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'''宮沢 トシ'''（みやざわ トシ、正字：宮澤トシ、[[1898年]][[11月5日]] - [[1922年]][[11月27日]]）は、[[明治|明治時代]]から[[大正|大正時代]]にかけての[[日本]]の[[女性]]。詩人・童話作家の[[宮沢賢治]]の妹で、彼の理解者の一人であった。[[日本女子大学|日本女子大学校]]（当時は[[旧制専門学校]]の扱い）を卒業後、岩手県立花巻高等女学校（現・[[岩手県立花巻南高等学校]]）で教員を務めていたが、[[結核]]により24歳で死去した。彼女の臨終の模様は『永訣の朝』等の賢治の詩に描写され<ref name="horiop207">堀尾、1991年、
なお、名前の「トシ」は戸籍名であるが、賢治の創作や書簡においては「とし子」「敏」といった表記も用いられている<ref name="anp"/>。
== 生涯 ==
=== 花巻高等女学校時代まで ===
1898年11月5日、父・宮沢政次郎と母・イチとの間に宮沢家の長女として、2歳離れた長男の賢治の次に誕生した<ref name="horiop21">堀尾、1991年、p.21</ref>。トシの下には妹・シゲ（1901年生）、弟・[[宮沢清六|清六]]（1904年生）、妹・クニ（1907年生）が生まれている<ref name="horiop21"/>。宮沢家は[[岩手県]][[稗貫郡]]花巻川口町（現・[[花巻市]]豊沢町）にあった。▼
[[File:Miyazawa Kenji and Toshi.jpg|thumb|1902年の小正月、3歳のトシ（左）と5歳の賢治（右）{{refnest|group="注釈"|写真の年代およびトシ・賢治の年齢については『新校本宮澤賢治全集』の記載による<ref name="sinkohon16">全集年譜、2001年、p.265</ref>。同書では過去の文献における複数の記述を紹介し、賢治の年齢を6歳とする文献については「[[満年齢]]によったか、[[数え年|数えの年齢]]によったかによる相違と考えられる」としている<ref name="sinkohon16"/>。}}]]
▲1898年11月5日、父・宮沢政次郎と母・イチとの間に宮沢家の長女として、2歳離れた長男の賢治の次に誕生した<ref name="horiop21">堀尾、1991年、p.21</ref>。トシの下には妹・シゲ（1901年生）、弟・[[宮沢清六|清六]]（1904年生）、妹・クニ（1907年生）が生まれている<ref name="horiop21"/>。宮沢家は[[岩手県]][[稗貫郡]][[花巻川口町]]（現・[[花巻市]]豊沢町）にあった。
賢治とは2歳違いのすぐ下の妹であったことから、
1905年に花巻川口町立花巻川口尋常小学校に入学<ref name="yamanep12"/>{{refnest|group="注釈"|花巻川口尋常小学校は、現在の花巻市立花巻小学校<ref>[http://www.harnamukiya.com/ginga/school.html 「銀河鉄道の夜」の舞台としての花巻 午後の授業の舞台、「小学校」のモデル] - 「賢治・星めぐりの街」（花巻商工会議所）</ref>。トシが2年生となった1906年4月から花城尋常小学校に改称<ref>堀尾、1991年、p.30</ref>。}}。成績は優秀で4年生では「模範生」に選ばれた<ref name="horiop102">堀尾、1991年、pp.102 - 109、135 - 136</ref>。
1911年、開校したばかりの花巻高等女学校に進学する<ref name="yamanep14">山根、2003年、pp.14 - 16</ref>。トシは高等女学校の「最初の1年生」であったが、開校に際して2年に編入する生徒を同時に募集したことから、二回生であった<ref name="yamanep14"/>。1年生の9月に在籍するクラスで最初の級長に任命されて卒業まで続け、成績も全教科の平均で卒業まで全学期学年のトップであった<ref name="yamanep14"/>{{refnest|group="注釈"|高等女学校での成績は、母校の後身である[[岩手県立花巻南高等学校]]の校史『花南六十周年史』（1971年）による<ref name="yamanep14"/>。}}。3年生時の「学年級会」では「開会ノ辞」を読み、[[オルガン]]演奏を披露した<ref name="yamanep14"/>。[[1914年]]（大正3年）3月の一回生の卒業式では送辞を読んだ<ref name="yamanep14"/>。
4年生に進級後の5月、[[東京市|東京]]への[[修学旅行]]（3年生と合同）に参加する<ref name="yamanep16">山根、2003年、pp.16 - 18</ref>。この旅行では[[上野恩賜公園|上野]]で開催中の[[東京大正博覧会|大正博覧会]]をはじめ、上野にある諸施設や[[日比谷公園]]、[[浅草]]など多くの名所を回っているが、特に[[東京音楽学校]]では演奏を鑑賞する機会があり、多くの生徒に感銘を与えたことが学校の「教務日誌」に記されている<ref name="yamanep16"/>。さらにこの訪問が契機となり、7月には音楽学校教授[[弘田龍太郎|弘田竜太郎]]{{refnest|group="注釈"|肩書きおよび名前の表記は山根 (2003)による。弘田の生涯を紹介した[[安芸市]]のウェブサイトでは、1914年当時は「助手」とある<ref>[https://www.city.aki.kochi.jp/life/dtl.php?hdnKey=125 童謡の里づくり] - [[安芸市]]</ref>。}}が来訪して2日間の「音楽練習会」が開催され、やはり生徒を感動させた<ref name="yamanep16"/>。この練習会では弘田およびこの年春に東京音楽学校を卒業した高等女学校の音楽教員・鈴木竹松が演奏を披露している<ref name="yamanep16"/>{{refnest|group="注釈"|弘田と鈴木の関係について、山根知子は弘田を鈴木の「恩師」<ref>山根、2003年、p.19</ref>と記している。一方、前出の安芸市ウェブサイトでは弘田は1914年に音楽学校卒業とあり、これに従うと同期生であったことになる。}}。これらのイベントで学校内で音楽への関心が高まる中、トシは4年生の初め頃から鈴木に課外で[[ヴァイオリン]]の講習を受けていたとされる<ref name="yamanep23">山根、2003年、pp.23 - 24</ref>{{refnest|group="注釈"|トシがヴァイオリンの講習を受けていたというのは、佐藤隆房『新編宮沢賢治物語』（富山房、1994年）からの引用による<ref name="yamanep23"/>。トシが使用したとされるヴァイオリンが、花巻市立宮沢賢治記念館に保存展示されている<ref name="anp"/>。}}。やがて、トシは鈴木に好意を抱くようになるが、鈴木の関心が他の女生徒にあると気付いたことを後述の『自省録』に記している<ref name="yamanep23"/>。この艶聞は何らかの事情で周囲に漏れ、『自省録』の表現では「衆人の非難冷笑の眼」「誹謗の矢」を受けることとなった{{refnest|group="注釈"|山根 (2003)<ref>山根、2003年、pp.342 - 375</ref>による<ref name="jisei">宮沢トシ『自省録』</ref>。}}。卒業を目前に控えた1915年3月に地元紙「[[岩手民報]]」紙上に「音楽教師と二美人の初恋」と題して、人物の名前を変えたゴシップ記事が3日間にわたって掲載される<ref name="yamanep25">山根、2003年、pp.25 - 28</ref>。記事ではトシを連想させる生徒の「財産家」の親を揶揄する表現もあり、トシは『自省録』で記事に家族が心痛したことを記している<ref name="yamanep25"/>。直後の卒業式では総代として答辞を読んだ<ref name="yamanep25"/>。
=== 日本女子大学校時代 ===
1915年4月にトシは東京の日本女子大学校家政学部予科1年生となり、学生寮「責善寮」で寄宿生活に入った<ref>山根、2003年、p.378（「宮沢トシ略年譜」）</ref>。この進学は、父の女子教育への理解や在学中の叔母の勧誘に加え、前記の恋愛事件でトシが「この苦しい学校と郷里からのがれ度い」（『自省録』）という意思を抱いたこととの関連も指摘されている（妹2人は高等女学校が最終学歴だった）<ref>山根、2003年、p.43</ref>。後述する[[近角常観]]宛の手紙（1915年5月29日付）には「とにかくあらゆる心配苦労を親にかけ、親を涙させるような事をして、三月の末、或る意味の敗北者として、故郷を離れ、のがれて参りました」という記述がある<ref name="iwata"/>。
入学直後の1915年4月には、父から紹介された浄土真宗僧侶の近角常観に、「将来に対する希望を持てない」という倦怠感の悩みを伝える手紙を送って面会し、5月29日には面談や読書（近角の著書）を経てもなお悩みを脱しきれないことを改めて近角に書き送った<ref name="iwata">岩田文昭・碧海寿広「{{PDFlink|[http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/近角常観・電子化資料/近代化の中の伝統宗教と精神運動―基準としての近角常観研究/宮沢賢治と近角常観―宮沢一族書簡の翻刻と解題(KJ1-5_5901_121).pdf 近代化の中の伝統宗教と精神運動―基準としての近角常観研究/宮沢賢治と近角常観―宮沢一族書簡の翻刻と解題]}}」『大阪教育大学紀要』第I部門第59巻第1号、2010年9月、pp.121 - 140</ref><ref>山根、2016年、pp.165 - 166</ref><ref group="注釈">天沢・栗原・杉浦、2011年のpp.83 - 84に両方の書簡の写真が掲載されている。</ref>。後者の手紙で予告した5月30日にトシは近角の元に赴いたと推測されるが、以降の訪問の記録はない<ref name="iwata"/>。一方で、トシは日本女子大学校創立者の[[成瀬仁蔵]]が伝える理念に共鳴していった。
当時の日本女子大学校では、成瀬自身が講義する「実践倫理」の科目が年間を通じた全学年の必修とされ<ref>山根、2003年、pp.38 - 41</ref>、寮生活などで瞑想・黙想する時間が設けられていた<ref name="yamanep36">山根、2003年、pp.36 - 37</ref>。成瀬はクリスチャンではあったが、単一の宗教宗派に依存せず、すべての宗教の「其の元に存するところの生命」「宇宙の意志（精神）」を学生に伝える教育を実施していた<ref name="yamanep36"/><ref>山根、2003年、pp88 - 89</ref>。トシは『自省録』において、在学中を含む「此の四五年来私にとって一番根本な生活のバネとなったものは『信仰を求める』と云ふ事であつた」と記し、成瀬による教育方針に感化を受けていたことが指摘されている<ref>山根、2003年、pp.41 - 42</ref>。
1916年、家政学部本科1年となったときに各学生が決意を言葉で示す「宣誓式」で、トシは「真実為勇進」（真実の為の勇進）という文字を記した<ref>山根、2003年、pp.48 - 49</ref>。この年7月、来日したインドの詩人[[ラビンドラナート・タゴール]]を成瀬が日本女子大学校に招いて講演会を開き、トシもそれに参加したと推測されている<ref>山根、2003年、pp.51 - 52</ref>。また、病床にあった祖父・喜助に対して、「死後の魂」の存在とそのためにいかに生きるべきかを説く内容の手紙を送っている<ref>山根、2003年、pp.50、96 - 98</ref>{{refnest|group="注釈"|この手紙が書かれた時期（封筒が現存しないため、年が直接特定できない）について、堀尾青史は1917年6月と推定したが、山根知子は手紙に書かれた外出日の日付から、1年早い1916年6月と推定している<ref>山根、2003年、p.97</ref>。}}。1916年12月に学校に提出した「自己調書」には「徹底せずとは云え、信念生活を考え、行わんとすることによりて、利己主義、又、怯懦なる習慣は改められつつあり」という記述（原文はカタカナ・歴史的仮名遣い）が見られる<ref>山根、2016年、p.158</ref>。3年生{{refnest|group="注釈"|日本女子大学校はこの年から予科と本科の区別を廃止して4年制教育となった<ref>山根、2003年、pp29 - 30</ref>。}}の1917年9月に喜助が死去し、トシは「我を忘れて亡き祖父の為にたとへ片時でも祈る事の出来た事は実に幸福であった」「人生の問題の最も大きな一つたる死にまのあたり逢った思いがし、真剣になる事が出来た」と記した<ref>山根、2003年、p.54、139</ref>。
4年生となった1918年には6月頃に呼吸器系の疾患で休養していたことが手紙よりうかがわれる<ref>山根、2003年、pp.56 - 57</ref>。その後健康を回復して、[[軽井沢]]で毎年最高学年を対象に開かれていた日本女子大学校の夏期寮（成瀬自身も参加。成瀬の参加はこの年が最後となる）を受講<ref name="yamanep58">山根、2003年、p.58</ref>。1学期には寮の「主婦」（寮全体の生活を統括する係）も務めている<ref name="yamanep46">山根、2003、pp.46 - 47</ref>。11月には流行中の[[スペインかぜ]]に罹患したが、4日ほどの休養で全快したと手紙に記している<ref name="yamanep58"/>。この時期、賢治に送った手紙（現存する唯一の賢治宛書簡）には、卒業論文の相談や「天職」を見出したいといった将来についての意見が見られる<ref name="yamanep59">山根、2003年、pp.59 - 61</ref>。年末年始は帰省せずに勉強する希望を持っていたが父から帰省を申しつけられた矢先、12月20日に[[東京大学医学部附属病院#分院|東京帝国大学医科大学附属医院分院]]（通称：永楽病院）に入院する<ref name="horiop102"/><ref>山根、2003年、pp.62 - 63</ref>。母のイチと賢治が看病のために上京し、賢治は翌年3月まで下宿しながら看病をした<ref name="nempup191">全集年譜、2001年、pp.191 - 192</ref><ref name="yamanep63">山根、2003年、pp.63 - 64</ref>{{refnest|group="注釈"|堀尾青史は賢治の看病は「2月まで」と記し、1919年2月6日付で賢治が政次郎に宛てた手紙（7日夜には看護師の都合を付けて帰るという内容）を記載していた<ref name="horiop102"/>。堀尾の没後に編纂された『新校本宮澤賢治全集』の年譜では、この年2月16日の上野国柱会本部における[[田中智学]]の講演を賢治が聴いたとし（裏付けとして翌1920年12月2日付で[[保阪嘉内]]に送った手紙（智学の講演を「二十五分丈昨年聞きました」とある）が挙げられている）、3月3日に賢治も付き添って帰ったとしている<ref name="nempup191"/>。}}。主治医は[[二木謙三]]だった<ref>[https://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000003354_00/49cdf67f021.html 秋田人物史第十八回 医学者二木謙三] - 美の国あきたネット</ref>。病状は当初[[チフス]]が疑われたが、実際には風邪もしくは肺炎であった{{refnest|group="注釈"|罹患した病気について、堀尾青史は「がんこな風邪から肺炎をおこしかけていた<ref name="horiop102"/>」とし、山根知子は「風邪から肺炎[[カタル性炎症|カタル]]に至った」としている<ref name="yamanep63"/>。}}。3月3日に母と賢治、叔母に付き添われて花巻の実家に帰郷する<ref name="nempup191"/><ref name="yamanep63"/>。入学以来トップの成績を維持したことが評価されて見込点で卒業が認められた<ref name="horiop102"/><ref name="yamanep63"/>。卒業証書は寮監が3月29日に花巻まで持参した<ref name="horiop102"/>。
=== 死去まで ===
帰郷後は自宅で療養生活を送る<ref>山根、2003年、p.65</ref>。夏に[[新鉛温泉|西鉛温泉]]で家族と共に保養した際には、賢治の短歌を清書している<ref name="yamanep21"/>{{refnest|group="注釈"|トシが清書した賢治の短歌は、現在の賢治全集において「歌稿A」という名称の遺稿に含まれている<ref name="yamanep21"/>。}}。
1920年1月下旬から2月9日まで、『自省録』を綴る<ref name="yamanep21">山根、2003年、pp.21 - 23、66</ref>。その内容は高等女学校卒業前の恋愛事件から執筆当時までを振り返るもので<ref name="yamanep21"/>、「新たに生れ変りたい」という意識がその発端であると記している<ref name="jisei"/>{{refnest|group="注釈"|この『自省録』は妹クニの没後にクニの子息である宮沢淳郎がその遺品から発見し、宮沢清六がトシの真筆であると認めて淳郎の著書『伯父は賢治』に掲載された<ref name="yamanep21"/>。書き始めは一人称を「私」としていたが、途中からは自身を「彼女」という三人称で記している。}}。この『自省録』が書かれた背景について、山根知子は、母校である高等女学校への就職の話が出始め、まだ在学当時の事件を知る人間がいる状況で、事件に向き合い精神的に決着を付ける必要があると感じたのではないかという旨の推論を述べている<ref>山根、2003年、p.67、111</ref>。3月に、日本女子大学校の同窓生に近いうちに上京できそうだと伝えたが、実現しなかった<ref name="nempup200">全集年譜、2001年、p.200</ref>。1920年9月下旬より母校で教諭心得となり、英語と家事を担当する<ref name="horiop113">堀尾、1991年、p.113</ref><ref name="yamanep67">山根、2003年、p.67</ref>{{refnest|group="注釈"|教諭となった日付について堀尾青史は「9月29日<ref name="horiop113"/>」、『新校本宮澤賢治全集』年譜および山根知子は「9月24日<ref name="nempup200"/><ref name="yamanep67"/>」としている。また担当科目については堀尾は「まず英語を担当した」としている<ref name="horiop113"/>。}}。
1921年3月には[[盛岡市|盛岡]]の教会で外国人宣教師に英語を学び、4月には教員斡旋を依頼されて上京し母校の日本女子大学校を訪れた<ref name="yamanep70">山根、2003年、pp.70 - 71</ref>。しかし、この上京の疲労が取れずに体調を崩し、6月からは病床に伏した<ref name="yamanep70"/>。この年1月に父親と宗教上の対立で出京した賢治（[[日蓮宗]]系の[[国柱会]]に入会していた）のもとには8 - 9月頃にトシの病臥が電報で伝えられ、帰郷することとなる<ref name="nempup226">全集年譜、2001年、pp.226 - 227</ref><ref name="horiop120">堀尾、1991年、p.120</ref><ref name="yamanep70"/>{{refnest|group="注釈"|賢治が帰郷した時期について、堀尾青史は「八月中旬<ref name="horiop120"/>」としていた。『新校本宮澤賢治全集』年譜では「八月中旬 - 九月初旬」とされ、注釈では「関係者の記憶や記述に月日に対する食い違いがあり中旬から下旬、或いは九月初旬とも言われてきた」と前置きした上で、トシが9月に喀血して東京にいた賢治に知らせたという妹シゲの証言（出典は[[森荘已池]]『宮沢賢治の肖像』（1974年））を引いて「九月喀血が確実なら、賢治帰郷は九月初旬頃ということになる」としている<ref name="nempup226"/>。山根知子はこの全集年譜の注釈に沿って9月としている<ref>山根、2003年、p.81</ref>。}}。トシは9月に喀血した<ref name="yamanep70"/>。帰郷した賢治は稗貫農学校（のち、岩手県立花巻農学校、現・[[岩手県立花巻農業高等学校]]）に教員として務める傍ら、トシの看病に当たった。トシは1921年9月12日付で女学校を退職した<ref name="yamanep70"/><ref name="horiop205">堀尾、1991年、p.205</ref>。1922年7月には、下根子桜（現・花巻市桜町）にあった別宅に移って療養を続けた<ref name="yamanep70"/><ref name="horiop205"/>{{refnest|group="注釈"|この別宅はトシの死後、賢治が[[羅須地人協会]]として使用した<ref>堀尾、1991年、p.249</ref>。}}。1922年11月19日に再度豊沢町の実家に戻る<ref name="yamanep70"/><ref name="horiop205"/>。その8日後の夜8時半すぎにトシは死去した<ref name="horiop207"/>。
賢治の詩「青森挽歌」においては、
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という、トシの臨終についての記述がある（ただし、これが文学作品である点には留意が必要）。
秀才さと相まって、真面目で淑やかな性格をしていたとされる<ref>今野、2017年、p.69</ref>。
日本女子大学校進学後、夏休みに帰郷した際には[[賛美歌]]をきょうだいに教えて合唱したことが、清六の文章に記されている<ref>山根、2003年、p.46（引用元は宮沢清六『兄のトランク』1987年、筑摩書房）</ref>。
▲=== 人物 ===
母校の高等女学校の教員を務めた当時は「人のためになりたい、郷土のために働きたい」という思いを抱いていたとされ、同校の後身に当たる岩手県立花巻南高等学校では、2018年に制定した「グランドデザイン」の「中長期ビジョン」にこの言葉を（トシの理念として）採用している<ref>{{PDFlink|[http://www2.iwate-ed.jp/hks-h/pdf/hananan-gd.pdf 岩手県立花巻南高等学校グランドビジョン]}}</ref>。
== 賢治に与えた影響 ==
トシが日本女子大学校、賢治が[[盛岡高等農林学校]]に進学して離れて生活した時期には、トシは週に一度は手紙を賢治に送っていたという
<ref>{{Cite book|和書|title=宮沢賢治研究|publisher=筑摩書房|date=|year=1958|author=高橋秀松|editor=[[草野心平]]|editor-link=草野心平|url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1344873|accessdate=2020-03-12|NCID=|ref={{sfnref|高橋|1958}}|pages=292-294|chapter=寄宿舍での賢治|location=東京|others=|doi=10.11501/1344873|doilabel=|id={{全国書誌番号|58011612}}|at=<!--国会図書館デジタルコレクションのコマ番号-->}} 高橋秀松は盛岡高等農林での賢治の同級生で、のち初代[[名取市]]長を務めた。</ref><ref>山根、2003年、p.44（上記高橋秀松の文章を引用）</ref>。現存する賢治宛の手紙には自身の将来の相談に加え、賢治の将来についてその「天職」と宮沢家の方針の一致を望む内容が記されている<ref name="yamanep59"/>。一方、現存する賢治からのトシ宛書簡にも、トシの学業に対する不満の訴えに答える内容のもの（1915年10月21日付）がある<ref name="yamanep46"/>。トシが1915年に学校に提出した「夏期休暇中ノ体験」という課題答案には「敬愛する兄より或暗示を得た」（原文はカタカナ）という文章が見られる<ref>山根、2016年、p.159</ref>。このようにトシは賢治を敬愛し、親密に相談する間柄だった。
賢治の生前唯一の詩集『[[春と修羅#詩集『春と修羅』（第一集）|春と修羅]]』は、トシの晩年から死後にかけての時期に執筆された（各作品に日付が付され、その日付順に配列されている）。その中で1922年3月20日の日付を持つ「恋と病熱」には「妹」や「つめたい青銅（ブロンヅ）の病室で透明薔薇の火に燃される」「あいつ」が登場する<ref name="amasawa">天沢退二郎「二人の『とし子』」天沢・栗原・杉浦、2011年、pp.114 - 120</ref>{{refnest|group="注釈"|賢治は刊行後の『春と修羅』の単行本の一つに、「あいつ」を「いもうと」に修正する書き込みを残している<ref name="amaawa2">天沢退二郎「《宮沢賢治》作品史詩論」天沢・栗原・杉浦、2011年、p.221</ref>。}}。そして、トシ死去の日付を持つ3つの作品（「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」）でその臨終に至る模様が描かれた<ref name="horiop207"/>。トシが死去した直後、賢治は押し入れに頭を入れて「とし子、とし子」と号泣し、乱れた髪を火箸ですいた<ref name="horiop207"/><ref name="horiop166">堀尾、1991年、pp.166 - 167</ref>。2日後の葬儀に賢治は宗旨の違いを理由に出席しなかった<ref name="nenpup244">全集年譜、pp.244 - 245</ref>。[[出棺]]の際に路上に現れてともに棺を運び、火葬場（焼失していたため、野辺焼きであった）では棺が燃えつきるまで読経して、遺骨の一部を持参した缶に入れた<ref name="nenpup244"/>。遺骨は翌年国柱会本部（当時は[[静岡県]]三保に所在）に分骨した<ref name="horiop166"/>。『春と修羅』における詩作品は、「無声慟哭」のあとは1923年6月3日の日付を持つ「風林」まで7ヶ月飛んでいる<ref>堀尾、1991年、p.169</ref>。同年7月から8月にかけて、賢治は農学校生の就職斡旋の目的で[[樺太]]に旅行するが、一方でこの旅行でトシの魂との「交信」を求め、その心理を綴った詩を残した（「青森挽歌」「津軽海峡」「宗谷挽歌」「オホーツク挽歌」「噴火湾（ノクターン）」）<ref>堀尾、1991年、pp.168 - 169</ref>。[[天沢退二郎]]は、『春と修羅』における「とし子」の存在は「恋と病熱」において「暗示・予告されて、以後『永訣の朝』に至るまで、決して詩句の水準に現れてこないこの病熱に燃されている妹の存在を各詩篇各詩句の背後に隠しつつ、隠すことによって示しつづけている」と指摘している<ref name="amaawa2"/>。
山根知子は、トシの生前には既存の特定宗教に帰属する信仰が強かった賢治が、トシの死後に執筆したとされる著作（『[[銀河鉄道の夜]]』や「[[羅須地人協会#農民芸術概論綱要|農民芸術概論綱要]]」）や手紙では、「宗教の根底で通じ合う価値観」や「宇宙意志」といった、トシが成瀬仁蔵や[[モーリス・メーテルリンク]]（『自省録』に著書からの引用がある）を通じて形成した宗教観・死生観に接近したとしている<ref>山根、2003年、pp.93 - 95、157</ref>。また、童話集『[[注文の多い料理店#短編集『注文の多い料理店』|注文の多い料理店]]』の広告チラシにおける「テパーンタール砂漠」というタゴールの詩「新月」からの引用などの賢治のタゴールへの関心に、トシが直接タゴールと接した体験が反映している可能性も指摘している<ref>山根、2003年、p.53</ref>。
賢治の残した「菩薩像」と呼ばれる水彩画（原画は戦災により焼失<ref>天沢・栗原・杉浦、2011年、p.165</ref>）は、トシの肖像写真と似た顔立ちを持つと指摘されている<ref>山根、2003年、p.75</ref>。
== 宮沢トシを演じた人物 ==
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* [[酒井美紀]]：[[宮澤賢治 その愛]]（1996年）
* [[石橋杏奈]]：[[宮沢賢治の食卓]]（2017年）
また、2020年6月初演予定の[[北村想]]作の舞台『ケンジトシ』では、[[黒木華]]がトシ役を演じることが発表されている<ref>{{Cite news|url=https://enterstage.jp/news/2020/03/014282.html |title=題材は宮沢賢治とその妹の関係『ケンジトシ』中村倫也、黒木華のビジュアルを公開|newspaper=エンタ・ステージ|date=2020-03-11|accessdate=2020-03-15}}</ref>。
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Reflist|group=注釈}}
=== 出典 ===
{{Reflist|2}}
== 参考文献 ==
<!--代表執筆者の姓の50音順-->
* [[堀尾青史]]『年譜 宮沢賢治伝』[[中央公論新社|中央公論社]]<[[中公文庫]]>、[[1991年]]▼
*{{cite book|和書|title= 新校本宮澤賢治全集 |volume=16巻（下）|others= 補遺・資料 年譜篇|publisher=[[筑摩書房]]|year=2001|ref={{sfnref|全集年譜|2001}}|page=}}（タグにおいては「全集年譜」と略記）
* [[今野勉]]『宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人』[[新潮社]]、[[2017年]]▼
*{{cite book|和書|editor=[[天沢退二郎]]・[[栗原敦]]・杉浦静（共編）|title= 図説 宮澤賢治|publisher= 筑摩書房|series=ちくま学芸文庫|year=2011|ref={{sfnref|天沢・栗原・杉浦|2011}}}}
▲*{{cite book|和書|author=[[今野勉]]
▲*{{cite book|和書|author=[[堀尾青史]]
*{{cite
*{{cite journal|和書|author=山根知子|url=http://id.nii.ac.jp/1560/00000029|format=pdf|title= 宮澤賢治に影響を与えた妹トシの信仰 : 絶対者を求めて|naid=120006373614|journal= ノートルダム清心女子大学紀要. 外国語・外国文学 編, 文化学編, 日本語・日本文学編 = Notre Dame Seishin University kiyo|publisher= |volume=40|number=1|ISSN=2187-5022|pages=167-155|year=2016|ref={{sfnref|山根|2016}}}} 別題：The Influence on Kenji Miyazawa of the Faith of His Sister Toshi In Search of "The Absolute" （本文献のページ番号は縦組み・右開きのため[[降順]]）
== 関連文献 ==
*
* 宮沢淳郎『伯父は賢治』八重岳書房、1989年 - 「宮沢トシ自省録」を収録（初出）
▲* [[山根知子]]『宮沢賢治 妹トシの拓いた道―「銀河鉄道の夜」へむかって』朝文社、2007年
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▲{{デフォルトソート:みやざわ とし}}
[[Category:
▲[[Category:結核で死亡した日本の人物]]
▲[[Category:岩手県出身の人物]]
[[Category:日本の中等教育の教員]]
[[Category:日本女子大学出身の人物]]
[[Category:岩手県出身の人物]]
[[Category:結核で死亡した日本の人物]]
[[Category:1898年生]]
[[Category:1922年没]]
[[Category:宮沢賢治|人物|みやさわとし]]
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