「Wikipedia:削除依頼/千羽鶴」の版間の差分

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道知辺 (会話 | 投稿記録)
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*::::::ロシア語からは訳しておりませんで、昨日に回答した通り、enにある "Have not been buried to decay and molder," の英訳詩を、decayは腐敗、molderは朽ちるの意味であると判断して訳しました。なお decay and molder は、その際は併せ技のように捉えて「朽ちた」と訳しています。英語版を訳したから独自研究だ、のように主張されても困ります。
*:::::回答のために以前の編集内容を見返していて非常にまずい事に気が付きました。英語版から、アヴァル語詩のの英訳を和訳した際はコメントに[https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8D%83%E7%BE%BD%E9%B6%B4&diff=89721561&oldid=89719552 en:Zhuravli 13:46, 11 May 2022‎ から一部を訳]と記載したのですが、後日に他の追記と併せて英語版からロシア語詩の英訳を和訳した時はコメントに[https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8D%83%E7%BE%BD%E9%B6%B4&diff=89721561&oldid=89719552 改定]とだけ書いてしてしまって翻訳元を書いていないので、これはアウトかなと思います。ケースB-1ですかね。Wikipediaのルールを再確認しますが、これは「救いようがない」かもしれません。--[[利用者:道知辺|道知辺]]([[利用者‐会話:道知辺|会話]]) 2022年7月16日 (土) 13:19 (UTC)
*::::::{{返信}} それぞれ返信いたします。
*::::::* 中田英寿事件について
*::::::** 上記で中田英寿事件について触れたのは、jawpの外も含まれる著作権の主従関係について述べた時です。方針[[WP:Q#引用の要件]]の4の主従関係について述べた時は中田英寿事件に触れていませんし、4の主従関係の説明で「付従的な性質」と書かれている以上、触れる必要もありません。
*::::::* 主従関係について
*::::::** 「節には出典が全くついておらず」と書いたのは、歌詞を掲載することで述べることができる文言が当該の節にしかみつからなかったためです。道知辺さんがおっしゃるように、引用の主従関係は作品全体に対する割合だけ考えればいいということが『著作権法入門 第3版』に書いてあるのでしょうが、それは一つの説であり、分量だけでなく性質も考慮する必要があるという、対立説として、中山2020や[https://www.miyake.gr.jp/legal_info/201412/%E8%91%97%E4%BD%9C%E7%89%A9%E3%81%AE%E5%BC%95%E7%94%A8%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%95%99%E6%84%8F%E7%82%B9 法律事務所の記事]、判例として中田英寿事件があると申し上げているのです。要するに、MawaruNekoは「著作権上の引用の際の主従関係は、作品全体に対する割合だけ考えればいいという説と、分量だけでなく性質も考慮する必要があるという説の両方がある」と申し上げております。そしてこれは著作権上の話であり、方針[[WP:Q#引用の要件]]の4の主従関係では、明確に「付従的な性質」と書かれているため、単純な割合の比較は誤りと言えます。
*::::::* 必然性について
*::::::** 繰り返しになりますが、MawaruNekoは「引用の要件に必然性は含まれないとする説と、含まれるとする説の両方がある。中山2020、藤田嗣治事件などは前者であり、金井ら2002、加戸2013、創価学会写真事件などは後者である」と申し上げています。それに対して「中山2020は、引用の要件に必然性は含まれないとしている」とおっしゃったのでは反論になっていません。
*::::::** なお、これは著作権上の話であり、方針[[WP:Q#引用の要件]]では、6に必然性を明確に含めています。
*::::::* 「公正な慣行にそれらが...私とて、詩の引用に必要性があると再三主張しています。」について
*::::::** 申し訳ないですが、何をおっしゃっているのかが分かりませんでした。
*::::::*** 道知辺さんは[[Special:Diff/90487813/90498456|2022-07-15T12:21:55]]に{{行内引用|著作権法32場には「必然性」という文言は無い。ありもしない必然性のみで侵害と判断するのはおかしい。}}とおっしゃっています。
*::::::*** 道知辺さんは[[Special:Diff/90510485/90515938|2022-07-16T13:19:02]]に{{行内引用|私とて、詩の引用に必要性があると再三主張しています。}}とおっしゃっています。
*::::::** 結局道知辺さんは引用の要件に必然性があるとお考えですか?ないとお考えですか?それとも中山2020では併記されている「必然性」と「必要性」は別物とおっしゃりたいのですか?
*::::::** また、著作権上の話として、中山2020では、道知辺さんもおっしゃるように、加重的要件を「正当な範囲内」または「公正な慣行」の問題として処理すればよいとしていますが、百科事典には文化の説明をするために、著作権保護期間内の歌詞を載せることが結構あるのですか?例えば(JASRACと契約しているかもしれませんが)百科事典に、文化や歌曲の説明のために、そういった歌詞を記載/引用するという慣習があるのであれば、文化や歌曲の説明のためという理由で引用は必要と言える可能性もあるかと思います。
*::::::* 「Wikipediaは演説台ではありません」について
*::::::** これはルールとして挙げたというより、式辞と百科事典では必要性の考え方が異なるというのを説明するために挙げたものです。[[Special:Diff/90193661/90206694|井戸端での説明]]をもう一度挙げます。京大総長がボブ・ディランの歌を引用した件は、目的が入学式の式辞であり、その性質上、入学生と共に考えさせるような構成にする必要があり、またある程度の感情的訴求力も必要となることから、歌詞の引用の必要性はより高いと言えます。一方百科事典で『鶴』に関して説明する時は、単にそのモチーフを言いたい場合は感情的訴求力は不要ですから、そのモチーフに関連する部分のみを切り出せないか、歌詞の概略だけでは不十分かといった議論が出てくるかもしれませんし、逆に例えば『鶴』の詩がガムザトフの原詩からベルネスの歌になるまでの歌詞の変遷を(出典付きで)解説する場合や、歌詞に含まれる文学的構造や韻律などを(出典付きで)解説する場合は、ボブ・ディランの歌を引用した件よりも広い範囲が引用として認められる可能性もあります。
*::::::* 英語版の英訳詩と「悲劇的」について
*::::::** まず、履歴不継承はよくあるミスなので、仕方のないことです。
*::::::** さて、英語版でこの英訳詩が追加された経緯を見ると、追加されたのは[[:en:Special:Diff/890238853/prev|2019-03-31T02:20:27の版]]です。追加したのはIPv6ユーザで、[[:en:Special:Diff/862777969/890241184|このIPv6ユーザの一連の加筆]]<small>(注:間に他ユーザのタグの追加あり)</small>は訳の追加がメインのようです。[[:en:Special:PermanentLink/890241184|この最後の版2019-03-31T02:47:05]]では、{{行内引用|One of the best English translations in verse of the Gamzatov's poem was produced by an American poet Leo Schwartzberg © 2018}}と書かれており、グレブニェフのロシア語の翻訳の説明より前にあるため、グレブニェフのロシア語版歌詞の英訳という説明には見えません(ただし「兵士」とあるので歌詞の翻訳である可能性は高いです)。また韻文訳("translations in verse")だとすると、意味よりも韻律を重視して訳されるため、英訳前の詩の単語とは対応していない場合があります。(なお、その後この英訳詩は先頭6バイトが一致するIPv6ユーザが[[:en:Special:Diff/973581075/prev|2020-08-18T01:36:49に編集し]]、[[:en:Special:Diff/1072539473/prev|2022-02-18T06:22:34]]になぜか別のユーザが訳者の名前を書き換えています。)
*::::::** そして、第1連3行目で位置的に「朽ちる」にあたるのは"полегли"ですが、"полечь"は「横たわる」「戦死する」といった意味で([[wikt:en:полечь#Russian|полечь]], [https://kotobank.jp/rujaword/%D0%BF%D0%BE%D0%BB%D0%B5%D1%87%D1%8C プログレッシブ ロシア語辞典(露和編)])、直接的には「朽ちる」という意味合いはないと思われます。従って、「悲劇的」である理由が、「朽ちる」という言葉が使われているからということであれば、Leo Schwartzbergさんの韻文訳の英訳詩がガムザトフの原詩に比べて悲劇的であるとは言えても、グレブニェフのロシア語版歌詞がガムザトフの原詩([http://hdl.handle.net/2115/63702 中村2010] P.30の訳には「戦争で倒れた」というフレーズがある)に比べて悲劇的である理由にはならないと思われます。--[[利用者:MawaruNeko|MawaruNeko]]([[利用者‐会話:MawaruNeko|会話]]) 2022年7月17日 (日) 06:32 (UTC)
*{{AFD|コ}} 経緯が複雑で理解しきれませんが、著作権の問題以上にこれは独自研究に該当するのではないかと個人的に思いました。何かの文献で同様の記載があるのであればそれを引用してもよろしいかと思いますし、そうでないなら独自研究の内容に相当するかと思います。--[[利用者:邪狩|邪狩]]([[利用者‐会話:邪狩|会話]]) 2022年7月16日 (土) 02:16 (UTC)