「1965年のJSL」の版間の差分

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'''[[1965年]]の[[日本サッカーリーグ|JSL]]'''は[[1965年]][[6月6日]]から[[11月7日]]まで行われた。優勝は[[東洋工業サッカー部|東洋工業蹴球部]]であった。
 
[[6月6日]]の開幕カードは[[駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場|駒沢陸上競技場]]での[[日立製作所本社サッカー部|日立]]vs[[名古屋ウエストフットボールクラブ|名相銀]]、[[古河電気工業サッカー部|古河]]vs[[三菱重工業サッカー部|三菱]]、[[刈谷市|刈谷]]での[[豊田自動織機製作所サッカー部|豊田]]vs[[東洋工業サッカー部|東洋]]、[[大阪市|大阪]]での[[ヤンマーディーゼルサッカー部|ヤンマー]]vs[[八幡製鉄サッカー部|八幡]]となり、日立vs名相銀戦が他会場に先駆けて行われた。
 
リーグ開催には[[東海道新幹線]]開通による旅行時間の短縮が多いな助けとなったが、環境面の整備は遅れ、関東近郊では[[東京オリンピック]]開催の為に新たに建設されたスタジアムでの試合が行われたが、刈谷では野球場、名古屋では[[鶴舞公園]]、広島では[[広島県立広島国泰寺高等学校|広島県立国泰寺高等学校]]のグラウンド等が使用されていた。
また、従来は白か茶色の単色の公式球を使用していたが、後期戦から現在でも馴染みの白黒ボールが公式球として使用される様になり話題となった。
 
優勝は[[東洋工業サッカー部|東洋工業蹴球部]]が開幕以来無敗の14勝2分で初代王者となった。
 
== 大会概要 ==