削除された内容 追加された内容
出典の追加。
タグ: 曖昧さ回避ページへのリンク
出典の追加。
29行目:
[[古手川祐子]]が初[[ヌード]]を披露し話題を呼んだが<ref name="月刊平凡19851206" >{{cite journal |和書 |author = |journal = [[週刊平凡]] |issue = 1985年12月6日号 |title = 堺正章の=HUMAN APPROACH 人間探検 第31回 ゲスト・三田佳子 |publisher = [[マガジンハウス|平凡出版]] |pages = 118-121 }}</ref>、[[三田佳子]]も[[蔵原惟繕]]監督が「三田さんが出なければこの作品はやめる」とまで言われて口説かれたため<ref name="月刊平凡19851206" />、意気に感じて思い切って初めて脱いだ<ref name="月刊平凡19851206" />。しかしこのシーンが長く、蔵原がカットし、肝心のところは映らないシーンのみとなった<ref name="月刊平凡19851206" />。
 
録音の[[紅谷愃一]]は「蔵原監督は『[[南極物語]]』が記録的なヒットになったことで、映画監督としてすごい自信を持っていました。実際『エンタテインメントの作品を撮らせたら、人に負けないぞ』という気負いがありました。ところが次の企画が『春の鐘』でしょう。確かに愛の不毛を描くというのは蔵原監督の得意な世界なんですが、読んでみると脚本が弱い。東宝映画だから古手川祐子さんなのはしょうがないとしても、三田さんと北大路さんは、どこかすっきりいかなかったような気がしますね。外部スタッフが東宝作品に参加するのも大変でした。東宝の組合が僕と撮影の[[椎塚彰]]さんの参加に難色を示してね。椎塚さんは何とかOKが出たんですが、僕の方は問題が長引きました。蔵原監督からの要望もあって何とかOKになりました。蔵原監督は悩んでいて、撮影はすらすらとは進まなかったです。やはり脚本が弱いのと、キャスティングが、どこかイメージと違っていたんでしょうかね?夏場の撮影だったこともあって水をガブガブ飲んでいましたね。タイトルは『春の鐘』なのにセミが鳴いて大変でした」などと述べている<ref>{{Cite book|和書|author=紅谷愃一|authorlink=紅谷愃一|year=2022|title=音が語る、日本映画の黄金時代 {{small|映画録音技師の撮影現場60年}}|chapter=高倉健、田中裕子、ビートたけし『夜叉』|publisher=[[河出書房新社]]|isbn=9784309291864|pages=181–184}}</ref>。
 
== 脚注 ==