「源氏鶏太」の版間の差分

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また、大阪文壇に大きな力を持っていた[[藤沢桓夫]]に対抗して作られた、作家集団「[[在阪作家倶楽部]]」に参加。[[長谷川幸延]]、[[宇井無愁]]、[[茂木草介]]、[[京都伸夫]]らを知る。
 
1948年、[[宇野千代]]が社長だったスタイル社が創刊した「スタイル読物版」に、初の「サラリーマン小説」である「浮気の旅」を発表。この作品は好評で、[[日本文芸家協会]]編の「現代小説選集」にも収録されたことから、以降、それまで、日本文壇でほとんど書かれたことがなかった「サラリーマンの人生の悲喜劇を描いた小説」であるサラリーマン小説を書き続けるようになる。
 
1950年には、サラリーマン小説「随行さん」「目録さん」「木石にあらず」で、上半期・下半期の直木賞候補に。そして、[[1951年]]「英語屋さん」他で第25回[[直木賞]]を受賞する。同作は、通訳専門の嘱託社員として採用された、通称「英語屋さん」と他の社員達との交流を描いた短篇で、実際に住友社内にモデルとなる人物がいた。以降も、ユーモアあるれるサラリーマン物の小説を多数発表し、「サラリーマン小説の第一人者」と呼ばれた。