「マリオ・バルデス」の版間の差分

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[[シカゴ・ホワイトソックス]]に在籍していた[[1997年]]に初めて[[メジャーリーグベースボール|メジャー]]に昇格し、自己最多となる54試合に出場。メジャー初[[本塁打]]を含む28[[安打]]を記録し、[[打率]].243の成績を残した。以降は[[マイナーリーグ|マイナー]]生活が続き、その間に[[ミネソタ・ツインズ]]、[[オークランド・アスレチックス]]に移籍した。アスレチックス時代の[[2000年]]には3年ぶりにメジャーに昇格し、翌[[2001年]]には32試合の出場ながらもシュアな打撃を披露し存在感を示した。[[2004年]]は当初[[メキシカンリーグ]]でプレーしていたが、シーズン途中に[[大阪近鉄バファローズ]]に入団。不調が続いていた[[ラリー・バーンズ]]の代わりとなる左の大砲として期待された(期待の現れとして、ヒッティングマーチには[[ラルフ・ブライアント]]と同じものが使われた)。打撃はやや荒削りの部分があったが、チーム合流初戦でいきなり本塁打を放ったり、[[サヨナラゲーム|サヨナラ]]ヒットを打ったりと持ち前の長打力を発揮し、「'''[[マリオ (ゲームキャラクター)|スーパーマリオ]]'''」と言うニックネームが付けられた。しかし、[[プロ野球再編問題 (2004年)|プロ野球再編問題]]で球団合併の煽りを受け、同シーズン終了後に退団した。[[2005年]]からは再びメキシカンリーグでプレーしている。
 
その為、マリオは大阪近鉄が一番最後に獲得した選手となった。
 
かつて[[読売ジャイアンツ]]に、同じ「スーパーマリオ」のニックネームが付いていた[[マリオ・ブリトー]]がいたが、人間関係などは全くない。