「ケルン大司教」の版間の差分

編集の要約なし
中世には寄進などによる膨大な領地をもち、領地からの収入および交易都市であるケルンからの財源収入により大きな経済力を持った。
[[神聖ローマ帝国]]の[[選帝侯]]をつとめるなど、かつては世俗にも影響力を及ぼした。この状態はケルン大司教領が世俗化されるまで続いた。
[[1989年]]より、ヨアキム・マイスナー[[枢機卿]]が在任中。
 
== ケルン教区 ==
[[313年]]に[[コンスタンティヌス1世]]の[[ミラノ勅令]]発布に伴って[[司教座]]を設置したのがはじまり。[[795年]]の[[大司教]]区昇格、[[1930年]]の[[アーヘン]]教区分離などを経て現在に至る。
 
== 関連項目 ==
匿名利用者