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| colspan=2 align="center" style="border-style: solid none solid; background: #f0f0f0"|'''東大寺学園中学校・高等学校'''
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{{全国高等学校クイズ選手権|6|1986}}
'''東大寺学園'''は[[奈良県]][[奈良市]]に
東大寺学園中学校の前身は[[1947年]]設立の青々中学校。東大寺学園高等学校の前身は、[[1926年]]に設立の金鐘中等学校。この旧制金鐘中学は[[1948年]]に金鐘高等学校に名称変更し、定時制高等学校となるが、[[1963年]]の学校法人東大寺学園設置に伴い、東大寺学園高等学校定時制に名称を変更。[[全日制]]課程を新設し現校名に改称、[[1977年]]を最後に[[定時制]]課程を休止し全日制のみとなった。
[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]の「[[全国高等学校クイズ選手権]]」で最多の出場回数を記録している(2006年時点で15回)。
==概要==
かつては仏教式寺子屋指導で規律が厳しい時代もあったが、現在では校則はあるものの自由な校風を特徴とする。生徒手帳が無く、代わりに生徒証という三つ折の紙がある。仏教校である特徴として、入学式・卒業式の際に東大寺の僧が挨拶に来ること、旧校舎時代は登校時に大仏殿に向かって一礼する慣習があったことなどが挙げられる。当初校舎は東大寺境内(南大門の横)にあり、狭く運動場も借用だったが(日本一狭い中高、と自嘲する教師もいたという)、校舎を移転し解消された。また、奈良県は元々公立志向の強い土地柄であることや、当校の出自が夜間学校であったこともあり不人気な時代も続いたが、近年では奈良県でも一定の人気を得るようになった。
東大寺系列の学園であることから、生徒証を見せることで大仏殿を無料拝観することが可能。
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===文化祭===
毎年9月には生徒の手で「菁々祭(せいせいさい)」という文化祭が催される(通例第2週の土日)。恒例企画に「Mr.美少女コンテスト(美女コン)」なるものがあり、参加希望生徒が女装してパフォーマンスを行う。
===体育祭===
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国公立大学への進学者が多い。
東京大学合格者数は20人前後、京都大学合格者数は70人前後と比較的安定している。
==交通==
*[[近畿日本鉄道|近鉄]][[近鉄京都線|京都線]] [[高の原駅]]・[[平城駅]]
==沿革==
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===同窓会===
以上のような歴史があるため「東大寺学園高校(全日制)」の同窓会は「青々中学校」と合同であり、名称は「同窓会菁々」。1回生~13回生は青々中学校OBで構成、14回生以後は東大寺学園高校OBで構成、というかたちになっている。2005年3月卒業生が53回生であり、会員数は約7500名。「同窓会菁々」以外に「金鐘中等学校」-「東大寺学園高校(定時制)」のラインの同窓会(約1500名)もあり、別に構成されている。
==著名な出身者==
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===東大寺学園高校===
全日制高校が昭和38年に開設され、その後昭和41年以降の卒業生を記す。
*[[白浜一良]] - [[参議院議員]]3期目。[[公明党]]
*[[俵本正章]] - [[読売新聞]]大阪本社記事審査委員 昭和41年東大寺学園高校卒業
*[[矢和多忠一]] - [[奈良県]][[教育長]]、[[学びんピック]]委員 昭和41年東大寺学園高校卒業
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[[Category:日本の仏教系中学校|とうたいしかくえん]]
[[Category:日本の仏教系高等学校|とうたいしかくえん]]
[[en:Todaiji_Gakuen]]
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