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{{by|1996年}}オフに[[スイッチヒッター]]転向に取り組み、{{by|1997年}}よりスイッチヒッターデビューした。同年[[キャンプ (日本プロ野球)|秋季キャンプ]]から故障がちな[[野村謙二郎]]の控えとして[[遊撃手]]に挑戦。これが大きな転機となる。
 
{{by|1998年}}公式戦で遊撃手として守ったほかに代打の切り札として活躍、盗塁も14個記録して[[サブメンバー|スーパーサブ]]としての役割を果たした。
 
{{by|1999年}}には一時捕手への再転向案が浮上し、公式戦でも4試合捕手を守った。この頃より[[ユーティリティープレイヤー]]となり、この年だけで投手・一塁手以外の全ポジションを守っている。同年は[[広島市民球場 (初代)|広島市民球場]]のバックスクリーンにプロ初本塁打を放つなどバッティングも向上し、{{by|2000年}}には一番打者として初の規定打席に到達しただけでなく、打率2割8分8厘、10本塁打、30打点、165安打の好成績を残すなど10年目にしてブレイクした。以降は3年連続して130試合出場するなど、チームにとって欠かせない存在となる。