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'''廃帝 棟'''('''はいてい とう'''、? - [[552年]]、在位[[551年]])は、[[中国]]の[[南北朝時代 (中国)|南朝]][[梁 (南朝)|梁]]の皇帝。第3代皇帝とすることが多いが、代数に入れるか異論もある。姓は蕭、名は棟、[[字]]は元吉。初代皇帝[[蕭衍|武帝]]の曾孫、[[昭明太子]]の孫。父は予章王蕭歓。爵位により'''予章王'''と呼ぶこともある。
 
[[侯景]]の乱によって国が乱れるさなか、[[簡文帝 (南朝梁)|簡文帝]]を廃した侯景により、代わって梁の皇帝につけられる。しかし、この即位は侯景による簒奪の布石であり、4ヶ月後には侯景への禅譲を強いられる。蕭棟は改めて淮陰王とされるが、実際は弟たちと幽閉状態にあった。その後、[[元帝 (南朝梁)|蕭繹]]の軍勢により侯景の軍は潰滅し、侯景自身も河上でその命を終える。蕭棟は弟たちとともに救出されたが、その後蕭繹の手によりともに水中に沈められて溺死させられた。