「フォード・コーティナ」の版間の差分

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Mk4は[[1976年]]10月、前年に一足先に登場していた[[フォード・タウヌス|タウヌス(マークⅢ系)]]に約一年遅れて登場した。メカニズム的にはMk3をほぼ継承し、ホイールベースや前後トレッドも変わらなかったが<ref>ダッシュボードはMk3後期型のままであり、ワゴンのスカットル以降の車体後半部もMk3をそのまま継承した。</ref>、ボディはよりプレーンで欧州車らしいデザインに変更され、タウヌスと完全に同一設計の車となった。また、グレード名称も変わり、「XL」は「GL」、「GT」は「S」、そして最上級の「E」は[[フォード・カプリ|カプリⅡ]]・[[フォード・エスコート|エスコートMk2]]・[[フォード・フィエスタ|フィエスタ]]のトップモデル同様、かつての[[イタリア]]の名門[[カロツッエリア]]で今やフォード子会社となっている「[[ギア]]」の名称に変更された。また、カプリⅡ・タウヌス・[[:en:Ford Granada|グラナダ]]で既に用いられていた[[:en:Ford Cologne V6 engine|ドイツ・フォード製V6エンジン(ケルン・ユニット)]]2300ccが[[1977年]]に追加された。
 
Mk4もMk3同様、当時の英国では好調な販売を維持し、後のMk5を含めて1979年までに1,131,850が生産されたが、防錆対策の不備もあって早期にスクラップとされた車が多く英国内でも今日では残存台数はあまり多くない。
 
===Mk5 (1976–1979年)===
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バリエーションはベース、L、GL、ギアの3種類が4ドアセダンと5ドアワゴンに用意されたが、2ドアはベースとLのみに整理された。従来の「S」は強化型サスペンション・太い185/70サイズのタイヤ・フォグランプ・タコメーターなどを含むパッケージオプションとなり、L以上に選択可能となった。また、モデルライフ後半には「カリプソ」・「カルーセル」など各種の特別仕様車が発売され、最後に売られたコーティナは1300・1600・2000ccの4ドアまたはワゴンの「クルセイダー・スペシャル」というモデルであった。
 
[[1981年]]、コーティナはこの年も英国のベストセラーカーの地位を堅持したが、ライバルの[[ヴォクスホール]]はコーティナのライバル車種である[[:en:Vauxhall Cavalier|キャヴァリア]]を[[[[ゼネラルモータース]]]]の世界戦略車Jカーにモデルチェンジ、横置きエンジンの前輪駆動車とした。また[[フォード・エスコート|エスコート]]も一足先に前輪駆動のMk4に進化しており、[[1970年]]以来同一の基本設計を持つコーティナにも抜本的な進化が必要になっていた。<ref>ヨーロッパ大陸においては、[[フォルクスワーゲン・パサート|VWパサート]]や[[:en:Renault 18|ルノー・18]]などの最新鋭のライバルと勝負しなければならない[[フォード・タウヌス|タウヌス]]の旧態化は、保守的な英国市場以上に一層深刻な問題であった。</ref> [[1982年]]7月、最後のコーティナは工場を後にし、前衛的なエアロダイナミックボディを持つ[[:en:Ford Sierra|シエラ]]が後継モデルとなった。<ref>生産中止時には大量のコーティナの在庫が残っていた。1983年になっても11,000台のコーティナが英国で新車登録され、最後の6台が登録されたのは1987年のことであった。</ref>しかし余りに前衛的なシエラはコーティナの需要層を完全には引き継ぐことが出来ず、[[1982年]]以降、英国のベストセラーカーの地位は[[フォード・エスコート|エスコート]]が継承することになった。
 
==イギリス国外での生産==