「長滝白山神社」の版間の差分

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'''長滝白山神社'''(ながたきはくさんじんじゃ)は、[[岐阜県]][[郡上市]]にある[[神社]]である。日本各地に分布する[[白山神社]]の中心的な神社の一つであり、[[白山]]信仰と関わりが深い。白山信仰の[[美濃国]]側の中心である。
 
元々の名明治維新以前'''白山中宮長滝寺'''である。(はくさんちゅうぐうちょうりゅうじ)と称したが、[[明治時代]]の[[神仏分離]]により、'''長滝白山神社'''と[[長寺]]に分離され。神仏分離後も長滝白山神社と長滝寺は、ほぼ同一境内にあるといえる。り、参道も同じである参道から左側が長滝寺、右側が長滝白山神社である
 
社号は白山長滝神社と呼ぶ場合もある。宗教法人としての登録名は「白山神社」
 
==祭神==
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==沿革==
伝承によれば、[[717年]]([[養老]]元年)、白山中宮長滝寺として[[泰澄]]が創建したとされる。[[722年]](養老6年)には同寺にて[[元正天皇]]の病気平癒を祈願して効験があったことから、元正自作の[[十一面観音]]、[[聖観音]]、[[阿弥陀如来]]の本地仏を安置し、白山本地中宮長滝寺に改称したという。
*[[717年]]([[養老]]元年):白山中宮長滝寺としして[[泰澄]]が創建。
 
*[[722年]](養老6年):白山本地中宮長滝寺に改称する。
[[828年]]([[天長]]5年)にはそれまでの[[法相宗]]から[[天台宗]]寺院へ改宗。[[833年]]([[天長]]9年)には白山三馬場の一つになる(『白山之記』)。馬場とは禅定道の起点のことであり、白山三馬場とは、美濃国の白山中宮長滝寺、[[加賀国]]の白山寺白山本宮(現[[白山比め神社|白山比咩神社]])、[[越前国]]の[[平泉寺白山神社]]である。[[平安時代]]の長滝寺は、白山三所、若宮社、大講堂、鐘楼、護摩堂、神楽殿、三重塔、法華堂、薬師堂など30以上の堂宇が建ち、6谷6院360坊を有していたという。[[1271年]]([[文永]]8年)には火災により半数の建物を焼失。[[1290年]]([[正応]]3年)には本殿が再建された。
*[[828年]]([[天長]]5年):[[天台宗]]寺院となる。
 
*[[833年]]([[天長]]9年):白山三馬場の一つになる。馬場とは禅定道の起点のことであり、白山三馬場とは、美濃国の白山中宮長滝寺、[[加賀国]]の白山寺白山本宮(現[[白山比め神社|白山比咩神社]])、[[越前国]]の[[平泉寺白山神社]]である。
*[[江戸時代]]には白山嶺上の管理を巡り、美濃馬場の白山本地中宮長滝寺、加賀馬場の白山寺白山本宮、越前馬場の平泉寺との論争が起きる。日本全国の白山神社の半数以上が白山本地中宮長滝寺系統の白山神社であったという。
*[[平安時代]]、境内の建物は、白山三所、若宮社、大講堂、鐘楼、護摩堂、神楽殿、三重塔、法華堂、、薬師堂など30以上。6谷6院360坊を有していたという。
 
*[[1271年]]([[文永]]8年):火災により半数の建物を焼失。
*[[1868年]]([[慶応]]4年・[[明治]]元年):)、神仏分離により、長滝白山神社と長寺に分離するした。白山本地中宮長滝寺の建物のうち、白山三社、拝殿は長滝白山神社となり、大講堂、薬師堂、弁天堂、鐘楼、経蔵などは長滝寺となる。[[1899年]](明治33年)に火災で社殿を焼失し、現在の建物は[[大正時代]]の再建である。
*[[1290年]]([[正応]]3年):本殿が再建される。
*[[江戸時代]]、白山嶺上の管理を巡り、美濃馬場の白山本地中宮長滝寺、加賀馬場の白山寺白山本宮、越前馬場の平泉寺との論争が起きる。全国の白山神社の半数以上が白山本地中宮長滝寺系統の白山神社であったという。
*[[1868年]]([[慶応]]4年・[[明治]]元年):神仏分離により、長滝白山神社と長滝寺に分離する。白山本地中宮長滝寺の建物のうち、白山三社、拝殿は長滝白山神社となり、大講堂、薬師堂、弁天堂、鐘楼、経蔵などは長滝寺となる。
*[[1899年]](明治33年):火災で焼失。現在の建物は[[大正時代]]の再建である。
 
==主な行事==
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*鉄製斧(入峯斧)
*銅仏餉鉢(どうぶっしょうばち)3口 うち内1口に正和三年、1口に元亨三年、1口に延文二年の紀年銘あり
*古楽面 26面 鎌倉時代から江戸時代に至る古楽面群で、[[能面]]の源流を知るうえで重要な資料である。<ref>2000年度に旧・[[重要美術品]]の11面と未指定の14面を合わせた25面が重要文化財に指定され、2008年に鬼面1面が追加指定された。</ref>
*古楽面 25面
*古瀬戸黄釉瓶子 2口 正和元年十二月施入の銘がある - 正和2年は西暦1312年
*石燈籠 正安四年壬寅七月日願主伝燈大法師覚海の刻銘がある - 正安4年は1302年
*黄地蝶梅文様繍狩衣・黄地牡丹文様繍狩衣
 
==所在地==
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==交通==
===公共交通機関===
*[[長良川鉄道]][[白山長滝駅]]より徒歩約5分
*[[岐阜乗合自動車|岐阜バス]]
**荘川八幡線(旧[[名金急行線]]、[[郡上八幡駅]]~桜の郷荘川)「長滝神社前」下車
===道路===
*[[国道156号]]、[[道の駅白鳥]]の北、約500m
 
== 脚注 ==
[[Category:岐阜県の神社|なかたきはくさんしんしや]]
<references />
[[Category:郡上市|なかたきはくさんしんしや]]
 
[[Category{{DEFAULTSORT:岐阜県の神社|なかたきはくさんしんしや]]}}
[[Category:岐阜県の神社]]
[[Category:岐阜県の重要文化財]]
[[Category:郡上市]]
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