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長島左近 (会話 | 投稿記録)
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伝統・史跡
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東葛西の北部は、葛西地域の中で最も歴史が古い地区である。[[江戸川|太日川]]の河口に位置し、中世には陸地化していた。
 
葛西御厨の一部であり、嶋」として知られていた。[[御厨]]とは、有力な神社の[[荘園]]の事である。葛西御厨は[[伊勢神宮]]の荘園であり、[[葛西清重]]が治めていた。[[葛西氏]]が衰えると、[[千葉氏]]や[[後北条氏]]の所領となった。
 
[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]には[[長島高城]]があったという説がある<ref>『小田原衆所領役帳』の解釈。『葛飾記』の城館説。</ref>。清光寺がその跡と言われている。現在でも一帯は微高地になっている<ref>{{cite web
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}}</ref>。
 
この地域は河川交通の要所でもあった。上流には[[下総国]]の[[国府]]があり、多くの船が行き来した。長島には長島湊(長島の津)があり、葛西御厨や国府の外港の1つとして栄えた。また[[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]の[[1372年]](文中元年/応安5年)には、[[香取神宮]]の河関(灯油料所)が設けられた<ref>『旧大禰宜家文書』「藤原長者二条師良宜写」</ref>。
 
[[江戸時代]]には、南部の開発が進んだ。[[宇田川氏|宇田川定氏]]が[[宇喜田町|宇喜田]]を開発。東葛西の南部もその一部であり、元禄時代に東宇喜田村として分かれた。旧江戸川沿いに雷(いかずち)。[[左近川]]沿いに仲町などの集落が出来た。
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== 伝統・史跡 ==
* 梵音寺(ぼんのんじ) - [[847年]](承和14年)創建という伝説。
* 梵音寺(東葛西二丁目)
* 清光寺 - 長島高城の伝承の地。[[1502年]](文亀2年)創建。
* 香取神社(東葛西2) - 長島村の[[鎮守神|鎮守]]。創建年は不明。
* 桑川神社 - 桑川村の鎮守。創建年は不明。
* 真蔵院(雷不動) - 波切り不動。[[天文 (元号)|天文]]年間(1532年から1554年)創建。
* 天祖神社 - 東宇喜田村中割の鎮守。[[1649年]](慶安2年)創建。
* 雷の大般若 - 雷の町内を女装した若者が駆け回る祭り。雷不動の縁日に行われる。江戸川区の無形民俗文化財である<ref>{{cite web
| author = 江戸川区
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| accessyear = 2008年
}}</ref>。
* 昇覚寺 - 朝夕に鐘つきが行われる。鐘楼は江戸川区の有形文化財である<ref>{{cite web
 
* 昇覚寺 - 朝夕に鐘つきが行われる。鐘楼は江戸川区の有形文化財である<ref>{{cite web
| author = 江戸川区
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| accessdate = 11月24日
| accessyear = 2008年
}}</ref>。基礎部分に[[そろばん地業]]を使用。[[1638年]](寛永15年)創建。
}}</ref>。
 
== 脚注 ==
{{Reflist}}
 
== 出典 ==
* 江戸川区教育委員会『江戸川区の史跡と名所』(2000年)
 
== 外部リンク ==