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== 列福まで ==
中世において、列福は[[司教]]の権限で行われた。今日の基準からすれば問題のあるものも少なくない。[[カール大帝]]は宮廷付司祭によって死後すぐに列福された。彼は列聖されず、また福者としての崇敬もほとんど抑えられてきた。現在、[[アーヘン]]と[[オスナブリュック]]では、彼に名誉を帰すための[[ミサ]]を行う許可が与えられているが、「福者」の称号は使われていない。
 
現在のカトリック教会では、列福は[[ローマ教皇庁]]によって行われる。生前、その生き方において、聖性を示していたと思われる人は死後、申請が行われることによって列福調査が始められることがある。列福されるには、まず当該人物の生活した地域の[[司教]]による調査が行われ、そこで徳と聖性が認められることでローマ教皇庁の列聖省に資料が送られ、そこで二度目の調査・審議が行われる。また、列福においては、[[1831年]]の[[教会法]]改正以降、その人物の取次ぎによる最低1つの[[奇跡]](超自然的現象)が必要とされるが、殉教者である場合はその限りではない。
 
こうして厳しい審査を終えて、教会において福者の位置に加えるのがふさわしいと判断されると、バチカンの[[サン・ピエトロ大聖堂]]において列福が宣言される。通常、列福式はバチカンで行われる。例外的に、初めてバチカン以外で行われた列福式は[[1981年]]に[[フィリピン]]の[[マニラ]]で行われたフィリピン人初の福者(のちに聖人)である[[ロレンソ・ルイス]]の列福式であった。ちなみに彼は16世紀日本で殉教している。
 
すべての福者はその記念日を持っており、通常は命日がそれにあたっている。
 
福者に関しては、さらに[[列聖]]調査がおこなわれ、聖人に列せられることもある。
 
すべての福者はその記念日を持っており、通常は命日がそれにあたっている。場合によっては、さらに[[列聖]]調査がおこなわれ、聖人に列せられることもある。
 
中世において、一部の列福は[[司教]]の権限で行われることもあった。その中には今日の基準からすれば問題のあるものも少なくない。たとえば[[カール大帝]]は宮廷付司によって死後すぐに列福されたが、その後、列聖されず、まることはなかっし、福者としての崇敬もほとんど抑えら行われてこなかった。現在、[[アーヘン]]と[[オスナブリュック]]では、彼に名誉記念ための[[ミサ]]を行う許可が与えられているが、ものの「福者」の称号は使わと呼ばていることはない。
 
[[category:カトリック|れつふく]]