「川島郭志」の版間の差分

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* [[1992年]][[7月]]、日本スーパーフライ級王座を獲得(3度防衛後返上)。
* 日本王座在位中の同年[[12月]]、誕生時から支えてくれた母・志津子さんを突然の病で失う。
* [[1994年]][[5月4日]]、世界初挑戦。[[世界ボクシング評議会|WBC]]世界スーパーフライ級王者[[ホセ・ルイス・ブエノ]]([[メキシコ]])に挑み、12回判定勝ち。王座奪取に成功。
* [[1994年]][[8月]]、初防衛戦。2度の世界挑戦経験を持つ1位の指名挑戦者[[カルロス・サラサール]]([[アルゼンチン]])を12回判定に降す。なお、会場となった[[有明コロシアム]]は当日、開閉式の屋根を開けており、屋外・猛暑の中での試合となった。ちなみに、サラサールは後に[[国際ボクシング連盟|IBF]]世界スーパーフライ級・[[世界ボクシング機構|WBO]]世界フライ級で世界2階級制覇を果たすことになる。
* [[1995年]][[1月]]、2度目の防衛戦で前王者ブエノと再戦。前回同様、12回判定に降し、返り討ちに成功。なお、この試合の前日、[[阪神・淡路大震災]]が発生。試合前のセレモニーでは黙祷が行われた。
* 同年[[5月]]、前年[[4月]]に[[鬼塚勝也]]を苦しめた李承九([[大韓民国|韓国]])を相手に3度目の防衛戦。10回にダウンを奪われるも、それ以外は危なげない試合運びを見せ、文句なしの12回判定勝ち。