「スーパーファミコン」の版間の差分

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だが、これらの問題が元となって、一部の大手ソフトメーカーは任天堂の手法に半ば見切りを付ける形で競合ハードにも参入、また日本国外では他社にリードを許す事となった。プレイステーション、セガサターンの開発本格化と時を同じくしてスーファミ向け開発ラインを事実上停止したメーカーも多い。これはその後の次世代機競走における[[NINTENDO64]]の不振にも繋がる大きな要因にもなる。
 
任天堂はこの事態に対応するため比較的安価な[[ファミリーコンピュータ]]のソフトを再び発売する。しかし、時は[[1993年]]、[[1994年]]、すでにスーパーファミコンと[[PCエンジン|PCエンジンSUPER CD-ROM²]]、[[メガドライブ]]らが主流であり、この退潮に歯止めをかけることが出来ず、[[1994年]]、最後の[[ファミリーコンピュータ]]専用ソフトを発売し、ファミリーコンピュータは撤退。
 
そのまま、平成不況の[[1996年]]に突入してゆく事になる。
 
== 歴史 ==