「パロディ・モンタージュ写真事件」の版間の差分

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中山 第3版 (2020) と百選 (2019) 関連判例を使って解説補強。Efn2の2重ネストがモバイルアプリだとバグになるのでネスト解消。
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{{Otheruses|1971年から1987年に日本で争われた民事訴訟|世界各国のパロディ訴訟・騒動全般|パロディ事件}}
<div class="pathnavbox">
* {{Pathnav|知的財産権|著作権|[[著作権法|日本の著作権法]]|パロディ事件}}
* {{Pathnav|パロディ|[[日本写真史|日本の写真史]]}}
</div>
'''パロディ・モンタージュ写真事件''' (パロディ・モンタージュしゃしんじけん){{Efn2|呼称は様々であり、「'''パロディ・モンタージュ写真事件'''」(『メディア判例百選』第2版 (法学者3名共編){{R|MediaJurist2018}}、法学者・作花文雄『詳解著作権法』第5版{{Sfn|作花|2018|p=876}}、法学者・三浦正広の論文{{Sfn|三浦|2013|p=70}}、法学者兼弁護士・城所岩生{{R|Kidokoro2013}}、特許庁2016年資料{{R|JPO2016|page1=17}}) のほか、「'''モンタージュ写真事件'''」(『著作権判例百選』第6版 (法学者4名共編){{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|pp=138&ndash;139}}、法学者・[[中山信弘]]『著作権法』第3版{{Sfn|中山 第3版|2020|p=836}}、弁護士・伊藤真の判例紹介論文{{Sfn|伊藤|2013|p=6}})、「'''パロディ・モンタージュ事件'''」(平成23年度文化庁委託事業調査報告書{{Sfn|MURCパロディ報告書|2012|p=97}})、「'''パロディ写真事件'''」(法学者・飯野守の論文{{R|Iino2008|page1=172}})、「'''写真パロディ事件'''」(文化庁著作権解説サイト{{R|BunkaQA-Cite}}) 「'''パロディ事件'''」(法学者・[[田村善之]]『著作権法概説』{{Sfn|田村|1998|p=364}}、日本感性工学会論文誌{{Efn2| (田村の執筆文献に依拠した論文投稿){{R|Suzuki-Matsunawa|page1=125}}。}}) などがある。ただし「パロディ事件」は商標権侵害など別件でも用いられることがあるため{{R|TM-Kudo|TM-Yukitani|TM-Suzuki}}、注意が必要である。本件では、パロディや風刺目的でのフォトモンタージュ技法が著作権法の引用の要件を満たすのかが主に問われたことから、本項のページ名として「パロディ・モンタージュ写真事件」を採用した。}}とは、山岳[[写真家]]・[[白川義員]]の写真作品の一部が、[[フォトモンタージュ]]技法を用いて[[グラフィックデザイナー]]の[[マッド・アマノ]]によって無断合成されたことに端を発する日本の[[民事訴訟]]事件である。アマノは自動車公害を[[風刺]]する目的でモンタージュ (合成) 写真を創作しており、[[著作権法]]上の[[剽窃]] (盗用の意、[[著作財産権]]侵害の一つ)、および[[著作者人格権]]侵害に該当するかが問われた。1971年 (昭和46年) に白川が提訴すると{{Efn2|第一次一審 (東京地裁) の事件番号は昭和46(ワ)8643、裁判年月日は昭和47年11月20日である{{R|CourtS47-Search}}。}}、その後は[[最高裁判所 (日本)|最高裁]]によって権利侵害が認められて控訴裁に2度差し戻され{{Sfn|作花|2018|p=876}}、最終的に提訴から16年後の1987年に当事者間で和解が成立した{{R|G-Film|ParodyTimes-Case}}。特に第一次上告審での1980年 (昭和55年) 最高裁判決は{{Efn2|第一次上告審 (最高裁) の事件番号は昭和51(オ)923、裁判年月日は昭和55年3月28日、民集 第34巻3号244頁収録{{R|CourtS55-Search}}。}}、著作権法上の[[引用]]の2要件「明瞭区別性」と「主従関係」(付従性」を具体的に示したことで知られ){{Efn2|name=Requirements|「明瞭区別性」とは、引用して利用する著作物側と、引用される原著作物側で明瞭に区別・識別できることを指す。また「関係」(付従性、あるいは附従性とも) とは、前者が主、後者の原著作物が従の関係にあることをいう{{Sfn|田村|1998|p=205}}。}}{{R|BunkaQA-Cite}}。}}を具体的に示したことから '''2要件説''' とも呼ばれ{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}{{R|Kitamura2016|page1=10&ndash;12}}、著作権法のリーディングケースとしてたびたび参照されている{{Sfn|作花|2018|p=325}}{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|pp=138&ndash;139}}{{Sfn|田村|1998|p=205}}。
 
1971年 (昭和46年) に白川が提訴すると{{Efn2|第一次一審 (東京地裁) の事件番号は昭和46(ワ)8643、裁判年月日は昭和47年11月20日である{{R|CourtS47-Search}}。}}、その後は[[最高裁判所 (日本)|最高裁]]によって権利侵害が認められて控訴裁に2度差し戻され{{Sfn|作花|2018|p=876}}、最終的に提訴から16年後の1987年に当事者間で和解が成立した{{R|G-Film|ParodyTimes-Case}}。アマノ側は訴訟中、モンタージュ写真が自身の思想・感情を投映した新たな創作物であり、剽窃ではなく著作権法で認められている合法的な引用の範囲だと抗弁した{{Sfn|時実|2016|pp=117&ndash;118}}。しかしアマノのモンタージュ写真は、原著作物である白川の雪山写真の本質的な特徴をそのまま感得できるしてから{{Sfn|伊藤|2013|p=7}}{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=3}}、[[パロディ]]や風刺目的であるか否かを問わず権利侵害であると最高裁で示された{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=4}}。したがってパロディと著作権問題を直接扱った判例とは言えないにもかかわらず{{Sfn|中山 第3版|2020|pp=505&ndash;506}}、本件以降、日本ではパロディを通じた[[表現の自由]]が法的に狭められたとの見解もあり{{Sfn|時実|2016|p=119}}{{Sfn|三浦|2013|pp=70&ndash;71}}、パロディの息の根が止められたなどの見解が散見され{{Sfn|中山 第3版|2020|p=505}}、[[日本写真史|日本の写真史]]にも名を残すこととなった{{Sfn|島原 (下)|2013|p=204}}。
 
なお、本件は[https://www.cric.or.jp/db/domestic/old_index.html 旧著作権法] (明治32年3月4日法律第39号) が適用されて法廷で審理された{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=5}}{{Efn2|旧著作権法 (明治32年3月4日法律第39号) は現行著作権法 (昭和45年5月6日法律第48号) によって全面改廃されているが{{R|OldLaw-Hourei}}、現行著作権法の施行日は昭和46年1月1日である{{R|CurrentLaw-eGov-Apd1}}。アマノのモンタージュ写真が最初に発行されたのは、現行著作権法 (昭和45年5月6日法律第48号) の施行日より前であり、旧著作権法が適用された{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=5}}。}}。ただし[https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=345AC0000000048 現行著作権法] (昭和45年5月6日法律第48号) の施行後に判決が下されていることから、本項では対比のために旧著作権法を「旧○条」、それに対応する現行著作権法を「現○条」と表記して、以下解説する。
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本件では、[[著作財産権]] (著作者の財布が守られる権利) と[[著作者人格権]] (著作者の心が守られる権利) の両侵害が問われた{{Sfn|第一次一審判決主文|1972|p=2}}。具体的な争点は以下のとおりである。
 
# アマノのモンタージュ写真は、白川の原著作物とは別個の著作物として認められるか? それとも原著作物から派生した[[二次的著作物]]の枠内か?{{Efn2|原著作物の特徴を直接的に感得できる場合は二次的著作物とみなされる{{Sfn|中山 第3版|2020|p=179}}。}}
# フォトモンタージュ技法は著作権法上の「偽作」(剽窃、盗用) に当たるのか、それとも「引用」に当たるか?
# 合法的な引用とはどのような要件か?
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# 憲法が保障する[[表現の自由]]や、[[フェアユース]] (公正利用) の法理はフォトモンタージュ技法に適用可能か?
 
{{Quote box
著作財産権には[[翻案権]]が含まれるが、これは原著作物を使って二次的著作物を他者に無断で創作されない権利 (つまり著作者に認められる独占権) である{{Sfn|田村|1998|p=44}}。たとえば小説や漫画を原作に脚色して映画化する、あるいは原曲をアレンジするなどの改変行為が翻案の例である{{R|BunkaQA-Ha}}。ただし「正当の範囲内」 (旧30条1項2号)、ないし「公正な慣行に合致」していれば ([https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=345AC0000000048#268 現32条1項]) 、原著作物を自身の著作物に取り込んで引用する際にはこの独占権に制限がかかり、無断で用いても著作権侵害に当たらない{{R|BunkaQA-A}}。したがって、白川の原著作物を盗用してアマノが二次的著作物たる「偽作」を製作したのか (旧著作権法 第3章 偽作、29条以降)、それとも白川の原著作物から引用はしたものの、アマノ独自の思想・感情を反映した新たな著作物を創作した結果がモンタージュ写真なのかが問われることとなった{{Efn2|たとえば第一次一審では、剽窃した上で改作していることから偽作であり、引用の要件は満たさないと判示された{{Sfn|第一次一審判決主文|1972|pp=4&ndash;5}}。一方の第一次控訴審では、合法的な引用に基づく風刺と批判目的のモンタージュ写真が新たに創作されたと判定されている{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=6}}。}}。本件では旧30条の「節録引用」の解釈が分かれることとなった (詳細は各判決要旨内で解説)。
|title = 適法引用を規定した著作権法の条文新旧比較
|quote = '''旧30条'''〔著作権の制限〕 既に発行したる著作物を左の方法に依り複製するは偽作と看做さず<br> 第一...<br> 第二 自己の著作物中に正当の範囲内に於て節録引用すること{{Efn2|name=Setsuroku}}<br> 第九...<br> 本条の場合に於ては其の出所を明示することを要す{{R|OldAct-Text}}<br><br>'''現32条'''〔引用〕  公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない{{R|CurrentAct-Text-A32}}。
|width = 35%
|align = right
|quoted = 1
}}
 
著作財産権には[[翻案権]]が含まれるが、これは原著作物を使って二次的著作物を他者に無断で創作されない権利 (つまり著作者に認められる独占権) である{{Sfn|田村|1998|p=44}}。たとえば小説や漫画を原作に脚色して映画化する、あるいは原曲をアレンジするなどの改変行為が翻案の例である{{R|BunkaQA-Ha}}。ただし「正当の範囲内」 (旧30条1項2号)、ないし「公正な慣行に合致」していれば ([https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=345AC0000000048#268 現32条1項]) 、原著作物を自身の著作物に取り込んで引用する際にはこの独占権に制限がかかり、無断で用いても著作権侵害に当たらない{{R|BunkaQA-A}}。したがって、白川の原著作物を盗用してアマノが二次的著作物たる「偽作」を製作したのか (旧著作権法 第3章 偽作、29条以降)、それとも白川の原著作物から引用はしたものの、アマノ独自の思想・感情を反映した新たな著作物を創作した結果がモンタージュ写真なのかが問われることとなった{{Efn2|たとえば第一次一審では、剽窃した上で改作していることから偽作であり、引用の要件は満たさないと判示された{{Sfn|第一次一審判決主文|1972|pp=4&ndash;5}}。一方の第一次控訴審では、合法的な引用に基づく風刺と批判目的のモンタージュ写真が新たに創作されたと判定されている{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=6}}。}}。本件では旧30条の「節録引用」{{Efn2|name=Setsuroku}}の解釈が分かれることとなった (詳細は各判決要旨内で解説)。
 
つづいて著作者人格権であるが、これには[[同一性保持権]]や[[氏名表示権]]が含まれる{{Sfn|田村|1998|p=332}}。
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== 判決 ==
=== 各判決のまとめ ===
一審の東京地裁ならびに上告審の最高裁は権利侵害を認めて白川勝訴の判決を下しており{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=1}}{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=1}}、損害賠償を命じた。第二次の二審 (控訴審) 東京高裁もこれに追従している{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1983|pp=7&ndash;8}}。しかし第一次の二審のみ、アマノのモンタージュ写真が合法的な引用の要件を満たし{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1983|p=7}}、パロディ目的の改変は憲法が保障する[[表現の自由]]の範疇であり{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=7}}、かつ白川の氏名表示も不要であると判示し{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=7}}、法廷の場で大きく見解が分かれることとなった。第一次控訴審は「若干特異な判断」だったと後に評されている{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}。

また、一審および第二次の二審では白川の名誉回復のために、朝日・毎日・読売の新聞3紙への謝罪広告掲載も命ぜられているが{{Sfn|第一次一審判決主文|1972|p=1}}、第二次の上告審で謝罪広告命令は破棄されている{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1986|pp=1, 4}}。
 
* 第一次一審 (東京地裁 昭和47年11月20日判決){{Efn2|事件番号 昭和46(ワ)8643、裁判年月日 昭和47年11月20日{{R|CourtS47-Search}}、無体集 4巻2号619頁収録{{Sfn|田村|1998|p=204}}。}}-- 白川側の勝訴。損害賠償額50万円および訴訟費用の負担、ならびに朝日・毎日・読売の新聞3紙への謝罪広告掲載がアマノ側に対して命じられた{{Efn2|謝罪広告の掲載は原告側の申立には含まれていなかったが、一審判決で命じられている{{Sfn|第一次一審判決主文|1972|p=1}}。}}。
* 第一次控訴審 (東京高裁 昭和51年5月19日判決){{R|CourtS51-Search}}-- アマノ側の勝訴{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=1}}。本件モンタージュ写真は著作権法の目的である「文化の発展」に寄与する{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=3}}。タイヤ画像を合成することで虚構の世界観を表現するパロディである。原著作者の思想・感情を風刺・揶揄していることから、そのまま取り込んだ剽窃に該当しない{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=5}}。旧30条の節録引用は、原著作物の思想・感情が改変された本件にも適用される{{Efn2|name=Setsuroku|「節録」とは適度に省略して書き記すことを意味する。他者の創作した著作物を一部省略し、残部をそのまま自身の著作物の目的に沿って取り込むことを「節録引用」と呼ぶ{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=5}}。}}は、原著作物の思想・感情が改変された本件にも適用される。さらに節録引用を定めた旧法 第30条は、本件においては出所の明示を要求しないと解釈{{Sfn|第一次控訴審判決主文|1976|p=3}}。
* 第一次上告審 (最高裁 昭和55年3月29日判決){{R|CourtS55-Search}}-- 控訴審を差戻{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=1}}。原著作物の本質的な特徴を大きく残した上で改変していることから、著作者人格権のうち[[同一性保持権]]の侵害に当たる{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=4}}。
* 第二次控訴審 (東京高裁 昭和58年2月23日判決){{R|CourtS58-Search}}-- 概ね第一次上告審を支持。著作者人格権侵害で50万円の損害賠償を命じたほか{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1986|pp=3&ndash;4}}、謝罪広告の掲載も一審の判断を踏襲した{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1986|p=4}}。
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|判例集=民集34巻3号244頁{{R|CourtS55-Search}}
|裁判要旨=
# 旧著作権法30条1項2号の「節録引用」とは紹介、参照、論評などを目的とし、(1) 明瞭区別性および (2) 主従関係 (付従性) を満たす必要がある{{R|CourtS55-Search}}{{Efn2|name=Requirements}}。
# 原著作物の本質的な特徴を直接感得することができることから、著作者人格権侵害に当たる{{R|CourtS55-Search}}。
# 一部風景を除去し、タイヤ画像を合成して白黒化する行為は、著作者人格権侵害に当たる{{R|CourtS55-Search}}。
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|url=https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=53283
}}
第一次控訴審判決を破棄して著作権侵害を認めている{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=1}}。第一次上告審における最高裁の判決要旨は以下の3点に集約されるが{{R|CourtS55-Search}}、とりわけ引用の要件を示した1点目は、日本の著作権法のリーディングケースとして知られている{{Sfn|作花|2018|p=325}}{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|pp=138&ndash;139}}。
# 旧著作権法30条1項2号で定められた「節録引用」とは紹介、参照、論評などを目的とする。合法的な節録引用にあたっては、(1) 引用して利用する側の著作物が引用される原著作物との間で明瞭に区別・認識されること、および (2) 前者が主、後者が従の関係にあることが必要とされる{{R|CourtS55-Search}}{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|pp=2&ndash;3}}。
# モンタージュ写真は原著作物とは別の作品として捉えることができたとしても、原著作物の本質的な特徴を直接感得することができることから、無断でのモンタージュ写真創作は原著作物の著作者人格権侵害に当たる{{R|CourtS55-Search}}{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|pp=3&ndash;4}}。
# 無断で原著作物たるカラー写真から一部風景を省き、タイヤ画像を合成して白黒のモンタージュ写真を創作して発行する行為は、著作者人格権侵害 (特に同一性保持権侵害) に当たる{{R|CourtS55-Search}}{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=4}}。
 
1点目の引用の2要件は、「明瞭区別性」と「関係」(付従性、附従性) と呼ばれる{{Sfn|田村|1998|p=205}}。本件では特に関係の観点で、引用の要件を満たしていないと判断された。そして風刺目的であったり、フォトモンタージュ技法が世間的に受け入れられているという事実によって、この関係の要件が緩和されることはないとも示された{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=4}}。なお、旧18条3項によれば、引用の際にも著作者人格権が尊重されることから{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|p=3}}、引用の3つ目の要件として原著作者の著作者人格権侵害が行われていないことも重要となってくる{{Sfn|田村|1998|p=205}}。これらの引用要件については、[[#引用の要件分析]]にて学説を詳述する。
 
2点目については、最高裁判所裁判長の[[環昌一]]から補足意見が述べられている。パロディ目的のモンタージュ写真の場合、原著作物を大きく取り込まざるを得ず、原著作者から事前許諾を得るのも困難であるとして、パロディ特有の難しさが指摘されている{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|pp=6&ndash;7}}。一審では、原著作物のごく一部から引き出して組み合わせるモンタージュ作品が世に存在すると指摘されているが{{Sfn|第一次一審判決主文|1972|p=5}}、最高裁では、原形が分からないほどに細断されてモンタージュ写真に取り込んだ場合、パロディとしては意義が成立しないとの現実的な問題が言及されている{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|pp=6&ndash;7}}。したがって、本件モンタージュ写真は著作権法の規定の限界を超えてしまっている。原著作物の著作者人格権を侵害せずにモンタージュ写真を創作するには、模した雪山写真を自ら撮影した上で画像合成するなどのモンタージュ技法などが考えうるとして、本判決が広くフォトモンタージュ技法やパロディ全般の途を閉ざすものではないとも補足している{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|pp=6&ndash;7}}。
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まず、第一次上告審で示された原著作物の特徴が直接感得しうる点は、第二次控訴審でも再確認されており、アマノのモンタージュ写真が同一性保持権を侵害する改変であると認められた{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1983|p=7}}。パロディによって原著作物をむやみに改変し、原著作者の知性や精神性を否定する行為は、著作権法の明文的な根拠なしには無制限に許容できないと示された{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1983|p=8}}。したがって、原著作物の複製利用にあたって原著作者の氏名表示が必要であり、氏名表示権侵害も認められた{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1983|p=7}}。
 
フォトモンタージュ技法が引用に該当するかについても、第一次上告審で示された明瞭区別性と関係の2要件が再確認され、モンタージュ写真 (素材を取り込む側) が従の関係になっていないとして、引用の要件を満たさず著作権侵害だと判定された{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1983|p=8}}。
 
アマノのモンタージュ写真を『週刊現代』に掲載した講談社 (共同不法行為者の位置付け) は、第二次控訴審の時点で既に白川側との間で示談が成立しており、50万円が支払い済であった。しかしこれとは別に、アマノ側に50万円の損害賠償および訴訟費用負担が命ぜられた{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1983|pp=9&ndash;10}}。また一審を支持し、謝罪広告の新聞掲載による名誉回復も命ぜられた{{Sfn|第二次控訴審判決主文|1983|p=10}}。
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本件に関連する他の判例も参照しつつ、パロディ・モンタージュ写真事件で下された判決の法的解釈や妥当性について、以下解説する。
 
第一次上告審 (最高裁) で示された引用の要件は後に '''2要件説''' とも呼ばれるようになり{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}{{R|Kitamura2016|page1=10&ndash;12}}、適法引用について問われた数々の判例へと踏襲された (詳細は[[#関連判例]]も参照のこと){{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}}。しかしこの2要件説は以下のとおり限界も指摘されており、後に '''総合考慮説''' が判例や学説上で登場することとなった{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|pp=142&ndash;143}}。ただし2要件説と総合考慮説はどちらが優れているといった二律背反的なものではなく、時には両立・補完関係にあることから、引用の要件解釈を巡っては混沌とした状況が続いている{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|pp=142&ndash;143}}{{R|Kitamura2016|page1=10&ndash;12}}。
=== 引用の要件分析 ===
 
知的財産権を専門とする法学者の[[田村善之]]は、第一次上告審 (最高裁) で示された引用の要件について批判的分析を加えている。フォトモンタージュのように素材を取り込んだ上で自己の著作物と一体化させる表現形態の場合、明瞭区別性の要件を満たすことは極めて困難であり、自由利用を阻害しかねない{{Sfn|田村|1998|p=205}}。このような「取込型」の場合
=== 批判・研究型と取込型の違い ===
2要件説の問題1つ目として、引用のパターンすべてに適用できないという批判が挙げられる。たとえば他者発言を引用して取り上げ、メディアや専門家が解説を加えるような、典型的な「批判・研究型」(論評型) には2要件説がフィットする。しかしながら本件フォトモンタージュ技法のように、素材を取り込んだ上で自己の著作物と一体化させる「取込型」の表現形態の場合、明瞭区別性の要件を満たすことは極めて困難であり、自由利用を阻害しかねない、と知的財産権を専門とする法学者の[[田村善之]]は批判的分析を加えている{{Sfn|田村|1998|p=205}}。田村のこの指摘は、同じく知的財産法学者の[[中山信弘]]や{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}}弁護士・清水節{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}、弁護士・福井健策{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}なども取り上げている。このような取込型の場合、以下3点を勘案した複合的な判断が必要ではないかと提言されている{{Sfn|田村|1998|p=206}}。
# 他に代わる表現手段がないか (つまり素材を使う必然性)
# 必要最低限の引用に留まっているか
# 原著作者に与える経済的な不利益が僅少か
の3点を勘案し総合的判断が必要ではないかと提言ている{{Sfn|田村|1998|p=206}}。この見解に基づいたしても、アマノのモンタージュ写真は1点目の代替手段の点で条件を満たさない{{Sfn|田村|1998|p=206}}。これは第一次上告審で裁判長の[[昌一|環]]が補足意見を述べたように{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|pp=6&ndash;7}}、アマノが雪山を自身で撮影してタイヤ画像を合成しても風刺の目的を達成しうるからである{{Sfn|田村|1998|pp=206&ndash;207}}。パロディの法的な定義は確固としたものが存在しないものの、パロディの元となった作品が一般的に知られており、何を模倣したのかがあからさまであることが特徴として挙げられている{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|pp=2&ndash;3}}。一方、アマノのモンタージュ写真は素材としてAIUの広告カレンダーが使われているものの、この元ネタを一般鑑賞者が気づかない可能性が高く、白川の写真をわざわざ用いる必然性の説得力に欠け、むしろフリーライダー (タダ乗り) の問題を孕んでいる{{Sfn|田村|1998|pp=206&ndash;207}}。
 
したがって、本件での判決はパロディ全般を否定して萎縮させているわけではない点に注意が必要である{{Sfn|田村|1998|p=207}}{{Sfn|第一次上告審判決主文|1980|pp=6&ndash;7}}{{Sfn|中山 第3版|2020|pp=505&ndash;506}}。たとえば[[田中角栄]]元首相らが収賄で逮捕された[[ロッキード事件]]を風刺するため、全内閣の集合写真を素材引用して、顔をピーナッツに置き換えたモンタージュ写真を仮に創作した場合、1点目の代替性・必然性の条件を満たすと考えられる{{Sfn|田村|1998|p=206}}。賄賂の現場で金額単位を表すため「ピーナッツ」の隠語が用いられていたことが、当時のマスコミに大きく取り上げられたためである{{R|Peanuts-MyNavi|Peanuts-JNPC}}。このようなケースバイケースや総合判断を求める学説は、田村以外にも[[渋谷達紀]]、[[小泉直樹]]、[[高林龍]]といった法学者からも唱えられている{{Sfn|MURCパロディ報告書|2012|p=98|loc=脚注287}}。そもそも、本件はパロディとは何かを直接的に扱った判決とは言えず、あくまで引用の要件について取り扱ったリーディングケースである{{Efn2|本件をパロディの先例判決とみなすことが必ずしも妥当と言えず、2020年現在、日本におけるパロディと著作権の問題は未解決のままだとの見解もある{{Sfn|中山 第3版|2020|pp=505&ndash;506}}。}}。しかしながら実態として、本件判決の結果、日本でパロディを通じた[[表現の自由]]が法的に狭められたとの見解も複数存在する{{Sfn|時実|2016|p=119}}{{Sfn|三浦|2013|pp=70&ndash;71}}、本件判決によって日本では「パロディの息の根が止められたかのようにいわれることもある」{{Sfn|中山 第3版|2020|p=505}}。
 
=== 旧法と現行法の違い ===
2要件説の問題2つ目は、旧著作権法下で下された判決が、現行著作権法にもそのまま適用できるのかという問題である{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|pp=138&ndash;139}}。
 
{{Quote box
|title = 適法引用を規定した著作権法の条文新旧比較<br>(再掲・一部文字を強調)
|quote = '''旧30条'''〔著作権の制限〕 既に発行したる著作物を左の方法に依り複製するは偽作と看做さず<br> 第二 自己の著作物中に'''正当の範囲内'''に於て'''節録引用'''すること{{Efn2|name=Setsuroku}}<br> 本条の場合に於ては其の出所を明示することを要す{{R|OldAct-Text}}<br><br>'''現32条'''〔引用〕  公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、'''公正な慣行'''に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上'''正当な範囲内'''で行なわれるものでなければならない{{R|CurrentAct-Text-A32}}。
|width = 35%
|align = right
|quoted = 1
}}
 
パロディ・モンタージュ写真事件の判決調査官を務めた小酒禮が「現行の著作権法の解釈についてもそのまま参考になる」と述べたことから、その後も長らく判例上・学説上ともに受け入れられてきた{{Sfn|ジュリスト百選・増田|2019|p=141}}{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=142}}{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}}{{Efn2|小酒禮の見解は、最判解民事篇 昭和55年度149頁を参照のこと{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}。}}。2要件説が最高裁判決だったことから、その重みを受け入れる学説が多かったとも言われている{{Sfn|中山 第3版|2020|p=403}}。
 
しかし、旧30条の「節録引用」という文言は、現行著作権法では一切用いられておらず「引用」に置き換わっている{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}。したがって、適法引用の要件についても、現32条が定めた「公正な慣行」や「正当な範囲内」という文言に立ち返るべきではないか、という動きが強まってきた{{Efn2|学説上の動きについては、[[上野達弘]]の論文「引用をめぐる要件論の再構成」[[半田正夫]]先生古稀記念『著作権法と民法の現代的課題』(2003年) 312頁を、また実際の判例上の動きについては、[[高部眞規子|髙部眞規子]]『実務詳説著作権訴訟』(2012年) 274頁を参照のこと{{Sfn|ジュリスト百選・増田|2019|p=141}}。}}。このような引用の目的や様態、また利用される著作物の性質や、引用によって原著作権者におよぼす影響などを総合的に考慮する考え方を「総合考慮説」と呼ぶ{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}。
 
時期的には2要件説が唱えられたのは、1980年 (昭和55年) 最高裁判決であるが、その5年後には「[[藤田嗣治事件]]{{Efn2|name=Fujita}}」控訴審 (東京高裁 昭和60年10月17日判決、判時1176号34頁、無体裁集17巻3号462頁) が2要件説をベースにしながらも{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}}、「主従関係」を一部拡張している。主従関係とは単純な分量だけでは測ることができないと指摘され、引用の目的、著作物の性質、引用の様態といった複合的な視点を取り込んだ判決となった{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}。
 
さらに総合考慮説へと傾かせたのが、2010年の「[[絵画鑑定証書事件]]」控訴審 (知財高裁 平成22年10月13日判決、判時2092号135頁) である{{Sfn|中山 第3版|2020|p=403}}。これは、絵画をカラーコピーして絵画の鑑定証書の裏面に貼り付けたことから、著作財産権の複製権侵害が問われた事件であるが、絵画のカラーコピーを鑑定証書から引き剥がして単独で利用されるおそれのないことや、むしろ鑑定によって贋作を排除し、絵画の価値維持に寄与することなどを総合考慮し、複製権侵害の訴えは退けられた{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=142}}。「公正な慣行」を柔軟に解釈した判決と言え{{Sfn|中山 第3版|2020|p=399}}{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}、2要件には直接的に触れずに引用を認めた日本の高等裁判所の初判決である{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}。
 
ただし総合考慮説にも限界がある。「公正な慣行」や「正当な範囲内」は一般的な基準でしかなく、こうなると[[米国著作権法]]の[[フェアユース]]の法理に実質的に近い。米国では多数の判例を通じて基準が具体化しているが、日本も同様の蓄積が必要であるとされている{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}。また、典型的な「批判・研究型」(論評型) の引用であれば、「正当な範囲内」の具体的な基準がまさに2要件説と親和性が高い。したがって2要件説を完全に捨て去って総合考慮説に乗り換えれば良いというものではない{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}。
 
さらに上述の田村らの指摘のように、必然性や必要最低限の引用量といった観点を加えるかについては学説が分かれている。弁護士・福井健策は必然性の観点を「現実的」とみなしているのに対し{{Sfn|ジュリスト百選・福井|2019|p=143}}、法学者・中山信弘はあまりに引用量を重視しすぎると表現の自由が萎縮したり、当事者間の無用の軋轢につながりかねないとして慎重な姿勢である。中山は汎用性の高い「公正な慣行」や「正当な範囲内」の一般基準だけで十分カバーできるとの立場である{{Sfn|中山 第3版|2020|pp=403&ndash;404}}。
 
=== 狭義のパロディ (ターゲット型) と風刺 (ウェポン型) の違い ===
上述の代替性・必然性の観点は、狭義のパロディと風刺の違いから解説されることもある。法学者・[[上野達弘]]は広義のパロディを
* 「ターゲット型」(狭義のパロディ) -- 元ネタの作品 (ないし原著作者) を直接対象ターゲットして批判・論評する目的で創作されたパロディ{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|p=3}}
* 「ウェポン型」(風刺など) -- 元ネタを素材 (攻撃用の武器) として用いて、別の事象を批判・論評する目的で創作されたパロディ{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|p=3}}
に分類して解説を試みている。被告・アマノ自身が主張してるように、本件モンタージュ写真は原著作者の白川を侮辱したり茶化す (狭義の) パロディ目的ではなく、自動車公害という社会問題を風刺するために白川の原著作物が素材として用いられたことから{{Sfn|第一次一審判決主文|1972|p=3}}{{Sfn|伊藤|2013|p=7}}、後者のウェポン型である。
 
世界各国の著作権法を俯瞰するとしてみても、ウェポン型パロディは必ずしも社会風刺の目的を達成するのに元ネタを借用する必然性がないことから、著作権侵害の判定を受けやすいと言われている{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|p=8}}。たとえば[[米国著作権法]]のパロディ関連でリーディングケースとして知られる「[[著作権法の判例一覧 (アメリカ合衆国)#キャンベル対エイカフ・ローズ・ミュージック裁判|キャンベル対エイカフ・ローズ・ミュージック裁判]]」(通称: プリティ・ウーマン判決、1994年[[アメリカ連邦最高裁判所|連邦最高裁]]判決) では、「ウェポン型」の風刺は社会を批判する目的で他者の作品を踏み台に利用していることから、(狭義の) パロディと比べて著作権侵害の判定を受けやすいと判示されている{{R|Shirotori2004}}。英国では1960年の「ジョイ・ミュージック対サンデー・ピクトリアル紙裁判」でウェポン型が法的に許容されたものの、その後は著作権侵害の判定が続いている{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|p=12}}。同様にウェポン型を否定する国としてドイツがある{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|p=20}}。ただしフランスでは、1957年に[[フランス著作権法]]上の条文でパロディを著作権侵害の例外として明文化しており、この条項は21世紀にも継承されている (L122条-5およびL211条-3){{R|Giannopoulou|page1=4&ndash;5}}。フランスでは、政治闘争を通じて表現の自由が獲得され、その一つとして風刺は重要な権利として認識された社会背景があり、ウェポン型も広く許容されると解されている{{Sfn|文化庁パロディ報告書|2013|p=17}}。
 
=== 著作者人格権の分析 ===
引用と著作者人格権侵害の関係についても批判がなされた。匿名の著作物を引用する際に、事前許諾を必要とするのは説得力に欠く。引用とは著作財産権の侵害にかかわる問題であり、著作者人格権とは分けて捉えるべきであると、先述の田村のほか、松井正道、斎藤博などの研究者らが指摘している{{Sfn|田村|1998|p=207}}。実際つまり関連判例を見著作者人格権の一つである同一性保持権に触れるような無断改変が行われれば、同一性保持権侵害が問われる。だからといっ1985年レオナール・フジタ絵画複製事件二審{{Efn2|レオナール・フジタ絵画複製事ような改変が行われていないことを著作財産権の例外規定である引用の成立要に据える二審、東京高矛盾するとの批昭和60.10.17であり無体集17巻3号462頁を参照同じく法学者中山もの見解を支持している{{Sfn|田村中山 第3版|19982020|p=207409}}。}}、1996年のおよびエルミア・ド・ホーリィ贋作事特に本一審{{Efn2|エルミア・ド・ホモンタリィ贋作事件はジュ写真の場合大阪地判平成8.1.31、知裁集28巻1号37頁白川の氏名がクレジットされていなかったAIUの広告カレンダー参照の元ネタにしていること{{Sfn|田村|1998|p=207}}。}}ではから、匿名の著作者人格権の尊重を引用する際に事前許諾を必とするのは説得力含めていない欠く{{Sfn|田村|1998|p=207}}。
 
実際、関連判例を見ても、1985年の藤田嗣治事件 控訴審{{Efn2|藤田嗣治事件 (レオナール・フジタ絵画複製事件) 控訴審は、東京高判昭和60.10.17、無体集17巻3号462頁を参照のこと{{Sfn|田村|1998|p=207}}。}}{{Efn2|name=Fujita}}、および1996年の[[エルミア・ド・ホーリィ贋作事件]] 一審{{Efn2|エルミア・ド・ホーリィ贋作事件は、大阪地判平成8.1.31、知裁集28巻1号37頁を参照のこと{{Sfn|田村|1998|p=207}}。}}では著作者人格権の尊重を引用の要件に含めていない{{Sfn|田村|1998|p=207}}。
 
== 関連判例 ==
; パロディ・モンタージュ写真事件の引用2要件説を基本的に踏襲したとされる判例 (一部軌道修正した判例を含む)
* [[藤田嗣治事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}}{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}{{Efn2|name=Fujita|藤田嗣治事件は「レオナール・フジタ絵画複製事件」{{Sfn|田村|1998|p=207}}、「フジタ事件」{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}とも呼ばれる。}} -- 東京地裁 昭和59年8月31日判決 (判時1127号138頁)、および東京高裁 昭和60年10月17日判決 (判時1176号34頁、無体裁集17巻3号462頁)。引用要件の「主従関係」(付従性) を藤田嗣治事件ではさらに発展させ、単純な分量ではなく引用の目的、著作物の性質、引用の様態といった複合的な視点を取り込んだ{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}。また、必然性や必要最小限の引用量というのは、著作者の主観に依存するとして、このような基準で適法引用を判断することに対して否定的な見解を示した{{Sfn|中山 第3版|2020|p=403}}。
* [[豊後の石風呂事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 昭和61年4月28日判決 (判時1189号108頁)。
* [[教科書準拠テープ事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成3年5月22日判決 (判時1421号113頁)。
* [[アイディア・表現二分論#日本|ラストメッセージin最終号事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成7年12月18日判決 (判時1567号126頁)。
* [[エルミア・ド・ホーリィ贋作事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 大阪地裁 平成8年1月31日判決 (知裁集28巻1号37頁)。
* [[バーンズコレクション事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成10年2月20日判決 (判時1643号176頁)。
* [[血液型と性格事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成10年10月30日判決 (判時1674号132頁)。
* [[脱ゴーマニズム宣言事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成11年8月31日判決 (判時1702号145頁)、および東京高裁 平成12年4月25日判決 (判時1724号124頁)。
* [[著作者人格権#日本|中田英寿事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成12年2月29日判決 (判時1715号76頁)。
* [[国語教科書準拠教材事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成13年12月25日判決 (判例集未収録、平成12年(ワ)第17019号)。
* [[絶対音感事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成13年6月13日判決 (判時1757号138頁)、および東京高裁 平成14年4月11日判決 ([https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=11915 平成13(ネ)3677])。ただし引用2要件を厳格適用せず、現32条の文言「公正な慣行」「正当な範囲」を柔軟解釈した判例とも捉えられている{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}。
* [[教科書準拠国語テスト①事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成15年3月28日判決 (判時1834号95頁)。
* [[2ちゃんねる小学館事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成16年3月11日判決 (判時1893号131頁)。
* [[南国文学ノート事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成16年5月31日判決 (判時1936号140頁)。[[モデル小説]]において、主人公キャラクターのモデルとなった実在の中国人男性の詩が引用されている。主人公の心情を描写するのに必要だったことから、「公正な慣行」に合致すると判定された{{Sfn|中山 第3版|2020|p=401}}。藤田嗣治事件と同様、必要最小限の引用量という基準に対して否定的な見解を示した{{Sfn|中山 第3版|2020|p=403}}。
* [[国語教科書事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成16年5月28日判決 (判時1869号79頁)。
* [[創価学会写真事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成19年4月12日判決 ([https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=34533 平成18(ワ)15024])。
* [[月間ネット販売事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成22年1月27日判決 ([https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=38418 平成20(ワ)32148])。
* [[がん闘病マニュアル事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=400}} -- 東京地裁 平成22年5月28日判決 ([https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=80245 平成21(ワ)12854])。
 
; 引用2要件以外の観点でパロディ・モンタージュ写真事件と関連する判例
* [[江差追分事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|pp=188&ndash;189}} -- 最高裁 平成13年6月28日判決 (民集55巻4号837頁)。パロディ・モンタージュ写真事件では、原著作物の本質的な特徴を直接感得できることを理由に著作権侵害を認めているが、この抽象的な[[翻案権]] (二次的著作物の創作権) や[[同一性保持権]]の基準がどこまでおよぶか、具体的に線引きしたのが江差追分事件である。パロディ・モンタージュ写真事件よりも翻案の範囲を厳格化したことで、著作権侵害を狭めた (つまり利用者側に有利に働いた) と言われている{{Sfn|中山 第3版|2020|pp=188&ndash;189}}。
* [[絵画鑑定証書事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=399}}{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}} -- 知財高裁 平成22年10月13日判決 (判時2092号135頁)。引用を規定した現32条の文言「公正な慣行」を柔軟に解釈して、適法引用をより許容した判決{{Sfn|中山 第3版|2020|p=399}}{{Sfn|ジュリスト百選・清水|2019|p=139}}。
* [[将門記調読文事件]]{{Sfn|中山 第3版|2020|p=399}} -- 東京地裁 昭和57年3月8日判決 (判時1038号266頁)。「公正な慣行」に基づくと学術論文では大幅な引用も比較的許容されやすい業界であるが、本件では44ページにわたる引用であり、度を超えているとして著作権侵害判定となった{{Sfn|中山 第3版|2020|p=399}}。
 
== 注釈 ==
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<ref name=BunkaQA-Cite>{{Cite web |url=https://pf.bunka.go.jp/chosaku/chosakuken/naruhodo/answer.asp?Q_ID=0000304 |title=引用が認められる条件として、著作権法では「公正な慣行に合致」することと、「引用の目的上正当な範囲内」で行われることとの2つが挙げられていますが、「公正な慣行」や「正当な範囲」とは、具体的にはどのようなものですか。 |publisher=[[文化庁]] |website=著作権なるほど質問箱 |accessdate=2020-11-03}}</ref>
 
<ref name=Kidokoro2013>{{Cite book |和書 |author=[[城所岩生]] (法学者・弁護士) |title=著作権法がソーシャルメディアを殺す |url=https://books.google.com/books?id=6tLtBAAAQBAJ&pg=PT59 |date=2013-12-02 |publisher=PHP研究所 |isbn=978-4-569-81290-8 |page=59}}</ref>
 
<ref name=Peanuts-JNPC>{{Cite web |url=https://www.jnpc.or.jp/journal/interviews/23577 |title=ロッキード事件余話 |author=村上吉男 |publisher=[[日本記者クラブ]] |date=2011-11 |accessdate=2020-11-03 |quote=「125ピーナツ、受領しました」「100ピーシーズ、受け取りました」などと書かれた紙に、ロ社の代理店、丸紅の役員の署名。}}</ref>
236 ⟶ 299行目:
<ref name=TM-Suzuki>{{Cite web |url=https://www.branche-ip.jp/2013/08/10/puma%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3%E5%95%86%E6%A8%99%EF%BC%9F/ |title=PUMAのパロディ商標? |author=鈴木徳子 (弁理士) |date=2015-04-30 |accessdate=2020-11-03 |quote=弁理士業界では有名な、プーマのパロディ事件の「SHI-SA」商標 (注: 「パロディ事件」を一般名詞的に使用し、商標関連訴訟「KUMA事件」を指しているケース)}}</ref>
 
<ref name=OldAct-Text>{{Cite web |url=https://www.cric.or.jp/db/domestic/old_index.html |title=(旧)著作権法 明治三十二年三月四日 法律第三十九号 |publisher=公益社団法人 [[著作権情報センター]] (CRIC) |accessdate=2020-11-12}}</ref>
 
<ref name=CurrentAct-Text-A32>{{Cite web |url=https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=345AC0000000048#268 |title=著作権法(昭和四十五年法律第四十八号){{!}} (引用)第三十二条 |publisher=総務省[[行政管理局]] |website=[[e-Gov法令検索]] |accessdate=2020-11-12 |quote=最終更新:平成三十年七月十三日公布(平成三十年法律第七十二号)改正}}</ref>
 
<ref name=Kitamura2016>{{Cite book |和書 |url=https://www.biz-book.jp/%EF%BC%B1%EF%BC%86%EF%BC%A1%E5%BC%95%E7%94%A8%E3%83%BB%E8%BB%A2%E8%BC%89%E3%81%AE%E5%AE%9F%E5%8B%99%E3%81%A8%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E6%B3%95%E3%80%88%E7%AC%AC%EF%BC%94%E7%89%88%E3%80%89/isbn/978-4-502-20401-2 |title=Q&A引用・転載の実務と著作権法 |edition=第4版 |others=北村行夫 (弁護士), 雪丸真吾 (弁護士) (編著) |publisher=[[中央経済社]] |date=2016-09-21 |isbn=978-4-502-20401-2}}</ref>
}}
 
250 ⟶ 318行目:
 
; 参考文献
* {{Cite journal |url=https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201304/jpaapatent201304_004-017.pdf |title=具体的事例から見る日本におけるパロディ問題 |author=伊藤真 (弁護士・[[著作権法学会]]理事) |journal=[[パテント (機関誌)|パテント]] |volume=66 |issue=6 |publisher=[[日本弁理士会]] |year=2013 |pages=4-17 |ref={{SfnRef|伊藤|2013}}}}
 
* {{Cite book |和書|author=[[作花文雄]] |title=詳解 著作権法 |edition=第5版 |publisher=[[ぎょうせい]] |year=2018 |isbn=978-4-324-10427-9 |url=https://shop.gyosei.jp/products/detail/9649 |ref={{SfnRef|作花|2018}}}}
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* {{Cite book |和書 |author=島原学 |title=日本写真史 (下) 幕末維新から高度成長期まで |series=中公新書 2248 |publisher=[[中央公論新社]] |date=2013-12-20 |isbn=978-4-12-102248-6 |url=https://www.chuko.co.jp/shinsho/2013/12/102248.html |ref={{SfnRef|島原 (下)|2013}}}}
 
* {{Cite book |和書 |title=著作権判例百選 |series=別冊ジュリスト 198号 |chapter=6768 引用(1)―パロディ〔モンタージュ写真事件: 上告審〕 |pages=138&ndash;139 |edition=第6版 |author=清水節 (弁護士) |editor=[[小泉直樹]]・[[田村善之]]・[[駒田泰土]]・[[上野達弘]] (編) |publisher=[[有斐閣]] |year=2019 |isbn=978-4-641-11542-2 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641115422 |ref={{SfnRef|ジュリスト百選・清水|2019}}}}
 
* {{Cite book |和書 |title=著作権法概説 |author=[[田村善之]] |year=1998 |publisher=[[有斐閣]] |isbn=4-641-04473-2 |url=http://yuhikaku.co.jp/books/detail/4641044732 |ref={{SfnRef|田村|1998}}}}
 
* {{Cite book |和書 |author=時実象一 (INFOSTA会長、東京大学非常勤講師) |others=一般社団法人 [[情報科学技術協会]] (INFOSTA) 監修 |title=コピペと捏造 |publisher=[[樹村房]] |date=2016-11-07 |isbn=9784883672707 |url=http://www.jusonbo.co.jp/books/156_index_detail.php |ref={{SfnRef|時実|2016}}}}<!--苗字の読みはトキサダ (50音順箇条書き並び替え用情報) -->
 
* {{Cite book |和書 |author=[[中山信弘]] |title=著作権法 |edition=第3版 |publisher=[[有斐閣]] |date=2020-09 |isbn=978-4-641-24333-0 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641243330 |ref={{SfnRef|中山 第3版|2020}}}}
 
* {{Cite report |和書 |url=https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hosei/parody/pdf/h25_03_parody_hokokusho.pdf |title=パロディワーキングチーム 報告書 |author=文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 パロディワーキングチーム |publisher=[[文化庁]] |date=2013-03 |ref={{SfnRef|文化庁パロディ報告書|2013}}}}
 
* {{Cite book |和書 |title=著作権判例百選 |series=別冊ジュリスト 198号 |chapter=70 引用(3)―鑑定証書への添付〔絵画鑑定証書事件: 控訴審〕 |pages=142&ndash;143 |edition=第6版 |author=福井健策 (弁護士) |editor=[[小泉直樹]]・[[田村善之]]・[[駒田泰土]]・[[上野達弘]] (編) |publisher=[[有斐閣]] |year=2019 |isbn=978-4-641-11542-2 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641115422 |ref={{SfnRef|ジュリスト百選・福井|2019}}}}
 
* {{Cite book |和書 |title=著作権判例百選 |series=別冊ジュリスト 198号 |chapter=69 引用(2)―書籍への掲載〔絶対音感事件: 控訴審〕 |pages=140&ndash;141 |edition=第6版 |author=増田雅史 (弁護士) |editor=[[小泉直樹]]・[[田村善之]]・[[駒田泰土]]・[[上野達弘]] (編) |publisher=[[有斐閣]] |year=2019 |isbn=978-4-641-11542-2 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641115422 |ref={{SfnRef|ジュリスト百選・増田|2019}}}}
 
* {{Cite journal | |author=三浦正広 (国士舘大学教授) |title=パロディとフェア・ユース法理――著作権法によるパロディ保護の可能性―― |journal=國士舘大學比較法制研究 |publisher=[[国士舘大学|國士舘大學]]比較法制研究所 |volume=36 |year=2013 |issn=0385-8030 |url=http://id.nii.ac.jp/1410/00007037/ |pages=1-112 |ref={{SfnRef|三浦|2013}}}}
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