしてはならない」という記述等から、増補・改訂はなかったとする。一方、[[自由主義神学]](リベラル)では聖書は段階的に正典化されていったとする<ref>『新聖書辞典』[[いのちのことば社]]</ref><ref>[[尾山令仁]]『キリスト者の和解と一致』地引網出版</ref>。
 
{{main|正典化|3段階正典化説}}
 
=== 四資料仮説 ===
{{main|文書仮説|高等批評}}
歴史的キリスト教会が、[[モーセ]]を記者であるとしてきた[[モーセ五書]]([[創世記]]・[[出エジプト記]]・[[レビ記]]・[[民数記]]・[[申命記]])に関しては、それを否定する[[文書仮説|四資料仮説]]が19世紀より唱えられリベラル派の旧約聖書学の標準学説として知られている<ref>R.E.フリードマン著(松本英昭訳) 『旧約聖書を推理する』 海青社、[[1989年]]、ISBN 4-906165-28-1、序章部で四資料仮説の要約史が読める</ref>。それただし、この四資料仮説はあくまで仮説よれば過ぎずソロモン王国時代に[[ヤハウェスト]]と呼ばれる個人ないしグループが主に南の部族伝わ伝承を基まで完全して「J資料」を書い合意され。そ後、分裂後の北イスラエル王国[[エロヒスト]]と呼ばれる個人ないしグループが。近年においては「J資料」とは異なる伝承を例えば日本督教団出版して「E資料」を書き、これらよる創世記注解時点で編纂されてひとつ仮説まとめられ。おそらくは北イスラエル王国の滅亡時にユダヤ王国へ亡命してきた人々がE資料をユダヤ王国にもたらして、そこでまとめられたのだろう。これを「JE資料」ない明言する。さらにユダ王国末期になど、[[申命記記者]]と呼ばれる個人ないしグルーメインライン・ロテスタント|プロテスタントに[[申命記流派]]から[[ヨシュア記]]以降[[列王記]]までの歴史書を書いて付け加えたこれを「D資料」と呼ぶメインライン。最後バビロン捕囚期に祭司階級に属する個人もしくはグループが別に保持していた資料を用いて加筆編纂を行った(この加筆部分を「P資料」と呼ぶ)。この仮説によも退けらば、つつある<ref>月本昭男『創世記の1章1節から2章3節まではP資料、それ以降から第4章まではJ資料である。また、ノアの箱舟や、注解』日本基督教団エジプト記の葦の海でもJ資料とP資料が繋ぎ合わされている、とする版</ref>
 
=== ユダヤ教での正典化 ===
ただし、この四資料仮説はあくまで仮説に過ぎず、細部に至るまで完全に合意されたものではない。J資料などは執筆時期をバビロン捕囚期とする説もあり500年くらい振れ幅がある<ref>四資料仮説については、『新版 総説 旧約聖書』 日本キリスト教団出版局、2007年、ISBN 978-4-8184-0637-7、pp.137-141や、W.H.シュミット著(木幡藤子訳) 『旧約聖書入門 上』増補改訂版 教文館、2004年、ISBN 4-7642-7145-1、pp.79-93 などを参照</ref>。それでも、バビロン捕囚期にモーセ五書から列王記までが編纂されたであろうことは学者たちの間でおおよそ合意されており、これに各種の預言書や諸書が時代を経るに従って順々に執筆されて付け加わっていったものと推測される。
[[モーセ五書]]」は、[[紀元前4世紀]]頃には正典的な権威が与えられていた。「ヨシュア記」「士師記」「サムエル記」「列王記」の4書は、その後まもなく正典的な扱いを受けた。これをユダヤ教]]は「前の預言書」という。「後の預言書(イザヤ書など預言者の記録)」「諸書(詩歌、知恵文学など)」は、[[紀元前2世紀]]頃に正典的な地位が確立され、ユダヤ戦争]]後にユダヤ教を再編した[[1世紀]]の終わりごろの[[ヤムニア会議]]で正典が確認された。この[[ヘブライ語]]本文を、[[8世紀]]以降、マソラ学者が母音記号等を加えて編集したものが'''[[マソラ本文]]'''で、全24書である。現在のところ、これを印刷体で出版したBHS(Biblia Hebraica Stuttgartensia、1967/1977年の略)が最も標準的なテキストとして利用されている。
 
=== キリスト教での正典化 ===
なおこれらの仮説は、先にも述べたように[[福音派]]は退けているが<ref>ケアンズ『基督教全史』いのちのことば社</ref>、近年においては、例えば日本基督教団出版による創世記注解がこの仮説に立たないと明言するなど、[[主流派 (キリスト教)|プロテスタント主流派]](メインライン)においても退けられつつある<ref>月本昭男『創世記注解』日本基督教団出版</ref>。
これとは別に、紀元前250年頃から[[ギリシア語]]に翻訳された'''[[七十人訳聖書]]'''(セプトゥアギンタ)があるが、現代残されている複数の写本はその数が一致しているわけではない<ref>ローマ・カトリック教会は旧約聖書の12巻を正典としているが、[[ヴァチカン写本]](AD350年)は[[マカバイ記]]1、2を含まず、[[エズラ記]](ギリシア語)を含んでいる。[[シナイ写本]](AD350年)は[[バルク書]]を含まず、マカバイ記4を含んでいる。[[アレクサンドリヤ写本]](AD450年)はエズラ記とマカバイ4を含んでいる。[[尾山令仁]]『聖書の権威』羊群社</ref>。[[パウロ]]を含めたキリスト教徒が日常的に用い、新約聖書に引用されているのも主としてこのギリシア語の七十人訳であり、[[キリスト教]]は伝統的にこれを正典として扱ってきた<!--が、外典と正典は区別されていた。マソラ本文系の写本からは失われたと思われる古い形態を残している可能性が認められる点で文献学上にも重要とされている<ref>秦剛平著 『乗っ取られた聖書』 [[京都大学]]学術出版会、[[2006年]]、ISBN 4-87698-820-X</ref>。マソラ本文と七十人訳聖書では構成と配列が異なる。また「七十人訳聖書」に基づいたラテン語訳の「[[ヴルガータ]]」では、収められている文書は同じだが、正典を39書としている。
 
[[東方教会]][[西方教会]]も長らくこの七十人訳聖書を旧約聖書の正典と基本的にみなしてきたが、その配列や数え方には一部異なるものがある。また西方教会では正教会が正典とみなす文書の一部を[[外典]]とした。
=== ユダヤ教内での正典化 ===
「[[モーセ五書]]」は、[[紀元前4世紀]]頃には正典的な権威が与えられていた。「ヨシュア記」「士師記」「サムエル記」「列王記」の4書は、その後まもなく正典的な扱いを受けた。これをユダヤ教では「前の預言書」という。「後の預言書(イザヤ書など預言者の記録)」「諸書(詩歌、知恵文学など)」は、[[紀元前2世紀]]頃に正典的な地位が確立され、ユダヤ戦争後にユダヤ教を再編した[[1世紀]]の終わりごろの[[ヤムニア会議]]で正典が確認された。このヘブライ語本文を、[[8世紀]]以降、マソラ学者が母音記号等を加えて編集したものがマソラ本文で、全24書である。現在のところ、これを印刷体で出版したBHS(Biblia Hebraica Stuttgartensia、1967/1977年の略)が最も標準的なテキストとして利用されている。
 
=== キリスト教内での正典化 ===
これとは別に、紀元前250年頃から[[ギリシア語]]に翻訳された「[[七十人訳聖書]](セプトゥアギンタ)」があるが、現代残されている複数の写本はその数が一致しているわけではない<ref>ローマ・カトリック教会は旧約聖書の12巻を正典としているが、[[ヴァチカン写本]](AD350年)はマカバイ記1、2を含まず、[[エズラ記]](ギリシア語)を含んでいる。[[シナイ写本]](AD350年)は[[バルク書]]を含まず、マカバイ記4を含んでいる。[[アレクサンドリヤ写本]](AD450年)はエズラ記とマカバイ4を含んでいる。[[尾山令仁]]『聖書の権威』羊群社</ref>。[[パウロ]]を含めたキリスト教徒が日常的に用い、新約聖書に引用されているのも主としてこのギリシア語の七十人訳であり、キリスト教は伝統的にこれを正典として扱ってきたが、外典と正典は区別されていた。マソラ本文系の写本からは失われたと思われる古い形態を残している可能性が認められる点で文献学上にも重要とされている<ref>秦剛平著 『乗っ取られた聖書』 [[京都大学]]学術出版会、[[2006年]]、ISBN 4-87698-820-X</ref>。マソラ本文と七十人訳聖書では構成と配列が異なる。また「七十人訳聖書」に基づいたラテン語訳の「[[ヴルガータ]]」では、収められている文書は同じだが、正典を39書としている。
 
ローマ・カトリック教会が聖書に対する外的権威を教会が付与したとするのに対し、プロテスタント教会は聖書の内的権威を教会が承認したと考えている<ref>[[アリスター・マクグラス]]『キリスト教神学入門』p.224教文館</ref><ref>尾山令仁『聖書の権威』羊群社</ref>。
 
東方教会も西方教会も長らくこの七十人訳聖書を旧約聖書の正典と基本的にみなしてきたが、その配列や数え方には一部異なるものがある。また西方教会では正教会が正典とみなす文書の一部を外典とした。
 
=== プロテスタントとローマ・カトリックの相違 ===
[[西方教会]]内でも[[カトリック教会|ローマ・カトリック]]と[[プロテスタント]]では文書の構成が大きく異なる。
 
[[トリエント公会議]]は聖書正典を旧約46書、新約27書、合計73巻とした。[[プロテスタント]]は旧約39巻、新約27巻の66巻である。
 
==== 宗教改革における対立 ====
西方教会では、[[16世紀]]の[[宗教改革]]時に[[マルティン・ルター]]が聖書を[[ドイツ語]]に翻訳するにあたり、それまで使われていた[[ラテン語]]の聖書([[ヴルガータ]])からではなく[[ヘブライ語]]原典から直接翻訳したため、ヘブライ語聖書に含まれる文書のみを内容とした聖書ができあがった。この「ヘブライ語聖書に含まれる文書のみを内容とした聖書」は、その後多くの[[プロテスタント]]諸派に受け継がれることになった。プロテスタント教会は、原語のヘブライ語で書かれた旧約聖書のみが[[聖書原典]]にあるとして認めている<ref>『[[ウェストミンスター信仰告白]]講解』[[新教出版社]]</ref><ref>[[宇田進]]『現代福音主義神学』[[いのちのことば社]]</ref>。
[[宗教改革]]時代はカトリック教会とプロテスタント諸教派の間に、正典の範囲について議論があったが、双方の間に聖書が絶対の権威を持つことについての異論はなかった<ref>[[和田幹男]]著『私たちにとって聖書とは何なのか』p.188</ref><ref>[[マーティン・ロイドジョンズ]]『教会の権威』KGK新書</ref>。
 
[[16世紀]]の[[宗教改革]]時にプロテスタント教会はウルガータを退け、原語のヘブライ語で書かれた旧約聖書のみが[[聖書原典]]にあるとして認めている<ref>『[[ウェストミンスター信仰告白]]講解』[[新教出版社]]</ref><ref>[[宇田進]]『現代福音主義神学』[[いのちのことば社]]</ref>。
 
ローマ・カトリックは[[トリエント公会議]]([[1546年]])で正典として旧約46巻、新約27巻をあげたが、これは伝承によるとされる<ref>『私たちにとって聖書とは何なのか』p.189-190</ref><ref>[http://history.hanover.edu/early/TRENT.html The Council of Trent](英語)</ref>。
 
これに対して、[[カトリック教会]]は[[トリエント公会議]]([[1546年]])で[[ヴルガータの権威を認めるローマ・]]がカトリックは、39巻教会旧約公式聖書であると確認し、正典に12として旧約46の「、新約27巻をあげた。これは伝承によるとされる<ref>[[第二正典和田幹男]]」を加え、旧約著『私たちにとって聖書と旧約外典を区別せずに用いているは何なのか』p.189-190</ref><ref>[http://history.hanover.edu/early/TRENT.html The Council of Trent](英語)</ref>ローマ・カトリック教会プロテスタントが文書を取り除いたとする<ref>A.E.マクグラス著(高柳俊一訳) 『宗教改革の思想』 [[教文館]]、[[2000年]]、ISBN 4-7642-7194-X p.194</ref><ref>尾山令仁『聖書の権威』</ref>(後掲の一覧を参照のこと)。カトリック教会が聖書に対する外的権威を[[教会 (キリスト教)|教会]]が付与したとするのに対し、プロテスタント教会は聖書の内的権威を教会が承認したと考えている<ref>[[アリスター・マクグラス]]『キリスト教神学入門』p.224教文館</ref><ref>尾山令仁『聖書の権威』羊群社</ref>
 
プロテスタントが「[[外典]]」として排除する書物の一部は、ローマ・カトリック教会との共同訳である[[エキュメニズム|エキュメニカル派]]の共同訳である『[[新共同訳聖書]]』では「[[旧約聖書続編]]」として扱わ掲載されている
{{See also|[[聖書翻訳]]あるいは|[[日本語訳聖書]]も参照のこと)。}}
<!-- 文意がつながらないので、いったんコメントアウト--><!-- 今でも保守的なプロテスタントでは七十人訳の作成時から正典と外典の区別があったと考えられている<ref>-->
 
== 旧約聖書の配列と一覧 ==
=== マソラ本文の配列 ===
以下の区分に従い、分類また配列する。
*律法([[モーセ五書|律法]])(トーラー、原義は「教え」)
*預言者(ネビーイーム)
**前の預言者
146 ⟶ 130行目:
**巻物(メギロース)
 
=== 七十人訳聖書の配列 ===
=== セプトゥアギンタ/ヴルガータの構成 ===
ユダヤ教[[マソラ本文]]と若干分類法が異なり、そのため配列も異なっている。「歴史書」は[[ユダヤ教]]聖書の前の預言者・後の預言者・巻物に対応し、加えてユダヤ教で旧約外典とするものを含む。またユダヤ教で認める書でも「補遺」とされるユダヤ教にない部分をもつ含むものがある。[[正教会]]と[[カトリック教会]]では、伝統的に[[七十人訳聖書]]の配列に基づいた聖書を使用してきた。詳しくは下記の表を参照。
 
(†印…[[セプトゥアギンタ]]に含まれない書物、‡印…[[ヴルガータ]]に含まれない書物、#印…[[正教会]]で正典扱いではない書物、*印…[[カトリック教会]]で正典扱いではない書物、“&nbsp;”内…[[日本ハリストス正教会]]における名称)
 
*モーセ五書
*歴史書
*:うち
**[[歴代誌]]上・下
***[[マナセの祈り]](“マナシアの祝文” 歴代誌下33章)*
***歴代誌の末尾‡*
**[[エスドラ記]]1*・2†#*
**[[エステル記]]
***エステル記補遺
**[[マカバイ記]]1・2・3‡*・4‡*
*教訓書(知恵書)
*:うち
**[[ヨブ記]]
***ヨブ記の末尾‡*
**[[詩篇]](“[[聖詠経]]”、セプトゥアギンタ151篇、ヴルガータ150篇)
*預言書
**大預言書
**[[十二小預言書|小預言書]]
**:うち
***[[ダニエル書]](“ダニイル書”)
****[[ダニエル書補遺]]
*****[[アザルヤの祈りと三人の若者の賛歌]](ダニエル書3章)
*****[[スザンナ (ダニエル書)|スザンナ]](ダニエル書13章)
*****ベルと竜(ダニエル書14章)
**12小預言書
 
=== 諸教派の旧約聖書配列の一覧 ===
{|class="wikitable" style="text-align:center;" cellpadding="2" cellspacing="2"
!ユダヤ教!!正教会!!カトリック<ref group="表" name="hyou1">現在の日本のカトリック教会では[[新共同訳聖書]]を公式に[[典礼]]で使用しており、その配列は本表のプロテスタントと同じで、そこに含まれない[[第二正典]]部分は『[[旧約聖書続編]]』として旧約聖書正典の後ろに掲載されている。</ref>!!プロテスタント
!ユダヤ教!!プロテスタント!!カトリック!!正教会
|- style="background-color:white;"
|[[律法]](トーラー)||colspan="3"|[[モーセ五書]]
184 ⟶ 148行目:
|[[創世記]]||[[創世記]]||[[創世記]]||[[創世記]]
|- style="background-color:#ccf;"
|[[出エジプト記]]||[[出エジプト記|エギペトを出づる記]]||[[出エジプト記]]||[[出エジプト記|エギペトを出づる記]]</td>
|- style="background-color:#ccf;"
|[[レビ記]]||[[レビ記|レヴィト記]]||[[レビ記]]||[[レビ記|レヴィト記]]
|- style="background-color:#ccf;"
|[[民数記]]||[[民数記]]||[[民数記]]||[[民数記]]
|- style="background-color:#ccf;"
|[[申命記]]||[[申命記|復傳律令]]||[[申命記]]||[[申命記|復傳律令]]
|- style="background-color:white;"
|預言者(ネビーイーム):<br/>前の預言者||colspan="3"|歴史書
|- style="background-color:#fc9;"
|[[ヨシュア記]]||[[ヨシュア記|イイスス・ナビン記]]||[[ヨシュア記]]||[[ヨシュア記|イイスス・ナビン記]]
|- style="background-color:#fc9;"
|[[士師記]]||[[士師記]]||[[士師記]]||[[士師記]]
|- style="background-color:#fc9;"
|style="background-color:#555;"| ||[[ルツ記|ルフ記]]||[[ルツ記]]||[[ルツ記|ルフ記]]
|- style="background-color:#fc9;"
|rowspan="2"|[[サムエル記]]||[[サムエル記|列王記]]第一巻||[[サムエル記]]上||[[サムエル記|列王記]]第一巻
|- style="background-color:#fc9;"
|[[サムエル記|列王記]]第二巻||[[サムエル記]]下||[[サムエル記|列王記]]第二巻
|- style="background-color:#fc9;"
|rowspan="2"|[[列王記]]||[[列王記]]第三巻||[[列王記]]上||[[列王記]]第三巻
|- style="background-color:#fc9;"
|[[列王記]]第四巻||[[列王記]]下||[[列王記]]第四巻
|- style="background-color:#fc9;"
|rowspan="22" style="background-color:#555;"| ||[[歴代誌|歴代誌略]]第一巻||[[歴代誌]]上||[[歴代誌|歴代誌略]]第一巻|
|- style="background-color:#fc9;"
|[[歴代誌]]下||[[歴代誌]]下||[[歴代誌|歴代誌略]]第二巻<ref group="表" name="hyou11hyou2">正教会の聖書では、カトリックとプロテスタントにはない「結び」がある。</ref>||[[歴代誌]]下||[[歴代誌]]下
|- style="background-color:#fc9;"
|[[第1エズラ書|エズドラ第一巻]]<ref group="表" name="hyou3">カトリックとプロテスタントでは正典に含まれていないが、新共同訳聖書には『[[エズラ記]]([[ギリシア語]])』として掲載されている。</ref>||style="background-color:#555;"| ||style="background-color:#555;"|
|[[エズラ記]]||[[エズラ記]]||[[エズラ記|エズドラ第二巻]]
|- style="background-color:#fc9;"
|style="background-color:#555;"| ||style="background-color:#555;"| ||[[エスドラ記1|エズドラ第]]||[[エズラ記]]||[[エズラ記]]
|- style="background-color:#fc9;"
|[[ネヘミヤ記|ネーミヤ書]]||[[ネヘミヤ記]]||[[ネヘミヤ記|ネーミヤ書]]
|- style="background-color:#fc9;"
|rowspan="2" style="background-color:#555;"| ||[[トビト記|トビト書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4">プロテスタントの旧約聖書には含まれない[[第二正典]]である。</ref>||[[トビト記|トビト書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/>||rowspan="2" style="background-color:#555;"|
|- style="background-color:#fc9;"
|[[ユディト記|イウヂヒ書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/>||[[ユディト記|イウヂヒ書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/>
|- style="background-color:#fc9;"
|[[エステル記]]||[[エスフィ]]<ref group="表" name="hyou2hyou5">正教会とカトリックと正教会エステル記にはプロテスタント版では含めない103節がある。(『[[エステル記補遺]]』)</ref>||[[エステル記|エスフィル書]]<ref group="表" name="hyou2hyou5"/>||[[エステル記]]
|- style="background-color:#fc9;"
|rowspan="4" style="background-color:#555;"| ||[[マカバイ記|マカウェイ記]]1第一巻<ref group="表" name="hyou1hyou4"/><ref group="表" name="hyou5">[[ヴルガータ]]聖書ではマカバイ書1・2はマラキのあとにおかれている。</ref>||[[マカバイ記|マカウェイ記]]第一巻1<ref group="表" name="hyou1hyou4"/><ref group||rowspan="4" namestyle="hyou5background-color:#555;"/>|
|- style="background-color:#fc9;"
|[[マカバイ記|マカウェイ記]]2第二巻<ref group="表" name="hyou1"/><ref group="表" name="hyou5hyou4"/>||[[マカバイ記|マカウェイ記]]第二巻<ref group="表" name="hyou1"/>2<ref group="表" name="hyou5hyou4"/>
|- style="background-color:#fc9;"
|rowspan="2" style="background-color:#555;"| ||[[マカバイ記|マカウェイ記]]第三巻<ref group="表" name="hyou6">カトリックとプロテスタントの聖書には含まれない。</ref>||rowspan="2" style="background-color:#555;"|
|- style="background-color:#fc9;"
|[[マカバイ記]]4<ref group="表" name="hyou6"/>|
|- style="background-color:white;"
|colspan="3"|知恵文学
|- style="background-color:#9f9;"
|[[ヨブ記|イオフ書]]||[[ヨブ記]]||[[ヨブ記|イオフ書]]
|- style="background-color:#9f9;"
|[[詩篇]]||[[詩篇]]||[[聖詠]]<ref group="表" name="hyou9hyou7">正教会は詩篇が1つ多い。この1篇はダビデに帰され、カフィズマには含まれない。</ref>||[[詩篇|詩編]]||[[詩篇]]
|- style="background-color:#9f9;"
|style="background-color:#555;"| ||style="background-color:#555"| ||[[オデス書]]<ref group="表" name="hyou6"/><ref group="表" name="hyou7hyou8">オデス書は『[[マナセの祈り]]』を含む。これはカトリックとプロテスタント正典としていない。</ref>||style="background-color:#555;"| ||style="background-color:#555"|
|- style="background-color:#9f9;"
|[[箴言]]||[[箴言]]||[[箴言]]
|- style="background-color:#9f9;"
|[[コヘレトの言葉|伝道書]]||[[コヘレトの言葉]]||[[コヘレトの言葉|伝道書]]
|- style="background-color:#9f9;"
|[[雅歌|雅歌(諸歌の歌)]]||[[雅歌]]||[[雅歌|雅歌(諸歌の歌)]]
|- style="background-color:#9f9;"
|rowspan="3" style="background-color:#555;"| ||[[知恵の書|ソロモンの知恵書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/>||[[知恵の書|ソロモンの知恵書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/>||rowspan="3" style="background-color:#555;"|
|- style="background-color:#9f9;"
|[[シラ書|シラフの子イイススの知恵書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/>||[[シラ書|シラフの子イイススの知恵書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/>
|- style="background-color:#9f9;"
|style="background-color:#555;"| ||[[ソロモンの詩篇]]<ref group="表" name="hyou6"/>||style="background-color:#555;"|
|- style="background-color:white;"
|預言者(ネビーイーム):<br/>後の預言者||colspan="3"|大預言''
|- style="background-color:#f9f;"
|[[イザヤ書]]||[[イザヤ書|イサイヤの預言書]]||[[イザヤ書]]||[[イザヤ書|イサイヤの預言書]]
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|[[エレミヤ書]]||[[エレミヤ書]]||[[エレミヤの預言書]]||[[エレミヤ書]]||[[エレミヤの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|rowspan="3" style="background-color:#555;"| ||[[哀歌]]||[[哀歌]]||[[哀歌]]
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|rowspan[[バルク書|ワルフの預言書]]<ref group="2" stylename="background-color:#555;hyou4"/>||rowspan="2" ||[[バルク書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/><ref group="表" name="hyou3hyou9">カトリックの聖書では、『[[バルク書]]』第6章(『[[エレミヤの手紙という第6章]]』)を含む。バルク書はプロテスタント正教会の聖書含まれない。</ref>||[[バルク、『イエレミヤの達|』(エレミヤの手紙)は『ワルフの預言書]]』(バルク書)と独立している。<ref group="表" name="hyou1"/><ref group>||rowspan="2" namestyle="hyou3background-color:#555;"/>|
|- style="background-color:#f9f;"
|style="background-color:#555;"| ||[[エレミヤの手紙|イエレミヤの達書]]<ref group="表" name="hyou1hyou4"/><ref group="表" name="hyou8hyou9">正教会の聖書はバルク書とエレミヤの手紙が独立している。</ref>
|- style="background-color:#f9f;"
|[[エゼキエル書]]||[[エゼキエル書|イエゼキイリの預言]]||[[エゼキエル書]]||[[エゼキエル書|イエゼキイリの預言]]
|- style="background-color:#f9f;"
|style="background-color:#555;"| ||[[ダニエル書]]||[[ダニの預言]]<ref group="表" name="hyou4hyou10">正教会とカトリックと正教会では、『[[ダニエル書]]』はプロテスタント版にはない3つの章がある。それはアザルヤの祈りと三人の若者の賛歌」「』『スザンナ」「』『ベルと竜ある。、[[新共同訳聖書]]ではこれらを『[[ダニエル書補遺]]』して掲載している。</ref>||[[ダニエル書|ダニイルの預言]]<ref group="表" name="hyou4hyou10"/>||[[ダニエル書]]
|- style="background-color:white;"
|小預言者||colspan="3"|[[十二小預言書|小預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ホセア書]]||[[ホセア書|オシヤの預言書]]||[[ホセア書]]||[[ホセア書|オシヤの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ヨエル書]]||[[ヨエル書|イオイリの預言書]]||[[ヨエル書]]||[[ヨエル書|イオイリの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[アモス書]]||[[アモス書|アモスの預言書]]||[[アモス書]]||[[アモス書|アモスの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[オバデヤ書]]||[[オバデヤ書|アウディヤの預言書]]||[[オバデヤ書]]||[[オバデヤ書|アウディヤの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ヨナ書]]||[[ヨナ書|イオナの預言書]]||[[ヨナ書]]||[[ヨナ書|イオナの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ミカ書]]||[[ミカ書|ミヘイの預言書]]||[[ミカ書]]||[[ミカ書|ミヘイの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ナホム書]]||[[ナホム書|ナウムの預言書]]||[[ナホム書]]||[[ナホム書|ナウムの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ハバクク書]]||[[ハバクク書|アウワクムの預言書]]||[[ハバクク書]]||[[ハバクク書|アウワクムの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ゼファニヤ書]]||[[ゼファニヤ書|ソフォニヤの預言書]]||[[ゼファニヤ書]]||[[ゼファニヤ書|ソフォニヤの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ハガイ書]]||[[ハガイ書|アゲイの預言書]]||[[ハガイ書]]||[[ハガイ書|アゲイの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[ゼカリヤ書]]||[[ゼカリヤ書|アゲイの預言書]]||[[ゼカリヤ書]]||[[ゼカリヤ書|ザハリヤアゲイの預言書]]
|- style="background-color:#f9f;"
|[[マラキ書]]||[[マラキ書|マラヒヤの預言書]]||[[マラキ書]]||[[マラキ書|マラヒヤの預言書]]
|- style="background-color:white;"
|[[諸書]]<br/>(ケスービーム)||rowspan="14" style="background-color:#555;"| ||rowspan="14" style="background-color:#555;"| ||rowspan="14" style="background-color:#555;"|
318 ⟶ 282行目:
|[[ダニエル書]]
|- style="background-color:#ff9;"
|[[エズラ記]]+[[ネヘミヤ記]]<ref group="表" name="hyou10hyou11">ユダヤ教([[マソラ本文]])では1書にかぞえる。</ref>
|- style="background-color:#ff9;"
|[[歴代誌]]
|}
 
:表注
==== 諸教派の旧約聖書について ====
{{Reflist|group=表}}
 
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{{main|聖書翻訳}}
 
『旧約聖書』の翻訳は紀元前から行われており、そのような古い翻訳を古代訳という。古代訳は、現存するどの[[ヘブライ語]]写本よりも古く、当時の解釈だけでなく、テキストそのものを推察する上でも貴重な資料となる。
 
『旧約聖書』の翻訳で、現在知られている最も古いものは[[アラム語聖書]]聖書である。これは捕囚期後、当時のパレスチナで日用語となったアラム語にヘブライ語聖書を翻訳したものである。ついで紀元前4世紀から2世紀までに、[[ギリシア語]]への翻訳が[[アレクサンドリア]]でなされた。これが「[[七十人訳聖書]](セプトゥアギンタ 、LXX)」である。[[キリスト教]]成立後、七十人訳はキリスト教徒の聖書という印象がつよまると、ユダヤ教内部で新たなギリシア語翻訳を求める動きが起き、いくつかのギリシア語翻訳が作られた。またこの時期、[[シリア語]]訳の聖書も作られた。
 
またキリスト教のなかで、主に[[ラテン語]]を使うグループのためにラテン語訳が作られた。これを「古ラテン語訳」という。[[ヒエロニムス]]は、ヘブライ語から翻訳したラテン語翻訳聖書を作り、これがラテン教会では公式の翻訳として認められた。ヒエロニムスの翻訳を「[[ルガータ]]」という。また中世初期には[[キュリロス (スラヴの(亜)使徒)|キュリロス]]と[[メトディオス (スラヴの(亜)使徒)|メトディオス]]によって[[古代教会スラヴ語|教会スラブ語]]訳が作られた。
 
また中世盛期から末期にかけて、[[フランス]][[ドイツ]]など西ヨーロッパでは近代語訳の『聖書』が作られたが、これは教会で公認されなかったこと、複製の難しさなどからあまり広まらなかった。中世末期から近世初期の主な翻訳者には、[[ウィクリフ]]、[[エラスムス]]、[[マルティン・ルター|ルター]]、[[カルヴァン]]などがある。その後、『聖書』の翻訳は主にプロテスタント圏で盛んになり、その必要に後押しされるように、本文批評の発展に伴う校訂版テキストの整備が進んだ。近代に入ると、カトリックでも『聖書』の読書が奨励されるようになったことに伴い、各国語で翻訳がなされるようになった。なお、『聖書』は世界で最も様々な言語に翻訳された書物であり、『新約聖書』に関しては[[アイヌ語]]や[[ケセン語]]にも翻訳されている。
 
なおユダヤ人は、非キリスト教的な『聖書』翻訳の必要性から、上記とは系統を異にする独自の翻訳された『聖書』を持っている。
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== 関連項目 ==
* [[聖書]]
* [[新約聖書]]
* [[第二正典]]
* [[旧約聖書続編]]
* [[外典]]
* [[偽典]]
360 ⟶ 327行目:
* [[ミツワーの一覧]]
* [[ゲマトリア]]
* [[新約聖書ユダヤの神話]]
* [[聖書の登場人物の一覧]]
 
* [[聖書学]]
* [[文語訳聖書]]