「新ヘーゲル主義」の版間の差分

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Kentin (会話 | 投稿記録)
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イタリアでは、[[クローチェ]]と[[ジェンティーレ]]の二人が代表的である。イタリアでは、[[アウグスト・ヴェーラ]]が既に19世紀中ごろにはヘーゲル哲学を移入していたが、イタリアの実証主義的な精神風土からヘーゲル哲学に対しては、に受け入れ難く批判的に継承していったといえる。クローチェは、ヘーゲルの歴史の捉え方の問題には関心を示していたが全般的には批判的であったと言える。ジェンティーレは弁証法の問題に取り組んだ。
 
===オランダ===
地理的にも近いこともあって、ヘーゲル哲学は、比較的知られたものであった。オランダでは、ボーランドが代表的である。エドュアルト・フォン・ハルトマンの影響の元でヘーゲル研究を行い、数々の注釈を行った。
 
==新ヘーゲル主義のメンバー ==