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'''大江 磐代'''(おおえ いわしろ、[[延享]]元年<!--[[?月?日 (旧暦)|?月?日]]-->([[1744年]]<!--[[?月?日]]-->)- [[文化 (元号)|文化]]9年<!--[[?12?9日 (旧暦)|?12?9日]]-->([[18121813年]]<!--[[?1?11日]]-->))は、日本の皇族。[[閑院宮典仁親王]]の[[女房]]。[[光格天皇]]の生母で、[[明治天皇]]の[[高祖母]]にあたる。
 
== 生涯 ==
典仁親王没後は出家して蓮上院となり、次男で[[聖護院]]門跡宮家を継いでいた閑院宮典仁親王第七王子・盈仁入道親王のもとで暮らした。父・岩室宗賢もその縁で家臣に取り立てられ[[法橋]]の位を与えられていた。
 
[[文化 (元号)|文化]]9年([[1812年]])に69歳で没し、盧山寺に葬られた。[[1878年]]に[[従四位]]、[[1902年]]に[[正一位]]を贈られた。
 
== 系譜 ==
[[Category:江戸時代の皇族]]
[[Category:1744年生]]
[[Category:18121813年没]]