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{{大統領
| 人名=ジョルジュ・ポンピドゥ
| 各国語表記=Georges Pompidou
| 画像=Pompidou-1965.jpg
| 政党=[[フランス国民連合]]
}}
'''ジョルジュ・ジャン・レーモン・ポンピドゥ'''('''Georges Jean Raymond Pompidou''', [[1911年]][[7月5日]] - [[1974年]][[4月2日]])は、[[フランス]]の政治家。日本の報道関係では慣用的に'''ポンピドー'''と表記することが多い。ポンピドゥ、ポンピドウなどの表記もある
 
[[シャルル・ド・ゴール]][[共和国大統領 (フランス)|大統領]]の下で[[首相]](在任 [[1962年]][[4月16日]] - [[1968年]][[7月13日]])。
 
== 生涯 ==
両親が教育者の家に生まれたポンピドゥは、[[パリ]]の名門[[リセ]]であるルイ・ル・グラン校で学んだ。[[1931年]]、パリの[[高等師範学校 (フランス)|高等師範学校]]に入学を果たし、[[1934年]]には文学の[[アグレガシオン]](1級教員資格)を取得。卒業後はまず[[マルセイユ]]で、次いでルイ・ル・グラン校と並ぶパリの名門リセ・アンリ4世校で教鞭を執った。
 
[[第二次世界大戦]]中は対独[[レジスタンス]]に参加。パリ解放後はシャルル・ド・ゴール将軍首班の政府において官房の職に就き、国務院調査官などを経て、[[1954年]]から[[1958年]]まで[[ロスチャイルド]]銀行頭取。[[1958年]]、ド・ゴールが首相として政界復帰を果たすと官房長官を務めた後、ド・ゴール大統領の下で[[1962年]][[4月16日]]から[[1968年]][[7月13日]]まで首相を務めた。
 
== 関連項目 ==
* [[ポンピドゥ・センター]] - [[1969年]]にポンピドゥが計画を発案した総合文化施設。
 
{{先代次代|[[フランスの首相]]|[[1962年]] - [[1968年]]|[[ミシェル・ドブレ]]|[[モーリス・クーヴ・ド・ミュルヴィル]]}}
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