「全日本弓道連盟」の版間の差分

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詳しくは[[弓道#歴史]]を参照の事。
*昭和20年([[1945年]])11月6日・12月26日、文部省発体80号・100号により、学校における武道全面禁止。
*昭和21年([[1946年]])10月31日、[[大日本武徳会]]は自主解散を宣言するも[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]に認められず、11月9日に解散を命じられる。
*昭和22年([[1947年]])春、「全日本弓道連盟」結成。会長に宇野要三郎氏。
*昭和22年([[1947年]])5月10日、奈良[[橿原神宮]]にて第1回定期大会が行われる。
*昭和23年([[1948年]])12月、諸般の事情<ref>[[大日本武徳会]]解散時、宇野要三郎氏は武徳会副会長という要職に就いており、武徳会が[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]により強制解散させられた際に追放(パージ)される。(旧)全日本弓道連盟結成後暫くして、『パージされた者が会長を努めている「(旧)全日本弓道連盟」は武徳会の延長である。』との趣旨の風説が司法界や文部省で囁かれ、国体から「弓道」が除外される懸念も出始め、宇野会長は辞任、(旧)全日本弓道連盟も解散させる形をとった。</ref>より「全日本弓道連盟」解散。
*昭和24年([[1949年]])4月3日、「日本弓道連盟」結成準備。会長に樋口実氏。
*昭和24年([[1949年]])5月22日、「日本弓道連盟」創立。祝賀射会が行われる。