「小野裕幸」の版間の差分

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* [[2005年]]にはフランス・[[サンテティエンヌ]]-[[サンガルミエ]]で開催された第33回世界クロスカントリー選手権に日本代表として出場。男子ジュニアで52位であった。
* 同年の[[金沢百万石ロードレース]]に出場。ハーフマラソン1時間05分35秒で3位に入る。また、[[全国都道府県対抗男子駅伝|ひろしま男子駅伝]]では第5区に出走し、25分01秒の好タイムで[[佐藤秀和]]に次ぐ区間2位に入る。
* [[2006年]]には大学1年生ながら[[第82回東京箱根間往復大学駅伝競走|第82回箱根駅伝]]7区に出走、8、8区の[[難波祐樹]]にタスキリレー区間2位という好成績をあげる。
* 同年の[[全日本大学駅伝対校選手権大会]]2区に出走。区間2位の快走で7つ順位を上げた。
* [[2007年]]の第83回箱根駅伝では故障明けの[[松岡佑起]]に代わりエース区間2区に出走。区間12位と苦戦したが総合優勝を味わった。
* 同年の[[関東学生陸上競技対校選手権大会|関東インカレ]][[10000メートル競走|10000m10000m]]で、自己記録を大きく上回るタイムで日本人最高の2位入賞を果たす。その前の世界クロスカントリー選手権で日本代表として出場する。
* [[2008年]]の[[第84回東京箱根間往復大学駅伝競走|第84回箱根駅伝]]では前年まで[[今井正人]]が活躍した5区に出走し、[[箱根小涌園|小涌園]]前までは区間3位通過で快調な走りを見せるも、往路ゴールまで残り約500メートルの地点で[[脱水症状]]による低[[血糖]]状態となった。小野は何度も倒れながらも襷を繋ごうとしたが、競技運営委員、走路管理員、監督の3者合意により途中棄権となった。順天堂大学の途中棄権は[[第71回東京箱根間往復大学駅伝競走|第71回箱根駅伝]]で10区の[[浜野健]]がリタイヤして以来2度目。
*松岡佑起から駅伝主将を継いだ、シーズンでは関東インカレで10000m8位と5000m6位に入る。全日本大学駅伝予選会で最終組に登場し、[[ギタウ・ダニエル]]に次ぐ、個人2位で日本人トップに入るが、チームは予選落ち。[[日本学生陸上競技対校選手権大会|日本インカレ]]では5000m4位で、[[佐藤悠基]]に競り勝つ。[[第85回東京箱根間往復大学駅伝競走|第85回箱根駅伝]]の予選会では個人10位に入る。本戦では、5区を走り区間2位の走りを見せた。