「地崎工業」の版間の差分

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'''株式会社地崎工業'''('''かぶしきがいしゃちざきこうぎょう''')はかつて存在した[[北海道]]の建設会社。2007年、[[岩田地崎建設]]に吸収合併
 
==概要==
[[1973年]]、株式会社地崎工業に商号を変更し本社を東京に移転。折りしもの好景気にのって全国の大規模建設工事に参加し、海外にも進出を果たした。最盛期の[[1996年]]には売上高1534億円余りを計上、中堅ゼネコンとして確固たる地位を築いたかに見えたが、翌[[1997]]年に長らく主力取引銀行だった[[北海道拓殖銀行]]が経営破たん。関連会社の不動産事業も多額の負債を抱え、[[バブル]]景気の崩壊と運命を共にすることとなった。拓銀破たん時、地崎工業本体の債権は600億円余りにのぼり、拓銀から引き継いだ[[北洋銀行]]など9機関が半分以上の債権放棄に応じたものの、業績はじり貧を続けた。この時に地崎オーナー家は会社経営から身を引いている。
 
その後は「本業回帰」を標榜して着実に受注高を回復させていったが、[[2000年代]]に入ってからも公共工事の赤字受注や、談合事件で逮捕者を出すなどの不祥事から業績不振が続き、ついに[[債務超過]]に陥った[[2004年]]、[[岩田建設]]の支援を受けて経営統合。共に持株会社「ICホールディングス」の100%子会社となる。その後も経営再建に注力したが、公共事業縮小により業績好転は望めず、当初の予定を前倒しして[[2007年]][[4月1日]]付で岩田建設を存続会社として吸収合併され、「[[岩田地崎建設]]株式会社」となった。
 
==沿革==
1,607

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