削除された内容 追加された内容
Alertkeep (会話 | 投稿記録)
Undo revision 22759713 by ツングス族 (会話)
Wing99 (会話 | 投稿記録)
Undo revision 22759799 by Alertkeep (会話)
1行目:
'''貢女'''(コンニイ<ref>文献「韓国は日本人がつくった―朝鮮総督府の隠された真実―」(著:黄文雄、出版:徳間書店) ISBN 4198615063ではコンニイと紹介されている。</ref>、コンニョ)とは、一般に女性を朝貢品の1つとして献上することである。貢女の韓国語での表現は<span lang="ko">공녀</span>(コンニョ)である。李氏朝鮮時代においても続いていたが、ここでは、[[高麗]]からの場合のみを説明する。高麗時代の献上先は蒙古([[元 (王朝)|元]])、契丹、[[明]]であり、貢女だけでなく多くの朝貢を強いられていた
 
以下に高麗史からの資料を示す。1番目の資料は[[結昏都監]]を置き、140名の貢女を行い、2番目は貢女確保のために国中の婚姻が禁止されて、3番目に資料では[[寡婦處女推考別監]]という役所を設け組織的に対応していることがわかる。
 
* 高麗史 [[元宗 (高麗王)|元宗]]3、世家第27 高麗史27 元宗15年(1273年)3月
: ''壬寅 元遣蠻子<ref>蠻子([[蛮子]])とは南宋の漢人部隊</ref>[[媒聘使]]肖郁來[[中書省]]牒云 "南宋[[襄陽府]]生券軍人求娶妻室 故差委宣使肖郁押官絹一千六百四十<span lang=zh>叚</span>前去下高麗國令有司差官一同求娶施行" 肖郁令選無夫婦女一百四十名 督之甚急於是置[[結昏都監]] 自是 至秋窮搜 閭井獨女逆賊之妻 僧人之女 僅盈其數怨咨大興例給一女資粧絹十二匹<ref>匹は2反。従って12匹は24反となる。</ref>分與蠻子蠻子卽率北還哭聲震天觀者莫不悽''{{fact}}(原文を捜すことができない検証必要)
<!-- -->
<!-- : (概要) 元は蠻子媒聘使を 中書省に遣し、伝え言うには、「南宋襄陽府独身軍人が妻を希望している、ついては婚姻のための絹布一千六百四十束を委ねるおく。高麗国の官吏が一緒になって施行してほしい」とのべた。督は之をいぞぎ、結昏都監を設置し、秋に至りしつこく 要求するので、 都監みずから独身の女、逆賊の妻、僧侶の妻を探し、相談し女1人に絹十二反の化粧代とし蛮子にこれを分け与えた。蛮子は女をひきいて帰り、女の泣き声は天を震わし、目もあてられないほどであった。-->