「五人組 (日本史)」の版間の差分

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{{Otheruses|日本史の「五人組」|その外の「五人組」の一覧|五人組}}
[[日本史]]の'''五人組'''(ごにんぐみ)とは、[[江戸時代]]に領主の命令により組織された隣保制度。[[武士]]の間にも軍事目的の五人組が作られたが、[[百姓]]・[[町人]]のものが一般的である。五人与(ぐみ)・五人組合などとも呼ばれた。
 
実態は、[[逃散]]したりして潰れた家や実際の住民構成とはかけ離れた内容が五人組帳に記載されていた場合があったり、また年貢滞納をはじめとする村の中の争議は、村請制の下では五人組ではなく村落規模で合議・責任処理されるのが普通であったため効果としては疑問がある。また、村によっては一つの村内で領主が家ごとに別々([[相給]])になっているケースがあり、その場合には領主が編成する五人組と村が居住区域をもって定めた五人組(「'''郷五人組'''」)が並存するという現象も生じた。しかし五人組制度が存在することによって、間接的に名主・庄屋の権威を裏付け、住民の生活を制約すると同時に町村の自治とりまとめを強化することには役立った。近代的自治法の整備とともに五人組は法制的には消滅したが、第二次世界大戦中の[[隣組]]にその性格は受け継がれていた。
 
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[[Category:江戸時代|こにんくみ]]
[[Category:日本の地域職域団体]]
[[Category:名数5|にんくみ にほんし]]
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