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'''大腸菌'''(だいちょうきん、[[学名]]: ''Escherichia coli、発音:{{IPAc-en|ˌ|ɛ|ʃ|ə|ˈ|r|ɪ|k|i|ə|_|ˈ|k|oʊ|l|aɪ}}'')は、[[グラム陰性菌|グラム陰性]]の[[桿菌]]で[[通性嫌気性生物|通性嫌気性菌]]に属し、環境中に存在する[[細菌]](バクテリア)の主要な種の一つである。この菌は[[腸内細菌]]の一種でもあり、[[温血動物]]([[鳥類]]、[[哺乳類]])の下流の[[消化管]]内、特にヒトなどの場合[[大腸]]に生息する。アルファベットで短縮表記'''{{snamei|E. coli}}'''とすることがある発音:{{IPAc-en|ˌ|iː|_|ˈ|k|oʊ|l|aɪ}})(詳しくは[[#学名]]を参照のこと)。大きさは通常短軸0.4-0.7µm、長軸2.0-4.0µmだが、長軸が短くなり球形に近いものもいる<ref>{{cite book|和書|author=巌佐庸・倉谷滋・[[斎藤成也]]・[[塚谷裕一]]|title=岩波生物学辞典 第5版|publisher=[[岩波書店]]|date=2013-2-26|page=p.858b「大腸菌」|isbn=9784000803144}}</ref>。
 
ほとんどの''大腸菌''[[株]]は無害であるが、一部の[[血清型]](EPEC、ETECなど)は宿主に深刻な[[食中毒]]を引き起こす可能性があり、[[リコール (一般製品)|製品のリコール]]を伴う[[食品汚染]]事故の原因となる場合がある<ref name="CDC2">{{Cite web|title=Escherichia coli|website=CDC National Center for Emerging and Zoonotic Infectious Diseases|url=https://www.cdc.gov/ecoli/index.html/|accessdate=2 October 2012}}</ref><ref name="Vogt2">{{Cite journal|year=2005|title=Escherichia coli O157:H7 outbreak associated with consumption of ground beef, June–July 2002|journal=Public Health Reports|volume=120|issue=2|pages=174–78|DOI=10.1177/003335490512000211|PMID=15842119|PMC=1497708}}</ref>。無害な菌株は、[[消化管|腸]]内の[[ヒトマイクロバイオーム|正常な微生物叢の]]一部であり、共生関係にある[[ビタミンK|ビタミンK <sub>2を</sub>]]生成し、血液の凝固を助けたり<ref name="Bentley">{{Cite journal|date=September 1982|title=Biosynthesis of vitamin K (menaquinone) in bacteria|journal=Microbiological Reviews|volume=46|issue=3|pages=241–80|DOI=10.1128/MMBR.46.3.241-280.1982|PMID=6127606|PMC=281544}}</ref> 、腸内で[[病原菌]]のコロニー形成を防止する等、宿主に利益をもたらしうる<ref name="Hudault">{{Cite journal|date=July 2001|title=Escherichia coli strains colonising the gastrointestinal tract protect germfree mice against Salmonella typhimurium infection|journal=Gut|volume=49|issue=1|pages=47–55|DOI=10.1136/gut.49.1.47|PMID=11413110|PMC=1728375}}</ref><ref name="Reid">{{Cite journal|date=September 2001|title=Can bacterial interference prevent infection?|journal=Trends in Microbiology|volume=9|issue=9|pages=424–28|DOI=10.1016/S0966-842X(01)02132-1|PMID=11553454}}</ref>。腸内の''大腸菌''は、糞便を通じて環境に排出される。排出された大腸菌は、好気性条件下で3日間、新鮮な糞便中で大量に増殖するが、その後その数は徐々に減少する<ref name="Russell2001">{{Cite journal|date=April 2001|title=Practical mechanisms for interrupting the oral-fecal lifecycle of Escherichia coli|journal=Journal of Molecular Microbiology and Biotechnology|volume=3|issue=2|pages=265–72|DOI=|PMID=11321582}}</ref>。大腸菌は株ごとにそれぞれ特徴があり、異なる動物の腸内には異なる株の大腸菌が生息していることから、環境水を汚染している糞便が人間から出たものか、[[鳥類]]から出たものかを推定することができる。大腸菌には非常に多数の株が存在し、その中には病原性を持つものも存在する。
細菌の代表として[[モデル生物]]の一つとなっており、各種の研究で材料とされるほか、[[遺伝子]]を組み込んで[[化学物質]]の生産にも利用される(下図)。
 
''大腸菌''および他の[[通性嫌気性生物|通性嫌気性菌]]は[[腸内細菌|腸内微生物叢]]の約0.1%を構成し<ref name="pmid15831718">{{Cite journal|date=June 2005|title=Diversity of the human intestinal microbial flora|journal=Science|volume=308|issue=5728|pages=1635–38|bibcode=2005Sci...308.1635E|DOI=10.1126/science.1110591|PMID=15831718|PMC=1395357}}</ref>、[[糞口経路|糞便から口腔への感染]]は、細菌の病原性株が疾患を引き起こす主な経路となる。 細胞は限られた時間、体外で生存することができる。そのため、[[糞|糞便の汚染]]について環境サンプルをテストするための、潜在的な[[指標生物]]として利用されている<ref name="Feng_2002">{{Cite web|author=Feng P|title=Enumeration of ''Escherichia coli'' and the Coliform Bacteria|website=Bacteriological Analytical Manual (8th ed.)|publisher=FDA/Center for Food Safety & Applied Nutrition|date=1 September 2002|url=http://www.cfsan.fda.gov/~ebam/bam-4.html|accessdate=25 January 2007|archiveurl=https://web.archive.org/web/20090519200935/http://www.cfsan.fda.gov/~ebam/bam-4.html|archivedate=19 May 2009}}</ref><ref name="Thompson">{{Cite news|first=Andrea|last=Thompson|title=E. coli Thrives in Beach Sands|url=http://www.livescience.com/health/070604_beach_ecoli.html|newspaper=|publisher=Live Science|date=4 June 2007|accessdate=3 December 2007}}</ref>。一方で近年の研究から、宿主の外で何日も生存し増殖するような、環境的に持続的な''大腸菌の存在が明らかになっている''<ref>{{Cite journal|date=December 2018|title=Risk Factors for Detection, Survival, and Growth of Antibiotic-Resistant and Pathogenic Escherichia coli in Household Soils in Rural Bangladesh|journal=Applied and Environmental Microbiology|volume=84|issue=24|pages=e01978–18|DOI=10.1128/AEM.01978-18|PMID=30315075|PMC=6275341}}</ref>。
 
大腸菌は実験室で簡単かつ安価に増殖および培養でき、[[原核生物]]の[[モデル生物]]の一つとして、60年以上にわたって徹底的に研究されてきた。 ''大腸菌''は化学合成生物([[化学合成生物|ヘテロトロフ]])であり、炭素源とエネルギー源を含む化学的に定義された培地で培養することができる<ref name=":0">{{Cite book|title=Microbiology: An Introduction|last=Tortora|first=Gerard|publisher=Benjamin Cummings|year=2010|isbn=978-0-321-55007-1|location=San Francisco, CA|pages=85–87, 161, 165}}</ref>。また''大腸菌''は[[生物工学|バイオテクノロジー]]および[[微生物学|微生物学の]]分野で重要な種であり、 大半の[[組換えDNA]]に基づく科学研究で[[宿主|宿主生物]]として利用されている。良好な培養条件下では、細胞分裂にはわずか20分ほどしかかからない<ref>{{Cite web|title=Bacteria|url=http://www.microbiologyonline.org.uk/about-microbiology/introducing-microbes/bacteria|publisher=Microbiologyonline|accessdate=27 February 2014|archiveurl=https://web.archive.org/web/20140227212658/http://www.microbiologyonline.org.uk/about-microbiology/introducing-microbes/bacteria|archivedate=27 February 2014}}</ref>。[[遺伝子]]を組み込むことで、[[化学物質]]の生産にも利用される。
 
{| border=0 cellspacing=0 cellpadding=2
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| グラム染色像
|}
[[ファイル:Scanning_electron_micrograph_of_an_E._coli_colony.jpg|リンク=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Scanning_electron_micrograph_of_an_E._coli_colony.jpg|サムネイル|''大腸菌''コロニーの走査型電子顕微鏡写真。]]
 
== 生物学的・生化学的特徴 ==
大腸菌はそれぞれの特徴によって「[[株]]」と呼ばれる群に分類することができる(動物でいう[[品種]]のような分類)。それぞれ異なる動物の腸内にはそれぞれの株の 大腸菌が生息していることから、環境水を汚染している糞便が人間から出たものか、[[鳥類]]から出たものかを判別することも可能である。大腸菌には非常に多数の株があり、その中には病原性を持つものも存在する。
 
=== 分類形態 ===
''大腸菌''はグラム陰性の[[通性嫌気性生物|通性嫌気性菌]]であり、[[芽胞|非胞子形成]]細菌である。[[酸素]]存在条件下では[[細胞呼吸|好気性呼吸]]によって[[アデノシン三リン酸|ATP]]を[[酸素|生成]]するが、[[酸素]]非存在下では[[発酵]]または[[嫌気呼吸|嫌気性呼吸]]に切り替わる<ref>{{Cite web|title=E.Coli|url=http://www.redorbit.com/education/reference_library/health_1/bacteria/2584144/escherichia_coli/|publisher=Redorbit|accessdate=27 November 2013}}</ref>。細胞は、典型的には棒状であり、大きさは通常、短軸0.4-0.7µm、長軸2.0-4.0µm、直径0.25~1.0[[マイクロメートル|μm]]、細胞容積は0.6〜0.7 μm<sup>3</sup>程度である<ref>{{Cite encyclopedia}}</ref><ref name="pmid24287933">{{Cite journal|date=January 2014|title=Monitoring bacterial growth using tunable resistive pulse sensing with a pore-based technique|journal=Applied Microbiology and Biotechnology|volume=98|issue=2|pages=855–62|DOI=10.1007/s00253-013-5377-9|PMID=24287933}}</ref><ref>{{Cite journal|date=January 1990|title=Cell volume increase in Escherichia coli after shifts to richer media|journal=Journal of Bacteriology|volume=172|issue=1|pages=94–101|DOI=10.1128/jb.172.1.94-101.1990|PMID=2403552|PMC=208405}}</ref>。
分類学的にはプロテオバクテリア門、ガンマプロテオバクテリア綱、エンテロバクター目、腸内細菌科に属する種であるが、むしろ病原性との関連で、菌の表面にある[[抗原]](O抗原とH抗原)に基づいて細かく分類されている<ref name='mhlw_QA'>[http://www1.mhlw.go.jp/o-157/o157q_a/index.html 腸管出血性大腸菌Q&A]</ref>。O抗原は[[外膜]]の[[リポ多糖]]由来のもので、H抗原は[[べん毛]]由来のものである。O抗原は現在約180種類ほどに分類されている<ref name='mhlw_QA' />。例えば「[[O157]](オーいちごーなな)」という名称は、O抗原としては157番目に発見されたものを持つ菌ということを意味しており<ref name='mhlw_QA' />、「[[O111]](オーいちいちいち)」はO抗原としては111番目に発見されたものを持つ、ということを意味する。 H抗原は約70種類に分類されている。
 
なお、さらに細かく分けるとO抗原とH抗原の両方を考慮した分類になる。例えば[[O157]]でも、H抗原に関する違いでさらに細かく分類することができ、H7のものとH抗原を持たないものがあるので、「O157:H7」と「O157:H-」という2種類に分けることができる<ref name='mhlw_QA' />。
''大腸菌''は、薄いペプチドグリカン層と外膜で細胞壁が構成されており、[[グラム染色]]は陰性である。グラム染色では、''大腸菌''は[[サフラニン|サフラニンの]]色を取り込むため、ピンクに[[サフラニン|染色]]される。細胞壁を囲む外膜は、特定の抗生物質に対するバリアとして機能し、例えばペニシリンによる損傷を防ぐ<ref name=":02">{{Cite book|title=Microbiology: An Introduction|last=Tortora|first=Gerard|publisher=Benjamin Cummings|year=2010|isbn=978-0-321-55007-1|location=San Francisco, CA|pages=85–87, 161, 165}}</ref>。
 
大腸菌の株のうち、[[鞭毛|べん毛]]を持つものは[[運動性]]を持っている<ref name="pmid17189361">{{Cite journal|date=March 2007|title=On torque and tumbling in swimming Escherichia coli|journal=Journal of Bacteriology|volume=189|issue=5|pages=1756–64|DOI=10.1128/JB.01501-06|PMID=17189361|PMC=1855780}}</ref>。また、 [[インチミン|インチミンと]]呼ばれる接着分子を介して、腸の微絨毛に付着したり剥がれたりする<ref name="microbewiki.kenyon.edu">{{Cite web|url=https://microbewiki.kenyon.edu/index.php/E._coli_O157_in_North_America|title=E. Coli O157 in North America – microbewiki}}</ref>。
 
=== 代謝 ===
''大腸菌''はさまざまな基質を利用して生育でき、嫌気性条件下では混合酸発酵によって[[乳酸]]や[[コハク酸]]、[[エタノール]]、[[酢酸塩|酢酸]]、[[二酸化炭素]]を生産する。混酸発酵の多くの経路では[[水素]]ガスを生成させるため、これらの経路を進めるためには水素レベルを低く保っておく必要があり、例えば[[メタン菌|メタン生成菌]]や[[硫酸塩還元細菌|硫酸還元菌]]などの水素消費生物と共生している場合などが理想的である<ref>{{Cite book|title=Brock Biology of microorganisms|year=2006|publisher=Pearson|isbn=978-0-13-196893-6|edition=11th}}</ref>。
 
さらに、 ''大腸菌''の代謝をアレンジすることで、炭素源として[[二酸化炭素|CO <sub>2</sub>]]のみを利用させる事もできる。このことはすなわち、この絶対的な従属栄養生物の代謝は、 [[炭素固定]]遺伝子や[[ギ酸デヒドロゲナーゼ|ギ酸脱水素酵素]]を異種発現し[[炭素固定|、]]実験室進化実験を行うことで、独立栄養能力を示すように改変することができる、ということを示している。これは、[[ギ酸塩]]を使用して電子キャリアを減らし、同化経路に必要なATPを供給することによって行うことができる<ref>{{Cite journal|date=November 2019|title=2|journal=Cell|volume=179|issue=6|pages=1255–1263.e12|language=English|DOI=10.1016/j.cell.2019.11.009|PMID=31778652|PMC=6904909}}</ref>。
[[ファイル:Escherichia_coli_on_agar.jpg|リンク=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Escherichia_coli_on_agar.jpg|代替文=E.coli colonies on agar.|サムネイル|羊血液寒天培地上の''大腸菌'' 。]]
 
=== 培養 ===
[[ファイル:E.coli_on_growing_on_various_agar_media.jpg|リンク=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:E.coli_on_growing_on_various_agar_media.jpg|代替文=E. coli colonies|サムネイル|基本的な培養培地で成長する''大腸菌'' 。]]
''大腸菌の''最適な増殖は37 ''℃であるが、''実験室株の中には49 °Cの温度でも増殖するものもいる<ref>{{Cite journal|year=2005|title=Growth of Escherichia coli at elevated temperatures|journal=Journal of Basic Microbiology|volume=45|issue=5|pages=403–04|DOI=10.1002/jobm.200410542|PMID=16187264}}</ref>。''大腸菌''は、[[LB培地|溶原性培養液]]、またはグルコース、リン酸アンモニウム一塩基性、塩化ナトリウム、硫酸マグネシウム、リン酸カリウム二塩基性、および水を含む、定義されたさまざまな任意の実験用培地で増殖させることができる。細胞の成長と増殖は [[細胞呼吸|好気性]]または[[嫌気呼吸|嫌気性呼吸]]によって促進される。その過程で、[[ピルビン酸]]、[[ギ酸]]、[[水素]]、[[アミノ酸]]等の[[酸素|酸化]]プロセスと、[[酸素]]、[[硝酸塩]]、[[フマル酸|フマル酸塩]]、[[ジメチルスルホキシド]]、[[トリメチルアミン-N-オキシド|トリメチルアミンN-オキシド]]などの基質の還元プロセスといった、多種多様な酸化還元反応を利用している<ref name="Ingledew">{{Cite journal|date=September 1984|title=The respiratory chains of Escherichia coli|journal=Microbiological Reviews|volume=48|issue=3|pages=222–71|DOI=10.1128/MMBR.48.3.222-271.1984|PMID=6387427|PMC=373010}}</ref>。''大腸菌''は通性嫌気性菌に分類されるが、酸素が存在して利用可能な場合は酸素を利用する。一方で、酸素がない環境下では発酵または嫌気性呼吸を利用して成長し続けることができる。 酸素が存在しなくても生育できる能力によって、細菌は水中のような嫌気的な環境でも増殖できるため育成できるようになるため、これは生存に有利な能力である<ref name=":03">{{Cite book|title=Microbiology: An Introduction|last=Tortora|first=Gerard|publisher=Benjamin Cummings|year=2010|isbn=978-0-321-55007-1|location=San Francisco, CA|pages=85–87, 161, 165}}</ref>。
[[ファイル:E.coli-colony-growth.gif|リンク=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:E.coli-colony-growth.gif|サムネイル|207x207ピクセル|成長している''大腸菌の''コロニー]]
 
=== 細胞周期 ===
[[ファイル:Life_cycle_of_Escherichia_coli.png|リンク=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Life_cycle_of_Escherichia_coli.png|サムネイル|350x350ピクセル|''大腸菌の''連続的な二[[分裂]]モデル]]
細胞周期は3つの段階に分かれている。B期は、細胞分裂の完了とDNA複製の開始との間に発生する。C期は、染色体DNAを複製するのにかかる時間を含む。D期は、DNA複製の終了と細胞分裂の終わりの間の段階を指す<ref name="Wang2009">{{Cite journal|date=November 2009|title=Metabolism, cell growth and the bacterial cell cycle|journal=Nature Reviews. Microbiology|volume=7|issue=11|pages=822–27|DOI=10.1038/nrmicro2202|PMID=19806155|PMC=2887316}}</ref>。より多くの栄養素が利用可能である場合、 ''大腸菌''の倍加率はより高くなる。ただし、倍加時間がC期とD期の合計より短くなっても、C期とD期の長さ自体には変化はない。最速の成長率を示す状況下では、複製ラウンドが完了する前に次の複製が開始され、DNAに沿って複数の複製フォークが形成され、細胞周期が重複する<ref name="Cooper1968">{{Cite journal|date=February 1968|title=Chromosome replication and the division cycle of Escherichia coli B/r|journal=Journal of Molecular Biology|volume=31|issue=3|pages=519–40|DOI=10.1016/0022-2836(68)90425-7|PMID=4866337}}</ref>。
 
急速に成長する''大腸菌''の複製フォークの数は、通常2n(n=1、2、または3)である。 これは同期[[DNA複製|複製]]と呼ばれ、[[DNA複製|複製]]が複製起点から同時に開始された場合にのみ発生する。ただし、培養物内の細胞は、全てが同期的に複製されるわけではない。複数ペアの[[DNA複製|複製フォーク]]が存在しない細胞においては、複製開始は非同期になる<ref name=":2">{{Cite journal|last=Skarstad|first=K.|last2=Boye|first2=E.|last3=Steen|first3=H.b.|date=1986-07-01|title=Timing of initiation of chromosome replication in individual Escherichia coli cells.|journal=The EMBO Journal|volume=5|issue=7|pages=1711–17|DOI=10.1002/j.1460-2075.1986.tb04415.x|ISSN=0261-4189|PMID=3527695}}</ref>。この非同期は、たとえば[[ DnaA|DnaA]] <ref name=":2" />や[[ DnaA|DnaA]]イニシエーター関連タンパク質[[ DiaA|DiaA]]への変異によって引き起こされている可能性がある<ref>{{Cite journal|last=Ishida|first=Takuma|last2=Akimitsu|first2=Nobuyoshi|last3=Kashioka|first3=Tamami|last4=Hatano|first4=Masakazu|last5=Kubota|first5=Toshio|last6=Ogata|first6=Yasuyuki|last7=Sekimizu|first7=Kazuhisa|last8=Katayama|first8=Tsutomu|date=2004-10-29|title=DiaA, a Novel DnaA-binding Protein, Ensures the Timely Initiation of Escherichia coli Chromosome Replication|journal=Journal of Biological Chemistry|volume=279|issue=44|pages=45546–55|language=en|DOI=10.1074/jbc.M402762200|ISSN=0021-9258|PMID=15326179}}</ref>。
 
=== 遺伝的適応 ===
''大腸菌''および多くの関連する細菌は、[[接合 (生物)|接合]]や[[形質導入]]を介して[[デオキシリボ核酸|DNA]]を転移する能力を持っており、これによって遺伝物質を既存の集団全体に水平的に広げることができます(遺伝子の[[水平伝播]])。例えば[[志賀毒素|志賀毒素を]]コードする遺伝子は、[[ファージ|バクテリオファージ]]と呼ばれるバクテリアウイルスを介した形質導入プロセスを通じて、''[[赤痢菌|赤痢]]''菌から''大腸菌に''広がり、[[志賀毒素]]を持つ[[O157|''大腸菌'' O157:H7]]が生まれたと考えられている<ref>{{Cite journal|date=September 2004|title=Phages and the evolution of bacterial pathogens: from genomic rearrangements to lysogenic conversion|journal=Microbiology and Molecular Biology Reviews|volume=68|issue=3|pages=560–602, table of contents|DOI=10.1128/MMBR.68.3.560-602.2004|PMID=15353570|PMC=515249}}</ref>''。''
 
== 系統学的分類 ==
大腸菌は、系統分類学的にはプロテオバクテリア門、ガンマプロテオバクテリア綱、エンテロバクター目、腸内細菌科に分類されている。しかしながら、''大腸菌と呼ばれるグループの中には、''非常に多様な遺伝的・表現型的形質が見られるため、近年の''大腸菌や''関連細菌の分離株ゲノム配列決定に伴い、本来はこのグループを系統分類学的に再分類することが望ましいと考えられているが、主にその医学的重要性のために細分類は行うことができておらず<ref>{{Cite book|editor-first=N. R.|editor-last=Krieg|editor2-first=J. G.|editor2-last=Holt|title=Bergey's Manual of Systematic Bacteriology|edition=First|volume=1|publisher=The Williams & Wilkins Co|location=Baltimore|year=1984|pages=408–20|isbn=978-0-683-04108-8}}</ref> 、''大腸菌''は現在でも最も多様な細菌種の1つであり続けている。例えば''赤痢菌属''のメンバー(''S. dysenteriae'', ''S. flexneri'', ''S. boydii'', そして''S. sonnei'')''は、本来なら大腸菌''株として分類しなければならない<ref name="pmid12361912">{{Cite journal|date=September 2002|title=Escherichia coli in disguise: molecular origins of Shigella|journal=Microbes and Infection|volume=4|issue=11|pages=1125–32|DOI=10.1016/S1286-4579(02)01637-4|PMID=12361912}}</ref>。同様に、他の''大腸菌''株(例えば、[[組換えDNA|組換えDNAの]]研究で一般的に使用される[[大腸菌K-12|K-12]]株)は、再分類に値するほど十分に異なっている。 典型的な''大腸菌''ゲノムの遺伝子のうち、すべての株で共有されているものはわずか20%程度である<ref name="comparison">{{Cite journal|date=November 2010|title=Comparison of 61 sequenced Escherichia coli genomes|journal=Microbial Ecology|volume=60|issue=4|pages=708–20|DOI=10.1007/s00248-010-9717-3|PMID=20623278|PMC=2974192}}</ref>。
 
[[株|菌株]]は、他の菌株と区別されるような、独特の特徴を持つ種内サブグループである。この株間の差異は、分子レベルでしか検出できないが、細菌の生理機能やライフサイクルに変化をもたらす、というようなことがよくある。たとえば、菌株は、 [[病原体|病原性能力]] 、独特の炭素源を利用する能力、特定の[[ニッチ|生態学的ニッチを]]獲得する能力、または抗菌剤に抵抗する能力を獲得する可能性がある。''大腸菌の''異なる株は、しばしば宿主特異的であり、環境サンプル中の糞便汚染の原因を特定することを可能にする<ref name="Feng_20022">{{Cite web|author=Feng P|title=Enumeration of ''Escherichia coli'' and the Coliform Bacteria|website=Bacteriological Analytical Manual (8th ed.)|publisher=FDA/Center for Food Safety & Applied Nutrition|date=1 September 2002|url=http://www.cfsan.fda.gov/~ebam/bam-4.html|accessdate=25 January 2007|archiveurl=https://web.archive.org/web/20090519200935/http://www.cfsan.fda.gov/~ebam/bam-4.html|archivedate=19 May 2009}}</ref><ref name="Thompson2">{{Cite news|first=Andrea|last=Thompson|title=E. coli Thrives in Beach Sands|url=http://www.livescience.com/health/070604_beach_ecoli.html|newspaper=|publisher=Live Science|date=4 June 2007|accessdate=3 December 2007}}</ref>。たとえば、水のサンプルにどの''大腸菌''株が存在するかを知ることにより、汚染源が人間、他の[[哺乳類]] 、[[鳥類|鳥]]など、どの生物から発生したのかを推測することができる。
 
=== 血清型 ===
病原性との関連を重視して、菌の表面にある[[抗原]](O抗原、H抗原、K抗原)にも基づいて細かく分類されている<ref name="mhlw_QA">[http://www1.mhlw.go.jp/o-157/o157q_a/index.html 腸管出血性大腸菌Q&A]</ref><ref name="pmid334154">{{Cite journal|date=September 1977|title=Serology, chemistry, and genetics of O and K antigens of Escherichia coli|journal=Bacteriological Reviews|volume=41|issue=3|pages=667–710|DOI=10.1128/MMBR.41.3.667-710.1977|PMID=334154|PMC=414020}}</ref>。O抗原は[[外膜]]の[[リポ多糖]]由来のもの、H抗原は[[べん毛]]由来のもの、 K抗原はカプセル(capsule)由来のものである。O抗原は現在約190種類ほどに分類されている<ref name="mhlw_QA" /><ref>{{Cite journal|date=May 2006|title=The structures of Escherichia coli O-polysaccharide antigens|journal=FEMS Microbiology Reviews|volume=30|issue=3|pages=382–403|DOI=10.1111/j.1574-6976.2006.00016.x|PMID=16594963}}</ref>。例えば「[[O157]](オーいちごーなな)」という名称は、O抗原としては157番目に発見されたものを持つ菌ということを意味しており<ref name="mhlw_QA" />、「[[O111]](オーいちいちいち)」はO抗原としては111番目に発見されたものを持つ、ということを意味する。 H抗原は約70種類に分類されている。なお、さらに細かく分けるとO抗原とH抗原の両方を考慮した分類になる。例えば[[O157]]でも、H抗原に関する違いでさらに細かく分類することができ、H7のものとH抗原を持たないものがあるので、「O157:H7」と「O157:H-」という2種類に分けることができる<ref name="mhlw_QA" />。一方で、一般的な実験室株はO抗原の形成を妨げる変異を持っているため、分類することはできない。
 
=== ゲノムの可塑性と進化 ===
他のすべての生命体と同様に、''大腸菌''は[[突然変異]]や[[遺伝子重複]]、[[遺伝子の水平伝播|遺伝子の水平移動]]などの自然な生物学的プロセスを通じて、[[進化]]する。特に、実験室株MG1655のゲノムの18%は、''[[サルモネラ]]''からの分岐以降に水平的に取得されたものである<ref name="pmid9689094">{{Cite journal|date=August 1998|title=Molecular archaeology of the Escherichia coli genome|journal=Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America|volume=95|issue=16|pages=9413–17|bibcode=1998PNAS...95.9413L|DOI=10.1073/pnas.95.16.9413|PMID=9689094|PMC=21352}}</ref>。[[大腸菌K-12|''E. coli'' K-12]]および''E. coli'' B株は、実験目的で最も頻繁に使用される品種である。他の大腸菌のいくつかの株は、宿主動物に有害である可能性がある形質を持つ。これらの[[ビルレンス|毒性の強い]]株は通常、 [[下痢]]の発作を引き起こす。下痢は、健康な成人ではしばしば[[自己制限(生物学)|自己制限的]]ですが、発展途上国の子供ではしばしば致命的になる<ref name="Nataro">{{Cite journal|date=January 1998|title=Diarrheagenic Escherichia coli|journal=Clinical Microbiology Reviews|volume=11|issue=1|pages=142–201|DOI=10.1128/CMR.11.1.142|PMID=9457432|PMC=121379}}</ref>。[[O157|O157:H7]]などのより毒性の強い菌株は、高齢者、非常に若い人、または[[免疫不全]]の人に深刻な病気や死を引き起こしうる<ref name="Nataro" /><ref name="Viljanen">{{Cite journal|date=October 1990|title=Outbreak of diarrhoea due to Escherichia coli O111:B4 in schoolchildren and adults: association of Vi antigen-like reactivity|journal=Lancet|volume=336|issue=8719|pages=831–34|DOI=10.1016/0140-6736(90)92337-H|PMID=1976876}}</ref>。
 
''[[エスケリキア属|エシェリヒア属]]''と''[[サルモネラ]]''属は約1億200万年前に分岐したと考えられている(信頼区間:57–176 mya)。これは、各細菌の宿主の分岐とよく一致している。すなわち、前者は哺乳類から発見され、後者は鳥や爬虫類から発見される細菌である<ref name="pmid15535883">{{Cite journal|date=November 2004|title=A genomic timescale of prokaryote evolution: insights into the origin of methanogenesis, phototrophy, and the colonization of land|journal=BMC Evolutionary Biology|volume=4|pages=44|DOI=10.1186/1471-2148-4-44|PMID=15535883|PMC=533871}}</ref>。この祖先細菌から、5種の大腸菌の祖先種( ''E. albertii'', ''E. coli'', ''E. fergusonii'', ''E. hermannii'', and ''E. vulneris)が分岐したと考えられている''。最後の''大腸菌の''祖先種は、2000万から3000万年前に分裂したと見積もられる<ref name="pmid9866203">{{Cite journal|date=December 1998|title=Escherichia coli molecular phylogeny using the incongruence length difference test|journal=Molecular Biology and Evolution|volume=15|issue=12|pages=1685–95|DOI=10.1093/oxfordjournals.molbev.a025895|PMID=9866203}}</ref>。
 
1988年に[[リチャードレンスキ|Richard Lenski]]によって開始された''E. coli''を使用した長期進化実験により、研究室で65,000世代を超えるゲノム進化の直接観察が可能になった<ref>[https://www.newscientist.com/channel/life/dn14094-bacteria-make-major-evolutionary-shift-in-the-lab.html Bacteria make major evolutionary shift in the lab] ''New Scientist''</ref>。たとえば、 ''大腸菌''は通常、クエン酸を炭素源として好気性に増殖する能力を持たない。このことは、 ''大腸菌''を''[[サルモネラ|サルモネラ菌]]''などの他の密接に関連する細菌から区別するための診断基準として使用される。しかしながらこの進化実験では、''大腸菌の'' 1つの集団が、好気的に[[クエン酸|クエン酸を]]代謝する能力を進化させることが確認された。これは、微生物の[[種分化]]を引き起こすような、主要な進化的シフトの特徴であると考えられる。
 
微生物の世界でも動物と同様に、捕食の関係が成立する。そして大腸菌は、''[[ Myxococcus xanthus|Myxococcus xanthusの]]''ような複数のジェネラリスト捕食者の餌食であることが知られている。 この捕食者と被食者の両種は並行進化していることが、ゲノムや表現型の変化の観察から考えられている。大腸菌の場合、ムコイド産生(アルギン酸エキソプラズマ酸の過剰産生)とOmpT遺伝子の抑制という、病原性に関与する2つの側面を伴う、[[赤の女王仮説]]で実証された共進化モデルに従って、他よりも適応的な進化個体が選択的に生き残ると考えられている<ref>Nair, Ramith R.; Vasse, Marie; Wielgoss, Sébastien; Sun, Lei; Yu, Yuen-Tsu N.; Velicer, Gregory J. "Bacterial predator-prey coevolution accelerates genome evolution and selects on virulence-associated prey defences", Nature Communications, 2019, 10:4301.</ref>。
 
== 病原性 ==
ほとんどの大腸菌は無害だが、いくつかの場合では疾患の原因となることがある。特に一部の[[血清型]] (EPEC、ETECなど)は宿主に深刻な[[食中毒]]を引き起こす可能性があり、 [[リコール (一般製品)|製品のリコール]]を促す[[食品汚染]]事故の原因となる場合がある<ref name="CDC">{{Cite web|title=Escherichia coli|website=CDC National Center for Emerging and Zoonotic Infectious Diseases|url=https://www.cdc.gov/ecoli/index.html/|accessdate=2 October 2012}}</ref><ref name="Vogt">{{Cite journal|year=2005|title=Escherichia coli O157:H7 outbreak associated with consumption of ground beef, June–July 2002|journal=Public Health Reports|volume=120|issue=2|pages=174–78|DOI=10.1177/003335490512000211|PMID=15842119|PMC=1497708}}</ref>。
ほとんどの 大腸菌は無害だが、いくつかの場合では疾患の原因となることがある。ヒトの場合、大腸内ではなく、[[血液]]中や[[尿路系]]に侵入した場合(異所感染した場合)に病原体となる。[[内毒素]]([[リポ多糖]])を産生するため、大腸菌による[[敗血症]]は重篤な内毒素ショック([[エンドトキシンショック]])を引き起こす。敗血症の原因(明らかになる場合)として最も多いのは[[尿路感染症]]であるが、大腸菌は尿路感染症の原因菌として最も多いものである。
 
ほとんどの 大腸菌は無害だが、いくつかの場合では疾患の原因となることがある。ヒトの場合、大腸内ではなく、[[血液]]中や[[尿路系]]に侵入した場合(異所感染した場合)に病原体となる。[[内毒素]]([[リポ多糖]])を産生するため、大腸菌による[[敗血症]]は重篤な内毒素ショック([[エンドトキシンショック]])を引き起こす。敗血症の原因(明らかになる場合)として最も多いのは[[尿路感染症]]であるが、大腸菌は尿路感染症の原因菌として最も多いものである。
 
大腸菌の株は多数報告されており、一部では動物に害となりうる性質を持つ株も存在する。大部分の健康な成人の持っている株では下痢を起こす程度で何の症状も示さないものがほとんどであるが、幼児や病気などによって衰弱している者、あるいはある種の薬物を服用している者などでは、特殊な株が病気を引き起こすことがあり、時として死亡に至ることもある。