「ボビー・オロゴン」の版間の差分

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| 活動時期 = [[2001年]] - <ref name="libra">{{Cite web | author=LIBRA Vol.13 | date=2013-01 | url=http://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2013_01/p24-28.pdf#search='%E3%83%9C%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%AD%E3%82%B4%E3%83%B3' | title=インタビュー:タレント・格闘家 ボビー・オロゴンさん | format=PDF | accessdate=2014-05-10}}</ref>
| 同期 =
| 現在の代表番組= [[ボビー's スタジアム]]<br/>[[YOUは何しに日本へ?]]
| 過去の代表番組= [[さんまのSUPERからくりTV]]<br/>[[海筋肉王 〜バイキング〜]]<br/>[[ボビー's スタジアム]]
| 作品 = MOON★DREAM(監督映画)
| 他の活動 = [[格闘技|格闘家]]
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後に妻となる日本人女性とは東京の[[バー (酒場)|バー]]で知り合い、交際を始める。ボビーが帰国する際に彼女も付いて来てくれ、ナイジェリアで1年ほど生活したのち、結婚<ref name="libra" />。
 
[[2001年]]、[[TBSテレビ|TBS]]の[[バラエティ番組]]『[[さんまのSUPERからくりTV]]』で街頭インタビューを受けた際のデタラメな日本語がプロデューサーの目に留まって<ref name="libra" />、その後始まったコーナー「セインのファニエスト外語学院」に生徒役としてレギュラー出演するようになり、「ボビーだと思います」「もす(押忍)!」などの微妙に間違った日本語と[[天然ボケ]]のキャラクターで人気を得る。(しかし、日本語が上手では無かったために時折放送禁止レベルの発言をすることがあり、過去には'''正解はタマキンです'''、'''丸出しちんこくん'''と言った発言をしたことがあり、いずれもセインに激しく咎められた。特に後者にいたってはそれを表現したフリップにモザイク処理がされていた。)
 
[[2004年]]1月、ファニエスト外語学院の先生[[セイン・カミュ]]、生徒の[[アドゴニー・ロロ|アドゴニー]]、アミールらとともに、ユニット「The Students」の一員として初CDシングル『ハトマメ 〜Say Hello To The World.〜』をリリース。作詞・作曲・プロデュースは[[槇原敬之]]、振り付けは[[KABA.ちゃん]]といった顔ぶれであった。また、この番組からは2004年末の『[[K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!]]』への出場を目指す企画もスタート。ついには本当に格闘家デビューを果たす([[#格闘家としての活動|後述]])。
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[[2004年]]1月、[[K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!|前年の大晦日]]に見たという[[ボブ・サップ]] vs [[曙太郎|曙]]戦に触発されたボビーが、『さんまのSUPERからくりTV』のコーナー「セインのファニエスト外語学院」で柔道を体験する企画に挑戦。[[バルセロナオリンピック]]柔道金メダリストの[[古賀稔彦]]と試合をしたが、組み合った瞬間に古賀が「物凄い力だ」と驚愕し、負けはしたものの秘めたる才能を見せつけた。このVTRを見た番組司会者の[[明石家さんま]]が、「年末の格闘技イベント([[Dynamite!! 〜勇気のチカラ〜|K-1 Dynamite!!]])出場も夢ではない」と冗談半分で言ったことから、2004年末の『[[K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!]]』の出場を目指す企画がスタート。番組内ではさまざまな[[格闘技]]の指導を受け、同年2月には格闘チーム「[[GRABAKA]]」に入門。[[菊田早苗]]の下で本格的に格闘技を学ぶ。3月には[[ディファ有明]]で[[ホイス・グレイシー]]との[[スパーリング]]マッチ(3分3R)で対戦し、2Rに[[腕挫十字固|腕ひしぎ十字固め]]で一本負けしたものの、ホイスを出血させるなど健闘を見せた(同年4月4日放送)。その後も修行を続け、柔道では[[黒帯]]を取得。[[K-1]]から正式にオファーを受け、同年12月31日の『K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!』第0試合でキックボクサー[[マイク・ベルナルド]]との対戦が決定する。その後ベルナルドの負傷欠場により[[シリル・アビディ]]との対戦に変更された<ref>{{Cite web |date=2004-12-25 |url=http://gbring.com/sokuho/news/2004_12/1225_k-1_02.htm |title=【K-1】12・31 ベルナルドが負傷欠場。ボビーの相手はアビディに変更 |publisher=格闘技ウェブマガジンGBR |accessdate=2014-05-10}}</ref>。試合では、菊田とタレントの[[関根勤]](番組レギュラー)を[[セコンド]]に迎え入場。3R判定勝ち。
 
翌2005年の『[[K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!]]』にも出場。元[[横綱]]・曙との対戦が決定する<ref>{{Cite web |date=2005-11-08 |url=http://gbring.com/sokuho/news/2005_11/1108_k-1.htm |title=【K-1】12・31 曙とボビー・オロゴンが総合ルールで激突! |publisher=格闘技ウェブマガジンGBR |accessdate=2014-05-10}}</ref>。試合は、2R以降スタミナ切れを起こした曙を相手の強烈なワキガ臭に耐えながらボビーが攻め立て、3R判定勝ち。試合後、「アゲモノさんのワキの臭さが一番辛かった。本当に臭いから早く抜け出したかった。」と発言した
 
2006年7月には[[藤本祐介]]と初のK-1ルールで対戦。跳び膝蹴りをヒットさせるなどの身体能力を見せたが、K-1ルールでは禁止されている投げ技を仕掛けるなどの反則もあり判定負け。
 
同年12月の『[[K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!]]』では[[チェ・ホンマン]]と対戦し<ref>{{Cite web |date=2006-12-19 |url=http://gbring.com/sokuho/news/2006_12/1219_k-1.htm |title=【K-1】12・31 大晦日男ボビーの相手は何とチェ・ホンマン |publisher=格闘技ウェブマガジンGBR |accessdate=2014-05-10}}</ref>、1R16秒[[グラウンドパンチ|パウンド]]でTKO負け。試合後、「まだ終わってないよ!まだ終わってないよ!」と絶叫した
 
2007年の『[[K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!]]』に4年連続参戦。[[ボブ・サップ]]と対戦し<ref>{{Cite web |date=2007-12-13 |url=http://gbring.com/sokuho/news/2007_12/1213_k-1.htm |title=【K-1】12・31 ボビー・オロゴンとボブ・サップの異次元対決が実現! |publisher=格闘技ウェブマガジンGBR |accessdate=2014-05-10}}</ref>、1R4分10秒[[グラウンドパンチ|マウントパンチ]]でKO負け。試合後、「まだ~!まだ~!」と絶叫した
 
その後格闘技の試合は行わず、プロ[[ボクシング]]に転向した実弟・[[アンディ・オロゴン]]をサポートすべく、[[平仲明信|平仲ジム]]所属でセコンドライセンスを取得したが、2011年8月には女子[[シュートボクシング]]の大会をプロデュースしたり<ref>{{Cite web |date=2011-06-14 |url=http://gbring.com/sokuho/news/2011_06/0614_sb.htm |title=【シュートボクシング】8・19ボビー・オロゴンが女子格闘技をプロデュース「客寄せパンダとして頑張ります」 |publisher=格闘技ウェブマガジンGBR |accessdate=2014-05-10}}</ref>、10月にも自身の練習するGRABAKAの初の自主興行において、[[ミノワマン]]と[[グラップリング]]ルールで対戦するなど<ref>{{Cite web |date=2011-09-26 |url=http://gbring.com/sokuho/news/2011_09/0926_grabaka.htm |title=【GRABAKA】10・15ボビー・オロゴンが金網でミノワマンと対戦! |publisher=格闘技ウェブマガジンGBR |accessdate=2014-05-10}}</ref>、[[日本ボクシングコミッション]](JBC)の定める「ボクシングのセコンドライセンスを保持しながら、他の格闘技興行に関わることを禁止する」という規定に反する行為を繰り返した。外国出身のボビーが、JBCの厳格なルールを把握していなかった可能性も示唆されたが、結局セコンドライセンス取り消しの処分が下された<ref>{{Cite news |title=“バラエティタレント”ボビー・オロゴンが日本ボクシングコミッションから厳罰受ける!? |newspaper=リアルライブ |date=2011-10-18 |author= |url=http://npn.co.jp/article/detail/11222934/ |accessdate=2014-05-10}}</ref><ref>{{Cite web |date=2012-10-11 |url=http://gbring.com/sokuho/news/2012_10/1011_grabaka.htm |title=【グラバカ】10・11ボビー・オロゴンが格闘技復帰の弟のセコンドに |publisher=格闘技ウェブマガジンGBR |accessdate=2014-05-10}}</ref>。
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;現在の出演番組
'''レギュラー'''
* [[ボビー's スタジアム]]([[テレビ埼玉|テレ玉]]、2009年4月13日 - 2016年3月24日
* [[YOUは何しに日本へ?]]([[テレビ東京]]、2013年1月9日 - ) - メインナレーション
* [[ビットワールド]]([[NHK Eテレ]]、2015年4月3日 - ) - 『とんでもナイッス島』「ブロンティアさん」の声
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* [[爆笑100分テレビ!平成ファミリーズ]](日テレ、2007年10月7日 - 2008年3月30日)
* [[ゴールドハウス]](フジテレビ、2008年10月18日 - 2009年9月22日)
* [[ボビー's スタジアム]]([[テレビ埼玉|テレ玉]]、2009年4月13日 - 2016年3月24日)
* [[欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞の作品一覧 (81回 - 90回)#第83回|欽ちゃん&香取慎吾の第83回全日本仮装大賞]](日テレ、 2010年1月10日) - No.6「走り幅跳び」
* [[お宝発信タワー DAI-NAMO]]([[CBCテレビ|CBC]]、2010年10月13日 - 2011年9月21日)