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'''オートファジー''' (Autophagy) は、[[細胞]]が持っている、細胞内の[[タンパク質]]を分解するための仕組みの一つ。下記の[[ギリシャ語]]から'''自食'''(じしょく)とも日本語訳されである。[[酵母]]から[[ヒト]]にいたるまでの[[真核生物]]に見られる機構であり、細胞内での異常なタンパク質の蓄積を防いだり、過剰にタンパク質合成したときや栄養環境が悪化したときにタンパク質のリサイクルを行ったり、[[細胞質]]内に侵入した[[病原体|病原]][[微生物]]を排除したりすることで生体の[[恒常性]]維持に関与している<ref>{{Cite web |url=https://laborify.net/2019/04/20/mashun-onishi-biology-mitochondria-autophagy/ |title=“細胞の恒常性維持のカギ”ミトコンドリアの質・量管理システムの謎に迫る |access-date=2022-6-16 |publisher=Laborify |author=大西真駿 |date=2019-04-20}}</ref>。このほか、[[個体]]発生の過程での[[プログラム細胞死]]や、[[ハンチントン病]]などの疾患の発生、細胞の[[悪性腫瘍|がん]]化抑制にも関与することが知られている。
{{参照方法|date=2016年10月4日 (火) 13:51 (UTC)}}
'''オートファジー''' (Autophagy) は、[[細胞]]が持っている、細胞内の[[タンパク質]]を分解するための仕組みの一つ。下記の[[ギリシャ語]]から'''自食'''(じしょく)とも日本語訳される。[[酵母]]から[[ヒト]]にいたるまでの[[真核生物]]に見られる機構であり、細胞内での異常なタンパク質の蓄積を防いだり、過剰にタンパク質合成したときや栄養環境が悪化したときにタンパク質のリサイクルを行ったり、[[細胞質]]内に侵入した[[病原体|病原]][[微生物]]を排除したりすることで生体の[[恒常性]]維持に関与している。このほか、[[個体]]発生の過程での[[プログラム細胞死]]や、[[ハンチントン病]]などの疾患の発生、細胞の[[悪性腫瘍|がん]]化抑制にも関与することが知られている。
 
auto-は[[ギリシア語|ギリシャ語]]の「自分自身」を表す接頭語、phagyは「食べること」の意で、[[1963年]]に[[クリスチャン・ド・デューブ]]により定義された<ref>{{cite journal|last1=Klionsky|first1=DJ|last2=Cueva|first2=R|last3=Yaver|first3=DS|title=Aminopeptidase I of Saccharomyces cerevisiae is localized to the vacuole independent of the secretory pathway.|journal=The Journal of cell biology|date=October 1992|volume=119|issue=2|pages=287-99|pmid=1400574}}</ref>。この経緯から'''自食'''(じしょく)とも訳される
 
== 歴史 ==
 
=== リソソームの発見 ===
[[1953年]]から[[1955年]]にかけて[[クリスチャン・ド・デューブ]]により多様な[[加水分解酵素]]を含む[[細胞小器官]]として[[リソソーム]]が発見された<ref name=":0">{{Cite journal|和書|author=荒木保弘、[[大隅良典]]|year=|date=2012-09-19|title=オートファジーを長き眠りからめざめさせた酵母|url=http://leading.lifesciencedb.jp/1-e005|journal=領域融合レビュー|volume=1|issue=e005|page=|doi=10.7875/leading.author.1.e005}}</ref>。ド・デューブは、1963そして[[1962に細胞が自身のタンパク質を]][[小胞1月]]としてリソソ、[[ロックフェラー大学]]のキース・ロバーツ・ポータ融合しトーマス・アシュホードによって初め分解する現象をオートファジーが観察された。このとき飢餓状態小胞をオー[[ラッファゴソーム]]から発見されたため、当初から自分自身を食べるこ命名しで栄養を摂り、飢餓を防いでいると推測されていた<ref name=":0" /><ref name=":16">{{Cite journalweb |和書|authorurl=永田好生|yearhttps://gendai.ismedia.jp/articles/-/91639?page=20162 |title=細胞内の”ゴミ捨て場”に隠されていあなリサイクルの生命を支える能「オートファジー」細胞自らが栄養を供給! |journalaccess-date=[[日経サイエンス]]2022-6-16 |issuepublisher=12月号講談社 |pagesauthor=吉森保 |date=132022-1702-05}}</ref>。のちに、この推測は正しいことが明らかにされる<ref name=":6" />。
 
ド・デューブは、1963年に細胞が自身のタンパク質を[[小胞]]としてリソソームと融合して分解する現象をオートファジー、その小胞をオートファゴソームと命名した<ref name=":0" /><ref name=":1">{{Cite journal|和書|author=永田好生|year=2016|title=細胞内の”ゴミ捨て場”に隠されていたリサイクル機構|journal=[[日経サイエンス]]|issue=12月号|pages=13-17}}</ref>。
 
その後、[[ユビキチン]]-[[プロテアソーム]]系によるタンパク質分解機構の解明は進むが、一方、オートファジーの分子生物学的な解明についてほとんど進展がみられなかった。これは[[電子顕微鏡]]による観察がオートファゴソームを検出する唯一の手段であったことが大きな要因であった<ref name=":0" />。また、オートファジー現象を否定する論文も発表されていた<ref name=":1" />。
 
=== 酵母のオートファジー ===
[[1992年]]に[[大隅良典]](当時[[東京大学]]教養学部助教授)らは[[出芽酵母]] (''Saccharomyces cerevisiae'')で) のオートファジーを初めて観察した<ref name=":0" />。大隅らは[[1988年]]に出芽酵母の[[液胞]]内にタンパク質などが取り込まれていく現象を確認しており、1992年の観察で、出芽酵母でのオートファジーを実証する形となった<ref>{{Cite web|url=https://www.kantei.go.jp/jp/headline/contributing_worldwide/oosumi.html|title=オートファジー研究が開く医学の新境地(2017年秋号)|access-date=2022-6-17|publisher=首相官邸}}</ref>。
 
[[液胞]]はリソソームと似た性質を持つ小器官で多数の加水分解酵素を内在しており、出芽酵母においては細胞体積の25%以上を占める最大のコンパートメントである<ref name=":0" /><ref>[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), p. 65]]</ref>。また、出芽酵母は[[窒素|窒素源]]が枯渇すると[[減数分裂]]と[[胞子]]形成を起こすが<ref name=":0" /><ref name=":1" />、液胞の加水分解酵素を欠損した株は胞子形成が不全になる事が知られており、液胞が栄養飢餓状態で重要な生理機能を持つことが示唆されていた<ref name=":0" />。
 
これらの事に着目した大隅らは、タンパク質分解酵素欠損株を[[飢餓]]状態にして観察した。大隅の予想は当たり、タンパク質分解酵素欠損のため分解されずに液胞に蓄積した小さな[[顆粒]]状のものが[[ブラウン運動]]で激しく動き回っているのを認めた<ref name=":0" /><ref name=":1" /><ref>[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), p. 66]]</ref>。
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=== オートファジー遺伝子の同定 ===
大隅らは出芽酵母を[[突然変異]]誘起剤で処理し、ランダムに[[遺伝子]]を傷付けることでオートファジー不能変異体の作成を試みた。5000個の突然変異体の中から1つだけ変異株が見つかり、オートファジー ('''A'''uto'''p'''ha'''g'''y) のスペルから「''apg1''変異体」と名付けられた<ref name=":0" /><ref>[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), pp. 69-71]]</ref>。詳しい解析より、当時役割が知られていない遺伝子に傷が付いていることが分かり「''APG1''遺伝子」と名付けられた<ref name=":0" /><ref name=":3">[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), pp. 77-79]]</ref>。大隅らは''APG1''を含め14種類のオートファジー不能変異体を同定し、それらの遺伝子解析からオートファジーに必須となる14種類の遺伝子を確定し、1993年にFEBS Lettersに論文を発表した<ref name=":0" /><ref name=":3" />。
 
2003年に外国の複数のグループが''APG''と同じ遺伝子を異なる名前で研究していたことが明らかとなり、オートファジー関連遺伝子の名前が''ATG'' ('''A'''u'''t'''opha'''g'''y) として統一された。''APG1''は''ATG1''に''APG16''は''ATG16''と、大隅の付けた番号がそのまま引き継がれた<ref>[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), p. 80]]</ref>。
 
現在(2016年)では41種類の''ATG''遺伝子が同定されている。その内、合計18個 (''Atg1'' - ''Atg10'',''Atg12'' - ''Atg14'',''Atg16'' - ''Atg18'',''Atg29'',''Atg31''
) がオートファゴソームの形成に必須の遺伝子とされている<ref name=":0" /><ref name=":4">{{Cite journal|和書|author=野田展生, 稲垣冬彦|date=2014-11-05|title=オートファゴソームの形成にかかわるタンパク質の構造と分子機能|url=http://leading.lifesciencedb.jp/3-e012/|journal=領域融合レビュー|volume=3|issue=e012|doi=10.7875/leading.author.3.e012}}</ref>。
 
=== 哺乳類ホモログ ===
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=== 専門誌 ===
2005年、ダニエル・J・クリオンスキー(Daniel (Daniel J Klionsky)Klionsky) はオートファジーに特化した科学雑誌『[[:en:Autophagy (journal)|Autophagy]]』誌を立ち上げ、編集長となった<ref>{{Cite web|url=http://tandfonline.com/action/journalInformation?show=editorialBoard&journalCode=kaup20|title=Editorial board|accessdate=2016-12-09|publisher=}}</ref>。
 
== 分類 ==
オートファジーは、そのメカニズムの違いから(1)マクロオートファジー、(2)ミクロオートファジー、(3)[[シャペロン]]介在性オートファジーの3つに分けられる。単にオートファジーといった場合は、普通マクロオートファジーのことを指す
単にオートファジーといった場合は、普通マクロオートファジーのことを指す。
[[ファイル:Macro-micro-autophagy.gif|サムネイル|マクロオートファジーとミクロオートファジーの模式図]]
[[ファイル:オートファジーの過程.jpg|サムネイル|オートファジーが行われる過程とその写真]]
;マクロオートファジー:主要なオートファジーの経路である。細胞がある種のストレス([[アミノ酸]]飢餓の状態や、異常タンパク質の蓄積)に晒されると、細胞質中の一部で、過剰に作られたタンパク質や異常タンパク質と共に[[リン脂質]]が集まり、'''オートファゴソーム'''(Autophagosome,AP(AutophagosomeまたAPもしくAutophagic vesicle<ref group="注釈">日本語訳は「オートファジー小胞 Autophagic vesicle)」。</ref>)と呼ばれる細胞内構造の形成が始まる。[[ミトコンドリア]]に接する[[小胞体]]で、集積したリン脂質は'''隔離膜'''(Isolation(Isolation membrane, IMもしくはPhagophore, PG)、PG)と呼ばれる[[脂質二重膜]]を形成し<ref>{{Cite web|url=https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/52/5/52_321/_pdf/-char/ja|title=哺乳類マクロオートファジーの基礎と病態|access-date=2022-6-17|publisher=J-Stage|author=上野隆}}</ref>、さらにそれが成長していくことで、細胞質成分や[[オルガネラ]]などを二重のリン脂質の膜で取り囲んだ[[小胞]]が形成される<ref name=":7">{{Cite web |url=https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-review_9A2_3-10.pdf |title=植物オートファジーの生理的意義 |access-date=2022-6-17 |publisher=日本植物学会 |format=PDF |year=2018}}</ref>。この小胞形成には、'''Atg ''' ('''a'''u'''t'''opha'''g'''y-related) タンパク質と呼ばれる一群のタンパク質が関与している<ref name=":7" />
:酵母や植物細胞では、形成されたオートファゴソームは[[液胞]]と膜融合し<ref name=":7" />、その内部に取り込まれた異物などは液胞内部の分解酵素によって分解される。動物細胞においては、オートファゴソームが形成されると、次にオートファゴソームと細胞内の[[リソソーム]]が膜融合を起こす<ref name=":7" />。こうしてリソソームと融合したものを'''オートリソソーム'''(Autolysosome,AL、こちらもオートファジー小胞に含まれる)と呼ぶ。オートリソソームの内部で、オートファゴソームに由来する分解すべきタンパク質と、リソソームに由来する様々なタンパク分解酵素が反応し、この結果、オートファゴソームに取り込まれていたタンパク質はアミノ酸や[[ペプチド]]に分解される。このとき、オートファゴソームの二重膜のうち、内側の脂質膜も同時に分解される。
 
;ミクロオートファジー (microautophagy、mA) :ミクロオートファジー(microautophagy)はリソソーム膜の一部が内側にくびれ込みリソソーム内の小さな袋となったり細胞が突出したりすことで、細胞質成分を直接取り込み分解するオートファジー<ref name="Pegan12">{{cite journal|date=July 2012|title=Lysosomal pathways to cell death and their therapeutic applications|journal=Experimental Cell Research|volume=318|issue=11|pages=1245–51|doi=10.1016/j.yexcr.2012.03.005|pmid=22465226|vauthors=Česen MH, Pegan K, Spes A, Turk B}}</ref>。マクロオートファジーとは違い、オートファゴソームを介さない。言葉自体は[[1966年]]にド・デューブらにより使用されてきたが<ref>{{Cite web |url=https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.4161/auto.7.7.14733 |title=Microautophagy in mammalian cells: Revisiting a 40-year-old conundrum |access-date=2022-6-17 |publisher=Taylor and Francis Online |language=en}}</ref>、2011年現在(2011年時点)その実体はほとんど明らかとなっていない<ref>[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), p. 41-42]]</ref>。
;シャペロン介在性オートファジー (chaperone-mediated autophagy、CMA) :シャペロン介在性オートファジー(chaperone-mediated autophagy)では分解標的となるタンパク質が[[熱ショックタンパク質#Hsp70ファミリー|Hsc70]][[シャペロン]]タンパク質に識別されリソソームへ導かれる。タンパク質はリソソーム表面で高次構造を解かれ、その状態でトランスポーターを通過する。こうしてリソソーム内部に入ったタンパク質を分解するオートファジーである。Hsc70シャペロンが認識するアミノ酸配列として、[[リシン|リジン]]-[[フェニルアラニン]]-[[グルタミン酸]]-[[アルギニン]]-[[グルタミン]]配列(KFERQ様配列)が知られている。シャペロン介在性オートファジーも生理的役割の多くは不明である<ref>{{Cite web|url=http://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%B8%E3%83%BC|title=オートファジー|accessdate=2017-05-26|author=西村多喜、[[水島昇]]|date=2013-07-23|work=[[脳科学辞典]]|publisher=[[理化学研究所]] [[脳科学総合研究センター]]|doi=10.14931/bsd.1099}}</ref><ref>[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), p. 43-45]]</ref>。 細胞質中にあるタンパク質のうち約30%が[[基質タンパク質|基質]]になっているといった特徴があることが解明されている<ref>{{Cite web |url=https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/145/4/145_206/_article/-char/ja/ |title=蛍光観察によるシャペロン介在性オートファジー活性の評価 |access-date=2022-6-17 |publisher=J-Stage |author=関貴弘}}</ref>。
:脊髄小脳失調症<ref group="注釈">[[小脳]]萎縮や[[失調|小脳性運動失調]]などを症状とする。</ref>の原因となるタンパク質が機能することでシャペロン介在性オートファジーの活性も低下する<ref>{{Cite web |url=https://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/pressrelease/2020-file/release200806.pdf |title=細胞の分解機構「シャペロン介在性オートファジー」の 活性低下が小脳性運動障害に繋がることを解明 |access-date=2022-6-17 |publisher=熊本大学}}</ref>。
 
また分解する対象によって、別の呼び方がされる場合もある。
;ペキソファジー:[[ペルオキシソーム]]を選択的に分解する。オートファジーはペルオキシソーム分解の主要機構であり、不要になったペルオキシソームを除去している<ref>{{Cite journal|author=上野隆|year=2014|title=哺乳類マクロオートファジーの基礎と病態|journal=化学と生物|volume=52|issue=5|pages=321-327}}</ref>。
;マイトファジー:マイトファジー(mitopahgy)または(mitopahgy、ミトファジーとも。):[[ミトコンドリア]]を選択的に分解するオートファジー。[[アデノシン三リン酸|ATP]]を産生できなくなった不良ミトコンドリアは、オートファジーにより選択的に分解されるという仮説が提唱されている。不良ミトコンドリアが蓄積すると、[[活性酸素]]が細胞質内に漏れ出し細胞にとって危険である。家族性[[パーキンソン病]]の原因の一つにパーキン遺伝子の異常が知られているが、ユール (Richard J. Youle) らは原因遺伝子の一つ''PARK2''がコードしているタンパク質Parkinが[[膜電位]]の低下したミトコンドリアに局在すると、不良ミトコンドリアがオートファジーによって分解される事を発見した。若年性パーキンソン病関連遺伝子''PINK1/PARK6''がコードするタンパク質PINK1は、膜電位が低下したミトコンドリア上にのみ安定に局在し、このミトコンドリア上のPINK1が[[ユビキチンリガーゼ]]であるParkinと結合することで、ミトコンドリア上のタンパク質をユビキチン化する。これを引き金として不良ミトコンドリアは選択的にオートファジーによる分解を受ける。マイトファジーがミトコンドリアの品質管理に重要な役割を担っていることを強く示唆している<ref>[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), pp. 155-158]]</ref><ref>{{Cite journal|和書|author=廣田有子、青木義政、神吉智丈|year=2011|title=オートファジーによるミトコンドリア分解機構|url=http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/05/83-02-09.pdf|journal=生化学|volume=83|issue=2|pages=126-130}}</ref>。マイトファジーでは、損傷を受けていないミトコンドリアも除去する場合がある<ref name="auto">{{cite journal|date=January 2011|title=Mechanisms of mitophagy|journal=Nature Reviews Molecular Cell Biology|volume=12|issue=1|pages=9–14|doi=10.1038/nrm3028|pmid=21179058|pmc=4780047|vauthors=Youle RJ, Narendra DP}}</ref>。
;ゼノファジー:細胞内に侵入した[[真正細菌|細菌]]を分解する。オートファジーには[[細菌]]、[[ウイルス]]、[[原虫]]などを分解または増殖抑制する能力を持つことが明らかとなりつつあり、このような細胞内に侵入した病原体に対する選択的オートファジーはゼノファジー(xenophagy) (xenophagy) と命名されている。ゼノファジー誘導の引き金は明確とはなっておらず、細菌により損傷した[[エンドソーム]]膜を処理しようとして結果的に感染した細菌を分解している可能性が示唆されている。2004年に細胞質中に逃れた溶血性A群[[レンサ球菌|連鎖球菌]] (''Group A Streptococcus'') がオートファジーによって捕獲・分解されることが発見されたことで明らかとなった<ref name=":5">{{Cite journal|和書|author=前島郁子 |author2=吉森保 |title=オートファジーによる細胞内侵入性細菌の認識機構 |url=https://search.jamas.or.jp/link/ui/2015013139 |journal=化学と生物 |publisher=日本農芸化学会 |year=2014 |volume=52 |issue=10 |pages=680-684 |naid=130005104196 |doi=10.1271/kagakutoseibutsu.52.680 |issn=0453-073X}}</ref>。
;リソファジー:[[リソソーム]]膜も損傷時にはオートファジーの標的となることが報告され,リソファジー(lysophagy) (lysophagy) と命名された。実験的に損傷させたリソソーム膜の周囲にオートファゴソームが観察されたと報告されており、オートファジーが損傷リソソームの排除に機能していると示唆されている<ref name=":5" />。
 
== 分子生物学におけるオートファジー ==
[[ファイル:ATG14_in_autophagosome_formation.jpg|サムネイル|オートファジーでのAtg14、Beclin-1、VPS34、VPS15の働き]]
オートファジー遺伝子は、出芽酵母による[[遺伝学的スクリーニング]]によって初めて同定された<ref name="klionsky 1992">{{Cite journal|date=October 1992|title=Aminopeptidase I of Saccharomyces cerevisiae is localized to the vacuole independent of the secretory pathway|journal=The Journal of Cell Biology|volume=119|issue=2|pages=287–99|DOI=10.1083/jcb.119.2.287|PMID=1400574|PMC=2289658}}</ref><ref name="ohsumi 1992">{{Cite journal|date=October 1992|title=Autophagy in yeast demonstrated with proteinase-deficient mutants and conditions for its induction|journal=The Journal of Cell Biology|volume=119|issue=2|pages=301–11|DOI=10.1083/jcb.119.2.301|PMID=1400575|PMC=2289660}}</ref><ref name="thumm 1994">{{Cite journal|date=August 1994|title=Isolation of autophagocytosis mutants of Saccharomyces cerevisiae|journal=FEBS Letters|volume=349|issue=2|pages=275–80|DOI=10.1016/0014-5793(94)00672-5|PMID=8050581}}</ref><ref name="ohsumi 1993">{{Cite journal|date=October 1993|title=Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cerevisiae|journal=FEBS Letters|volume=333|issue=1–2|pages=169–74|DOI=10.1016/0014-5793(93)80398-e|PMID=8224160}}</ref><ref name="klionsky 1995">{{Cite journal|date=November 1995|title=Isolation and characterization of yeast mutants in the cytoplasm to vacuole protein targeting pathway|journal=The Journal of Cell Biology|volume=131|issue=3|pages=591–602|DOI=10.1083/jcb.131.3.591|PMID=7593182|PMC=2120622}}</ref>。それに続いて、オートファジー遺伝子に機能の特徴が発見され、様々な異なる生物におけるオートファジー遺伝子の[[遺伝子重複|オルソログ]]が同定され、研究されていった<ref name="mizushima 2011 ARCDB review">{{Cite journal|date=10 November 2011|title=The role of Atg proteins in autophagosome formation|journal=Annual Review of Cell and Developmental Biology|volume=27|issue=1|pages=107–32|DOI=10.1146/annurev-cellbio-092910-154005|PMID=21801009}}</ref><ref name="A. Lamb, T. Yoshimori 2013">{{Cite journal|date=December 2013|title=The autophagosome: origins unknown, biogenesis complex|journal=Nature Reviews. Molecular Cell Biology|volume=14|issue=12|pages=759–74|DOI=10.1038/nrm3696|PMID=24201109}}</ref>。2022年現在、36種類のAtgタンパク質がオートファジーにとって特に重要であると分類されており、そのうち18種類はオートファゴソームの生成に必須となっている<ref>{{Cite journal|date=April 2017|title=Structural biology of the core autophagy machinery|journal=Current Opinion in Structural Biology|volume=43|pages=10–17|DOI=10.1016/j.sbi.2016.09.010|PMID=27723509}}</ref><ref>{{Cite web |url=https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2014/06/85-09-04.pdf |title=オートファジーの構造生物学 |access-date=2022-6-18 |publisher=日本生化学会 |format=PDF |author=野田展生}}</ref>。
 
[[哺乳動物]]では、[[アミノ酸]]や[[成長因子]]、[[活性酸素]]などの量を目安にして[[プロテインキナーゼ]](以後単にキナーゼと呼ぶ)である[[mTOR]]および[[AMPK]]の活性を調節している<ref name="A. Lamb, T. Yoshimori 2013" /><ref>{{Cite journal|date=January 2014|title=Autophagy regulation by nutrient signaling|journal=Cell Research|volume=24|issue=1|pages=42–57|DOI=10.1038/cr.2013.166|PMID=24343578|PMC=3879708}}</ref>。これらのキナーゼは、Unc-51様キナーゼである[[ULK1]]およびULK2({{仮リンク|Atg1|en|Atg1}}の哺乳類相同体)の抑制性[[リン酸化]]を介してオートファジーによる働きを調節する<ref>{{Cite journal|date=September 2012|title=Regulation and function of uncoordinated-51 like kinase proteins|journal=Antioxidants & Redox Signaling|volume=17|issue=5|pages=775–85|DOI=10.1089/ars.2011.4396|PMID=22074133}}</ref>。オートファジーの誘導は、ULKの脱リン酸化と活性化をもたらす。 ULKは、Atg13、Atg101、{{仮リンク|FIP200|en|FIP200}}を含む[[タンパク質複合体]]の一部で、Beclin-1({{仮リンク|Atg6|en|Atg6}}の哺乳類同族列)<ref name="Russell_2013">{{Cite journal|date=July 2013|title=ULK1 induces autophagy by phosphorylating Beclin-1 and activating VPS34 lipid kinase|journal=Nature Cell Biology|volume=15|issue=7|pages=741–50|DOI=10.1038/ncb2757|PMID=23685627|PMC=3885611}}</ref>をリン酸化して活性化する。オートファジー誘導性のBeclin-1複合体<ref name="Itakura_2008">{{Cite journal|date=December 2008|title=Beclin 1 forms two distinct phosphatidylinositol 3-kinase complexes with mammalian Atg14 and UVRAG|journal=Molecular Biology of the Cell|volume=19|issue=12|pages=5360–72|DOI=10.1091/mbc.E08-01-0080|PMID=18843052|PMC=2592660}}</ref>には、タンパク質PIK3R4 (p150) 、Atg14L 、ホスファチジルイノシトール3-リン酸キナーゼ(III) (PtdIns(3)P) 、 Vps34が含まれている<ref name="Kang_2011">{{Cite journal|date=April 2011|title=The Beclin 1 network regulates autophagy and apoptosis|journal=Cell Death and Differentiation|volume=18|issue=4|pages=571–80|DOI=10.1038/cdd.2010.191|PMID=21311563|PMC=3131912}}</ref>。活性化されたULKやBeclin-1複合体は隔離膜に戻り、付近のオートファジー成分の活性化に寄与している<ref name="Di_Bartolomeo_2010">{{Cite journal|date=October 2010|title=The dynamic interaction of AMBRA1 with the dynein motor complex regulates mammalian autophagy|journal=The Journal of Cell Biology|volume=191|issue=1|pages=155–68|DOI=10.1083/jcb.201002100|PMID=20921139|PMC=2953445}}</ref><ref name="Hara_2008">{{Cite journal|date=May 2008|title=FIP200, a ULK-interacting protein, is required for autophagosome formation in mammalian cells|journal=The Journal of Cell Biology|volume=181|issue=3|pages=497–510|DOI=10.1083/jcb.200712064|PMID=18443221|PMC=2364687}}</ref>。
 
オートファジー成分が活性化すると、VPS34は脂質[[ホスファチジルイノシトール]]をリン酸化し、[[食胞]]の表面にPtdIns(3)Pを生成する。生成されたPtdIns(3)Pは、PtdIns(3)P結合モチーフを含むタンパク質のドッキングポイントとして使用される。 WIPIタンパク質系のPtdIns(3)P結合タンパク質であるWIPI2は、最近Atg16L1に物理的に結合することが示された<ref>T. Proikas-Cézanne, Z. Takacs, P. Donnes, and O. Kohlbacher, 'Wipi Proteins: Essential Ptdins3p Effectors at the Nascent Autophagosome', J Cell Sci, 128 (2015), 207-17</ref>。Atg16L1は、オートファゴソーム形成に不可欠なユビキチン様活用システムの1つに関わるE3様タンパク質複合体のメンバーである。FIP200シスゴルジ由来の膜はATG16L1陽性エンドソーム膜と融合して、ハイブリッドプレオートファゴソーム構造と呼ばれるプロファゴフォアを形成する<ref name=":62">{{Cite journal|last=Kumar|first=Suresh|last2=Javed|first2=Ruheena|last3=Mudd|first3=Michal|last4=Pallikkuth|first4=Sandeep|last5=Lidke|first5=Keith A.|last6=Jain|first6=Ashish|last7=Tangavelou|first7=Karthikeyan|last8=Gudmundsson|first8=Sigurdur Runar|last9=Ye|first9=Chunyan|date=November 2021|title=Mammalian hybrid pre-autophagosomal structure HyPAS generates autophagosomes|url=https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0092867421012332|journal=Cell|volume=184|issue=24|pages=5950–5969.e22|language=en|DOI=10.1016/j.cell.2021.10.017|PMID=34741801|PMC=8616855}}</ref>。WIPI2に結合するATG16L1 <ref name="pmid24954904">{{Cite journal|date=July 2014|title=WIPI2 links LC3 conjugation with PI3P, autophagosome formation, and pathogen clearance by recruiting Atg12-5-16L1|journal=Molecular Cell|volume=55|issue=2|pages=238–52|DOI=10.1016/j.molcel.2014.05.021|PMID=24954904|PMC=4104028}}</ref>は、ATG16L1の活動の仲立ちとなる。これにより、ユビキチン様結合システムを介して、プロファゴフォアがATG8陽性ファゴフォアに変換される<ref name=":62" />。
 
オートファジーに関与する2つのユビキチン様結合システムは最初、[[ユビキチン様タンパク質]]のAtg12をAtg5と[[共有結合]]させる。さらに、結合させて得られたタンパク質をAtg16L1と結合させ、ユビキチン様活用システムの一部として機能するE3様複合体を生成する<ref name="pmid17986448">{{Cite journal|date=December 2007|title=The Atg12-Atg5 conjugate has a novel E3-like activity for protein lipidation in autophagy|journal=The Journal of Biological Chemistry|volume=282|issue=52|pages=37298–302|DOI=10.1074/jbc.C700195200|PMID=17986448}}</ref>。この複合体は、ユビキチン様酵母タンパク質Atg8(LC3A-Cなどの哺乳類相同体)をオートファゴソーム表面の脂質[[ホスファチジルエタノールアミン]] (PE) に共有結合させてAtg3を生成し活性化する<ref name="pmid15169837">{{Cite journal|date=June 2004|title=LC3, GABARAP and GATE16 localize to autophagosomal membrane depending on form-II formation|journal=Journal of Cell Science|volume=117|issue=Pt 13|pages=2805–12|DOI=10.1242/jcs.01131|PMID=15169837}}</ref>。脂質化LC3は、オートファゴソームが完全にタンパク質などを包み込むのに寄与し<ref name="pmid18768752">{{Cite journal|date=November 2008|title=An Atg4B mutant hampers the lipidation of LC3 paralogues and causes defects in autophagosome closure|journal=Molecular Biology of the Cell|volume=19|issue=11|pages=4651–9|DOI=10.1091/mbc.e08-03-0312|PMID=18768752|PMC=2575160}}</ref>、特定の物質や[[セクエストソーム-1]]などの[[アダプタータンパク質]]のドッキングを可能にする<ref name="pmid25483962">{{Cite journal|date=2014|title=Choline dehydrogenase interacts with SQSTM1/p62 to recruit LC3 and stimulate mitophagy|journal=Autophagy|volume=10|issue=11|pages=1906–20|DOI=10.4161/auto.32177|PMID=25483962|PMC=4502719}}</ref>。オートファゴソームは、SNARE<ref name="pmid19781582">{{Cite journal|date=December 2009|title=TI-VAMP/VAMP7 and VAMP3/cellubrevin: two v-SNARE proteins involved in specific steps of the autophagy/multivesicular body pathways|journal=Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Molecular Cell Research|volume=1793|issue=12|pages=1901–16|DOI=10.1016/j.bbamcr.2009.09.011|PMID=19781582}}</ref><ref name="pmid20089838">{{Cite journal|date=March 2010|title=Combinational soluble N-ethylmaleimide-sensitive factor attachment protein receptor proteins VAMP8 and Vti1b mediate fusion of antimicrobial and canonical autophagosomes with lysosomes|journal=Molecular Biology of the Cell|volume=21|issue=6|pages=1001–10|DOI=10.1091/mbc.e09-08-0693|PMID=20089838|PMC=2836953}}</ref>やUVRAGなどの複数のタンパク質によって[[リソソーム]]と融合する<ref name="pmid25533187">{{Cite journal|date=January 2015|title=mTORC1 phosphorylates UVRAG to negatively regulate autophagosome and endosome maturation|journal=Molecular Cell|volume=57|issue=2|pages=207–18|DOI=10.1016/j.molcel.2014.11.013|PMID=25533187|PMC=4304967}}</ref>。融合後、LC3はベシクルの内側に保持され、分解される。一方、外側に付着したLC3分子はAtg4によって分解され、リサイクルされる<ref name="pmid19322194">{{Cite journal|date=May 2009|title=The structure of Atg4B-LC3 complex reveals the mechanism of LC3 processing and delipidation during autophagy|journal=The EMBO Journal|volume=28|issue=9|pages=1341–50|DOI=10.1038/emboj.2009.80|PMID=19322194|PMC=2683054}}</ref>。オートリソソームの内容物はその後分解され、それらを建てているブロックはパーミアーゼの作用によって小胞から放出される<ref name="pmid17021250">{{Cite journal|date=December 2006|title=Atg22 recycles amino acids to link the degradative and recycling functions of autophagy|journal=Molecular Biology of the Cell|volume=17|issue=12|pages=5094–104|DOI=10.1091/mbc.e06-06-0479|PMID=17021250|PMC=1679675}}</ref>。
 
サーチュイン1 (SIRT1) は、[[培養細胞]]や[[胚]]、新生児の組織に見られるように、オートファジーに必要なタンパク質の[[アセチル化]]を防ぐことによってオートファジーを活性化している<ref name="pmid32397145">{{Cite journal|year=2020|title=Polyphenols as Caloric-Restriction Mimetics and Autophagy Inducers in Aging Research|journal=[[Nutrients (journal)|Nutrients]]|volume=12|issue=5|pages=1344|DOI=10.3390/nu12051344|PMID=32397145|PMC=7285205}}</ref>。この機能は、[[サーチュイン遺伝子]]の発現と、カロリー制限による限られた栄養素に対する細胞の反応との間に関連性をもたらしている<ref>{{Cite journal|date=March 2008|title=A role for the NAD-dependent deacetylase Sirt1 in the regulation of autophagy|journal=Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America|volume=105|issue=9|pages=3374–89|bibcode=2008PNAS..105.3374L|DOI=10.1073/pnas.0712145105|PMID=18296641|PMC=2265142}}</ref>。
 
==タンパク質分解との関係==
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の二つの主要な機構が存在する。
 
ユビキチン−プロテアソーム系では、分解するべきタンパク質の一つ一つに、ユビキチン分子が複数結合することでプロテアソームにより認識されて分解されるというかたちで個々のタンパク質ごとの分解が行われるのに対し、オートファジーでは、一度に多くのタンパク質が分解される。このためオートファジーによるタンパク質分解のことは'''バルク分解'''とも呼ばれる<ref>{{Cite web |url=https://ruo.mbl.co.jp/bio/product/autophagy/autophagy.html |title=オートファジーとは |access-date=2022-6-18 |publisher=医学生物学研究所}}</ref>
 
==栄養飢餓==
細胞が生命活動を行うためには、必要な遺伝子を発現させて、タンパク質などの生体高分子を生合成する必要がある。タンパク質はアミノ酸からなる高分子であり、細胞が生命活動を行うためにはその材料となる[[必須アミノ酸]]を、栄養源として細胞外から取り込む必要がある。
 
個体が飢餓状態におかれて栄養が枯渇し、アミノ酸の供給が断たれることは、細胞にとっては生死に関わる重大なダメージになりうる。飢餓状態で[[細胞分裂]]が行われると、[[染色体]]の数などに異常が生じやすくなり、これが[[悪性腫瘍|癌]]の原因にもなる<ref name=":10">{{Cite news|title=オートファジーが染色体を安定化するしくみの解明 〜栄養欠乏条件下での細胞分裂にはタンパク質の分解と再利用が重要〜|newspaper=基礎生物学研究所|date=2013-02-01|url=https://www.nibb.ac.jp/press/2013/02/01.html|access-date=2022-6-18}}</ref>。しかしオートファジーが働くことによって、細胞は一時的にこのダメージを回避することが可能だと考えられで、染色体数などの異常を抑制し、癌などの病気の発生を予防している<ref name=":10" />。オートファジーが起きると、細胞内に常に存在しているタンパク質(ハウスキーピング蛋白)の一部が分解されて、ペプチドやアミノ酸が生成され、それが細胞の生命活動にとって、より重要性の高いタンパク質を合成する材料に充てられると考えられている。この機構は動物の個体レベルにおいても観察され、例えば[[ハツカネズミ#実験用マウス|マウス]]を一晩絶食させることで、肝細胞でオートファジーが起きることが知られている。
 
哺乳類の出生時、出産によって胎盤を介しての栄養の供給がなくなると、胎児は母乳から栄養を摂るまで一時的な栄養飢餓となる<ref name=":11">{{Cite web|url=https://www.jst.go.jp/pr/info/info122/index.html|title=飢餓適応機構としての自己タンパク質分解の意義の解明|access-date=2022-6-18|publisher=科学技術振興機構|date=2004-11-1}}</ref>。この時オートファジーによってアミノ酸を生成することで、栄養飢餓を凌いでいる<ref name=":11" />。
ただし、オートファジーによる栄養飢餓の回避はあくまで一時的なものであり、飢餓状態が長く続いた場合には対処することができない。この場合、オートファジーが過度に進行することで、細胞が自分自身を「食べ尽くし」てしまい、細胞が死に至ると考えられている(次項を参照)。
 
オートファジーによる栄養飢餓の回避はあくまで一時的なものであり、飢餓状態が長く続いた場合には対処することができない。この場合、オートファジーが過度に進行することで、細胞が自分自身を「食べ尽くし」て[[プログラム細胞死]]に至ると考えられている。実際にオートファジーが直接の原因となって細胞死に至るのは極めてまれで、プログラム細胞死はあくまでもオートファジーを伴っているだけである<ref>{{Cite web |url=https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v10/n9/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%B8%E3%83%BC%26mdash%3B%E7%B4%B0%E8%83%9E%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E8%87%AA%E5%88%86%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B/99765 |title=オートファジー—細胞はなぜ自分を食べるのか |access-date=2022-6-18 |publisher=Nature Japan}}</ref>。
 
飢餓状態になると栄養センサーである[[MTOR|TOR複合体1]]の活性が低下し、Atg13が速やかに[[脱リン酸化]]される。これによりAtg13はAtg1とAtg17に対する高い親和性を獲得し、Atg1複合体が形成されオートファジーが始動する<ref name=":4" />。
 
==感染防御==
==プログラム細胞死==
=== 病原体の細菌と宿主のオートファジーとの間の標的相互作用 ===
ヒトを含む高等生物の個体発生の過程では、いちど分裂によって生じた細胞が自発的に死んでいくことで様々な形態形成が進む。このときに見られる細胞死は、その生物が遺伝情報にあらかじめ含んでいる、すなわちプログラムされていた、という意味から'''[[プログラム細胞死]]'''(Programmed cell death)と呼ばれる。
細胞内に侵入する細菌が[[宿主|宿主細胞]]に侵入し[[エンドソーム]]に損傷を与えて生じる膜断片は、宿主に選択的オートファジーを行わせる<ref name=":8">{{Cite web |url=https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/53/6/53_389/_pdf/-char/ja |title=病原細菌と宿主オートファジーとの攻防 |access-date=2022-6-18 |publisher=J-Stage |format=PDF |author=小川道永}}</ref>。この時、細菌の性質によりその後が異なる。
 
[[結核菌]]などはエンドソームに包まれた後[[ユビキチン]]化され、オートファジーにより殺菌される<ref name=":8" /><ref name=":9">{{Cite web |url=https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM1106_02.pdf |title=細菌感染とオートファジー |access-date=2022-6-18 |publisher=栄研化学 |author=天野敦雄 |format=PDF}}</ref>。[[赤痢菌]]などは、オートファジーを回避し、エンドソームから細胞質に脱出する<ref name=":9" />。[[レジオネラ]]などは、オートファゴソームとリソソームの膜融合を遅らせ、オートファゴソーム内の栄養を利用し増殖する<ref name=":9" />。
このプログラム細胞死は、そのときの細胞形態上の違いから、1型は[[アポトーシス]](apoptosis)、2型はオートファジーを伴う細胞死(autophagic cell death)、3型は[[ネクローシス]]型プログラム細胞死(necroptosis)、の3型に分類されている。
 
=== 脚注食作用 ===
オートファジーを伴う細胞死は、この2型プログラム細胞死である。オートファジーに関連する遺伝子の働きを抑制すると個体発生の過程で異常が起こることが明らかになっており、オートファジーを伴うプログラム細胞死が生物の発生過程において重要であることが判っている。
{{Main|食作用}}
 
オートファジーの機構とよく似たものの一つに、[[マクロファージ]]や[[好中球]]などの食細胞が行う[[貪]]作用どんしょくさよう、[[エンドサイトーシス#食作用|ファゴサイトーシス]]や貪食とも呼ぶ)がある。これらの食細胞は、体内に侵入した異物や[[病原体]]をエンドサイトーシスによって、[[ファゴソーム]]という小胞に包んだ形で取り込む。ファゴソームは細胞質内で、オートファゴソームと同様にリソソームと膜融合してファゴリソソームとなり小胞内部の異物を消化分解する。
==感染防御==
オートファジーの機構とよく似たものの一つに、[[マクロファージ]]や[[好中球]]などの食細胞が行う[[貪食]](どんしょく、[[エンドサイトーシス#食作用|ファゴサイトーシス]])がある。これらの食細胞は、体内に侵入した異物や[[病原体]]をエンドサイトーシスによって、[[ファゴソーム]]という小胞に包んだ形で取り込む。ファゴソームは細胞質内で、オートファゴソームと同様にリソソームと膜融合してファゴリソソームとなり小胞内部の異物を消化分解する。
 
しかし[[リステリア]]属の細菌は、内部からファゴソームを破壊して貪食の機構から逃れ、細胞質内に感染(細胞内感染)しようとする。オートファジーはこのようにして細胞質内に逃れた細菌を、再び捕えなおして分解する働きも果たしており、この働きによって生体を微生物による感染から守っていると考えられている。
 
== 医療・健康産業への応用 ==
[[老化]]に伴うオートファジーの低下を抑制すると、[[寿命]]の延長や[[腎臓病]]、[[パーキンソン病]]の改善につながる可能性が[[動物実験]]で示唆されている。逆にオートファジーが[[脂肪細胞]]で活性化しすぎると[[生活習慣病]]([[糖尿病]]、[[脂肪肝]]など[[生活習慣病]]のリスクが高まる。このため医薬品や[[サプリメント]]、[[化粧品]]の開発につなげるためにオートファジーを研究する[[ベンチャー企業]]「AutoPhagyGO」が[[大阪大学]]栄誉教授の吉森保らにより2019年6月に設立された<ref>[https://mainichi.jp/articles/20200910/ddm/016/040/015000c 【科学の森】 オートファジー 見え始めた全体像 応用目指す大学ベンチャーも]『[[毎日新聞]]』朝刊2020年9月10日(2020年9月16日閲覧)</ref>。
 
== ヒト以外の生物でのオートファジー ==
 
=== 植物のオートファジー ===
[[植物]]にもオートファジー現象が起きる。酵母と同様にオートファゴソームが液胞と融合し、細胞質成分を分解する。オートファジーを起こせないATGノックアウト植物が作成されている。オートファジー不能植物は生育可能であるが、正常な植物より花が咲くのが早く、老化が促進される。この傾向は飢餓状態でより顕著となる。従って、植物におけるオートファジーは必須ではないが、タンパク質代謝の重要な機能を担っていると推測される<ref>[[#細胞が自分を食べるオートファジーの謎|水島昇 (2011), p.104]]</ref>。
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== ノーベル賞 ==
*[[1974年]]、オートファジーの命名者[[クリスチャン・ド・デューブ]]は、[[リソソーム]]などの発見により[[ロックフェラー大学]]の同僚であった[[ジョージ・エミール・パラーデ]]、[[アルベルト・クラウデ]]とともに[[ノーベル生理学・医学賞]]を受賞した<ref name=":0" />。
*[[2016年]]、[[大隅良典]](当時[[東京工業大学]][[特任教授]]他)は、オートファジーの仕組みを解明した功績からノーベル生理学・医学賞を受賞した<ref>{{cite news|title=ノーベル賞 大隅良典氏、単独で医学生理学賞 「細胞の自食」解明|date=2016-10-04|url=http://mainichi.jp/articles/20161004/ddm/001/040/160000c|accessdate=2016-10-04|publisher=『[[毎日新聞]]』}}</ref>
 
== 創作物での描写 ==
*[[トリコ]] - [[島袋光年]]による日本の少年漫画。作中、主人公たちが自滅の可能性と引き換えに莫大なエネルギーを得る手段として、パワーアップ技のような扱いで利用している。その解説が「極めて正確」として、大阪大学大学院の吉森研究室のウェブサイトなどでも紹介されている<ref>[http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/yoshimori/jp/blog/prof-a-hill-returnsprofahillse/ ブログ版 Prof. A. Hill Returns Prof.A.Hillの帰還とロジ裏生活〜Season 2, Episode 1〜]</ref><ref>[https://www.buzzfeed.com/satoruishido/nobel-prize-2016 【ノーベル賞】大隅さん発見「オートファジー」 少年ジャンプ漫画・トリコの解説が「正確」と学者絶賛] - BuzzFeedNews 2016年10月3日</ref>。なお2016年のノーベル生理学・医学賞受賞を記念して、[[集英社]]の公式[[スマートフォン#アプリケーション|スマホアプリ]]『[[少年ジャンプ+]]』にて公開中の同作品のうち、作中で初めてオートファジーを取り上げた第48~5048 - 50話を、2016年10月5日から12日までの期間限定で無料公開した<ref>[http://mantan-web.jp/2016/10/05/20161005dog00m200003000c.html トリコ:ノーベル賞「オートファジー」題材の3話分を緊急無料公開] - MANTANWEB 2016年10月5日</ref><ref>[http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1610/05/news113.html ノーベル賞受賞記念! 「トリコ」のオートファジー登場回が「ジャンプ+」で無料公開中] - ねとらぼ 2016年10月5日</ref><ref>[http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1610/06/news079.html 漫画「トリコ」の「オートファジー」登場回を無料公開 大隅教授ノーベル賞受賞記念] - ITmediaニュース 2016年10月5日</ref>。
* オートファジー - [[柊キライ]]の楽曲。
 
== 出典脚注 ==
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=== 注釈 ===
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=== 出典 ===
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=== 参考文献 ===
* [http://www.kyoritsu-pub.co.jp/pne/libs/2006/extra02.html ユビキチン-プロテアソーム系とオートファジー 共立出版『蛋白質 核酸 酵素』増刊号]
* {{Cite book|和書|author=[[水島昇]]|authorlink=水島昇|title=細胞が自分を食べるオートファジーの謎|date=2011-12-02|publisher=株式会社[[PHP研究所]]|ISBN=978-4-569-80071-4 |ref=細胞が自分を食べるオートファジーの謎}}
 
=== 外部リンク関連項目 ===
* [[アポトーシス]]
* [[大隅良典]]
==* [[プログラム細胞死==]]
 
== 外部リンク ==
* [http://square.umin.ac.jp/molbiol/research/proffessional.html オートファジーとは] - 東京大学医学系研究科 水島昇研究室
* [http://www.cstj.co.jp/reference/pathway/Autophagy.php オートファジー シグナル伝達] - CSTジャパン
* [http://ruo.mbl.co.jp/product/protein/autophagy/autophagy.html オートファジーとは?] - 株式会社医学生物学研究所
* {{脳科学辞典|オートファジー}}
* {{Cite web |author=中村幸司(NHK[[解説委員]]) |date=2016年10月3日 |url=https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/253998.html |title=「オートファジー 大隅良典さんにノーベル医学・生理学賞」([[時論・公論]]) - 解説アーカイブス |work=[[NHK解説委員室|解説委員室]] |publisher=[[日本放送協会|NHK]] |accessdate=2018-04-11 |ref=時公-20161003 }}
* {{Kotobank}}
 
=== 脚注 ===
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{{Reflist}}
 
[[Category:細胞生物学|おおとふあしい]]