「米谷事件」の版間の差分

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公判では男性は一貫して容疑を否認したが、主張は認められず、同年[[12月25日]]に懲役10年の実刑判決を受け服役し、[[1958年]]に仮釈放となった。そんな中、[[1966年]]4月になって事件当時少年だった被害女性の甥(当時33歳)が真犯人であると名乗り出るという事態が発生。甥は金目的で叔母である被害者を絞殺した後、露になった太腿に劣情して強姦に及んだと述べた。この自白はかなり信憑性が高いものと思われたが、裁判ではこの主張は退けられ、[[1968年]]に甥は無罪となった。しかし、甥は自責の念に耐えかね、検察控訴中の[[1970年]][[5月5日]]に自殺。その後、日弁連が動いて再審請求を行い、[[1978年]][[7月31日]]、男性は再審で[[無罪]]判決を受けた。
 
男性は2006年6月29日死亡。享年84
 
==関連項目==