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{{DISPLAYTITLE:石川{{拡張漢字|啄}}木}}
{{統合文字|{{拡張漢字|啄}}|[[ファイル:Takuboku-taku.gif|18px]]}}
{{特殊文字}}
{{Infobox 作家
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| nationality = {{JPN}}
| education = <!--受けた教育、習得した博士号など-->
| alma_mater = [[
| period = [[1903年]] - [[1912年]]
| genre = [[短歌]]
| subject = 日常生活、
| movement = [[自然主義文学]]
| religion = <!--信仰する宗教-->
}}
'''石川 {{拡張漢字|啄}}木'''(いしかわ たくぼく、[[1886年]]([[明治]]19年)[[2月20日]] - [[1912年]](明治45年)[[4月13日]])は、[[岩手県]]出身の[[日本]]の[[歌人]]、[[詩人]]。本名は'''石川 一'''(いしかわ はじめ)。
[[旧制中学校|旧制盛岡中学校]]中退後、『[[明星 (文芸誌)|明星]]』に寄稿する[[ロマン主義|浪漫主義]]詩人として頭角を現し、満19歳で最初の詩集を刊行した<ref name="koto">{{Cite Kotobank|word=石川啄木|author=日本大百科全書(ニッポニカ)|accessdate=2022-02-06}}</ref>。しかし経済的事情から[[代用教員]]や[[新聞記者]]として勤める傍ら[[小説家]]を志すも失敗、[[東京]]で新聞の校正係となってから1910年に刊行した初の歌集『[[一握の砂]]』は三行分かち書き形式で生活に即した新しい歌風を取り入れ、歌人として名声を得る<ref name="koto"/>。また同年に起きた[[幸徳事件]](大逆事件)を契機として[[社会主義]]への関心を深め、文学評論も執筆したが、[[結核]]により満26歳で没した<ref name="koto"/>。
== 生涯 ==
=== 出生から盛岡中学校時代
二人の姉(サタとトラ)と妹([[三浦ミツ|ミツ]]、通称光子)がいた{{Sfn|池田功|2011|p=177}}。
[[1887年]](明治20年)春、1歳の時に、父が[[渋民村 (岩手県岩手郡)|渋民村]](現在の盛岡市渋民)にある[[宝徳寺 (盛岡市)|宝徳寺]]住職に転任したのにともなって一家で渋民村へ移住する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=13-16}}{{Efn|移住時期については、一禎が記載した過去帳に「旧三月六日」という記載があり、一禎の戸籍には「明治二十年四月二十六日」とある{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=13-16}}。}}。この移住は、住職が急逝して不在となったのを知った一禎が、交通などの便のよい宝徳寺を希望して檀家や仏門の師である葛原対月(妻・カツの兄)に働きかけ(対月を通して本寺の[[報恩寺 (盛岡市)|報恩寺]]住職にも)、実現したものだった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=13-16}}。
幼少期の{{拡張漢字|啄}}木は体が非常に弱く、一禎の残した和歌の稿本に「息の二、三歳のころ病弱にて月一回は必らず(原文ママ)薬用せしめ侍るに」と記されている{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=11-13}}。一方、一家でただ一人の男児として母は{{拡張漢字|啄}}木を溺愛し、父も{{拡張漢字|啄}}木用の家財道具に「石川一所有」と記入するほどで、こうした環境が「自負心の強い性格を作りあげた」と[[岩城之徳]]は指摘している{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=20-22}}。
[[1891年]](明治24年)、学齢より1歳早く渋民尋常小学校(現・盛岡市立渋民小学校)に入学する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=20-22}}。その事情について、{{拡張漢字|啄}}木の小説『二筋の血』で「主人公が遊び仲間の年上の子供が進学して寂しかったために父にねだって校長に頼むと許可された」とある内容が、{{拡張漢字|啄}}木自身の事実とみて差し支えないと岩城之徳は記している{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=20-22}}。前記の通り当時の{{拡張漢字|啄}}木は母の戸籍だったが、進学するとそれでは都合が悪いという理由で、小学2年生だった[[1892年]](明治25年)9月に一禎はカツと正式に夫婦となり、それに伴って{{拡張漢字|啄}}木も石川姓(戸籍上は養子の扱い)となる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=11-13}}。学齢より1歳下にもかかわらず、[[1895年]](明治28年)の卒業(当時[[尋常小学校]]は4年制だった)時には首席の成績だったと伝えられる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=24-25}}。尋常小学校を卒業すると、盛岡市の盛岡高等小学校(現・[[盛岡市立下橋中学校]])に入学し、市内の母方の伯父の元に寄寓する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=24-25}}{{Sfn|池田功|2011|p=178}}。盛岡高小で3年生まで学ぶとともに(ただし2年生への進級前後(早春)に寄宿先を同じ盛岡市内の従姉(母の姉の娘)宅に変えている{{Sfn|岩城之徳1985|p=300|loc=略年譜}})、3年生時には旧制中学校受験のための学習塾にも通った{{Sfn|岩城之徳|1985|p=28}}。
[[1898年]](明治31年)4月、岩手県盛岡尋常中学校({{拡張漢字|啄}}木が4年生時の1901年4月に岩手県立盛岡中学校と改名{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=408|loc=新訂石川啄木年譜}}、現・[[岩手県立盛岡第一高等学校]])に入学する{{Sfn|岩城之徳|1985|p=28}}。入学試験の成績は合格128人中10番だった{{Sfn|岩城之徳|1985|p=28}}。
中学3年生の頃は、周囲の[[大日本帝国海軍|海軍]]志望熱に同調して、先輩の[[及川古志郎]](後に[[海軍大臣]]など)に兄事していた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=34-35}}。3年生の[[1900年]](明治33年)4月に創刊された『[[明星 (文芸誌)|明星]]』は、[[ロマン主義|浪漫主義]]の詩歌作品で全国に多くの追従者を生み{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=29-30}}、盛岡中学では先輩の[[金田一京助]]が「花明」の筆名で新詩社(『明星』の発行元)の同人となり、『明星』にも[[短歌]]が掲載された{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=31-33}}。そうした状況で、やはり文学好きな及川に感化を受けて関心が芽生え、{{拡張漢字|啄}}木の短歌志望を知った及川は「歌をやるなら」と金田一を紹介する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=34-35}}{{Efn|長浜功は、文学への興味は2年生の時に同級生の伊東圭一郎からもたらされたとし、金田一への紹介者も伊東であるとしている{{Sfn|長浜功|2009|p=45}}。}}。{{拡張漢字|啄}}木は金田一から『明星』の全号を借りて読み、3年生の三学期だった[[1901年]](明治34年)3月頃に新詩社社友になったと推測されている{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=34-35}}。また、のちに妻となる[[石川節子|堀合節子]]とは、[[1899年]](明治32年)に知り合い{{Sfn|岩城之徳|1985|p=301|loc=略年譜}}、3年生の頃には交際を持っていたとされている{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=64-65}}。一方、3年生末期の1901年3月に、教員間の紛争(地元出身者が他地域から赴任した教員を冷遇した)に対する生徒側の不満から起きた[[ストライキ]](3年生と4年生)に参加した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=74-82}}。ストライキの結果、直後の異動で教員の顔ぶれは一変した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=82-87}}。{{拡張漢字|啄}}木はストライキの首謀者ではなかったとされるが、その後異動した教員を惜しむ雰囲気が出たことや、本来の首謀者が卒業や退学で学校を去ったため、{{拡張漢字|啄}}木がその責任者の一人に擬せられ、後述する退学時に不利に働くことになった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=87-89}}。
4年生の1901年には校内で文芸活動を活発化させ、翌年にかけて『三日月』『爾伎多麻(にぎたま)』『高調』といった回覧雑誌を主宰・編集した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=35-36}}。短歌の会「白羊会」を結成したのもこの年である(メンバーに先輩の野村長一(後の[[野村胡堂]]{{Efn|野村には、金田一同様及川に紹介された<ref>[[郷原宏]]『胡堂と啄木』[[双葉社]]、2019年、p.7</ref>。}})や後輩の[[岡山不衣|岡山儀七]]がいた){{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=62-65}}。12月3日から翌[[1902年]](明治35年)1月1日にかけて、下級生のメンバー3人とともに「白羊会詠草」として[[岩手日報]]に7回にわたって短歌を発表し、{{拡張漢字|啄}}木の作品も「翠江」の筆名で掲載される{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=62-64}}。これが初めて活字となった{{拡張漢字|啄}}木の短歌だった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=62-65}}。さらに[[岩手毎日新聞]]にも1901年12月に短歌10首を発表したほか、1902年1月には「麦羊子」の筆名で[[蒲原有明]]の最初の詩集『草わかば』を評した文芸時評を岩手日報に発表した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=62-65}}。こちらも初めて活字になった評論で、そのあとも3月と5 - 6月に「白蘋(はくひん)生」の筆名で文芸時評の連載を寄稿した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=62-65}}。
この時期の{{拡張漢字|啄}}木は『明星』に掲載された[[与謝野晶子]]の短歌に傾倒し、自作の短歌も晶子を模倣した作風だった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=29-30}}。
5年生(最終学年)の[[1902年]](明治35年)、一学期の期末試験で不正行為(特待生の同級生に、[[代数学|代数]]の試験で答案を2枚作ってもらい、その1枚を同級生が途中退出する際に入手しようとしたとされる)を働いたとして、答案無効・保証人召喚という処分が下された{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=38-41}}。{{拡張漢字|啄}}木は同年3月の4年生学年末試験でも不正を働いたとして4月に譴責処分を受けていた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=66-68}}。加えて授業の欠席が増え(5年生一学期の欠席時間は出席の約2倍)、試験無効と合わせて落第は必至という状況だった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=66-68}}{{Efn|{{拡張漢字|啄}}木自身は中退後の1907年に『盛岡中学校校友会雑誌』に寄稿した「林中書」において、試験の不正や無断欠席、授業中の無関係の読書などを綴り、教員への不敬行為を理由に譴責処分を受けた際にはその通告書を教室に戻って見せびらかしたと記している。}}。岩城之徳は、これらの事情から{{拡張漢字|啄}}木は学校側から退学もしくは転校の勧告を受けていたのではないかと推測している{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=69}}。かくて{{拡張漢字|啄}}木は、10月27日に中学を退学した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=38-41}}<ref>{{Cite book |和書 |author=フジテレビトリビア普及委員会 |year=2004 |title=トリビアの泉?へぇの本? 5 |publisher=講談社 }}{{要ページ番号|date=2022-01}}</ref><ref>上田正昭、津田秀夫、[[永原慶二]]、藤井松一、[[藤原彰]]『コンサイス日本人名辞典 第5版』、[[三省堂]]、2009年、p.95</ref>。岩城之徳は退学の理由について、「(堀合)節子との早熟な恋愛により生じた学校生活のゆきづまり{{Sfn|岩城之徳|1985|p=37}}」、さらに経済的事情から上級学校への進学の見込みがなく文学の職に就くために学業を放棄したことを、原因として指摘している{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=69}}。この退学前、『明星』10月号に同誌では初めて「白蘋」の筆名で短歌が掲載された{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=34-35}}。
=== 二度の上京と『あこがれ』刊行 ===
[[File:Takuboku Ishikawa and his wife Setsuko.jpg|thumb|250px|1904年(明治37年)婚約時代の{{拡張漢字|啄}}木と妻の節子(部分)]]
中学を中退した{{拡張漢字|啄}}木は1902年10月30日に[[好摩駅]]を出発して(盛岡に立ち寄って1泊してから)、上京した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=43-45}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=410|loc=新訂石川啄木年譜}}。
11月9日、新詩社の集まりに参加、10日には[[与謝野鉄幹]]・晶子夫妻を訪ねる(晶子は9日前に長男を出産したばかりだった){{Sfn|岩城之徳|1985|pp=43-45}}。一方先輩の野村長一からの忠告で東京の中学校への編入を試みたが欠員がなく、[[正則学園高等学校|正則英語学校]]高等科への入学を目指したものの、学資が不足して断念する{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=71-73}}。滞在は続き作歌の傍ら[[ヘンリック・イプセン]]の戯曲『[[ヨーン・ガブリエル・ボルクマン|ジョン・ガブリエル・ボルクマン]]』の翻訳で収入を得ようとしたが果たせなかった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=410|loc=新訂石川啄木年譜}}。友人からの伝手で『文芸界』([[金港堂]])の主筆[[佐々醒雪]]への紹介をもらうも、醒雪は面会もせずに断った{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=71-73}}。11月下旬には高熱を発して寝込み、約一週間は日記の記述がメモ程度となる{{Sfn|長浜功|2009|p=16,49}}。さらに金銭面でも窮した啄木は[[1903年]](明治36年)2月、父に手紙で苦境を伝え、それに応じた父に迎えられて故郷に帰る{{Sfn|長浜功|2009|p=16,49}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=411|loc=新訂石川啄木年譜}}。帰郷後はしばらく療養生活を送った{{Sfn|長浜功|2009|p=50}}。5月から6月にかけ岩手日報に評論「ワグネルの思想」([[リヒャルト・ワーグナー]]を論じた内容)を連載した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=411|loc=新訂石川啄木年譜}}。7月には『明星』に再び短歌が掲載され、誌面の扱いが「投稿者」から同人の待遇となる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=47-49}}。11月に『明星』に短歌が掲載された際に、社告で正式に新詩社同人となったことが告知された{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=47-49}}。誌面での扱いが変わっただけではなく鉄幹や[[平出修]]から評価を受けるなど、歌人として期待が寄せられた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=47-49}}。このころ、[[アメリカ合衆国]]の詩集
『Surf and Wave』の詩を「EBB AND FLOW」と題したノートに筆写するとともに、その影響を受けて詩作を始める{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=411|loc=新訂石川啄木年譜}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=131-132}}。
この時期から、友人宛の書簡に「{{拡張漢字|啄}}木庵」という号を使用するようになり{{Sfn|岩城之徳|1985|p=55}}、12月には「'''{{拡張漢字|啄}}木'''」名で『明星』に長詩「愁調」を掲載して注目された{{Sfn|岩城之徳|1985|p=50}}。
[[1904年]](明治37年)1月8日、盛岡にて恋愛が続いていた堀合節子と将来の話をする{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=411|loc=新訂石川啄木年譜}}。当時、二人の結婚については両者の親(節子の父、{{拡張漢字|啄}}木の母)から強い反対があったが、6日後の1月14日に婚約が確定したという長姉(田村サダ)からの手紙を受け取ったと日記に記され、2月3日には[[結納]]が交わされたとみられる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=68-70}}。
9月から10月にかけて[[青森市|青森]]、[[小樽市|小樽]]を旅行、小樽の義兄宅に宿泊した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=412|loc=新訂石川啄木年譜}}。この旅行は小樽にいた次姉夫妻から上京費用を得ることが目的で、姉が病気のため望む金額はかなわなかったものの、義兄の好意でいくばくかの金を得た{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=175}}。
10月31日、詩集出版を目的として再び[[東京]]に出る{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=412|loc=新訂石川啄木年譜}}。{{拡張漢字|啄}}木上京中の12月26日に、一禎は宗費を滞納したという理由で宝徳寺住職を曹洞宗宗務局から罷免される{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=72-75}}。
[[1905年]](明治38年)1月5日、新詩社の新年会に参加{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=413|loc=新訂石川啄木年譜}}。故郷では、一禎を住職に復帰させるかどうかで檀家の間で意見が分かれ、それに耐えかねた一禎は3月に家族とともに宝徳寺を出た(4月に盛岡に転居){{Sfn|岩城之徳|1985|pp=72-75}}{{Sfn|岩城之徳|1985|p=303|loc=略年譜}}。
5月3日、第一詩集『あこがれ』を小田島書房より出版する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=56-58}}。高等小学校時代の同窓生・小田島真平の長兄が勤めていた大学館が実際の版元で、啄木の携えた真平の紹介状を受けた長兄が、銀行勤務の次兄の出資を仰ぎ「小田島書房」の名義で刊行したものである{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=56-58}}。[[上田敏]]による序詩と与謝野鉄幹の跋文が寄せられたほか、[[尾崎行雄]](当時[[東京市]]長)への献辞が記された{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=56-58}}{{Efn|尾崎への献辞は、上京後の{{拡張漢字|啄}}木が面識のない尾崎を訪ねて出版依頼をした(拒絶された)経緯による{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=56-58}}。この献辞のために、一時は尾崎が出版社を紹介したという誤伝が流れた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=56-58}}。}}。
=== 結婚と代用教員時代 ===
[[File:Takuboku's Honeymoon House.jpg|thumb|盛岡市内に残る「啄木新婚の家」]]
1905年5月12日、堀合節子との婚姻届を一禎が[[盛岡市役所]]に出す{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=413|loc=新訂石川啄木年譜}}。このとき{{拡張漢字|啄}}木は満19歳だった。5月19日、{{拡張漢字|啄}}木は東京を後にする{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=75-79}}。盛岡では帰郷の知らせを聞いた親族が節子との結婚式の場を用意していたが(5月末頃とされる)、{{拡張漢字|啄}}木は[[仙台市|仙台]]で10日も滞在して期日に戻らず、式は新郎を欠いた形でおこなわれた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=75-79}}。この理由について岩城之徳は、{{拡張漢字|啄}}木は東京で曹洞宗の宗務局を訪問した際に曹洞宗の「宗憲」制定に伴って一禎に赦免される可能性があることを知り、それまでは謹慎すべきと考えたからだとしている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=137-138}}{{Efn|岩城は人物叢書『石川啄木』(初版は1961年)では、家計を背負うことになった責任に苦慮したことが理由と推測していた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=75-79}}。}}。しかしこの欠礼で周囲の友人から絶交も受けた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=75-79}}。仲人役からは節子に対して結婚解消を薦める助言があったが、節子は彼らに「吾はあく迄愛の永遠性なると言う事を信じ度く候」という言葉とともに結婚を貫く内容の返書を送っている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=219}}。
6月4日に盛岡に帰り、父母、妹ミツとの同居で新婚生活を送る{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=75-79}}。20日後に市内帷子小路から加賀野に転居した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=81-82}}{{Efn|帷子小路の家は現存し「啄木新婚の家」として保存されている(画像参照)<ref>[https://iwatetabi.jp/spot/detail.spn.php?spot_id=673 啄木新婚の家] - いわての旅(2022年1月23日閲覧)</ref>。}}。一家の扶養も{{拡張漢字|啄}}木が負うようになる。同月、岩手日報に[[エッセイ]]他を「閑天地」と題して連載してわずかな収入を得る{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=81-82}}。9月5日、{{拡張漢字|啄}}木が主幹・編集人となり、文芸誌『小天地』を出版する(発行人は一禎の名義){{Sfn|岩城之徳|1985|pp=83-85}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=413|loc=新訂石川啄木年譜}}。出版費用は盛岡在住で新詩社同人の呉服商が多くを拠出した{{Sfn|長浜功|2009|p=66}}{{Efn|1年後に「資金流用」の廉で{{拡張漢字|啄}}木が警察の取り調べを受け、{{拡張漢字|啄}}木の嘆願を受けた呉服商の計らいもあり放免となる後日談があった{{Sfn|長浜功|2009|pp=69-70}}。{{拡張漢字|啄}}木は実際に出版資金を生活費などに使っていたとされる{{Sfn|長浜功|2009|pp=69-70}}。}}。[[岩野泡鳴]]、[[正宗白鳥]]、[[小山内薫]]等の作品を掲載し、地方文芸誌として文壇の好評を得るが{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=83-85}}、創刊号のみに終わり、経済的に窮することになる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=88-91}}。
[[1906年]](明治39年)2月17日、[[函館駅]]長の義兄を訪問し、一家の窮状打開を相談するも解決できなかった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=414|loc=新訂石川啄木年譜}}。2月25日、長姉田村サダが結婚先の[[秋田県]][[鹿角郡]][[小坂町|小坂]]にて死去する{{Sfn|岩城之徳|1985|p=304|loc=略年譜}}。
3月4日、妻と母を連れて渋民村に戻る{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=88-91}}{{Sfn|岩城之徳|1985|p=304|loc=略年譜}}{{Efn|この帰郷について岩城之徳は、2月28日の曹洞宗宗憲制定発布を知り、父の住職復帰を期してのものだったとしている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=138-140}}。}}。義父の親友であった({{拡張漢字|啄}}木自身も面識があった)郡[[視学制度|視学]]の周旋により、母校の渋民尋常小学校に[[代用教員]]の職を得た{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=88-91}}。4月11日に拝命し、4月14日より勤務する{{Sfn|岩城之徳|1985|p=304|loc=略年譜}}。同じ頃、一禎に対する懲戒赦免の通知があり、[[野辺地町|野辺地]]にいた一禎も渋民の一家に合流した{{Sfn|岩城之徳|1985|p=304|loc=略年譜}}{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=98-101}}。21日には[[徴兵検査]]を受け、筋骨薄弱のため丙種合格として兵役が免除される{{Sfn|岩城之徳|1985|p=304|loc=略年譜}}。小学校では尋常2年の担任として児童を楽しませる授業で人気を集め、日曜日には児童が{{拡張漢字|啄}}木宅を訪れるようになり、週末には他の学年にも自主的に教えて、「日本一の代用教員」を自負したとされる{{Sfn|長浜功|2009|pp=74-75}}。
6月、[[小説]]を書き始める。しかし秋にかけて脱稿した『面影』『雲は天才である』は発表に至らず、『明星』12月号に掲載された『葬列』も評価は得られなかった{{Sfn|岩城之徳|1985|p=92}}。
12月、評論「林中書」を脱稿{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=415|loc=新訂石川啄木年譜}}。12月29日、長女京子が、妻の実家で生まれる{{Sfn|岩城之徳|1985|p=305|loc=略年譜}}。
{{拡張漢字|啄}}木が教員生活を送る傍ら、父・一禎の住職再任の話は、新住職が県宗務所の手続き不備を突く形で住職の継目願書を提出、これが宗務局に受理されたことで、村内の檀家は再び一禎と新住職に分かれて争う形となった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=98-101}}。この争いは{{拡張漢字|啄}}木にも波及し、6月には住職再任運動の一環で上京したり{{Sfn|岩城之徳|1985|p=304|loc=略年譜}}{{Efn|この際新詩社に寄り、そこで[[夏目漱石]]や[[島崎藤村]]の小説を目にした{{Sfn|岩城之徳|1985|p=304|loc=略年譜}}。{{拡張漢字|啄}}木が小説を書き始めるのはその後である{{Sfn|岩城之徳|1985|p=304|loc=略年譜}}。}}、小学校から追放する動きに見舞われたりした{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=98-101}}。結局、一禎は住職再任を断念して翌[[1907年]](明治40年)3月5日に家族に無断で再び野辺地へと去った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=98-101}}。これを契機に{{拡張漢字|啄}}木は次節に述べる[[北海道]]移住に踏み切る{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=98-101}}。
=== 北海道における活動 ===
一禎の出奔に先立ち、[[函館市|函館]]の文芸結社・苜蓿社(ぼくしゅくしゃ)の同人松岡蕗堂{{Efn|長浜功は大島野百合とする{{Sfn|長浜功|2009|p=86}}。}}より原稿の依頼があり、1907年1月に発行された機関誌『紅苜蓿』(べにまごやし{{Efn|のちに{{拡張漢字|啄}}木が編集した第6号と第7号は、題字は同じながら「れっどくろばあ」という読み方に変えている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=156-157}}。}})創刊号に詩3編を寄稿する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=102-106}}。『紅苜蓿』は地方文芸誌としては異例の評判を得て創刊号200部を完売して続刊するが、同人はいずれも他に定職を持っていたことから編集人材の不足に苦慮していた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=102-106}}。一方{{拡張漢字|啄}}木は一禎の去った渋民での生活に見切りを付けて4月1日に小学校に辞表を出し、松岡に連絡を取って移住の相談をした{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=98-101}}。辞表に対して助役や学務委員から留任勧告を受けたものの{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=416|loc=新訂石川啄木年譜}}、4月19日に小学校長排斥のストライキを高等科の児童に指示する事件を起こし、4月21日に免職の処分を受けた{{Sfn|岩城之徳|1985|p=305|loc=略年譜}}。苜蓿社の側でも、詩人として名声のある{{拡張漢字|啄}}木が来ることを歓迎した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=102-106}}。
5月4日に渋民を出発して5日に函館に到着する{{Sfn|岩城之徳|1985|p=305|loc=略年譜}}。渡道は、小樽在住の次姉トラの夫・山本千三郎(当時[[北海道鉄道 (初代)|北海道鉄道]][[小樽駅|中央小樽駅]]長で{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=416|loc=新訂石川啄木年譜}}同年7月に[[鉄道国有法]]で[[鉄道省|帝国鉄道庁]]となる{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=417|loc=新訂石川啄木年譜}})が、ミツを引き取ることを申し出たことも一因であった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=102-106}}。函館で{{拡張漢字|啄}}木は松岡の下宿先に寄寓する一方、妻子は盛岡の実家、母は渋民の隣村に住む知人に預ける単身生活だった{{Sfn|岩城之徳|1985|p=107}}。[[5月11日]]から5月末日まで、苜蓿社同人の沢田信太郎の世話により函館商工会議所の臨時雇いで生計を立てる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=111-112}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=162}}。6月、苜蓿社同人である吉野白村の口利きで、函館区立弥生尋常小学校の代用教員となった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=111-112}}。7月7日に妻子を呼び寄せたのを機に下宿を出て新居に移る{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=111-112}}。8月4日には母を迎えて一家が揃った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=111-112}}。同じ頃にミツも小樽から函館に来たことから、家計の足しとして代用教員在職のまま函館日日新聞社の遊軍記者となる(日記に8月18日に編輯局に入ったとある){{Sfn|岩城之徳|1985|pp=116-117}}。新聞には自身が選者の歌壇を設けたり随筆を連載するなど仕事に打ち込み、『紅苜蓿』の編集にも熱中した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=116-117}}。苜蓿社メンバーと知遇を深め{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=113-115}}、中でも[[宮崎郁雨]]とは死去前年まで交友を持つこととなる。
しかし、8月25日の函館大火<!---内部リンクは1934年の火災記事になるためつけない--->により勤務先の小学校・新聞社がともに焼失する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=118-119}}。{{拡張漢字|啄}}木(教員は在職のままだったが、無資格者を整理するという噂が出た)は再び生活の糧を失う苦境に立たされた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=118-119}}。この事態に苜蓿社同人だった向井永太郎([[札幌市|札幌]]に移住していた)が職を探し、友人の北門新報記者・小国露堂を通じて[[校正]]係に採用が決まる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=118-119}}。9月13日に単身で函館を発って{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=118-119}}、翌日札幌に到着し、16日から勤務した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=120-122}}。この在勤時に{{拡張漢字|啄}}木は小国から[[社会主義]]について説かれ、それまでの「冷笑」的態度から「或意味に於て賛同し得ざるにあらず」と記した<ref>[https://www.library.pref.iwate.jp/ex/taku34/takuboku/shisou03.html 第3章 社会主義思想との邂逅] - [[岩手県立図書館]](第34回啄木資料展「啄木の思想をたどる」、2020年 - 2021年実施)2022年1月29日閲覧。</ref>。その矢先、小国から新たに創刊される小樽日報記者への誘いを受けて、到着から2週間に満たない9月27日に小樽に移った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=120-122}}。小樽には{{拡張漢字|啄}}木に先んじて妻子とミツが次姉宅に移っており、{{拡張漢字|啄}}木も加わって再び一家が揃った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=123-125}}。まもなく{{拡張漢字|啄}}木と妻子は借家に転居している{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=123-125}}。小樽日報では同僚に[[野口雨情]]がいた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=175-177}}。ともに三面を受け持った雨情には好感を持ち、親交を結ぶ<ref name="kaneko">金子未佳『野口雨情 人と文学』勉誠出版、2013年、pp.141-145</ref>。{{拡張漢字|啄}}木は雨情とともに主筆の排斥運動を起こす(雨情は前に勤めていた札幌の新聞社でも主筆とは上司部下の関係だった){{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=175-177}}<ref name="kaneko"/>。しかし、主筆側の巻き返しで雨情一人が退社する形になった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=175-177}}。{{拡張漢字|啄}}木も一度は雨情が悪意を持っていると誤解したが、雨情が謝罪した後に退社した一方、自分が三面の主任に据えられたことで、主筆への反感を強めた<ref name="kaneko"/>{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=175-177}}。主筆はそのあとに{{拡張漢字|啄}}木の運動で解任されている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=177-179}}。後任の編集長には、[[北海道庁 (1886-1947)|北海道庁]]に入庁して札幌に移っていた沢田信太郎と再会したのを機に就任を依頼して快諾される{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=177-179}}。
編集長が替わった小樽日報で{{拡張漢字|啄}}木は仕事に励んだが、営業成績が上がらない小樽日報の将来を疑問視し、小国から札幌に新しい新聞ができそうだとの誘いを受けて札幌に通った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=125-128}}。これが社内の事務長(後に衆議院議員となる[[中野寅吉]]、当時は小林姓)との間で紛争を生み、暴力をふるわれたことで12月16日に退社する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=125-128}}{{Sfn|長浜功|2009|pp=114-116}}。
[[1908年]](明治41年)1月4日、小樽市内の「社会主義演説会」で、[[西川光二郎]]らの講演を聞く{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=130-134}}。一方職探しは難航(札幌の新聞はできる気配がなかった)、編集長の沢田が北海道議会議員で小樽日報社長兼[[釧路新聞 (2代目)|釧路新聞]](現在の[[釧路新聞]]社とは無関係、現在の北海道新聞社)社長である[[白石義郎]]に斡旋を依頼し、啄木の才能を買っていた白石の計らいで釧路新聞への就職が決まる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=130-134}}。家族を小樽に残して1月19日に[[釧路市|釧路]]に向け出発した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=130-134}}。1月21日に到着すると、事実上の編集長(主筆は別にいた)として紙面を任され、筆を振るって読者を増やした{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=135-138}}。取材のために[[花街|花柳界]]に出入りして[[芸妓]]の小奴と親交を結び、また初めて習慣的に飲酒をした{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=139-143}}。
しかし、中央文壇から遠く離れた釧路で記者生活を続けることに焦燥を募らせ、釧路を離れて創作生活に向かうことを決意する{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=143-146}}。3月20日から病気と称して欠勤し、28日に社長の白石から病気が治らないのかという電報を受けて釧路を去ると決める{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=199-202}}{{Efn|社内にはあくまで「家族の事情で函館に行く」とのみ伝え、正式な退社は4月25日(前日付紙面に社告掲載)で、後任は小国露堂だった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=199-202}}。}}。4月5日に釧路を後にして海路函館に行き、函館日日新聞に勤めて上京費用を稼ごうと考えていた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=146-149}}。再会した宮崎郁雨は{{拡張漢字|啄}}木からこの考えを聞くと、その創作意欲に報いようと上京資金を用意し、妻子のための家を函館市内に用意した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=146-149}}。{{拡張漢字|啄}}木は4月24日、単身[[横浜港|横浜]]行きの船で旅立ち、約1年間の北海道生活に別れを告げた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=146-149}}。
=== 東京での
[[Image:Kyosuke Kindaichi and Takuboku Ishikawa.jpg|thumb|220px|{{拡張漢字|啄}}木(右)と親友の金田一京助(左)。1908年(明治41年)10月4日、『明星』終刊の際の写真(部分)]]
1908年4月28日より東京・千駄ヶ谷の新詩社に
新詩社の友人である[[横浜毎日新聞|東京毎日新聞]]記者の斡旋により、11月から同紙に小説「鳥影」を連載した(全60回)が、目立った反応なく終わる{{Sfn|長戸路信行|1984|pp=138-139}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=209}}。
11月に『明星』は終刊するも{{Sfn|岩城之徳|1985|p=308|loc=略年譜}}、続けて『[[スバル (文芸雑誌)|スバル]]』の創刊準備にあたる。
[[1909年]](明治42年)1月、『スバル』が創刊され、発行名義人となった{{Sfn|岩城之徳|1985|p=309|loc=略年譜}}{{Efn|1910年1月の第2年1号より交代{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=422|loc=新訂石川啄木年譜}}。}}。{{拡張漢字|啄}}木は、2月に同じ岩手県出身である[[東京朝日新聞]]編集長の佐藤北江に手紙、さらに直接の面会で就職を依頼して採用され、3月1日に東京朝日新聞の校正係となる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=186-189}}。
4月3日より[[ローマ字]]で日記を記すようになる{{Sfn|岩城之徳|1985|p=309|loc=略年譜}}。7日より新しいノートで「ローマ字日記」を(途中からは断続的に)6月16日まで著す{{Efn|「ローマ字日記」は、死後70年近く経つ1978年に刊行された『石川啄木全集』第6巻([[筑摩書房]])で初めて伏せ字なく全文が翻字された<ref>[[小田切秀雄]]「解説」『石川啄木全集』第6巻、1978年、p.384</ref>。それまで伏せ字が施されていたのは、著作権の相続人が権利を行使したからであり露骨な性描写が含まれていたためである{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=215}}。一つ前の全集である『啄木全集』第6巻(筑摩書房、1967年)の「解説」では、当時版権所有者だった石川正雄(長女京子の夫)が「ほんの一部分だけはどうしても公表を避けたい」と主張し、それに従わざるを得なかったと記されている<ref>小田切秀雄「解説」『啄木全集』第6巻、筑摩書房、1967年、pp.394 -395</ref>。}}{{Efn|4月13日「老いたる母から悲しき手紙がきた」、「今日は社を休むことにした」、「貸本屋が来たけれど、六銭の金がなかった。そして。『空中戦争』という本を借りて読んだ」と日記にあり、次にその書物からイメージを喚起した詩らしき記述がある。『空中戦争』は[[H・G・ウェルズ]]の作品『[[:en:The War in the Air|The War in the Air]]』を翻案したもので、[[1909年]]3月に出版されている。}}。一方、{{拡張漢字|啄}}木が定職を持ったことを知った母・カツは東京での家族同居を求める手紙を出し、4月13日に届いている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=421|loc=新訂石川啄木年譜}}。しかし{{拡張漢字|啄}}木はこれまでの借金もあって迎える準備ができず{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=421|loc=新訂石川啄木年譜}}、また自由な単身生活と家族扶養の葛藤から「家」の抑圧より逃避して[[浅草]]の娼婦を買う生活を送っていた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=179-180}}。
5月26日に宮崎郁雨から、旅費を負担して家族を上京させるという通知が届く{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=225}}。6月16日、函館から宮崎郁雨に付き添われて妻子と母が到着し、本郷区[[本郷 (文京区)|本郷弓町]]の床屋「喜之床」の二階に移る{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=225}}{{Efn|「喜之床」の建物は、道路拡張のため1977年に取り壊されて[[博物館明治村|明治村]]に移築の上、復元保存されている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=227-228}}<ref>[https://www.meijimura.com/sight/%E6%9C%AC%E9%83%B7%E5%96%9C%E4%B9%8B%E5%BA%8A/ 本郷喜之床] - 博物館明治村(2022年1月24日閲覧)</ref>。}}。1年5か月ぶりに家族揃っての生活となったが{{Efn|1908年の上京直前、4日間だけ函館で家族と同居生活をしているものの{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=204}}、恒久的な同居は小樽から釧路に発って以来だった。}}、節子は函館時代に義母のカツとの間で確執が深刻化し(またカツから結核に感染した)、函館で代用教員の職に就いたものの窮乏生活を余儀なくされ、{{拡張漢字|啄}}木が就職しても上京に対して「様子がよくわかった以上でなくては不安心です」と妹への手紙に記すほど、{{拡張漢字|啄}}木への感情は変化していた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=219-223}}{{Efn|1908年の年末、手元の金が5厘しかない窮状を{{拡張漢字|啄}}木に年賀状で伝えたが、それを読んだ{{拡張漢字|啄}}木は日記に「予が金をおくらなかった事に対するうらみが読まれる。予はきまづくなった。」と記すのみであった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=219-223}}。}}。
節子の函館時代から続く体の不調に{{拡張漢字|啄}}木は適切な処置を執らず、カツと節子の関係も改善されないままだった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=181-182}}。10月2日、節子は書き置きを残し、京子を連れて盛岡の実家に戻った{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=234-235}}。帰郷の理由としては、妹のふき子と宮崎郁雨の結婚式(10月26日)を控え、ふき子に面会したいという事情もあったとされる{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=234-235}}{{Sfn|長浜功|2009|pp=194-195}}。妻子の帰郷を知った{{拡張漢字|啄}}木は金田一京助に帰宅を願う手紙の執筆を依頼、高等小学校の恩師だった[[新渡戸仙岳]]にも援助を求めたほか、自らも手紙を送った{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=234-235}}。節子は3週間後の10月26日に帰宅した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=234-235}}。この出来事は{{拡張漢字|啄}}木に大きな衝撃を与え、それまでの創作姿勢を「卑怯なる空想家」と断じ、現実の生活に向き合って文学のあり方を考察する方向へと向かった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=182-184}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=234-235}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=243-245}}。一方帰宅後の節子は「忍従」と形容される生活を送り、ふき子に彼女や実母を恋い慕う手紙を複数出した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=236-243}}。
11月より、朝日新聞社から刊行予定の『[[二葉亭四迷|二葉亭]]全集』で校正を担当する
{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=422|loc=新訂石川啄木年譜}}。この仕事は、主筆の[[池辺三山]]が割り振ったものだった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=258-259}}。
12月20日、一禎が野辺地から弓町の家に来て同居を始める{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=422|loc=新訂石川啄木年譜}}。
[[1910年]](明治43年)3月下旬に『二葉亭全集』第1巻の校正が終わり、4月に退社した学芸部記者の後任として全集の出版事務全般を担当した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=258-259}}。第2巻(11月刊行)を出版までほぼ独力で成し遂げるとともに、二葉亭四迷への理解を深めた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=258-259}}。
=== 幸徳事件と『一握の砂』刊行 ===
1910年4月、社会部長の[[渋川玄耳|渋川柳次郎]]から前月紙面に掲載した短歌を評価され、「出来るだけの便宜を与えるから、自己発展をやる手段を考えて来てくれ」という言葉をかけられる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=191-192}}。これに発奮した{{拡張漢字|啄}}木は歌集の刊行を企図し、同月255首をまとめて『仕事の後』のタイトルで[[春陽堂]]に持ち込んだが、稿料15円を要求したことで物別れに終わる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=191-192}}。
5月下旬から6月上旬にかけて小説『我等の一団と彼』を執筆する{{Sfn|岩城之徳|1985|p=310|loc=略年譜}}。
6月3日に[[幸徳秋水]]が拘引されたという記事が各新聞に掲載され、5日には幸徳らの「陰謀事件」として多数の[[社会主義者]]・[[無政府主義者]]が検挙されたと報じられた([[幸徳事件]](大逆事件)){{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=423|loc=新訂石川啄木年譜}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=293-297}}。これらの報道では幸徳らの検挙容疑が[[明治天皇]]暗殺計画(旧[[刑法 (日本)|刑法]]73条の「大逆罪」)であることは伏せられていたが、検挙者に対する各種令状(勾引状・勾留状など)には「刑法七十三条ノ罪被告事件」とあり、新聞社ではこの事実をつかんでいたとされることから、{{拡張漢字|啄}}木は事件が大逆罪による検挙であるという認識を6月時点で持っていたと推測されている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=293-297}}。{{拡張漢字|啄}}木は幸徳事件に対して評論「所謂今度の事」を執筆し、東京朝日新聞外勤部長兼夜間編集主任の弓削田精一に掲載を依頼したが実現しなかった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=423|loc=新訂石川啄木年譜}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=293-297}}。8月下旬には[[魚住折蘆]]が東京朝日新聞文芸欄に掲載した評論「自己主張の思想としての自然主義」への反論として「時代閉塞の現状」を執筆するも、こちらも新聞掲載には至らなかった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=424|loc=新訂石川啄木年譜}}。{{拡張漢字|啄}}木は社会主義に対する関心を深め、小樽時代に会った西川光二郎に再び接触し、紹介を受けた社会主義者の藤田四郎<!--ウィキペディア内の「藤田四郎」は別人-->から社会主義文献を借りて読んだ{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=201-202}}。
9月15日、朝日新聞紙上に「朝日歌壇」が作られ、渋川の抜擢により選者となる{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=259-260}}。この抜擢には社内に反対もあったとされ、{{拡張漢字|啄}}木自身も後に選歌の一部をまとめたノートに「歌人たること、歌壇の選者たることに予は不幸にしてどれだけの誇りをも発見することが出来ない」と記したが、投稿者には[[萩原朔太郎]]や矢代東村もいた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=259-260}}。
{{拡張漢字|啄}}木は妊娠・入院した節子の出産費用を得る目的で改めて歌集の刊行を企図し、東雲堂書店に再編した原稿を持ち込んで10月4日に出版契約を結ぶ{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=192-195}}。同じ日、長男真一が誕生した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=192-195}}。{{拡張漢字|啄}}木が持ち込んだ原稿ではタイトルは4月と同じ『仕事の後』で書式も一行書きだったが、10月9日までの間に作品の加除をおこなった上で三行分かち書きに改め、タイトルも『[[一握の砂]]』に変更した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=192-195}}。この三行分かち書きは、[[土岐善麿|土岐哀果]]のローマ字歌集『NAKIWARAI』にヒントを得たとされる{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=192-195}}{{Efn|{{拡張漢字|啄}}木は、東京朝日新聞編集局長の[[安藤正純]]から哀果の寄贈した『NAKIWARAI』(安藤は哀果と縁戚関係にあった)を「批評してくれまいか」と渡され、1910年8月3日付の紙面に「大木頭」の筆名で好意的に紹介した{{Sfn|長浜功|2009|pp=216-217}}。哀果はやがて筆者が{{拡張漢字|啄}}木だと知り、さらに歌壇時評「歌のいろいろ」でも哀果の雑誌寄稿作を「好(い)い歌」と賞賛され、{{拡張漢字|啄}}木に関心を寄せることになる{{Sfn|長浜功|2009|pp=216-218}}。}}。真一は27日に病死し、それを悼む歌8首を追加して12月1日に、第一歌集『一握の砂』が刊行された{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=192-195}}。
[[1911年]](明治44年)1月3日、新詩社時代からの友人で幸徳事件の弁護を担当していた平出修を訪問して裁判の内容を聞くとともに、幸徳の陳弁書を借用し、5日にかけて筆写した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=313}}。
1月10日、[[アメリカ合衆国]]で秘密出版され、日本国内に送付された[[ピョートル・クロポトキン]]著の小冊子『青年に訴ふ』(日本国内では[[大杉栄]]訳により刊行<ref>{{Cite web|url=https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000534911-00|title=青年に訴ふ クロポトキン 著,大杉栄 訳 1922 (大正11), 労働運動社|accessdate=2020-12-19|publisher=[[国立国会図書館]]|website=国立国会図書館サーチ}}</ref>)を、歌人の谷静湖より寄贈され愛読する{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=425|loc=新訂石川啄木年譜}}。同日、[[読売新聞]]に[[楠山正雄]]が「K生」の筆名で寄稿した「新年の雑誌」において{{拡張漢字|啄}}木と哀果を取り上げ、「今のところ吾人の和歌に対する興味はこの二氏の作によって最も多く支配せられている」と評価した{{Sfn|長浜功|2009|pp=216-218}}。2日後の1月12日、哀果は東京朝日新聞の{{拡張漢字|啄}}木に電話をかけ、翌13日に二人は初めて面会する{{Sfn|長浜功|2009|pp=216-218}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=425|loc=新訂石川啄木年譜}}。この面会で{{拡張漢字|啄}}木は哀果と意気投合し、二人で雑誌を出すことを決める{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=425|loc=新訂石川啄木年譜}}{{Sfn|長浜功|2009|pp=219-221}}。
1月18日の判決により、幸徳や[[管野スガ]]らは死刑となる{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=425|loc=新訂石川啄木年譜}}。{{拡張漢字|啄}}木は「日本無政府主義者陰謀事件経過及び附帯現象」を24日にまとめ{{Efn|この文章は太平洋戦争後に初めて公表された{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=207-208}}。}}、26日には平出修の自宅で訴訟記録を閲読した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=426|loc=新訂石川啄木年譜}}。一方、土岐哀果との新雑誌創刊に向けて活動を始め、宮崎郁雨や平出修にもその意思を伝え、綿密な収支計画も立てた{{Sfn|長浜功|2009|pp=221-226}}。雑誌の目的は青年の啓発で、誌名は{{拡張漢字|啄}}木と哀果の筆名から一文字ずつを取った『樹木と果実』とした{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=213-218}}{{Sfn|長浜功|2009|pp=221-226}}。
だが、その矢先の2月1日に体の不調から[[東京大学医学部附属病院|東京帝国大学医科大学附属病院]]を受診、慢性[[腹膜炎]]の診断を受けて2月4日に入院し、2月7日に手術、3月15日に退院した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=426|loc=新訂石川啄木年譜}}。この影響で「朝日歌壇」は2月28日で中止となった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=261-262}}。また『樹木と果実』も、入院による延期ののち印刷所の問題で断念、形式変更での刊行も検討したものの「最初の目的を離れ」たことを理由に5月に中止した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=213-218}}{{Sfn|長浜功|2009|pp=229-230}}。
5月には幸徳の陳弁書を写したものに説明文を付した「'V NAROD' SEIES A LETTER FROM PRISON」を執筆し、被告の中に[[テロリスト]]がいたことは事実だが幸徳ら他の被告はそれに該当せず、にもかかわらず政府と裁判官は無政府主義撲滅の意図を持ってそれに成功したと記した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=208-210}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=309-310}}。
=== 病気療養と死 ===
この時期の{{拡張漢字|啄}}木は退院したとはいえ、病床に起居する生活だった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=213-218}}。5月30日、節子の実家・堀合家が盛岡から函館に転居するという知らせが届き、6月4日に節子は見送りのため金を借りて京子とともに帰郷すると告げたが、当初金の出所を偽ったことに立腹した{{拡張漢字|啄}}木は、帰郷するなら離婚せよと迫り、節子は帰郷を断念した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=241-244}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=427|loc=新訂石川啄木年譜}}。{{拡張漢字|啄}}木が妻の帰郷を強く拒んだ原因には、2年前の家出で受けた心理的衝撃が指摘されている{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=245-247}}。妻の実家からの干渉を嫌った{{拡張漢字|啄}}木は、同月堀合家と義絶した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=427|loc=新訂石川啄木年譜}}{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=245-247}}。
6月15日から17日にかけて長編詩「はてしなき議論の後」を執筆し、推敲抜粋ののち7月に雑誌『創作』に発表した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=224-227}}。さらに第二詩集のため『呼子と口笛』と題したノートに6月25日から27日にかけて数編の詩を書いた(生前未刊行){{Sfn|岩城之徳|1985|pp=224-227}}。
7月には一週間高熱にあえぎ、7月28日には節子も肺尖[[カタル]]と診断される{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=427|loc=新訂石川啄木年譜}}。
8月7日、[[小石川区]]久堅町(現:[[文京区]][[小石川]]5丁目-11-7)の借家に転居した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=275-277}}。その理由は{{拡張漢字|啄}}木の療養の便(前記の通り二階の部屋だった)に加え、節子が伝染性のある病気にかかって店主から立ち退きを求められたことにあった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=275-277}}。転居費用は宮崎郁雨が負担した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=275-277}}。家事は母のカツが担い、8月10日から約1か月間はミツも同居して手伝った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=275-277}}。だが、家族の窮状を見かねた一禎は9月3日に無断で家を出て、北海道に住む次女({{拡張漢字|啄}}木の次姉)夫妻の下に去った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=275-277}}。
9月に郁雨(当時軍務で[[美瑛町|美瑛]]に滞在)が節子に送った手紙から再び夫婦のトラブルに発展し、これを機に{{拡張漢字|啄}}木は郁雨とも義絶した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=238-241}}{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=248-254}}{{Efn|このトラブルについて妹のミツ(三浦光子)は、戦後発表した文章で、滞在中の久堅町の家に届いた「無記名で『美瑛の野から』とだけ書かれた手紙」を受け取った{{拡張漢字|啄}}木が激怒して封入されていた為替を破った上、文面に「貴女ひとりの写真を撮って送ってくれ」といった記載があったと記し、節子に離縁を申しつけたとして、郁雨と節子の不貞があったとした{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=233-239|ps=一部三浦光子『悲しき兄啄木』(初音書房、1948年)の引用あり。}}。これに対して宮崎郁雨は岩城之徳の調査に、「確かな記憶はない」と断りながら手紙は匿名ではなく、内容も身内(義姉)を案じるもので「恋愛や同情などというものよりはるかに高く深く美しいものであったことを申し上げておきたいと思います」と述べた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=248-254}}。岩城はこの件はミツの主張する「不貞」ではなく、6月の帰郷をめぐるトラブルの延長上にあり、義弟に当たる郁雨を通じて義絶したはずの堀合家と連絡を持っていたと{{拡張漢字|啄}}木が誤解して離婚を申し渡したとし、9月16日のミツ宛て書簡に「お前の知っている不愉快な事件も昨夜になってどうやらキマリがついた。家に置く。」とある文面もその方向で解すべきとしている{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=248-254}}。{{拡張漢字|啄}}木から直接郁雨の文面を見せられたという丸谷喜市は、「夫人(引用者注:節子のこと)に対する君のこころ及び君の在り方はPlatonicなものと思うが、それにしてもこのまま石川家との交際乃至文通を続けることは、結局啄木夫妻の生活を危機に陥らしめる虞がある」として交際と文通の停止を郁雨に進言し、郁雨からそれを受け入れる返書を受け取って、文通内容を{{拡張漢字|啄}}木に伝えると{{拡張漢字|啄}}木はその内容を了承し、「プラトニック」という言葉について「その点は僕も疑わないよ」と答えたと記した上でやはり「不貞説」を否定した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=367-369}}。}}。節子が実家に戻らぬことを約してトラブルは収まり{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=248-254}}、郁雨からの経済的援助を失った{{拡張漢字|啄}}木は、節子に[[家計簿]](金銭出納簿)を付けさせ始めた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=367-369}}。頼る先のなくなった家庭の窮状は家族間の対立を和らげる結果になったものの、毎月10円から20円収支が不足する状況だった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=370-372}}。{{拡張漢字|啄}}木の創作活動は9月以降はほぼ途絶えるが{{Sfn|岩城之徳|1985|p=229}}、11月にはクロポトキンの『ロシアの恐怖』の筆写を終わり製本した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=427|loc=新訂石川啄木年譜}}。
12月になると高熱が続き、『二葉亭全集』の業務も他の社員に引き継いだ{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=427|loc=新訂石川啄木年譜}}。年末に元朝日新聞記者の西村真次(『二葉亭全集』の前任者)、また1月に入ってから[[森田草平]]に支援を求め、それぞれ資金援助を受けた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=373-375}}。
[[1912年]](明治45年)1月、カツも喀血や咳を発症し、往診により重い結核で冬は乗り切れないと診断される{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=373-375}}。朝日新聞社内では[[杉村楚人冠|杉村広太郎]](社会部長)を中心にカンパがなされ34円ばかりが届けられた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=377}}。2月20日をもって日記の記載が途絶える{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=377}}。一方、1月に堀合家の長男(節子の弟)が失踪、義父から手紙で伝えられた{{拡張漢字|啄}}木は、節子が東京の新聞を実家に送ることを許し、これにより義絶状態が緩和された{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=381}}。
3月7日、母カツが死去し、9日に土岐哀果や[[丸谷喜市]]の援助で葬儀(哀果の実家である、浅草の等光寺で挙行、納骨){{Sfn|岩城之徳|1985|pp=278-281}}。母の死の衝撃で病状は悪化し{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=278-281}}、4月5日に一禎が{{拡張漢字|啄}}木危篤の報を受けて上京した{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=382}}。
4月9日、土岐哀果や[[若山牧水]]の援助で第二歌集(後の『[[悲しき玩具]]』、当時は『一握の砂以後』というタイトルだった)を東雲堂書店が出版することが決まり、原稿料20円が(前借りとして)もたらされた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=380}}{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=222-223}}。
4月13日午前9時30分頃、小石川区久堅町の自宅にて肺結核のため死去{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=278-281}}。妻、父、若山牧水が看取った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=278-281}}。牧水の回想では、その日の未明に昏睡状態に陥ったため、早朝に牧水と金田一京助が呼ばれたが、そのとき節子が声をかけると意識を回復させ、まもなく会話もするようになったことから、金田一はこれなら大丈夫と勤務先の國學院に向かった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=278-281}}。しかしその後容態が急変し、まもなく没したという{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=278-281}}。満26歳没。このとき節子は妊娠8か月だった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=283-287}}。
=== 死後 ===
[[ファイル:Ishikawa Takuboku Clan's Grave.jpg|left|thumb|125px|石川{{拡張漢字|啄}}木一族の墓(立待岬)]]
4月15日、母・カツと同じく浅草等光寺で葬儀が営まれ、佐佐木幸綱・夏目漱石・木下杢太郎・森田草平・北原白秋・[[相馬御風]]らが参列した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=278-281}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=429|loc=新訂石川啄木年譜}}。法名は啄木居士{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=278-281}}{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=429|loc=新訂石川啄木年譜}}。
未亡人となった節子は、ミツを介して知り合った宣教師の伝手で、5月に[[千葉県]][[北条町 (千葉県)|北条町]](現・[[館山市]])に移住した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=283-285}}。6月14日、節子は次女・房江を出産{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=283-287}}。「房江」の名は[[安房国|房州]]で生まれたことにちなんで節子が付けた{{Sfn|長浜功|2009|p=287}}。
6月20日、第二歌集『悲しき玩具』が出版される{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=429|loc=新訂石川啄木年譜}}。『一握の砂以後』では第一歌集と混同するという理由で、土岐哀果が「歌のいろいろ」末尾の「歌は私の悲しい玩具である」という下りからタイトルを付けた{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=222-223}}。
節子は無収入だったため8月には二人の遺児と北条町を離れ、東京と盛岡に寄った後、9月4日に堀合家のある函館に帰り、借家に暮らした{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=283-287}}{{Sfn|長浜功|2013|pp=86-88}}{{Efn|借家を世話した人物について、岩城之徳は宮崎郁雨{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=283-287}}、長浜功は節子の父とする{{Sfn|長浜功|2013|pp=86-88}}。}}。
[[1913年]]([[大正]]2年)3月、一周忌を機に、函館の[[大森浜]]を望む[[立待岬]]に宮崎郁雨らの手で墓碑が立てられ遺骨も移される(現在ある墓碑は[[1926年]](大正15年)8月1日の建立){{Sfn|岩城之徳|1985|pp=314-315|loc=略年譜}}。
同年5月5日、節子も年明けから入院中の函館の病院にて肺結核で死去{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=429|loc=新訂石川啄木年譜}}{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=283-287}}。遺児は祖父(節子の父)が引き取った{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=283-287}}。
[[1920年]](大正9年)、土岐哀果が[[佐藤義亮]]を粘り強く説得した結果、[[新潮社]]から初の『{{拡張漢字|啄}}木全集』が刊行されて好調な売れ行きを示し、2800円の印税がもたらされた{{Sfn|長浜功|2013|pp=59-60}} 。この印税は節子の父に渡されて遺児二人の養育費に充てられたほか、滞納となっていた蓋平館の下宿料(130円を100円に減額)返済にも使われた{{Sfn|長浜功|2013|pp=59-60}} 。
没後10年となる1922年(大正11年)4月13日、初となる歌碑(やはらかに柳あをめる/北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに)が、故郷の渋民に建立される<ref name=takubokum">[https://www.mfca.jp/takuboku/jigyo/%E7%AC%AC10%E5%9B%9E%E4%BC%81%E7%94%BB%E5%B1%95%EF%BD%A2%E5%95%84%E6%9C%A8%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8F%B7%E6%AD%8C%E7%A2%91%E5%BB%BA%E7%AB%8B%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%80%8D%E3%80%80%E2%80%BB%E3%81%9F%E3%81%A0 第10回企画展「啄木第一号歌碑建立物語」] - 石川啄木記念館</ref>。この歌碑は地元や東京の岩手県出身の若者が中心になって建立が進められ、「無名青年の徒之を建つ」と刻まれた<ref name=takubokum"/>。また全集で潤った新潮社の佐藤義亮はこの建立に多額の寄付をしている{{Sfn|長浜功|2013|p=65}}。
前記の通り、1926年に函館の立待岬に「一族の墓」として墓碑が建立される。「{{拡張漢字|啄}}木の遺志」として[[岡田健蔵]]が主体となって実行したものだったが、これについては批判も存在する(岡田の記事を参照)。
[[1930年]]([[昭和]]5年)12月6日、結婚して東京で暮らしていた京子は急性肺炎により二児を遺して満23歳で、その約2週間後の12月19日に房江も肺結核により[[神奈川県]][[茅ヶ崎市]]の[[南湖院]]で満18歳で死去した{{Sfn|岩城之徳|1985|p=289}}。
[[1948年]](昭和23年)、長女京子の夫である石川正雄の編により『石川{{拡張漢字|啄}}木日記』が世界評論社から、初めて本格的に公刊される(全3巻、翌年3月完結){{Sfn|長浜功|2013|p=183}}{{Efn|それ以前には、1931年以降断片的に新聞や雑誌に掲載され、それらを再編した単行本が2種類刊行されていた{{Sfn||長浜功|2013|pp=170-177}}。}}。{{拡張漢字|啄}}木自身は生前、異なるタイミングで節子と金田一京助、丸谷喜市に対して、没後の日記の焼却を依頼していた(ただし金田一には「読んで、焼いた方がよいと思ったら」という留保を付け、節子にはあまり明確には伝えなかった)が、{{拡張漢字|啄}}木の葬儀後、金田一と丸谷はそれぞれの事情(金田一は父の危篤、丸谷は徴兵検査)で東京を離れたために日記は妻の節子が保管した{{Sfn|長浜功|2013|pp=42-43}}{{Sfn|長浜功|2013|pp=51-53}}。節子は日記を手元に置いたまま函館で病に臥せ、死去に先だって宮崎郁雨に「{{拡張漢字|啄}}木が焼けと申したんですけれど、私の愛着がそうさせませんでした」と述べて日記を託すことを約し、節子の没後に郁雨はこれを函館図書館に寄託した{{Sfn|長浜功|2013|pp=55-56}}。図書館では非公開で保管が続けられ、1930年代に日記公刊を求める世論が起きた際に、函館図書館長の岡田健蔵は「自分が生きている間は焼却も公刊もしない」と宣言、その岡田が1944年に死去したことで公刊が実現した{{Sfn|長浜功|2013|pp=241-242|loc=啄木日記関連事項簡略年表}}。
== 著書 ==
=== 詩集・歌集 ===
生前刊行もしくは刊行企図されたものに限る。
*『あこがれ』 詩集、1905年(明治38年)5月
*『一握の砂』 歌集、東雲堂書店、1910年(明治43年)12月1日
*『悲しき玩具』 歌集、東雲堂書店、1912年(明治45年)6月20日
=== 全集 ===
*『啄木全集』[[新潮社]]、1919年(全3巻)
*『石川啄木全集』[[改造社]]、1928年 - 1929年(全5巻)
**1978年ノーベル書房から復刻
*『新編石川啄木全集』改造社、1938年 - 1939年(全10巻)
*『啄木全集』[[河出書房新社|河出書房]]、1949年 - 1953年(全25巻)※全集として初めて日記を収録
*『啄木全集』[[岩波書店]]、1953年 - 1954年(全16巻)
*『啄木全集』[[筑摩書房]]、1967年 - 1968年(全8巻)
*『石川啄木全集』筑摩書房、1978年 - 1980年(全8巻)
== 代表歌 ==
148 ⟶ 228行目:
やはらかに柳あをめる<br />北上の岸辺目に見ゆ<br />泣けとごとくに
*
ふるさとの山に向ひて<br />言ふことなし<br />ふるさとの山はありがたきかな
160 ⟶ 240行目:
== 人物 ==
===
{{拡張漢字|啄}}木は節子と熱烈な恋愛により結ばれた一方、北海道や東京での単身生活時代には、複数の女性に心を寄せたり親交を持ったりした。
函館の代用教員時代同僚だった[[橘智恵子]]は『一握の砂』所収の短歌にも思慕が歌われたが、その心情については「理想とする精神的な恋愛の対象としての、清らかな愛情の表現」であり、東京時代にはその追憶の理想で現実を忘れようとしたと指摘されている{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=150-157}}。{{拡張漢字|啄}}木は1910年12月に刊行した『一握の砂』をすでに結婚していた智恵子に送り、追って葉書に「そのうち或るところに収めし二十幾首、君もそれとは心付給ひつらむ。塵埃の中にさすらふ者のはかなき心なぐさみをあはれとおぼし下され度し。」と記した{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=162-164}}。智恵子はこれに心を動かされて賀状や自家製バター(嫁ぎ先は牧場だった)を送り、『樹木と果実』の購読申込もしたが、{{拡張漢字|啄}}木にとって「精神的恋愛」の対象ではなくなり、以後の言及は短歌1首にとどまった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=162-164}}。
釧路時代に親交を持った芸妓・小奴は、文学好きで機転も利く才を愛し、題材にした短歌があるものの、その関係について岩城之徳は「浮ついたものではなく、人生の底辺に生きる者同志(原文ママ)の結びつきである」と述べている{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=195-197}}。1908年12月に小奴が上京した際には頻繁に会い、長浜功は「釧路時代は『兄と妹』だったが東京では『男と女』になった感がある」と記している{{Sfn|長浜功|2013|p=39}}。
1908年春の上京後、1905年4月の新詩社演劇会に出演して文通を持っていた植木貞子(本名:セン)が赤心館に通うようになり肉体関係も持ったが、{{拡張漢字|啄}}木が気移りし、反発した貞子が日記や原稿を持ち出す騒ぎを起こして8月に交際は終わった{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|pp=211-213}}。
このほか、新詩社で収入を得るためにおこなっていた短歌の添削指導で1908年6月頃から接触を持った依頼人の菅原芳子([[大分県]][[臼杵市|臼杵]]在住)に懸想し、翌年1月までの間に熱烈な恋文を送っている{{Sfn|長浜功|2009|pp=156-164}}。その一方で、平山良子という依頼人に送られた写真に一目惚れしこちらにも恋文を送るも、実は「平山'''良太郎'''」という名の男性だったという痛い目にも遭っている<ref name="trivia">{{Cite book |和書 |author=フジテレビトリビア普及委員会 |year=2004 |title=トリビアの泉?へぇの本? 9 |publisher=講談社 }}{{要ページ番号|date=2022-02}}</ref>。平山は所属する文芸結社、「みひかり会」で{{拡張漢字|啄}}木と文通する女性がいたことから「女性と偽った方が、啄木は快く添削に応じてくれる」との思いからの行為で、知人の祇園で人気の芸者の写真を自分のものだとして送っていた。平山は事実が発覚した際に謝罪したが、後に{{拡張漢字|啄}}木がみひかり会の顧問になった際、平山に対しての手紙の宛名に、それまで「平山良子様」としていたのを「平山良子殿」と、以後ずっと男性に対する敬称をつけて嫌みを表したという<ref name="trivia" />。
=== 経済観念 ===
岩城之徳は、父・一禎とともに{{拡張漢字|啄}}木は「金銭に対するルーズな性格」を持っていたと述べている{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=72-75}}。
1909年頃に作成されたとみられる自筆の借金記録が[[函館市中央図書館]]啄木文庫に残されており、1905年から約4年間の借金(実際に借りた金額だけではなく、ツケ払いや支払延滞といった内容を含む)は総額1372円50銭(2000年頃の物価換算では1400万円ほど<ref name="takuboku_sugao">[http://www5.hokkaido-np.co.jp/bunka/takuboku/sugao08.php3 北海道新聞:啄木の風景 <8> 借金編 素顔の啄木像 ―石川啄木研究者・桜井健治さんに聞く]{{リンク切れ|date=2022-02}}</ref>)とある{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=258-266}}。
この借金の記録は、宮崎郁雨(合計額として最多の150円の貸し主)によって発表されたが、発表の後には啄木の評価は「借金魔」「金にだらしない男」「社会的に無能力な男」というものが加わるようになった<ref name="takuboku_sugao" />。郁雨は{{拡張漢字|啄}}木の才能を愛しながらも、その生活力の欠如と金銭感覚には批判的であった{{Sfn|岩城之徳|1985|pp=258-266}}。{{拡張漢字|啄}}木は釧路時代に、競合紙の記者3人を退社させるのに彼らの給与前借清算などのため50円が必要と郁雨に書き送り、それに応じて郁雨は50円を二度に分けて送金した{{Sfn|長浜功|2009|pp=129-130}}。しかしその内容は虚偽で郁雨からの送金は花街通いなどに費消されたとみられている{{Sfn|長浜功|2009|pp=129-130}}。
1908年の上京後、東京朝日新聞入社までは金田一京助、入社後(ほぼ同時期に金田一は結婚して疎遠となった)義絶するまでは宮崎郁雨が事実上{{拡張漢字|啄}}木の生活を支えていた{{Sfn|岩城『啄木伝』|1985|p=366}}。金田一京助は、{{拡張漢字|啄}}木から頼まれる前に資金を援助することが何度もあった{{Sfn|長浜功|2009|pp=143-147}}。しかし、あるとき{{拡張漢字|啄}}木を頼ってきた同郷の青年二人に手元の金を恵んだ、という話を得意げに聞かされてその出所が自分であることを認識するよう苦言を呈し、以後関係が微妙となる{{Sfn|長浜功|2009|pp=254-255}}。その後、金田一は結婚({{拡張漢字|啄}}木が知り合いの古物商から紹介を受けた林静江を薦められた)するが、自宅が近かったことから{{拡張漢字|啄}}木はたびたび節子に寸借願を持たせて金田一の元に通わせ、金田一は静江にそれに従うよう命じていた{{Sfn|長浜功|2009|pp=256-257}}{{Sfn|長浜功|2013|pp=47-48|ps=金田一春彦の回想は『わが青春の記』([[東京新聞]]出版局、1994年)からの引用。}}。だが、静江はついに「自分と{{拡張漢字|啄}}木のどちらが大切なのか」と音を上げ、金田一は{{拡張漢字|啄}}木と距離を置くようになる{{Sfn|長浜功|2013|pp=47-48|ps=金田一春彦の回想は『わが青春の記』([[東京新聞]]出版局、1994年)からの引用。}}{{Efn|金田一の子息である[[金田一春彦]]は、母の静江から金田一が自分の着物を質入れしてまで{{拡張漢字|啄}}木に金を与えた(着物は流質)ことなどを恨み言で話すのを聞いて育ち、[[石川五右衛門]]を知ったときに{{拡張漢字|啄}}木がその弟かと思った、と回想記に記している{{Sfn|長浜功|2013|pp=47-48|ps=金田一春彦の回想は『わが青春の記』([[東京新聞]]出版局、1994年)からの引用。}}。}}。1912年3月30日、[[読売新聞]]に{{拡張漢字|啄}}木重態の報道(土岐哀果の筆)が出たのを見た金田一は、花見を取りやめて{{拡張漢字|啄}}木を訪問し自著の原稿料の半額10円(実際にはその日は出版社から入手できず、手元の金を「稿料分」として用立てた)を手渡した{{Sfn|長浜功|2009|pp=269-271}}。
== 商標化 ==
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== 脚注 ==
{{
=== 注釈 ===
{{notelist|2}}
=== 出典 ===
{{reflist|25em}}
== 参考文献 ==
=== 単行本 ===
* {{Cite book|和書|author=岩城之徳|authorlink=岩城之徳|title=石川啄木|publisher=[[吉川弘文館]]|series=人物叢書(新装版)|date=1985-07-01|isbn=4-642-05008-6|ref=harv}}
* {{Cite book|和書|author=岩城之徳|authorlink=岩城之徳|title=石川啄木伝|publisher=[[筑摩書房]]|date=1985-06-25|ref={{Sfnref|岩城『啄木伝』|1985}}}}
* {{Cite book|和書|author=長浜功|authorlink=長浜功|authorlink=長浜功|title=石川啄木という生き方 二十六歳と二ヶ月の生涯|publisher=[[社会評論社]]|date=2009-10-15|isbn=978-4-7845-0907-2|ref=harv}}
* {{Cite book|和書|author=池田功|title=啄木日記を読む|publisher=[[新日本出版社]]|date=2011|ref=harv}}
* {{Cite book|和書|author=長浜功|authorlink=長浜功|title=『啄木日記』公刊過程の真相 知られざる裏面の検証|date=2013-10-20|publisher=社会評論社|isbn=978-4-7845-1910-1|ref=harv}}
=== 学術論文 ===
* {{Cite journal|和書|author=長戸路信行|title=もう一つの「悲しい玩具」―啄木の『ローマ字日記』について―|journal=千葉敬愛経済大学研究論集|issue=25|date=1984-01-25|publisher=千葉敬愛経済大学|pages=133-155|url=https://keiai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=856&item_no=1&page_id=13&block_id=21 |ref=harv}}
== 研究書・関連文献(抜粋) ==
*[[草壁焔太]]『啄木と牧水―二つの流星 』日貿出版社、1976年
*草壁焔太『石川啄木―天才の自己形成』[[講談社]]<[[講談社現代新書]]>、1977年
*阿部たつを・桜井健治『
*
*国際啄木学会(編)『論集 石川啄木』おうふう、1997年
*国際啄木学会(編)『石川啄木事典』おうふう、2001年
*遊座昭吾『北天の詩想―啄木・賢治、それ以前・それ以後』桜出版、2008年
*[[長浜功]]『啄木を支えた北の大地―北海道の三五六日』[[社会評論社]]、2012年
*[[ドナルド・キーン]](角地幸男訳)『石川啄木』[[新潮社]]2016年
* {{Cite journal |和書
|author = 福田周
|title = 石川啄木:短歌にみる生と死の表現
|journal = 死生学年報
|volume = 13
|publisher = 東洋英和女学院大学 死生学研究所
|date = 2017
|pages = 123-145
}}
== 関連項目 ==
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* [[大森浜]] - 石川啄木小公園があり、そこに銅像がある。
* [[石川啄木賞|石川{{拡張漢字|啄}}木賞]] - 北溟社主催の文芸賞。[[岩手日報#岩手日報文学賞「啄木賞」受賞者一覧|岩手日報文学賞]]の{{拡張漢字|啄}}木賞とは別。
* [[函館市
* [[岡田弘子]] - 本文中に記した岡田健蔵の娘で、函館における啄木資料収集や顕彰事業を引き継いだ。
* [[尾崎豊]] - 「中等教育を中退してデビュー」「26歳で死去」といった啄木との共通点を指摘した論考やテレビ番組が存在する([https://ci.nii.ac.jp/naid/120006347501][https://datazoo.jp/tv/%E5%8D%81%E4%BA%94%E6%AD%B3%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%82%B9%E3%80%9C%E5%95%84%E6%9C%A8%E3%83%BB%E5%B0%BE%E5%B4%8E+%E7%A9%BA%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%9F%E5%A4%A9%E6%89%8D%E8%A9%A9%E4%BA%BA%E3%80%9C/535133])。
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== 外部リンク ==
* [http://www.mfca.jp/takuboku/ 石川{{拡張漢字|啄}}木記念館]
* [http://www.romankan.com/takuboku/ 石川{{拡張漢字|啄}}木函館記念館]
338 ⟶ 346行目:
* [https://web.archive.org/web/20080221000230/http://www.echna.ne.jp/~archae/index.html 啄木勉強ノート] - 閉鎖。(2008年2月21日時点の[[インターネットアーカイブ|アーカイブ]])
* {{Wayback|url=http://www.geocities.jp/scaffale00410/takubokutop.htm |title=池田功 石川啄木 どの詩(歌)に誰が作曲したか |date=20190101000000}}
* {{Kotobank}}
{{朝日新聞社}}
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[[Category:日本の文芸評論家]]
[[Category:日本の日記作家]]
[[Category:日本の新聞編集者]]
[[Category:校正|人]]
[[Category:岩手県出身の人物]]
[[Category:日本の初等教育の教員]]
[[Category:明治時代の朝日新聞社の人物]]
[[Category:
[[Category:日本の男性ジャーナリスト]]
[[Category:結核で死亡した日本の人物]]
[[Category:20世紀に結核で死亡した人物]]
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