「エイプリルフール」の版間の差分

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→‎起源: 一文を足して体裁を少しだけいじっておいた。現時点での落とし所はこんなところじゃなかろうか。
Buzzfeedでも検証不能との記事が出た内容だったため。
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エイプリルフールの起源は全く不明である。すなわち、いつ、どこでエイプリルフールの習慣が始まったかはわかっていない。有力とされる起源説を以下に挙げるが、いずれも確証がないことから、仮説の域を出ていない。以下に挙げるのは、その例である。
 
その昔、ヨーロッパでは[[3月25日]]を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催していたが[[1564年]]にフランスの[[シャルル9世 (フランス王)|シャルル9世]]が[[1月1日]]を新年とする暦を採用した。これに反発した人々が、4月1日を「嘘の新年」とし、馬鹿騒ぎをはじめた<ref name="『今日は何の日』">PHP研究所 『[四訂版]今日は何の日 話のネタ365日』、p.67</ref>。{{要検証範囲|しかし、シャルル9世はこの事態に対して非常に憤慨し、町で「嘘の新年」を祝っていた人々を逮捕し、片っ端から処刑してしまう。処刑された人々の中には、まだ13歳だった少女までもが含まれていた。フランスの人々は、この事件に非常にショックを受け、フランス王への抗議と、この事件を忘れないために、その後も毎年4月1日になると盛大に「嘘の新年」を祝うようになっていった。これがエイプリルフールの始まりである。そして13歳という若さで処刑された少女への哀悼の意を表して、1564年から13年ごとに「嘘の嘘の新年」を祝い、その日を一日中全く嘘をついてはいけない日とするという風習も生まれた。その後、エイプリルフールは世界中に広まり、ポピュラーとなったが、「嘘の嘘の新年」は次第に人々の記憶から消えていった。|date=2019年3月}}
 
[[インド]]で悟りの修行は、[[春分]]から3月末まで行われていたが、すぐに迷いが生じることから、4月1日を「揶揄節」と呼んでからかったことによるとする説もある<ref name="『今日は何の日』"/>。