「高橋瑞子」の版間の差分

|known_for=日本で第3の公許女医<br />[[済生学舎]]に女子入学を許可させる<br />産科での貧窮者の無償施療、乳児院での無償の種痘治療などの慈善活動

'''高橋 瑞子'''（たかはし みずこ、[[1852年]][[12月5日]]〈[[嘉永]]5年[[10月24日 (旧暦)|10月24日]]<ref name="明治の女性たち_p77">{{Harvnb|島本|1966|pp=77-78}}</ref>〉 - [[1927年]]〈[[昭和]]2年〉[[2月28日]]<ref name="20世紀日本人名事典_p1470岩瀬彌助の生涯_p268">{{Harvnb|日外アソシエーツ礒貝|20041990|ppp=1470268-270}}</ref>）は、[[日本]]の[[医師]]。[[荻野吟子]]、[[生沢クノ]]に次ぐ、日本で第3の公許女医である。当時の唯一の私立医学校でありながら、女子の入学を許可していなかった[[済生学舎]]に、女性である自身の入学を認めさせることで、女性の[[医学]]への門戸を開かせた<ref name="女性と社会19990320_p11">{{Harvnb|山田|江刺|1999|p=11}}</ref><ref name="大正期の職業婦人_p269">{{Harvnb| 村上|1983|p=269}}</ref>。「日本女医の開拓者<ref name="日本女医会百年史_p35">{{Harvnb|日本女医会|2002|pp=35-36}}</ref>」「日本の女性医師育ての親<ref name="シンシア20160703_p2">{{Cite web|url=http://www.twmu.ac.jp/journal/sincere06.pdf |title=高橋瑞子 医学校・済生学舎の門をこじ開けた日本の女性医師育ての親|accessdate=2020-910-2421|date=2016-7-31|format=PDF|page=2|website=[http://www.twmu.ac.jp/univ/journal.php シンシア]|publisher=[[東京女子医科大学]]}}</ref>」「女医のパイオニア<ref name="事典近代日本の先駆者_p353">{{Harvnb|富田|1995|p=353}}</ref>」とも呼ばれる。その波乱万丈な生涯でも知られている<ref>{{Cite journal|和書|author=三崎裕子|date=1996-5-20|title=明治女医史の基礎的研究|journal=日本医史学雑誌|volume=42|issue=2|page=116|publisher=[[日本医史学会]]|id={{NAID|10006992889}}|url=http://jsmh.umin.jp/journal/42-2/254-255.pdf |format=PDF|accessdate=2020-910-2421}}</ref>。「瑞子」は医師となった後に名乗った名で{{Sfn|礒貝|1990|pp=214-216}}、戸籍名は高橋 瑞（たかはし みず）<ref name="ドクトルたちの奮闘記_p160">{{Harvnb|石原|2012|pp=160-161}}</ref>。{{refnest|group="*"|name="戸籍名と別名、"|父や兄を家長とする戸籍では「高橋 みつづ」{{R|医譚201106_p67}}、1887年（明治20年）に取得した医術開業免状や<ref name="明治医海を越えた日本人名事往来_p140典19851210_p350">{{Harvnb|富田|1985|pp=350-351}}</ref>、ドイツ渡航時の旅券の名は「高橋 瑞」とされている<ref name="医譚201106_p67">{{Harvnb|太田|2011|pp=67-71}}</ref><ref name="日本看護歴史学会誌201405_p85">{{Harvnb|大竹|城丸|佐藤|2014|pp=85-86}}</ref>。}}、または高橋 みづ{{R|日本看護歴史学会誌201405_p85}}{{R|group="*"|戸籍名と別名}}。別名、高橋 ミツ<ref name="日本看護歴史学会誌201405_p92">{{Harvnb|大竹|城丸|佐藤|2014|pp=92-94}}</ref>、高橋 みつ<ref>{{Cite book|和書|author=[[立川昭二]]|title=明治医事往来|date=1986-12-15|pppublisher=140[[新潮社]]|isbn=978-1424-10-364701-0|page=141}}</ref>。姉の息子（養子）に、避妊法「[[オギノ式]]」で知られる医学博士の[[荻野久作]]がいる<ref name="ドクトルたちの奮闘記_p139">{{Harvnb|石原|2012|p=139}}</ref>{{refnest|group="*"|瑞子の姉の1人（生没年は不詳）の夫が、西尾藩士で漢学者の荻野忍であり、荻野夫妻が子供に恵まれず、[[荻野久作]]を養子とした{{R|ドクトルたちの奮闘記_p139}}<ref>{{Cite journal|和書|author=安井広|date=1988-1-30|title=高橋瑞と荻野久作|journal=日本医史学雑誌|volume=34|issue=1|page=84|id={{NAID|40002821908}}|url=http://jsmh.umin.jp/journal/34-1/84-86.pdf |format=PDF|accessdate=2020-10-921}}</ref>。}}。

[[三河国]][[幡豆郡]]西尾<ref name="明治の群像19690131_p154">{{Harvnb|紀田|1969|pp=154-156}}</ref><ref name="吉岡弥生伝19980825_p125">{{Harvnb|吉岡|1998|pp=125-128}}</ref>（後の[[愛知県]][[西尾市]]鶴ヶ崎町）で、中級武士である[[西尾藩]]藩士の家に誕生した<ref name="明治・大正を生きた女性逸話事典_p215">{{Harvnb|中江|2015|pp=215-218}}</ref><ref name="理系の扉を開いた日本の女性たち_73">{{Harvnb|西条|2009|pp=73-74}}</ref>。父は高名な漢学者とも言われ{{R|明治の女性たち_p77}}、和漢の学に造詣が深かったことで、瑞子は強い向学心を抱いて育った<ref name="岩瀬彌助の生涯_p216">{{Harvnb|礒貝|1990|pp=216-219}}</ref>。[[幕末]]の動乱により、父は没落士族となり、生活は楽ではなかった{{R|明治・大正を生きた女性逸話事典_p215}}{{refnest|group="*"|この窮状は瑞子に限った話ではなく、当時の三河の女性は、「牛や馬にも劣ると言われた車引きさえする人もいた」「家にある物は何でも売り、先祖が寄進した菩提寺の鐘まで売った」「姉妹が皆、娼妓に売られた」などの体験を語っていた<ref name="岩瀬彌助の生涯_p222">{{Harvnb|礒貝|1990|pp=222-224}}</ref>。}}。[[1862年]]（[[文久]]2年）{{R|日本看護歴史学会誌201405_p85}}、瑞子が9歳のときに父が病死し、母も間もなく死去した{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_73}}<ref name="近代日本の女性史19810623_p11">{{Harvnb|佐藤|円地|1981|pp=11-17}}</ref>。

高橋家の家督は、長兄夫妻が継いだ。瑞子は兄たちが[[漢学]]を学んでいた影響で{{R|日本看護歴史学会誌201405_p85}}、自らも学問を望んだが、兄から「女に学問は不要」と希望を絶たれた。必須項目である裁縫の教えを兄嫁に乞うたが、兄嫁に無視されたため、瑞子は既成の着物を解いて構造を研究し、自力で裁縫を身につけた{{R|岩瀬彌助の生涯_p216}}<ref name="日本女性史叢書20081225_p69">{{Harvnb|田中|三井|2008|pp=69-70}}</ref>。この頃より、他人に頼らず自力で道を突き進んでゆく性格は顕れていた{{R|近代日本の女性史19810623_p11}}。

[[1877年]]（[[明治]]10年）、東京の伯母から「養女に迎えたい」と乞われて上京したが{{refnest|group="*"|兄嫁との衝突が原因で上京したとの説もあるや{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_73|日本女性史叢書20081225_p69}}、当時の25歳前後の年齢は、周囲からは「行き遅れ」と噂の種になったため、郷里を離れて新天地を目指したとの説もある<ref name="潮19900601_p342">{{Harvnb|潮|1990|pp=342-343}}</ref>。}}、伯母の家ではすでに養子が迎えられており、結婚を前提とした話であった{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_73}}。伯母が財産家にもかかわらず吝嗇家で、瑞子にろくに食事を与えないなど虐待したことなどが理由で{{R|吉岡弥生伝19980825_p125}}、結婚話は約1年で破綻し、瑞子は家を出た{{R|明治・大正を生きた女性逸話事典_p215|理系の扉を開いた日本の女性たち_73}}。

生活のため、ある家に手伝いとして住み込んだところ、その家の者の弟への嫁入りを勧められた{{R|明治・大正を生きた女性逸話事典_p215|理系の扉を開いた日本の女性たち_73}}。相手は小学校の教員であり、生活の上でも不安がないと思われたが、これも失敗して離婚した。この他に、車屋と同棲して飢えを凌いだ話なども伝えられている{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_73}}<ref name="日本看護歴史学会誌201405_p86">{{Harvnb|大竹|城丸|佐藤|2014|p=86}}</ref>{{refnest|group="*"|この車屋の逸話は、[[吉岡彌生]]は[[#車屋の逸話|先述]]の通り、「もしほんとうであったとしたら」と仮定して見解を述べているものの、自伝で「何かの間違いだろうと思う」と述べている{{R|吉岡弥生伝19980825_p125}}。瑞子自身が過去の語りを嫌う性格であったため<ref name="ドクトルたちの奮闘記_p140">{{Harvnb|石原|2012|p=140-145}}</ref>、この頃の逸話は半ば伝説じみており、諸説あり、真偽のほどは定かではない{{R|近代日本の女性史19810623_p11}}。}}。

当時の東京で、女性が1人で自活していくことは並大抵のことではなかった。瑞子は手に職を付けることを考え、産婆（[[助産師]]）への道を志した<ref name="理系の扉を開いた日本の女性たち_74">{{Harvnb|西条|2009|pp=73-75}}</ref>。産婆会良妻賢母の会長である[[津久井磯]]思想が根強く、[[前橋市|前橋]]女性が仕事に就くことが困難で数人の助手を雇あって開業していたことから当時、瑞子産婆は前橋例外的に移り、知人女性の紹介により{{R|ドクトルたちの奮闘記_p140}}、磯の助手として住み込みでが勤めたることのできる稀有な職業であり{{R|明治・大正を生きた女性逸話事典_p215|理系の扉を開いた日本の女性たち_74看護歴史学会誌201405_p86}}。瑞子は新参者にもかかわらず、早々に頭角を現その上、収入も安定し、磯の信頼を得る政府や地域社会に至認めらた職業でもあった<ref name="近代日本の女性看護歴史19810623_p17学会誌201405_p87">{{Harvnb|大竹|城丸|佐藤|円地2014|1981|ppp=17-2587}}</ref>。約3年後、磯の勧めで産婆開業資格を取るべく、上京して産婆養成所である紅杏塾（後の東京産婆学校）で学んだ{{R|明治・大正を生きた女性逸話事典_p215|理系の扉を開いた日本の女性たち_74}}。[[1882年]]（明治15年{{refnest|group="*"|明治16年9月との説もある{{R|吉岡弥生伝19980825_p125}}。}}）、開業資格を取得した{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_74}}。

女子も入学可の医学校としては、成医会講習所（後の[[東京慈恵会医科大学]]）があったが、月謝半年分の前納が条件であったため、学費不足から断念した{{R|吉岡弥生伝19980825_p125}}<ref name="高木兼寛明治の医学20071218_p601群像19690131_p160">{{Harvnb|松紀田|20071969|pp=601160-602163}}</ref>。続いて前納金の不要な月謝制の医学校として、当時の唯一の私立医学校である[[済生学舎]]の門を叩いた{{R|ドクトルたちの奮闘記_p140}}。済生学舎は、後年に女子の入学を許可す純然たるも開業試験のの、当時はまだ不許可予備校であった。瑞子はその押しの強い性格から校長に面会を求めり、3日3晩にわたって無言で校門に立ち尽くした{{R|大正期の職業婦人_p269}}。食事も睡眠月謝も月ごとらなかった{{Sfn|楠戸|1992|p=215}}。3日目に校長の[[長谷川泰]]に会うことができたが、返事は「考えておきましょう」のみ分納であったため、そ瑞子の後も連日で嘆願し、10目ようにして入苦学を許可された。普段は男同然する立場の者に振る舞う瑞子は、入非常に好都合な学を許可されて初めて、声を立てんばかりに泣い校であったという{{RSfn|大正期の職業婦人_p269秋山|1991|p=85}}。

[[1885年]]（明治18年{{refnestR|group="*"|明治19年3月と譜の説もある{{R|吉岡弥生伝19980825_p129}}。ずれ}}）に、[[医術開業試験|医術開業前期試験]]（[[物理学]]、[[科学]]、[[生理学]]、[[解剖学]]）に合格した{{R|海を越えた日本人名事典19851210_p350}}。続く後期試験にあたっては[[臨床試験]]があったため、[[順天堂医院]]に実地研修の申し入れたが、やはり女子は不許可であった。偶然にも、当時の自宅の隣人が順天堂医院の院長である[[佐藤進 (軍医)|佐藤進]]の甥であり、瑞子の猛勉強ぶりを知っており{{R|ライフビジョン201305}}、この甥が佐藤に進言したことで受け入れが許可され<ref name="近代日本の女性史19810623_p32">{{Harvnb|佐藤|円地|1981|pp=32-39}}</ref><ref name="吉岡弥生伝19980825_p128">{{Harvnb|吉岡|1998|pp=128-133}}</ref>、同医院で女性初の医学実地研修生となった{{R|海を越えた日本人名事典19851210_p350}}<ref>{{Cite book|和書|title=教育・文学への黎明|date=1978-2-25|publisher=[[集英社]]|series=人物日本の女性史|ncid=BN02301987|page=229}}</ref>。

順天堂では瑞子の窮状から、月謝が免除された。入学金のみ要したため、瑞子は「どうせ夜は本当に寝ないから」といって、夜具を売り払って入学金にあてた{{R|明治の女性たち_p85}}。佐藤進はその事情を同情し、その入学金も返金したが{{R|吉岡弥生伝19980825_p128}}{{Sfn|秋山|1991|pp=90-91}}、瑞子は「一度手元を離れた金だから」<!-- ※ 信頼性要検証「こちらの方が役に立つ{{R|婦人公論20200709_p2}}」-->と、その金で夜具を買い戻すのではなく、以前から欲しかった聴診器を買った{{R|近代日本の女性史19810623_p32}}<ref name="岩瀬彌助の生涯_p246">{{Harvnb|礒貝|1990|pp=246-249}}</ref>
。佐藤は、すべてを医学に捧げる瑞子に感心して、親身になって瑞子を指導した{{R|吉岡弥生伝19980825_p128}}<ref name="ドクトルたちの奮闘記_p145">{{Harvnb|石原|2012|p=145-146岩瀬彌助の生涯_p246}}</ref>。また佐藤の妻の[[佐藤志津]]は、窮状を抱える女性への支援を惜しまなかった人物であり、あまりに質素な瑞子の身なりを見かね、自分の古着を贈るなどして支援した{{R|近代日本の女性史19810623_p32|}}<ref name="ドクトルたちの奮闘記_p145">{{Harvnb|石原|2012|p=145-146}}</ref>。

[[1887年]]（明治20年）3月{{refnest|group="*"|4月との説もある{{R|海を越えた日本人名事典19851210_p350}}。}}には後期試験（[[外科学]]、[[産科学]]、[[婦人科学]]、[[眼科学]]、[[薬理学]]、[[衛生学]]、[[細菌学]]）に合格{{R|海を越えた日本人名事典19851210_p350}}、翌[[1888年]]（明治21年）、36歳にして日本で第3の公許女医として登録された{{R|女性と社会19990320_p11|理系の扉を開いた日本の女性たち_74}}。

同1888年（明治21年）、佐藤志津や知人たちの援助を得て、[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]の元大工町（後の[[東京都]][[中央区 (東京都)|中央区]][[八重洲]]1丁目付近<ref name="日本女医会雑誌20180501_p9">{{Harvnb|日本女医会雑誌|2018|pp=9-10}}</ref>）に「高橋瑞子医院<ref name="日本女性史叢書20081225_p122">{{SfnHarvnb|田中|三井|2008|pp=122-124}}</ref>」を開業した{{R|事典近代日本の先駆者_p353|近代日本の女性史19810623_p32}}。場所は魚河岸に近い町であり、周囲からは「女医さんなら[[山の手]]のような品の良い場所がいいのに」とも言われたが、瑞子は「粗野な自分には下町の気風が似合う。日本橋なら金回りは良いし、診察代の取りっぱぐれもない」と言い放った{{R|近代日本の女性史19810623_p32}}<ref name="ドクトルたちの奮闘記_p148">{{Harvnb|石原|2012|pp=148-149}}</ref>。開業にあたっては借金もしたが、貸主は瑞子の将来性を見込み、無利子に等しい状態で貸したといい、これも瑞子の人望を物語っていた{{R|近代日本の女性史19810623_p32|ドクトルたちの奮闘記_p148}}。

[[1890年]]（明治23年）、38歳のとき{{R|20世紀日本人名事典_p1470看護歴史学会誌201405_p97}}、[[ドイツ]]の[[ベルリン大学]]で本場の医学を学ぶことを望んだ{{R|吉岡弥生伝19980825_p133}}、特に[[産婦人科学]]を学ぶことを望んだ{{R|三田文学20110501_p177}}。理由は、瑞子は多くの患者を診察する内に、自分の未熟さを痛感し、より医学を学ばなければならないと考えるようになったため{{R|近代日本の女性史19810623_p32}}、または後述のような男装姿を警官から不審に見られ「本当に医者か」「免許を見せろ」などといわれ、国外の勉強で男以上の実力をつけることを望んだため{{R|ドクトルたちの奮闘記_p150}}、などの説がある。また、[[岡見京]]がアメリカの[[ペンシルベニア女子医科大学]]を卒業して医師となったことに触発されて、アメリカに対して本場のドイツの医学を学ぶ気持ちを抱いた可能性も、示唆されている{{R|近代日本の女性史19810623_p32}}。佐藤進は「アメリカ行きなら助力できる」とアメリカを勧めたが、瑞子はあくまでドイツ行きを希望した{{R|明治の女性たち_p85}}。

留学資金の調達には、開業時の借金の貸主の援助があった{{R|ドクトルたちの奮闘記_p148}}。また言葉の問題については、{{Anchors|津久井磯の孫}}恩師の津久井磯の義孫（磯の夫の先妻の子の息子）が[[ドイツ語]]を学んでいたため、家庭教師を乞い、付け焼刃ながらドイツ語を学んだ<ref name="ドクトルたちの奮闘記_p150">{{Harvnb|石原|2012|p=150-152}}</ref>。瑞子は喘息持ちで体が弱く{{refnest|group="*"|順天堂医院での恩師である佐藤進の証言によれば、この時点での瑞子は「永年の無理が祟って、すでに体がぼろぼろ」だったという<ref name="岩瀬彌助の生涯_p257">{{Harvnb|礒貝|1990|pp=257-259}}</ref>。}}、ドイツは気候面で不安があり、周囲は反対したが、瑞子は「死んでもいいから行きたい」と、その反対を振り切って日本を発った{{R|ドクトルたちの奮闘記_p150}}<!--<ref name="婦人公論20200709_p3">[https://fujinkoron.jp/articles/-/2243?page=3 田中 2020], p. 3{{信頼性要検証|date=2020-09}}</ref>-->。

下調べも紹介状すらもない独断での渡航であり、ドイツでもどの大学も女子の入学を許可していなかった{{R|明治の女性たち_p85}}。そもそも当時のドイツは、女子の医術開業自体を禁止しており、医学や技術自体はともかく、女医の道の点では日本に後れをとっていた{{R|吉岡弥生伝19980825_p133}}<ref name="日本看護歴史学会誌201405_p91">{{Harvnb|大竹|城丸|佐藤|2014|pp=91-92}}</ref>。

その瑞子の窮状が、ベルリン大学の[[ロベルト・コッホ|コッホ]]研究所に勤めていた[[北里柴三郎]]の耳に届いた。北里は「40歳近くでドイツ語もうろ覚えの女性が、ベルリンに医学を学びに来た」と聞き、驚いて椅子から転げ落ちそうになったとも伝えられる<ref name="ドクトルたちの奮闘記_p152">{{SfnHarvnb|石原|2012|p=152-153155}}</ref>。北里は[[佐々木東洋]]と共に、オーストリアの[[ウィーン大学]]への留学を手引きしようとしたが{{R|海を越えた日本人名事典19851210_p350}}、瑞子の願いはあくまで、ドイツでの勉学だった<ref name="近代日本の女性史19810623_p40">{{Harvnb|佐藤|円地|1981|pp=40-48}}</ref>。またウィーン大学もドイツ同様、女人禁制であった{{R|海を越えた日本人名事典19851210_p350}}。

当時の瑞子の下宿先は、薬学者の[[長井長義]]がドイツ留学時に滞在した場所であり、そこの女主人は、日本人から「日本婆さん」と呼ばれるほどの親日家、且つ聡明な人物であった{{R|岩瀬彌助の生涯_p257}}。この女主人が瑞子に同情すると、瑞子はこう言い切った{{SfnR|石原|2012|p=152-155ドクトルたちの奮闘記_p152}}<ref name="日本女性史叢書20081225_p125">{{Harvnb|田中|三井|2008|pp=125-127}}</ref>。

{{Quotation|私は武士の娘ですよ。（略）いざとなったら日本の武士は切腹してでも自分の意志を貫き通します。どうしてもベルリン大学が私の入学をどうしても拒むという否するなら、（略）覚悟があります。産婦人科医院の前で、胸を刺して、自殺してみせするくらいのことはできますよ{{refnest|group="*"|瑞子自身は「首つり自殺を図った」と語っていたが{{R|明治の女性たち_p85|日本女医会雑誌20180501_p9}}、[[石原あえか]]は瑞子が士族の娘であることから、切腹を図った可能性が高いと指摘しょうている{{R|ドクトルたちの奮闘記_p256}}。}}。（略）それうすることで、今後、私と同じ志をもつ持った女性に大学入学への門戸道が開ひらかれるならば、お安い御用です。これほど愉快なことはありませんからね。|高橋瑞子|[[石原あえか]]礒貝逸夫「明治ベルリン大学の『杏林女傑』高橋瑞子とその周辺日々」|{{Harvnb|石原礒貝|20121990|p=154260}}より引用}}

翌[[1891年]]（明治24年）、瑞子は慣れないドイツの地での無理が祟り、病気を患って吐血した。先滞在費に加えて治療費で留学資金が尽き、重症のまま帰国した{{R|近代日本の女性史19810623_p40}}。一時は命すら危ぶまれたものの{{R|吉岡弥生伝19980825_p133}}、佐々木東洋が「無事に帰国するのは難しいかも知れない」と危惧するほどの病状であった{{Sfn|礒貝|1990|pp=260-262}}。ドイツの3人の医師が「ドイツでの回復は困難、航海中の無事も保証できないが、日本へ近づくのが良い」との判断での帰国であったが、帰国後は病状が奇跡的に回復した{{R|明治の女性たち_p85}}。日本橋での再開業後は、ドイツ仕込みの腕前との評判により、医院の名声も高まり{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_74|近代日本の女性史19810623_p40}}、同業者の間でも羨望の的となった{{R|吉岡弥生伝19980825_p133}}。

瑞子の医院には女性が勤めたことがあったが、夜道の往診で危険な目に遭った経験から、以後、瑞子は男性のみを内弟子に雇った。「男ならどこへ放り出しても大丈夫」との弁だった。女性はかえって世話が焼けるといい、「女は駄目だ」が口癖だった{{R|近代日本の女性史19810623_p40}}{{Sfn|紀田|1969|pp=171-174}}。男性たちは用心棒も兼ね、薬局や代診も手伝った<ref name="岩瀬彌助の生涯_p262">{{Harvnb|礒貝|1990|pp=262-265}}</ref>。

「歳をとって、万が一にも誤診をしては大変なことになるから、60歳で廃業する」と以前から宣言しており、その言葉通り[[1914年]]（[[大正]]3年{{R|group="*"|年譜のずれ}}）の還暦の祝宴で引退を表明して{{R|海を越えた日本人名事典19851210_p350}}、潔く引退した{{R|吉岡弥生伝19980825_p133|近代日本の女性史19810623_p40}}。日本女医会による『日本女医会雑誌』同年10月10日号では、瑞子の引退後を受けて、その偉業が「女史の履歴は青年期立派な一遍の立志談で吾々後進者を益する事少なくないと信じます私共は対照的に、[[和歌]]女医会の偉人なる女史を嗜む永く忘れてはなど、静からな余生を送ったいと思ひます<ref group="*">{{RHarvnb|近代日本の女性史19810623_p40医会雑誌|2018|p=10}}。和歌は父譲よりの趣味であり、自引用。</ref>」と讃えら和歌を詠う傍ら、父の遺稿集『春河流集』を発行しれた{{SfnR|楠戸|1992|p=216日本女医会雑誌20180501_p9}}。

瑞子は東京女医学校（後の[[東京女子医科大学]]）設立者である{{Anchor|吉岡彌生|[[吉岡彌生]]}}は、済生学舎での瑞子の後輩にあたり{{R|ドクトルたちの奮闘記_p162}}、瑞子と親交がありった。瑞子は70歳のとき胆石を患い{{R|日本看護歴史学会誌201405_p94}}、晩年の病床を見舞った吉岡に、瑞子は「私の体を解剖して、学生たちの研究に役立ててほしい。骨も焼いては勿体ないので、標本にして教材にしてほしい<!--{{R|group="*"|婦人公論20200709_p4}}-->」との遺言を遺していた{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_74|近代日本の女性史19810623_p40}}。この遺志に基づき、遺体言は東京女医学校で解剖実習に供された。遺骨は骨格標本「高橋先生のお骨」として、東京女医学校の校宝として保存され、[[太平洋戦争]]の空襲で病院が焼失する中でも守り抜かれた<ref>{{Cite web|url=https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1996/00999/contents/095.htm |title=日本の献体四十1921年|accessdate=2020-9-24|date=1996|website=[https://nippon.zaidan.info/index.html （大正10年）6月10日本財団 図書館]}}</ref>。吉岡は「死してなお医学のため読売新聞東京朝刊に尽くそうとするこの大先輩の意気に打た掲載されないではいられませんでした」と、瑞子を称えた{{R|吉岡弥生伝19980825_p133}}。女性史研究家の[[村上信彦]]は自著『明治女性史』において、瑞子をこう嗟嘆した{{R|近代日本の女性看護歴史19810623_p40学会誌201405_p94}}。

吉岡彌生は、日本初の公許女医である[[荻野吟子]]を引き合いに出して、「荻野（吟子）さんが日本の女医の生みの親だとすれば、育ての親に当たるのが3番目に女医になった高橋瑞子さんであります」と語った{{R|岩瀬彌助の生涯_p241|日本女医会雑誌20180501_p9}}。瑞子の開業の前年に日本第2の公許女医となった[[生沢クノ]]はもまた、1943年（昭和18年））1月の『日本女医会雑誌』からのインタビューに対して、瑞子と[[荻野吟子]]を引き合いに出し、「日本女医の道を開い拓したのは、荻野さん1人の力だけではなく、その中には高橋瑞子さん物と私とが加わっしていると思います」と偲んだ瑞子の名を挙げた{{Sfn|西条|2009|pp=69-70}}{{Sfn|西条|2009|p=107}}。

骨太で男勝りの体格であり、髪も短髪であった<ref name="理系の扉を開いた日本の女性たち_72">{{Harvnb|西条|2009|pp=72-73}}</ref>。ドイツ留学時、日本公使館の館員たちは、瑞子を見て驚き、後年「[[板額御前|板額]]の生まれ変わりみたいな中婆さん{{refnest|group="*"|「板額」には、鎌倉時代の勇婦として伝わる[[板額御前]]の他に、顔が醜く体格の逞しい女性を嘲て言う意味もあるが、中年でも勉学を望んで国外にわたる瑞子の姿に、前者の板額御前の姿を重ねたものと推察されている{{R|ドクトルたちの奮闘記_p150}}。}}」と回顧した{{R|ドクトルたちの奮闘記_p150|近代日本の女性史19810623_p40|明治の群像19690131_p165}}。50歳を越える頃には[[肥満]]が進行し、裾がはだけて歩きにくいので、[[袴]]を着用した{{R|近代日本の女性史19810623_p40|日本女性史叢書20081225_p131}}。「まるで女の相撲取り」とも言われた{{R|明治の女性たち_p77}}。没後の遺体解剖所見の内容を一部要約すると「身長約145センチメートル、骨太、大変な肥満」であった。また「[[脳髄]]の発育は極めて良好」「脳内質に異常なし」とあることから、76歳の老体にもかかわらず、思考や感性の衰えはなく、[[痴呆]]の傾向もなかったことが示されていた{{R|近代日本の女性史19810623_p11}}。瑞子を主人公とした小説『骸骨哄笑』を著した[[杉本苑子]]も、その容姿を「商売を切って回す大店（おおだな）のお内儀、大きな料亭で睨みをきかす、やり手の女将（おおおかみ）」と表現した{{R|ドクトルたち近代日本の奮闘記_p140女性史19810623_p17}}。

済生学舎への入学やドイツ留学の逸話が物語るように、型破りな個性の持ち主であった{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_72}}。男物の服を身につけ、道を行く際には、荷物を風呂敷で包んで首に巻き付け、肩を揺さぶって歩いた。酒もたばこも好んだ{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_72}}。夏季は湯文字と羽織だけを着て、大きな乳房を晒して平気で人前に出た<ref name="日本女医史199104_p123">{{Harvnb|秋山|1991|pp=123-124}}</ref>。人力車に乗り、走り方が少しでも遅いと「這ってるのかい? もっとキリキリ飛ばさんかい」と、太くて低い、凄みのある声で叱咤した{{R|近代日本の女性史19810623_p11}}。その姿は日本橋の名物の一つともいわれ、下町の女性たちからも憧れられた{{R|ドクトルたちの奮闘記_p148}}。

思い切りが良く、思い立ったら行動に移した。物おじもせず、負けん気が強い性格であった{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_72}}。窮状を抱えても決して表情には出さず、むしろ笑い飛ばした。順天堂医院に研修を断られたときも、隣人（佐藤進の甥）から同情されても「女は駄目だって言われてしまいました」と笑うだけだった{{R|岩瀬彌助の生涯_p246}}。彼が佐藤に研修を進言したのは、この性格を気に入ったためとの説もある{{R|ドクトルたちの奮闘記_p145}}。豪徳寺の記念碑にも、その人物像を「女傑」と刻まれている{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_72}}。

その一方で、ドイツからの帰国後に何度か移転し、瑞子の家を買った者が、関東大震災で家を失うと、瑞子は不運な買い手への慰謝として、残金を棒引きにした上に、見舞金まで贈るなど{{R|近代日本の女性史19810623_p40|日本女性史叢書20081225_p131}}、人情家の一面もあった。周囲からは「瑞さん」の名で呼ばれ、親しまれた{{R|理系の扉を開いた日本の女性たち_72}}。窮状を救ってくれた恩人へは礼を尽くし、医師として名を成した後には、書生たちを一人前に育て上げるために学費を援助し、その支援により工学博士や医学士となった者も多かった{{R|ドクトルたちの奮闘記_p162}}。反戦ジャーナリストとして知られる[[桐生悠々]]も瑞子の援助を受けた1人であり、瑞子が桐生に出した援助の条件は「私の方が先に死ぬから、死んだら墓を作ってくれればいい」であった{{R|ドクトルたちの奮闘記_p162|岩瀬彌助の生涯_p262}}。そ援助した者の1人を、自分の姪（姉の子）と縁組させたこともあった{{R|ドクトルたちの奮闘記_p162}}。

離婚後に生涯を独身で通したことについては、瑞子は以下の言葉を遺した<ref>{{RCite book|和書|title=先駆者たちの肖像_p29 明日を拓いた女性たち|date=1994-7-15|publisher=東京女性財団|isbn=978-4-8107-0386-3|page29}}</ref>。

== 論文年譜 ==

* {{Cite book|和書|author=[[石原あえか]]秋山聾三|title=ドクトルたちの奮闘記日本女医史（追補）|date=20121991-6-184|publisher=[[慶應義塾大学出版日本女医会]]|isbnncid=978-4-7664-1950-4BN0666606X|ref={{SfnRef|石原秋山|20121991}}}}

* {{Cite bookjournal|和書|author=楠戸義昭|title=維新の女[[石原あえか]]|date=19922011-105-301|publishertitle=高橋瑞子の骨格標本を眺めて|journal=[[毎日新聞出版三田文学]]|isbnvolume=978-4-620-30897-590|issue=105|publisher=三田文学会|id={{NCID|AN00396849}}|ref={{SfnRef|楠戸石原|19922011}}}}

* {{Cite book|和書|author=[[立川昭二島本久恵]]|title=明治医事往来の女性たち|date=19861966-129-1530|publisher=[[新潮社みすず書房]]|isbnncid=978-4-10-364701-0BN02544140|ref={{SfnRef|立川島本|19861966}}}}

* {{Cite book|和書|author=田中江克己ひかる|title=明治・大正を生きた男装の女性逸話事典医 高橋瑞物語|date=20152020-97-3020|publisher=[[第三文明中央公論新社]]|isbn=978-4-47612-03348005320-97|ref={{SfnRef|田中江|20152020}}}}

* {{Cite book|和書|author=松田誠[[中江克己]]|title=高木兼寛の医学 東京慈恵会医科明治・大学の源流正を生きた女性逸話事典|date=20072015-129-2830|publisher=[[東京慈恵会医科大学第三文明社]]|ncidisbn=BA86477780978-4-476-03348-9|ref={{SfnRef|松田中江|20072015}}}}

* {{Cite book|和書|author=[[吉岡彌生]]|title=吉岡弥生 吉岡弥生伝|origyear=1941|date=1998-8-25|publisher=[[日本図書センター]]|series=人間の記録|isbn=978-4-8205-4308-4|ref={{SfnRef|吉岡|1998}}}}

* {{Cite book|和書|editor=[[富田仁]]編|title=事典近代日本の先駆者|date=1995-9-11|publisher=[[日外アソシエーツ]]|isbn=978-4-8169-1301-3|ref={{SfnRef|富田|1995}}}}

* {{Cite bookjournal|和書|date=2018-5-1|title=先駆者たちの肖像 明高橋瑞子女史訪問記|journal=日を拓いた本女性たち医会雑誌|dateissue=1994-7-15復刊第233号|publisher=東京日本女性財団医会|isbnid=978{{全国書誌番号|00018675}}|url=http://www.jmwa.or.jp/pdf/joikaishi/233.pdf |format=PDF |accessdate=2020-410-8107-0386-321|ref={{SfnRef|東京日本女性財団医会雑誌|19942018}}}}

== 関連文献項目 ==