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『'''なぞのユニコーン号'''』（なぞのユニコーンごう、原題・[[フランス語{{lang-fr|仏語]]: ''Le Secret de laLa Licorne'', [[英語]]: ''The Secret of the Unicorn''}}）は、[[ベルギー]]の漫画家[[エルジェ]]によるコミック[[漫画]]（[[バンド・デシリーズ『ネ]]）、[[タンタンの冒険|タンタンの冒険シリーズ]]』の第11巻作目である。第12巻ベルギーの主要なフランス語新聞『{{仮リンク|レッドル・ラッカムの宝ソワール|en|RedLe Rackham'sSoir|fr|Le TreasureSoir}}』と合わせ （Le Soir）にて2部作となる物語の前編である。1942年6月11日から1943年1月14まで毎日のあ連載されていだにた。ベルギー人の新聞『''少年[[:en:Leタンタン Soir(キャラクター)|Le Soirタンタン]]''』に連載され、その約1年後に単行本にまとめられた。[[第二次世界大戦]]真っ只中、ベルギーが愛犬[[ナチス・ドイツノーウィ]]や友人{{仮リンク|ハドック船長|en|Captain Haddock}}と共によって占領されていた頃に描かれた作品であり、『なぞ17世紀の帆船{{仮リンク|ユニコーン号』は政治的なテ (タンタン)|label=ユニコーマン号|en|Unicorn (Tintin)|fr|La Licorne (bateau)}}の3つの模型の謎を避けて純粋な解き、ハドックの先祖が残したという隠し財宝の行方を追う冒険物語に焦点を当てた作品となっていである。また、ベルギー冒険のみを舞台としているのはシリーズ中過程で殺人も本作のほかに1作しか厭わない<ref name="Thompson 1991. p. 113">敵対者が現れ、最終的に物語は続編の『[[#Tho91|Thompson 1991レッド・ラッカムの宝]]. p. 113.</ref>』に続く。
 
本作は[[ナチス・ドイツ]]による[[ベルギーの戦い|ベルギー支配時代]]に、占領軍に協力する日刊紙『[[ル・ソワール]]』紙で連載された3作目の作品である。これまでに見られた政治要素を一切排して、純粋な冒険物語として製作された。そのストーリーテリングや描写は後編『レッド・ラッカムの宝』と合わせ、評論家からもシリーズ屈指の作品として評価が高い。作者自身も後の『[[タンタンチベットをゆく]]』まで、本作を最もお気に入りの作品としていた。また、タンタンの服装として一般にイメージされる白シャツの上に青いセーターは本作で初めて登場した。
本エピソードは1992年にラジオドラマ化されたほか、『''[[:en:Hergé's Adventures of Tintin<!-- [[:ja:チンチンの冒険 (帯アニメ)]] とリンク -->|Hergé's Adventures of Tintin]]''』と『''[[:en:The Adventures of Tintin (TV series)|The Adventures of Tintin]]''』で2度テレビアニメ化され、さらに[[ピーター・ジャクソン]]製作、[[スティーヴン・スピルバーグ]]監督による3Dモーションキャプチャ映画『[[タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密]]』（2011年）でも原作の一つとなった。
 
1957年のアニメ化において映像化されたエピソードの1つであり、1991年にはカナダのアニメーション製作会社の[[ネルバナ]]とフランスのEllipseによるテレビアニメシリーズの中で、本作が映像化されている。また、2011年の[[スティーヴン・スピルバーグ]]監督による映画『[[タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密]]』においてメイン原作として映像化され、それに伴いテレビゲーム化もなされた。
日本語版は、1968年に[[主婦の友社]]から[[阪田寛夫]]訳で『ユニコン号の秘密』、1983年に[[福音館書店]]から[[川口恵子]]訳で『なぞのユニコーン号』のタイトルで出版された。
 
日本語版は、1968年に[[主婦の友社]]から[[阪田寛夫]]訳で『ユニコン号の秘密』というタイトルで出版されたものが初訳である。日本語版として広く流通している[[福音館書店]]版（[[川口恵子 (翻訳家)|川口恵子]]訳）は、1983年に出版された。後編『レッド・ラッカムの宝』と同時出版であった。
 
なお、本作ではハドック船長の先祖としてフランソワ・ド・アドック卿が登場する。姓が微妙に異なるのは原語の "Haddock" の読みの違いによる（フランス語読みではアドックになり、英語読みではハドックになる）。本項では読みを統一せず、ハドック船長とアドック卿で使い分ける。
 
== あらすじ ==
[[File:Flea market of Brussels 03.jpg|thumb|250px|right|upright|[[ブリュッセル]]の{{仮リンク|ジュ・ド・バル広場|en|Place du Jeu de Balle}}の[[蚤の市]]の様子]]
ブリュッセルの市場をぶらついていた[[タンタン (キャラクター)|タンタン]]は、古い[[船舶模型]]が売られているのを見つけ、友人の{{仮リンク|ハドック船長|en|Captain Haddock}}へのプレゼント用にでもしようと思い購入する。その直後、タンタンのもとに2人の男が現れてそれぞれ模型を売ってくれるように頼み込むが、彼は断った。タンタンが家に帰り、棚の上に模型を置いたところ、[[スノーウィ]]によって落とされて[[マスト]]が折れてしまう。それを簡単に修理した直後、ハドック船長が訪ねてきたために見せたところ、その模型はハドックの17世紀の先祖であるフランソワ・ド・アドック卿の軍艦{{仮リンク|ユニコーン号|en|Unicorn (ship)}}と同じ姿形をしていることに驚く。話を聞いたタンタンが家に戻るとユニコーン号の模型は盗まれており、そして市場で合ったうちの一人である収集家のイワン・イワノビッチ・ネクラソフが怪しいと睨んで彼の家へ駆け込むが、間違いであると判り、そしてタンタンのものとそっくりの模型を持っていると知る。翌日タンタンは自室を掃除していると、ユニコーン号を置いていた棚の裏から見覚えのない丸まった小さな[[羊皮紙]]を発見する。タンタンはそれは元々先日スノーウィが壊したマストにくるまっていたものであり、宝のことを示す暗号が書かれていると推理する。
 
[[ブリュッセル]]のマロール地区の名物である{{仮リンク|ジュ・ド・バル広場|en|Place du Jeu de Balle}}の[[蚤の市]]を散策していたタンタンは、アンティークの精巧な小型帆船模型を見つけ気に入る。友人のハドック船長にプレゼントするため購入したところ、一歩遅かった帆船模型コレクターのネクラソフと古物屋のバーナビーという2人の男がそれぞれ自分に譲って欲しいと申し出てくるが、タンタンはいずれも断る。帰宅すると今度はスノーウィが模型を倒して、船のメインマストを折ってしまうトラブルを起こす。タンタンが応急処置でマストを直しているとハドック船長がやってきて、模型を見て驚く。それは彼が尊敬する17世紀の先祖フランソワ・ド・アドック卿が乗っていたという軍艦{{仮リンク|ユニコーン号 (タンタン)|label=ユニコーン号|en|Unicorn (Tintin)|fr|La Licorne (bateau)}}の絵と瓜二つであった。
ハドックは自室で暴れながら先祖について説明する。フランソワ・ド・アドック卿率いるユニコーン号は[[西インド諸島]]を航海している際にレッド・ラッカム率いる海賊団と遭遇して戦闘になり、そして敗北した。唯一生き残ったアドックはレッド・ラッカムを倒し、そして船を爆破して脱出した。
 
ハドックの自宅にてユニコーン号が描かれた絵画を見せてもらった後、タンタンが帰宅すると模型が盗まれていた。タンタンはネクラソフを疑い彼の家に行くが、彼は同じ形の帆船模型を持っていただけで泥棒ではなかったことがわかる。帰宅するとまた何者かが侵入した形跡があり、今度は室内が酷く荒らされていた。部屋を片付けていたタンタンは身に覚えのない丸まった古い羊皮紙を見つける。これは折れたメインマストの中に隠されていたものであり、犯人の真の狙いはこれではないかとタンタンは推理する。そして事件の謎を追うため、タンタンはハドックの家にて、彼からアドック卿の逸話を聞く。それは、かつて[[カリブ海]]を荒らした大海賊レッド・ラッカムとの戦いであり、部下やユニコーン号を失うも、最後にアドック卿が一騎打ちでラッカムを倒し、ヨーロッパに帰還したというものであった。そしてアドック卿は3人の息子たちにそれぞれユニコーン号の模型を与えたとあり、ここから3つの模型それぞれにレッド・ラッカムの隠し財宝の在り処を示した計3枚の羊皮紙が隠されていると推理する。そこでタンタンとハドックは隠し財宝を探そうと考えるが、時を同じくして2つ目の模型を持つネクラソフは襲われ、その羊皮紙は奪われていた。さらに財布にしまっていたタンタンの羊皮紙も、最近町を騒がし、{{仮リンク|デュポンとデュボン|en|Thomson and Thompson}}が行方を追っている凄腕スリに盗まれていた。
その後今度は市場で出会ったもう1人の男・バルナベがタンタンを訪問するも、直後にバルナベが何者かに狙撃され重体に陥った。さらに後日、タンタン自身も誘拐されてしまう。誘拐犯の正体は、[[骨董品店]]を経営するバード兄弟であり、2人は3隻目のユニコーン号模型の持ち主であった。
 
間もなくして今度はバーナビーがタンタンの自宅にやってくるが、何かを伝えきる前に何者かに狙撃されて意識不明の重体に陥る。その後、今度はタンタン自身が何者かに誘拐される。犯人は3つ目の模型を所持する骨董品屋のバード兄弟であり、3つの模型とレッド・ラッカムの秘宝を知って手に入れようとしていた。タンタンは郊外にある彼らの邸宅である{{仮リンク|ムーランサール城|en|Marlinspike Hall|fr|Château de Moulinsart}}{{efn|原語はラ・シャトー・ド・ムーランサール（Le château de Moulinsart）で、château が日本語で「城」と訳されているが、軍事拠点の意味での[[城]]という意味はなく、[[マナー・ハウス]]に近い。例えば英語版では荘園領主の邸宅を意味するホールが付いたマーリンスパイク・ホール（Marlinspike Hall）というイギリス風の建物名に変更されている。}}の地下室に閉じ込められていたが自力で脱出したところ、ちょうどスノーウィ、ハドック、デュポンとデュボンも現場に到着し、救出される。兄マーチンは逃亡するも弟ロビンは逮捕され、彼の供述でバルナベを襲った理由や、彼ら自身が手に入れた2枚の羊皮紙もスリに奪われていたことなどが判明する（マーチンがその後の顛末で逮捕されたことが明かされる）。
タンタンはバード兄弟のムーランサール城から脱出を試み、また、ハドックとデュポンとデュボンも到着、すんでのところで兄・マーチンは取り逃がしてしまうも、弟・ロビンの逮捕に成功する。ロビンは、マーチンと共に残りの羊皮紙を探して秘宝を狙っていたことや、バルナベにタンタンとネクラソフが持っていたユニコーン号の模型を盗むように指示していたこと、バルナベが分け前をめぐってマーチンと決裂したことがきっかけでタンタンに密告しようとしたために狙撃したことを認めるも、3枚のうち2枚の羊皮紙を持っていなかった。そもそも兄弟たちがタンタンを誘拐した動機もその2枚がタンタンが既に盗んで手に入れていると兄弟たちが思い込んでいたためであった。
 
後日、デュポンとデュボンたちの捜査により、市内の連続[[ようやくスリ]]事件の犯人が元公務員であるアリスティド・チボーであることが判明。タンタンは逮捕され、デュポンとデュボンのチボーの[[家宅捜索]]に同行し、チボーがこ盗まれまで盗んだた財布の中から、2が回収される。そして3枚の羊皮紙が挟まっていたマーチンの財布を発見。最後には、越境を図ろうとしてい集めたマーチンが確保されたことで、彼がタンタンから奪った1枚は暗号を取り戻解読し、3枚カリブ海の特定場所を揃える示す座標を割り出す。そこが財宝の隠し場所とに成功する。みたタンタンとハドックは3枚の羊皮紙を合わせて宝のありかの座標を検出し、が冒険の計画を立て始めたるところで物語は終わる。
 
== 歴史 ==
=== 執筆背景 ===
{{seealso|金のはさみのカニ#執筆背景|ふしぎな流れ星#執筆背景}}
エルジェというペンネームで知られるベルギーの漫画家のジョルジュ・レミは当初、右派紙である『{{仮リンク|20世紀新聞|en|Le XXe Siècle}}』で働き、タンタンという少年記者のキャラクターを思いついた。この新しいキャラクターは、タンタンが[[ソビエト連邦]]の戦闘に関与するという内容漫画『[[タンタン ソビエトへ]]』で初登場した。この作品は『20世紀新聞』の子供向け版である『{{仮リンク|20世紀子ども新聞|en|Le Petit Vingtième}}』紙上にて、1929年1月10日から1930年5月11日まで掲載された<ref>[[#Lof92|Lofficier and Lofficier 2002]]. pp. 22&ndash;23.</ref>。この成功を受け、エルジェは『タンタンの冒険』シリーズを執筆し、その後もタンタンをベルギー領コンゴ、アメリカ合衆国、エジプト、インド、中国、イギリス、さらには{{仮リンク|サン・テオドロス|en|San Theodoros}}や[[シルダビア]]といった架空の国へ旅立たせた。
[[File:WonderCon 2012 - little Tintin and Snowy (7019458425).jpg|thumb|right|upright|タンタンのコスプレをした少年の写真。本作で登場した白いシャツの上に着た青いセーターは以降、タンタンの一般的な服装として定着した。]]
 
作者の[[エルジェ]]（本名：ジョルジュ・レミ）は、1929年、故郷ブリュッセルにあったローマ・カトリック系の保守紙『{{仮リンク|20世紀新聞|en|Le Vingtième Siècle}}』の子供向け付録誌『{{仮リンク|20世紀子ども新聞|en|Le Petit Vingtième}}』にて、彼の代表作となる、架空のベルギー人の少年記者・[[タンタン (キャラクター)|タンタン]]の活躍を描く『[[タンタンの冒険]]』の連載を開始した{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1pp=31–32|2a1=Thompson|2y=1991|2pp=24–25}}。シリーズは人気を博し、連載が続いていたが、1940年5月、[[ナチス・ドイツ]]による[[ベルギーの戦い|ベルギー占領]]によって同誌が廃刊となってしまった{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1pp=68–69|2a1=Goddin|2y=2009|2p=70|3a1=Peeters|3y=2012|3p=114}}。その後、エルジェはベルギー最大のフランス語の日刊紙で、占領政府に協力することで廃刊を免れた{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1pp=70–71|2a1=Peeters|2y=2012|2pp=116–118}}『{{仮リンク|ル・ソワール|en|Le Soir|fr|Le Soir}}』（Le Soir）に雇われ、同紙が創刊した週刊の子供向け付録誌『{{仮リンク|ル・ソワール・ジュネス|fr|Le Soir-Jeunesse}}』（Le Soir Jeunesse）の編集長となった{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1pp=70–71|2a1=Peeters|2y=2012|2pp=116–118}}{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1p=72|2a1=Peeters|2y=2012|2pp=120–121}}{{efn|『ル・ソワール』の所有権はベルギー解放後に元の所有者であるRossel & Cieに返還されたが、ベルギー人たちは占領期間中に発行されていた同紙を「Le Soir volé」（盗まれたソワール）と呼んだ{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1p=70|2a1=Couvreur|2y=2012}}。}}。同誌では再びタンタンの連載を開始し、1940年10月、第9作目となる『[[金のはさみのカニ]]』が始まったが、戦時統制下での紙不足を理由に途中で廃刊し、日刊の『ル・ソワール』本紙に移行して、1941年10月に完結することができた{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=45}}{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1p=66|2a1=Thompson|2y=1991|2p=102|3a1=Lofficier|3a2=Lofficier|3y=2002|3p=45|4a1=Assouline|4y=2009|4p=78|5a1=Peeters|5y=2012|5p=125}}。この占領統治下で製作されたシリーズ4作品のうち3作目が本作である。
初期の作品では[[社会保守主義]]、[[ファシズム]]、[[帝国主義]]といった思想が反映されていた<ref>[[#Tho91|Thompson 1991]]. p. 24.</ref>。また後に彼は、第8巻『[[オトカル王の杖]]』（1939年）で[[アドルフ・ヒトラー]]と[[ベニート・ムッソリーニ]]を模した悪役のムットラーを登場させ、ナチス・ドイツとイタリアの外交政策を批判した<ref>[[#Tho91|Thompson 1991]]. p. 82.</ref>。後の作品『{{仮リンク|燃える水の国|en|Land of Black Gold}}』でも反独感情が表れており、それでの悪役のミュラー博士は[[イギリス委任統治領パレスチナ]]の石油供給を妨害しようとするドイツの意図である<ref name="Thompson 1991. p. 91-92">[[#Tho91|Thompson 1991]]. pp. 90-91.</ref>。
 
当時既に人気作家であったエルジェに対し、彼がナチス・ドイツに協力する『ル・ソワール』で働くことを批難する者も多かったが{{sfnm|1a1=Goddin|1y=2009|1p=73|2a1=Assouline|2y=2009|2p=72}}、エルジェ自身は同紙の60万人という購読者の多さに惹かれていた{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1p=73|2a1=Peeters|2y=2012|p=121}}。ただ、ナチスの監視という現実問題に対しては、以前の作品で見られた作品の政治性を排除し、中庸な作風に路線を変えた{{sfnm|1a1=Thompson|1y=1991|1p=99|2a1=Farr|2y=2001|2p=95}}。この事について{{仮リンク|ハリー・トンプソン|en|Harry Thompson}}は「エルジェはプロットに主眼を置くことで、新たなスタイルのキャラクターコメディを創り出した。これに大衆は好意的に反応した」と解説している{{sfn|Thompson|1991|p=99}}。もっとも前作『[[ふしぎな流れ星]]』では、物語の本筋に絡まない部分での描写が、後に[[反ユダヤ主義]]に加担したと批難も受けた{{sfn|Assouline|2009|p=81}}{{sfn|Frey|2008|pp=28–30}}。
1939年にヨーロッパを巻き込んだ[[第二次世界大戦]]が始まり、翌1940年にドイツはベルギーに侵攻した。エルジェは当初は亡命を考えていたが、結局は占領後も残り続けることに決めた<ref>[[#Tho91|Thompson 1991]]. pp. 91-92.</ref>。ナチスに批判的であった『20世紀新聞』は占領軍によって廃刊に追い込まれ、『燃える水の国』は中断された<ref name="Thompson 1991. p. 91-92"/>。失業したエルジェはその後、ドイツの管理下でも発行を許された人気新聞『{{仮リンク|ル・ソワール|en|Le Soir}}』の幹部の{{仮リンク|レイモンド・デ・ベッカー|en|Raymond de Becker}}によってイラストレーターとして雇われた<ref>[[#Tho91|Thompson 1991]]. pp. 92-93.</ref>。1940年10月17日、彼は同紙の子供版である『ル・ソワール・ジュニア』の編集者となり、新たなタンタンの冒険を描いた『[[金のはさみのカニ]]』（1941年）、『[[ふしぎな流れ星]]』（1942年）の制作に着手した<ref>[[#Tho91|Thompson 1991]]. pp. 98-99.</ref>。この新作では、厳しい政治情勢のためにエルジェはもはや『タンタンの冒険』に政治的テーマを入れることができなかった。タンタン研究家の{{仮リンク|ハリー・トンプソン|en|Harry Thompson}}の指摘の通り、タンタンの記者としての役割は終わり、新しく探検家にとって代わった<ref name="Thompson 1991. p. 112">[[#Tho91|Thompson 1991]]. p. 112.</ref>。
 
『ジュネス』の創刊以降、『ル・ソワール』時代のエルジェは旧友のポール・ジャミンと漫画家の{{仮リンク|ジャック・ヴァン・メルケベケ|en|Jacques Van Melkebeke}}の補佐を受けた{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1p=72|2a1=Peeters|2y=2012|2pp=120–121}}。
『ふしぎな流れ星』が終盤を迎えると、エルジェは新たなタンタンの冒険を描いた『なぞのユニコーン号』の作業に取り掛かった。宝探しの「超ロマンチックなテーマ」を軸に、タンタン研究家の{{仮リンク|ブノワ・ペーテルス|en|Benoit Peeters<!-- リダイレクト先の「[[:en:Benoît Peeters]]」は、[[:ja:ブノワ・ペータース]] とリンク -->}}は後に「占領の厳しさからの現実逃避の行為」と指摘した<ref>[[#Pee89|Peeters 1989]]. p. 73.</ref>。単行本2冊に渡って1つの物語を描くという試みは、『[[ファラオの葉巻]]』（1934年）と『[[青い蓮]]』（1936年）でも行われていた。エルジェは本作を成功であると考え、『{{仮リンク|ななつの水晶球|en|The Seven Crystal Balls}}』（1948年）と『{{仮リンク|太陽の神殿|en|Prisoners of the Sun}}』（1949年）、『{{仮リンク|めざすは月|en|Destination Moon (comics)}}』（1953年）と『{{仮リンク|月世界探検 (タンタンの冒険)|en|Explorers on the Moon|label=月世界探検}}』（1954年）でも繰り返された<ref>[[#Far01|Farr 2001]]. p. 105.</ref>。
本作は、エルジェがメルケベケとかなりの程を協力して取り組んだ最初のシリーズ作品であり、エルジェの伝記を書いたブノワ・ペーターズは、本作をメルケベケとの「共同脚本」と考えるのが妥当と指摘している{{sfn|Peeters|2012|p=143}}。
メルケベケが製作に関わったことによって、作品は以前のものより複雑な物語が可能となった{{sfn|Peeters|2012|p=144}}。
メルケベケは[[ジュール・ヴェルヌ]]やPaul d'Ivoiといった作家の[[冒険小説]]に強い影響を受けており、それらの影響が物語全体にも見られる{{sfn|Peeters|2012|p=143}}。
例えば3枚の隠された古文書はヴェルヌが1867年に発表した『[[グラント船長の子供たち]]』と類似し、メルケベケがエルジェに読むよう勧めた1作であった{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=54|2a1=Goddin|2y=2009|2p=102}}。
エルジェはメルケベケの貢献に対し、物語冒頭での市のシーンにおいて彼をカメオ出演させる形で応えた。実際に子供時代のメルケベケはジュ・ド・バル広場の蚤の市で本を買っていたため、まったくの嘘というわけでもなかった{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=54|2a1=Peeters|2y=2012|2p=143}}。
 
本作は2部構成の前編であり、次の『[[レッド・ラッカムの宝]]』で完結する。この前後編は第4-5作目『[[ファラオの葉巻]]』と『[[青い蓮]]』以来のものであった{{sfn|Thompson|1991|p=112}}。
=== 影響 ===
ただ、タンタン研究家のマイケル・ファーによれば、『ファラオの葉巻』と『青い蓮』が大部分が独立した自己完結型の作品であったのに比べれば、『なぞのユニコーン号』と『レッド・ラッカムの宝』は綿密に連携していたと解説している{{sfn|Farr|2001|p=105}}。
『なぞのユニコーン号』の背景やその他イラストを描くにあたり、エルジェは以前の『タンタンの冒険』よりも沢山の写真などをモチーフとしてより多くの種類の絵を描いた<ref name="Farr 2001. p. 112">[[#Far01|Farr 2001]]. p. 112.</ref>。彼は歴史的に正確に17世紀の軍艦ユニコーン号を表現するために努力し、パリの海軍博物館で発見された当時の資料を研究した。架空の船を創造するにあたって主に影響を受けたのは、1690年に[[ル・アーヴル]]で建造されたル・ブリリアントという名の船である。また彼は17世紀の船の設計について理解を深めるために、ル・ソレイユ・ロイヤル、ラ・クローン、ラ・ロワイヤル、ル・レアーレ・デ・フランスといった船舶を研究した。彼がユニコーン号の雑用艇の設計の基礎を得たのは後者の船からだった<ref name="Farr 2001. p. 111">[[#Far01|Farr 2001]]. p. 111.</ref><ref name="Peeters 1989. p. 75"/>。ユニコーン号という名前はフランスではなく、18世紀半ばに活躍したイギリスのフリゲート艦から取られた<ref name="Farr 2001. p. 111"/><ref name="Peeters 1989. p. 75">[[#Pee89|Peeters 1989]]. p. 75.</ref>。
 
本作の舞台は全編がベルギーであったが、次にベルギーが舞台になるのは第21作目『[[カスタフィオーレ夫人の宝石]]』のことであった{{sfn|Thompson|1991|p=113}}。
== 参考文献 ==
また、第20作目『[[タンタンチベットをゆく]]』まで、エルジェのお気に入りの物語であった{{sfnm|1a1=Thompson|1y=1991|1p=113|2a1=Farr|2y=2001|2p=105}}。
; 脚注
現在では一般的なタンタンのイメージである白シャツの上に青いセーターの服装は本作の最後の2ページで初めて登場した。それまでは茶色のスーツや赤いネクタイなど様々な装いをしていたが、本作以降の作品では必ず、この服装で登場した{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=54}}。
{{Reflist||colwidth=30em}}
 
;=== 参考作画資料・モデル ===
[[File:Cheverny01.jpg|thumb|250px|right|upright|本作以降、シリーズによく登場するムーランサール城のモデルになった[[シュヴェルニー城]]の外観]]
{{Refbegin}}
 
* {{Cite book|title= The Metamorphoses of Tintin, or Tintin for Adults |last= {{Smallcaps|Apostolidès, Jean-Marie}} |year= 2010 |publisher= Stanford University Press |location= Stanford |isbn= 978-0804760317 |ref=Apo10}}
エルジェは作画の資料として、新聞の切り抜きや様々な資料を用いていたが、本作においてはこれまで以上に多様な資料が用いられた{{sfn|Farr|2001|p=112}}。
* {{Cite book|title= Hergé, the Man Who Created Tintin |last= {{Smallcaps|Assouline, Pierre}} |year= 2009 |publisher= Oxford University Press |location= Oxford and New York |isbn= 978-0195397598 |ref=Ass09}}
多くの古船を描くにあたって、エルジェは当初、当時出版されて間もないアレクサンドル・ベルケマンの『L'Art et la Mer』（芸術と海）を参考にした{{sfn|Goddin|2009|p=104}}。
* {{Cite book|title= Tintin: The Complete Companion |last= {{Smallcaps|[[:en:Michael Farr|Farr, Michael]]}} |year= 2001 |publisher= John Murray |location= London |isbn= 978-0719555220 |ref=Far01}}
さらに古い帆船の正確な描写を行うため、ブリュッセルで模型船専門店を経営する友人ベレールに相談した。彼は、エルジェのために17世紀フランスの50門艦、ル・ブリラン号の設計図を作成した。この船は1690年に[[ル・アーヴル]]で造船されたもので、{{仮リンク|ジャン・ベラン (1640年生まれ)|label=ジャン・ベラン|en|Jean Bérain the Elder}}によって装飾されたものであった{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1p=88|2a1=Farr|2y=2001|2p=111|3a1=Peeters|3y=2012|3pp=144–145}}。
* {{Cite book|title= The Art of Hergé, Inventor of Tintin: Volume II, 1937-1949 |last= {{Smallcaps|[[:en:Philippe Goddin|Goddin, Philippe]]}} |year= 2009 |publisher= Last Gasp |location= San Francisco |isbn= 978-086719-724-2 |ref=God09}}
 
* {{Cite book|title= The Pocket Essential Tintin |last= {{Smallcaps|Lofficier, Jean-Marc and Lofficier, Randy}} |year= 2002 |publisher= Pocket Essentials |location= Harpenden, Hertfordshire |isbn= 978-1904048176 |ref=Lof92}}
17世紀の船のデザインをより深く理解するために他の船舶も参考にされた。特にユニコーン号の{{仮リンク|ジョリー・ボート|en|jolly boat}}（大型船に備え付けられる小型の雑用船）は、ル・レアール・ド・フランス号（Le Reale de France）がモデルになっている{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1p=75|2a1=Farr|2y=2001|2p=111}}。
* {{Cite book|title= Tintin and the Secret of Literature |last= {{Smallcaps|[[:en:Tom McCarthy (writer)<!-- リダイレクト先の「[[:en:Thomas McCarthy]]」は、[[:ja:トーマス・マッカーシー]] とリンク -->|McCarthy, Tom]]}} |year= 2006 |publisher= Granta |location=London |isbn= 978-1862078314 |ref=McC06}}
なお、ユニコーン号という船名のフランス海軍の船舶は存在しない。この名前は、18世紀半ばに活動していたイギリスの[[フリゲート|フリゲート艦]]からエルジェが拝借したものであり、作中で描かれたユニコーンの[[船首像]]も、そのフリゲート艦から採用されたものであった{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1p=75|2a1=Farr|2y=2001|2p=111}}。
* {{Cite book|title= Tintin and the World of Hergé |last= {{Smallcaps|[[:en:Benoît Peeters<!-- [[:ja:ブノワ・ペータース]] とリンク -->|Peeters, Benoît]]}} |year= 1989 |publisher= Methuen Children's Books |location= London |isbn= 978-0416148824 |ref=Pee89}}
 
* {{Cite book|title= Tintin: Hergé and his Creation |last= {{Smallcaps|[[:en:Harry Thompson|Thompson, Harry]]}} |year= 1991 |publisher= Hodder and Stoughton |location= London |isbn= 978-0340523933 |ref=Tho91}}
大海賊レッド・ラッカムのキャラクターは、『Dimanche-Illustré』1938年11月号に掲載されていた物語に登場した海賊[[ジョン・ラカム|ジャン・ラカム]]（Jean Rackam）が一部参照されている{{sfnm|1a1=Farr|1y=2001|1pp=108–109|2a1=Horeau|2y=2004|2pp=38–39}}。
* {{Cite book|和書|title=ユニコン号の秘密|author=エルジェ|translator=さかたひろお|publisher=主婦の友社|ISBN=4542503283|year=1968|pages=|id={{全国書誌番号|45035371}}|}}
また、ラカムの衣装を含めた容姿は[[セシル・スコット・フォレスター|C・S・フォレスター]]の小説『The Captain from Connecticut（コネチカットの船長）』の登場人物ルルージュや、17世紀のフランス人海賊[[ダニエル・モンバール]]がモデルになっている{{sfn|Horeau|2004|p=39}}。
* {{Cite book|和書|title=なぞのユニコーン号|author=エルジェ|translator=川口恵子|publisher=福音館書店|year=1983|pages=|isbn= 978-4-8340-0951-4|}}
本作の舞台の1つである{{仮リンク|ムーランサール城|en|Marlinspike Hall|fr|Château de Moulinsart}}（Moulinsart）は実在したベルギーの町の名前であるサルト・ムーラン（Sart-Moulin）に由来する{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1p=77|2a1=Thompson|2y=1991|2p=115|3a1=Farr|3y=2001|3p=106|4a1=Lofficier|4a2=Lofficier|4y=2002|4p=53}}。
その外観デザインは[[シュヴェルニー城]]がモデルになっており、作中で描かれたものは、そこから2つの翼棟を除いたものである{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1p=76|2a1=Thompson|2y=1991|2p=115|3a1=Farr|3y=2001|3p=106|4a1=Lofficier|4a2=Lofficier|4y=2002|4p=53}}。
シリーズにおいてメインキャラクターの家族や先祖が登場することはほぼなく、本作で先祖フランシスが登場したハドック船長は数少ない例である（他にあるのは後に登場する{{仮リンク|ランピョン (タンタン)|label=ランピョン|en|Jolyon Wagg|fr|Séraphin Lampion}}のみ）{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1p=75|2a1=Thompson|2y=1991|2p=115}}。また、作中でフランシスはルイ14世の[[落胤]]であることが示唆されているが、これはおそらくエルジェが自身の父親がベルギー王[[レオポルド2世 (ベルギー王)|レオポルド2世]]の落胤であったと信じていたことに由来する{{sfn|Phillips|Kingsley|2011}}{{sfn|Screech|2005|p=34}}。
 
=== 本紙連載と書籍出版 ===
本作は1942年6月11日から1943年1月14日まで『ル・ソワール』紙上で日刊連載された（[[コミック・ストリップ]]）{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=52}}。
以前の作品と同様に、完結後の1944年3月19日からはフランスのカトリック系紙『Cœurs Vaillants』でも連載が開始された{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=52}}。
日刊連載をまとめた書籍版は1943年にカステルマン社より62ページのフルカラー形式で出版された{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=52}}。これは連載終了後にエルジェが描いた新規の表紙デザイン{{sfn|Goddin|2009|p=124}}と6枚の描き下ろしのカラーページが含まれていた{{sfn|Goddin|2009|p=113}}{{sfn|Goddin|2009|p=114}}。
初版はベルギー国内のフランス語圏地域で3万部が売れた{{sfn|Peeters|2012|p=145}}。
 
=== その後の出版歴 ===
1952年にイギリス版が同国のコミック誌『{{仮リンク|イーグル (イギリスの漫画雑誌)|label=イーグル|en|Eagle (British comics)}}』で連載された。これは1951年に連載された『[[オトカル王の杖]]』に続く2作目であり、続編『[[レッド・ラッカムの宝]]』も同様に連載された<ref>{{cite thesis |type=PhD |last=Hulley |first=Bartholomew |date=2022 |title=French Comics in English |publisher=University of Lorraine, France}}</ref>。このイギリス版もカステルマン社より発行されたが、売れ行きが悪く、希少なコレクターアイテムになっている{{sfnm|1a1=Thompson|1y=1991|1p=121|2a1=Farr|2y=2001|2p=106}}。
この7年後に新訳版がメチュエン社より出版された{{sfn|Farr|2001|p=106}}。この版では、原作ではフランス王[[ルイ14世 (フランス王)|ルイ14世]]に仕えていたフランシス・アドック卿が、イングランド王[[チャールズ2世 (イングランド王)|チャールズ2世]]の臣下であったことに設定変更されていた{{sfn|Horeau|2004|p=18}}。
 
日本語版は、1968年に[[阪田寛夫]]訳として[[主婦の友社]]から出版されたものが最初である。タイトルは『ユニコン号の秘密』であり、シリーズ名は『ぼうけんタンタン』であった。シリーズ全24作を全訳した[[福音館書店]]版は1983年に[[川口恵子 (翻訳家)|川口恵子]]訳で出版された。福音館版は順番が原作と異なっており、本作がシリーズの第3作目であり、後編の『レッド・ラッカムの宝』と同日に刊行された<ref>{{cite web |title=なぞのユニコーン号 |url=https://www.fukuinkan.co.jp/book/?id=477 |website=福音館書店 |access-date=2023/7/15}}</ref>。
 
シリーズのデンマーク版を担当するカールセン社は、17世紀初頭のデンマークの船「Enhjørningen（ユニコーンの意）」号の模型を発見し、これをエルジェに贈った。この船は1605年に建造され、1619年から20年にかけて探検家{{仮リンク|イェンス・マンク|en|Jens Munk}}が北西航路を航海しようとした際に難破したものである{{sfnm|1a1=Thompson|1y=1991|1p=115|2a1=Farr|2y=2001|2p=111}}。
 
== 17世紀に実在したハドック船長 ==
[[File:Sir Richard Haddock.jpg|thumb|right|200px|17世紀に活躍した実在のイギリス海軍軍人であるサー・{{仮リンク|リチャード・ハドック|en|Richard Haddock}}の肖像画]]
 
本作の出版後に、エルジェは17世紀後半から18世紀初頭にかけてハドックという名の海軍軍人（提督）が実在したことを知った。この人物は[[イギリス海軍]]の軍人であるサー・{{仮リンク|リチャード・ハドック|en|Richard Haddock}}（1629年-1715年）であり、[[英蘭戦争|第3次英蘭戦争]]の最初の海戦となった[[ソールベイの海戦]]（1672年）において、[[エドワード・モンタギュー (初代サンドウィッチ伯爵)|サンドウィッチ伯爵]]の旗艦[[ロイヤル・ジェイムズ (戦列艦・2代)|ロイヤル・ジェイムズ]]号の指揮を任されていた。
戦いの中で船は火をかけられ、ハドックは海に脱出することを余儀なくされたものの、その勇敢さは当時の国王[[ジェームズ2世 (イングランド王)|チャールズ2世]]に称賛された。その後、ロイヤル・チャールズ号の指揮官に任命され、後年には海軍司政官となった{{sfn|Farr|2001|p=111}}。
さらに、彼の祖父は同じくリチャードという名で、[[チャールズ1世 (イングランド王)|チャールズ1世]]の時代に提督を務めた海軍軍人であったが、彼が指揮した軍艦の名前は{{仮リンク|ユニコーン号|en|HMS Unicorn (1634)}}であった{{sfn|Lavery|2003|p=158}}。
 
この時代にはもう1人、ハドック船長と呼ばれる人物がおり、彼は[[火船|焼き討ち船]]アン・アンド・クリストファー号の船長であった。デビッド・オッグの記録によれば、彼と彼の船は行軍中に船団からはぐれ、（後にイギリス本国で売って利益を出すため）交易品を購入する目的で[[マラガ]]に停泊したという。この行為により、1674年、ハドックは海軍裁判にかけられ、取引で得た全利益の没収と6ヶ月間の停職を命じられた{{sfn|Farr|2001|p=111}}。
 
== 書評と分析 ==
{{仮リンク|ハリー・トンプソン|en|Harry Thompson}}は、スタイル、色使い、内容において1930年代の初期作に通じるものがあるとし、「エルジェの探偵ミステリーの最後にして最高傑作である」と評した{{sfn|Thompson|1991|p=113}}。
また、彼は続編の『[[レッド・ラッカムの宝]]』と合わせて、本作が、シリーズの歴史において第3期の中心的な作品であると指摘し、直面する政治情勢に対応するため、記者から探検家に変わっていったとも述べている{{sfn|Thompson|1991|p=112}}。
さらに「タンタンの冒険の中で最も成功した作品」との見解も付言している{{sfn|Thompson|1991|p=113}}。
Jean-Marc LofficierとRandy Lofficierは、5つ星中4つ星とし、「本当に優れたストーリーテリング」と称賛した{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|pp=54–55}}。彼らは本作と続編の『レッド・ラッカムの宝』を読者の関心をタンタンからハドックに移すことによって、彼を最も興味深いキャラクターに昇華させたとし、シリーズの転換点になったと評している{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=53}}。また、フランシス・アドック卿というキャラクターを「かなり実在感のあるキャラクター」と評する一方で、バード兄弟については「比較的ありきたりな悪役」と評した{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=53}}。
 
フィリップ・ゴダンは、ハドックが祖先の生涯を語る場面について「現在と過去が交互に投影されるという驚異的な巧みさを（読者は）見せられる。異なる時代の交差は双方を豊かに、（印象を）強め、素晴らしいほど円滑に展開される。エルジェの才能の絶頂期であった」と評している{{sfn|Goddin|2009|p=110}}。
 
エルジェの伝記を書いた[[ブノワ・ペータース]]は、本作と『レッド・ラッカムの宝』は、主要人物達が物語世界を構築した点で、シリーズ上の重要な地位を占めていると指摘している{{sfn|Peeters|2012|p=143}}。
特に本作における、3つの異なるプロットが交錯する展開は、エルジェの「物語における最大の成功」の1つと評している{{sfn|Peeters|2012|p=143}}。
また、これまでにも見られた宗教的要素についても本作及び続編ではさらに強くなり、これは{{仮リンク|ジャック・ヴァン・メルケベケ|en|Jacques Van Melkebeke}}の影響の可能性があると指摘している{{sfn|Peeters|2012|p=144}}。
同じくエルジェの伝記を書いたピエール・アスーラインは、本作を[[ロバート・ルイス・スティーヴンソン]]の『[[宝島]]』から、「細かい部分はともかく、精神性においては明らかな影響を受けている」と指摘し、「現実逃避のニーズに応えたようだ」と述べている{{sfn|Assouline|2009|p=88}}。
その上で本作の冒険を「エルジェの作品における新たな展開であり、それまでの時事的なものから、遠い果てを舞台にした海賊の冒険譚に飛躍させた」と評している{{sfn|Assouline|2009|p=88}}。
また、彼はフランシス・アドック卿という先祖の登場は、エルジェが自身の先祖に貴族がいたことにしたかったことの現れではないかとも分析した{{sfn|Assouline|2009|pp=88–89}}。
 
{{仮リンク|マイケル・ファー|en|Michael Farr}}は、本作の最も注目すべき点として、ハドック船長と同じ容姿で言動のフランシス・アドック卿の登場を挙げている{{sfn|Farr|2001|p=108}}。
ハドック船長が先祖の物語を語るシーンは、これまでエルジェが『[[金のはさみのカニ]]』や『[[ふしぎな流れ星]]』で「実験」してきた「夢と現実の融合」の延長線にあると述べている{{sfn|Farr|2001|p=108}}。
その上で彼は前作『ふしぎな流れ星』と異なり、本作と続編には「占領と戦争に関する暗喩がほぼない」と指摘し、物語のテンポはシリーズの初期作に見られたような「急かされている感じがなく、完璧なペースだ」と称賛している{{sfn|Farr|2001|p=112}}。
 
== 翻案 ==
1957年にブリュッセルのアニメーションスタジオ、[[ベルヴィジョン・スタジオ]]による『エルジェのタンタンの冒険』においてアニメ化された（日本語版は『[[チンチンの冒険 (テレビアニメ)|チンチンの冒険]]』）。1話5分のカラー作品であり、第2シリーズの4番目のエピソードとして放映された。この脚本を担当したのは後の『{{仮リンク|タンタン・マガジン|en|Tintin (magazine)|fr|Tintin (périodique)}}』の編集長を務める{{仮リンク|ミシェル・グレッグ|en|Greg (cartoonist)|fr|Michel Greg}}であった{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|pp=87–88}}。
 
1991年から1992年に掛けて放映されたカナダのアニメーション製作会社のネルバナとフランスのEllipseによる『{{仮リンク|タンタンの冒険 (テレビアニメ)|label=タンタンの冒険|en|The Adventures of Tintin (TV series)}}』（Les Aventures de Tintin）において映像化された。1話30分の2話構成になっている{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=90}}。
 
2011年には本作をメイン原作として、[[スティーヴン・スピルバーグ]]と[[ピーター・ジャクソン]]の共同制作によるモーションキャプチャーによる長編アニメ映画『[[タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密]]』が製作された。2011年10月から11月にかけて世界公開され{{sfn|The Daily Telegraph: Michael Farr|2011}}、本国アメリカでは12月21日に公開された（アメリカでのタイトルは単に『タンタンの冒険』）<ref>{{cite web|url=http://www.indiewire.com/2011/10/steven-spielberg-says-the-adventures-of-tintin-is-85-animation-15-live-action-115766/|first=Oliver|last=Lyttelton|title=Steven Spielberg Says 'The Adventures of Tintin' is "85% Animation, 15% Live Action"|work=[[IndieWire]]|date=16 October 2011|access-date=18 December 2017}}</ref>。他に『[[金のはさみのカニ]]』『[[レッド・ラッカムの宝]]』も一部参照されている{{sfn|The Daily Telegraph: Michael Farr|2011}}。
また、タイアップしたテレビゲームも製作され、2011年10月にリリースされている{{sfn|IGN|2011}}。
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注釈"}}
=== 出典 ===
{{Reflist|30em}}
 
== 参考文献 ==
{{refbegin|30em}}
* {{cite book |title=The Metamorphoses of Tintin, or Tintin for Adults |last=Apostolidès |first=Jean-Marie |author-link=Jean-Marie Apostolidès |others=Jocelyn Hoy (translator) |year=2010 |orig-year=2006 |publisher=Stanford University Press |location=Stanford |isbn=978-0-8047-6031-7 |url=https://books.google.com/books?id=GiktoScv17oC }}
* {{cite book |title=Hergé, the Man Who Created Tintin |last=Assouline |first=Pierre |author-link=Pierre Assouline |others=Charles Ruas (translator) |year=2009 |orig-year=1996 |publisher=Oxford University Press |location=Oxford and New York |isbn=978-0-19-539759-8 |url=https://books.google.com/books?id=YsyEMjvdYJgC }}
* {{cite book |title=Tintin: The Complete Companion |last=Farr |first=Michael |author-link=Michael Farr |year=2001 |publisher=[[John Murray (publishing house)|John Murray]] |location=London |isbn=978-0-7195-5522-0 |url=https://books.google.com/books?id=DcytngEACAAJ }}
* {{cite web |title=The inspiration behind Steven Spielberg's Tintin |last=Farr |first=Michael |date=17 October 2011 |work=[[The Daily Telegraph]] |url=https://www.telegraph.co.uk/culture/film/filmmakersonfilm/8827673/The-inspiration-behind-Steven-Spielbergs-Tintin.html |url-status=live |archive-url=https://web.archive.org/web/20111019032644/http://www.telegraph.co.uk/culture/film/filmmakersonfilm/8827673/The-inspiration-behind-Steven-Spielbergs-Tintin.html |archive-date=19 October 2011 |access-date=31 January 2015 |ref={{sfnref|The Daily Telegraph: Michael Farr|2011}} }}
* {{cite journal |title=The Moulinsart Crypt |last=Fresnault-Deruelle |first=Pierre |journal=European Comic Art |year=2010 |volume=3 |number=2 |pages=119–144 |doi=10.3828/eca.2010.11 }}
* {{cite book |title=The Art of Hergé, Inventor of Tintin: Volume 2: 1937–1949 |last=Goddin |first=Philippe |author-link=Philippe Goddin |others=Michael Farr (translator) |year=2009 |publisher=Last Gasp |location=San Francisco |isbn=978-0-86719-724-2 |url=https://books.google.com/books?id=Q3fenQEACAAJ }}
* {{cite book |title=The Secret of the Unicorn |last=Hergé |author-link=Hergé |year=1959 |orig-year=1943 |others=Leslie Lonsdale-Cooper and Michael Turner (translators) |publisher=Egmont |location=London |isbn=978-0-613-71791-5 |url=https://books.google.com/books?id=dwLTAAAACAAJ }}
* {{cite book |title=The Adventures of Tintin at Sea |last=Horeau |first=Yves |others=Michael Farr (translator) |year=2004 |publisher=John Murray |location=London |isbn=978-0-7195-6119-1 |url=https://books.google.com/books?id=PcpfHAAACAAJ }}
* {{cite book |title=The Ship of the Line&nbsp;— Volume 1: The Development of the Battlefleet 1650-1850 |last=Lavery |first=Brian |year=2003 |publisher=Conway Maritime Post |isbn=0-85177-252-8 }}
* {{cite book |title=The Pocket Essential Tintin |last1=Lofficier |first1=Jean-Marc |last2=Lofficier |first2=Randy |author-link1=Jean-Marc Lofficier |year=2002 |publisher=Pocket Essentials |location=Harpenden, Hertfordshire |isbn=978-1-904048-17-6 |url=https://books.google.com/books?id=kburngEACAAJ }}
* {{cite book |title=Tintin and the Secret of Literature |last=McCarthy |first=Tom |author-link=Tom McCarthy (novelist) |year=2006 |publisher=Granta |location=London |isbn=978-1-86207-831-4 |url=https://books.google.com/books?id=T-UbAQAAIAAJ }}
* {{cite book |title=Tintin and the World of Hergé |last=Peeters |first=Benoît |author-link=Benoît Peeters |year=1989 |publisher=Methuen Children's Books |location=London |isbn=978-0-416-14882-4 |url=https://books.google.com/books?id=P97GQgAACAAJ }}
* {{cite book |title=Hergé: Son of Tintin |last=Peeters |first=Benoît |author-link=Benoît Peeters |others=Tina A. Kover (translator) |year=2012 |orig-year=2002 |publisher=Johns Hopkins University Press |location=Baltimore, Maryland |isbn=978-1-4214-0454-7 |url=https://books.google.com/books?id=eS5v-F04AoQC }}
* {{cite book |title=Tintin: Hergé and his Creation |last=Thompson |first=Harry |author-link=Harry Thompson |year=1991 |publisher=Hodder and Stoughton |location=London |isbn=978-0-340-52393-3 |url=https://books.google.com/books?id=NDX5TmISfYUC }}
* {{cite web |title=The Adventures of Tintin [The Game] Review |date=8 December 2011 |publisher=IGN |url=http://www.ign.com/articles/2011/12/08/the-adventures-of-tintin-review |url-status=live |archive-url=https://web.archive.org/web/20120924043600/http://www.ign.com/articles/2011/12/08/the-adventures-of-tintin-review |archive-date=24 September 2012 |access-date=6 February 2015 |ref={{sfnref|IGN|2011}} }}
{{refend}}
 
== 外部リンク ==
* [http://wwwen.tintinologisttintin.orgcom/guidesalbums/booksshow/11secret.htmlid/35/page/0/0/the-secret-of-the-unicorn ''The Secret of the Unicorn''] at Tintinologist.orgthe Official Tintin Website
* [http://www.tintinologist.org/guides/books/11secret.html ''The Secret of the Unicorn''] at Tintinologist.org
 
 
{{タンタンの冒険}}
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