「アイザック・ニュートン」の版間の差分
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ウィリアム・ステュークリの手稿 |
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[[万有引力]]の法則に関して、古い伝記などでは「庭にある[[リンゴ]]の木からリンゴが落ちるのを見て万有引力を思いついた」とするものが多かったが、基本的にウールスソープ滞在当時の文書記録や物証があるわけではなく、はるか後に([[ロバート・フック]]と、万有引力に関して先取権争いのいざこざも生じたあとに)そうだった、とニュートンが知人や親類などに語った話などがもとになって流布した話にすぎない。つまり利害関係者当人が語る話やその伝聞の類にすぎず、内容に関しては真偽が不明である。伝記作家が援用する資料として、ニュートンの友人の1人であり、ニュートンの初期の伝記作家である[[ウィリアム・ステュークリ]]が1752年に書いた ''MEMOIRS OF Sr. ISAAC NEWTONS life'' <ref>[https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Memoirs_of_Sir_Isaac_Newton%27s_life_-_002.jpg File:Memoirs of Sir Isaac Newton's life - 002.jpg] From Wikimedia Commons、画像から「Sir」ではなく、「Sr.」と翻刻。</ref>に[[1726年]][[4月15日]]にニュートンと会話した、とする以下のようなくだりがある。
{{Cquote|
[[File:Memoirs of Sir Isaac Newton's life - 042.jpg|thumb|Memoirs of Sir Isaac Newton's life - 042 ウィリアム・ステュークリの手稿。2行目after dinner, the weather being warm, we went から 21行目as the earth draws the apple. まで。 8,10,17,20,21行目にapple の語が見られる。]]
この文章も彼がいかに日常に起きることに関心を持ち、そこから理論への着想を得ていたかという彼の賢さを表現するために作られた話とも言われており{{誰2|date=2011年11月}}、真偽は定かではない。また、ニュートンが死去した年に、[[ヴォルテール]]は彼の[[随筆|エッセイ]]''Essay on Epic Poetry''(1727)の中で彼がニュートンの姪に聞いた話として「アイザック・ニュートンは庭仕事をしている際に、リンゴの木からリンゴが落ちるのを見て、彼の重力に関する最初の発想を得た」とする逸話を紹介している。
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