「利用者‐会話:Sergei semenovich/20080701」の版間の差分

 
::ご回答ありがとうございます。まず最初にお断りしておかなければならないのですが、先に書き込ませて頂いた内容中の「(特にミュージシャン等の記事の)記述・編集の際には「ファンでない方の視点」も意識すべきかと考えます」という文言は、主観的あるいは非中立的記述が非常に多く見受けられる「ミュージシャンの記事全般の現状」を鑑みたものです。言葉足らずなうえに表現の方法が拙く、誤解を招いてしまったようで大変申し訳ありませんでした。<br />さて、ZARDが「日本のポピュラー音楽を代表する人気グループ」であることの十分な裏付け、というご意見ですが、その「基準」は果たして「誰」が決定するものなのかをご再考願えますでしょうか。「辞書サイトにおける「代表」の(3)の解説を見ても明らか」という点に関しましても、「1990年代に女性ボーカルとしては最も多く(全体でも3位)のシングル売上げ枚数を記録したこと」=「すぐれている」「最適」というのは異議を唱えざるを得ないご意見です。例えば(その年代に)「シングルが最も多く売れたミュージシャン」ではなく、「ライブの動員数が最も多かったミュージシャン」こそがその年代の代表的ミュージシャンと称されるべきだ、等の異論が唱えられた場合、sergeiさんはどうなさいますか?あくまでもシングル(あるいはアルバム)の売上数こそが代表的ミュージシャンを決定する最大要素である、そう仰られるのでしょうか?つまり「何をもって代表的とするか」、その基準が万人の明確な合意を得て決定されていない以上、代表的云々という記述を行うことはそれ自体が非中立的である、と私は考えます。また、辞書サイトにおける「人気」の(1)についてですが、「評判」「受け」というのはあくまでもファンあるいは好意的な方々の反応です。確かにアルバムやシングルの売上はそれなりのものであったかもしれませんが、それが即ち「ZARD=世界中の全ての人々から受け、評判がよい」というにつながるわけではありません。くどいようですがウィキペディアおよびウィキペディアの閲覧者にとって「人気の有無」という記述は全く無用であり、それらの記述は非中立的です。--[[利用者:Blackbelt Jones|Blackbelt Jones]] 2008年5月30日 (金) 13:31 (UTC)
 
:::CD(以前で言えばレコード)売上げ枚数を以て人気の指標とするのは広く受け容れられている立場です。出典が必要だと仰るならポピュラー音楽について論じたほとんど全ての文献、と申しておきます。この立場に異論はあるとしても、一定程度の蓋然性を以て広く受け容れられていると見做すことができる立場は中立的だと考えていいでしょう。世界中の全ての人が受け容れている立場などというものはそもそも存在しないのですから。<br />また「人気がある」というのは全ての人ではなくても多数の人からの評判や受けがいいことを指すのではないでしょうか。「世界中の全ての人々から受け、評判がよい」ことを以て「人気がある」というのでしたら、そんな人やものは現実には存在しないでしょうから、「人気」の(1)のような用例は生じるはずがありません。<br />それからどの程度の数の人から受け、評判がよいかについての適切な出典に基づいた記述は中立的です。また私は自分で調べ物をする際にもWikipediaをよく利用しますが、音楽家についての項目における人気の有無についての情報は非常に役に立っており、こういう閲覧者が一人でもいる以上「ウィキペディアの閲覧者にとって…全く無用」というのは誤りです。また「ウィキペディア…にとって…全く無用」と断定的に仰るからには何か根拠があるのでしょうか? もし音楽家についての項目には人気の有無について一切記述してはならないという合意が成立しているのでしたらポインタを明示していただければ私もそれに従います。--[[利用者:Sergei semenovich|sergei]] 2008年5月30日 (金) 15:27 (UTC)
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