「明玉珍」の版間の差分

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==概要==
明玉珍は、[[湖北省]][[隨州]]の人である。[[1355年]]、22歳の時に[[徐寿輝]]率いる[[天完]][[紅巾軍]]に参加し、統軍元帥に任じられる。命を受け西征し、[[巫峡]]経由で[[蜀]]に入り、[[重慶市|重慶]]を占領した。占領後、[[西川]]各地に討伐軍を出し、当地の元朝の官軍を破り、[[川蜀]]の地を概ね平定した。[[1360年]]徐寿輝が[[陳友諒]]に倒されると、天完を離れ[[隴蜀王]]を名乗った。[[1363年]]、帝を号し重慶に都を定め、国号を[[夏 (元末)|大夏]]とした。[[1366年]]、病死した。
 
==関連項目==