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日本で初めて経済学[[博士号]]を取得した人物として知られる。
[[佐藤雄能]]や[[三矢重松]]らと共に、同郷の学生寄宿舎「荘内館」の設立に尽力した。
[[日露戦争]]以前、戦時に[[仮装巡洋艦]]として用いる高速商船の建造・航路補助の制度整備を主張。
[[日本郵船]]では「同社創設の調査機関を主宰するに至つた」(『帝国海運政策論』自序)。
[[近藤廉平]]社長とともに、[[ベルサイユ講和会議]]に[[民間船主]]代表として参加。
[[第一次大戦]]中より[[論壇]]に登場し、航空省設置や[[特設艦船|優秀船建造]]について発言。
[[慶應義塾大学]]、[[早稲田大学]]、[[東京帝大]]で[[海運]]論等の講義を担当した。
== 略歴 ==
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* [[1890年]]12月までに、[[大日本帝国海軍]]の[[文官]]「海軍編修書記」となる。
* [[1892年]]、荘内館の設立に関わる。
* [[1897年]]、
* [[1923年]]2月、経済学博士号取得。
* [[1939年]]、死去。享年70
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== 著書等 ==
著書
*『兵商論』伴正利、1891年
*『日本海運論』日本経済会、1894年
*『帝国海事総覧』共益商社、1900年
*『対外商工策』宝文館、1911年
*『海運政策』[[海軍経理学校]]、1923年
*『帝国海運政策論』巌松堂、1923年
*『交通政策 - 海運 - 』文信社、1927年
訳書
*『仏国革命時代海上権力史論 下巻』[[アルフレッド・セイヤー・マハン]]著、[[水交社]]訳、東邦協会、1900年
論考
*論説「海事思想涵養の方法」大日本教育会雑誌164、1895年3月1日
*寄書「海運ノ振興ト巡航商船ノ制」水交社記事49、1895年8月
==脚注==
<references/>
==外部リンク==
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