「古今亭志ん生」の版間の差分

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特に5代目は高名で、[[昭和]]以降の現代落語に於いて「最高の名人の一人」と位置づけられる程、非常に評価が高い。5代目が最高峰の名人と崇められているため、また継承の最有力候補と見られた実子[[古今亭志ん朝]]が襲名せずに亡くなったためか、現在では継承者が現れず、断絶状態にある。
 
*[[古今亭志ん生 (初代)|初代古今亭志ん生]] -([[文化 (元号)|文化]]6年([[1809年]]) - [[安政]]3年[[12月26日 (旧暦)|12月26日]]([[1857年]][[1月21日]]))[[三遊亭圓生_(初代)|初代三遊亭圓生]]の門人。初代[[橘家圓蔵|立花屋圓蔵]]との間での2代目圓生、襲名争いに敗れて古今亭志ん生を名乗る。
*[[古今亭志ん生 (2代目)|2代目古今亭志ん生]] -([[天保]]3年([[1832年]]) - [[明治]]22年([[1889年]])[[11月14日]])本名、福原 常蔵。初代志ん生の門人。
*[[古今亭志ん生 (3代目)|3代目古今亭志ん生]] -([[文久]]3年[[9月5日 (旧暦)|9月5日]]([[1863年]][[10月17日]]) - [[大正]]7年([[1918年]])[[5月10日]])4代目[[立川談志]]門下で[[立川談笑]](代数不明)その後2代目[[古今亭今輔]]の門下で古今亭今三郎、その後初代[[むかし家今松]]、5代目[[雷門助六]]等を経て襲名、[[1896年]]真打昇進、弟子に4代目、4代目[[古今亭志ん馬]]、4代目[[五明楼玉輔]]、6代目[[雷門助六]]、[[三遊亭志ん蔵]]。本名、小瀬 岩松。