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[[魏晋南北朝時代]]では将軍が刺史を兼ねて地方に割拠するようになるが、この間に行政区分がどんどんと細分化されるようになり、それに伴い刺史の権限も低下していった。
 
[[隋]]に入り、南北を統一した[[文帝 (隋)楊堅|文帝]]はそれまでの州・郡・県の三段階の地方制度を州・県の二段階とし、増えすぎた行政単位を300州・1500県に整理した。更に刺史の軍権を[[都督]]府に吸収させて刺史はかつての郡守と変わらない立場になった。
 
五代の戦乱時では刺史が兵力を握って自立することもあったが、[[北宋]]代に入ると代わって[[知州]]が州の長官となり、刺史は名称のみを残されて実態は消滅した。