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{{世界遺産概要表
|site_img = Image:Calakmul.templo.jpg
|site_img_capt = カラクムル遺跡の遠景
|site_img_width = 275px
|ja_name = カンペチェ州、カラクムルの古代マヤ都市
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5世紀の初め頃の日付けを示す石碑や彩色土器が見つかっていることからカラクムルの王朝が始まるのはこの時期と考えられるが、王の即位日が[[長期暦]](maya Long Count Calendar)で記されていないため時期が確定できない。一説によると「カーン」王朝がカラクムルを首都としたのは6世紀に入ってからではないかと考えられている。
546年、トゥーン・カップ・ヒシュ王は、[[ナランホ]](Naranjo)王アフ・ウォサルの即位を後見したことが記録されている。次の王は、「空を見る者」と呼ばれる王で562年に現[[ベリーズ]]にあった「オシュウィツア」([[カラコル]])を支援して「ムトゥプル」([[ティカル]])を破り、以後中部低地において覇権を確立した。全盛期はタホーム・ウカッブ・カック(「燃え上がる手」)王(位622~630)、「ユクノーム頭」王(位630~636)、「大ユクノーム」(ユクノーム・チェン2世)王(位636~686)の時代である。タホーム・ウカッブ・カックのとき、626年、決別を図ろうとするナランホ王を2度にわたって破った。「ユクノーム頭」王のとき、631年にナランホに対して決定的な勝利をおさめ、その君主を屈辱的な殺し方で殺した。「大ユクノーム」王のとき、南方約180kmに位置する[[グアテマラ]]・ペテシュバトゥン地方に「ムトゥプル」(ティカル)の王族の一人が建てた新王朝の[[ドス・ピラス]](Dos Pilas)を支援して「ムトゥプル」を牽制した。しかし、次の王のユクノーム・イチャーク・カック(「燃え上がる鉤爪」「ジャガーの足」)王のとき、695年、復興した「ムトゥプル」(ティカル)の王ハサウ・チャン・カウィール1世に敗れて以後、急速に衰退した。
[[Image:Calakmul - Structure II.jpg|thumb|300px|right|カラクムル建造物2号]]
 
==現在の状況==
カラクムルで最大級の建物は[http://www.anthroarcheart.org/tblg25.htm 建造物2号]で、一辺120m、高さは45mに達する。2002年に[[世界遺産]]に登録された。
 
1984年から1994年にかけてウィリアム・フォーランによる調査が行われた。1994年からは、ラモン・カラスコに率いられたメキシコ国立人類学歴史学研究所の大規模な調査プロジェクトが実施中である。