「堀口一史座」の版間の差分

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*プロ3年目の1998年度、[[NHK杯テレビ将棋トーナメント|NHK杯]]で決勝まで勝ち進み、[[羽生善治]]四冠(当時)との対決となる。<ref>先手が堀口で、[[横歩取り]]模様(横歩取りの戦形になりそうな様子という意味)の出だしで14手まですらすらと進んだが、15手目、通常▲3四飛と横歩を取る一手のところで堀口の手が止まり、序盤早々に時間を使う。そして結局、横歩を取らずに飛車を2八に引き、[[相掛かり]][[腰掛銀]]の戦形になった。</ref> 結果は羽生の勝ちで、堀口は惜しくも準優勝に終わる。
 
*実質のタイトル戦<ref>(a)翌年度から選手権者への挑戦手合いにること、(b)肩書きが「朝日」となること、(c)将棋棋士の中での序列が竜王、名人、他のタイトル保持者に次ぐこと、(d)優勝賞金が多額であること、(e)九段の昇段規定が「タイトル3期」から「タイトルまたは朝日オープン優勝が3期」に変更されたこと、などから、実質のタイトル戦と言って差し支えないと考えられる。</ref>としてスタートした2001年度の[[朝日オープン将棋選手権]]において、初代チャンピオンになった(決勝五番勝負で[[杉本昌隆]]を3-1で破る)ことで広く知られるようになる。翌年、[[深浦康市]]を迎えた初防衛戦では、頭を五厘刈りにし決意の程を見せるも、1-3で敗北する。
 
==人物==