「末弘威麿」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし |
|||
1行目:
'''末弘 威麿'''(
[[1860年]]、[[公家]]
兄公望が[[フランス]]へ留学する際、西園寺家の行く末を憂慮した父の命で公望の養子となる。しかし、素行が悪かったために継嗣の座を廃され、母方の末弘家を継いだ。
その後は奮起して学問に励み、[[茨城県]]官僚から[[朝日生命]]の監事として[[財界]]に籍を置いていたが、[[1900
==関連項目==
|
編集の要約なし |
|||
1行目:
'''末弘 威麿'''(
[[1860年]]、[[公家]]
兄公望が[[フランス]]へ留学する際、西園寺家の行く末を憂慮した父の命で公望の養子となる。しかし、素行が悪かったために継嗣の座を廃され、母方の末弘家を継いだ。
その後は奮起して学問に励み、[[茨城県]]官僚から[[朝日生命]]の監事として[[財界]]に籍を置いていたが、[[1900
==関連項目==
|