「ニハト・カフヴェジ」の版間の差分

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[[1997年]]、[[トルコ]]の名門クラブ・[[ベシクタシュJK]]にて弱冠17歳でプロデビュー、最初のシーズンで11試合2得点を挙げる。2年目からはレギュラーに定着した。2001-2002シーズン途中に[[スペイン]]へ渡り、[[レアル・ソシエダ]]の一員となる。2002-2003シーズンには2トップを形成する[[ダルコ・コバチェビッチ]]と抜群のコンビネーションを見せ、2人で43得点をマーク。クラブも最終成績2位という躍進を遂げた。自身は得点王こそ逃したものの、[[ロナウド]]([[レアル・マドリード]]、当時)と並ぶ23得点を挙げ、彼の名を広く知らしめたシーズンとなった。しかしその後は怪我に悩まされ、満足なパフォーマンスを見せられずにいた。[[2006年]]からは[[ビジャレアルCF]]でプレーしている。
 
トルコ代表としては[[2000年]][[10月7日]]の[[スウェーデン]]戦で初出場。[[2002年]]の[[2002 FIFAワールドカップ|FIFAワールドカップ日韓大会]]の代表メンバーにも名を連ねた。同国は3位の成績を残したが、出場機会は殆どなかった。これ以降は怪我の影響もありしばらく国際舞台からは遠のいていたが、[[UEFA欧州選手権2008|EURO2008]]予選では本選出場を決定付けるゴールを決めるなど、世代交代を図る代表の中で中核選手としての活躍を期待されている。更に2007-2008シーズン、ビジャレアルでもゴールを量産し2位という躍進の原動力となった
 
== 所属クラブ ==
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