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[[Imageファイル:VoisinBrothers.jpg|right|thumb|200px|ヴォアサン兄弟。ガブリエルは右の人物。]]
'''ガブリエル・ヴォアザン'''('''Gabriel Voisin''', [[1880年]][[2月5日]]-[[1973年]][[12月25日]])はフランス航空界のパイオニアである。弟のシャルル・ヴォアザン('''Charles Voisin'''[[1882年]]-[[1912年]])とともに、初期の航空機の開発をおこなった。
 
== 概要 ==
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[[1912年]]からは、[[軍用機]]の製作をはじめた。[[ヴォワザン|ヴォアザン]]機の特徴は流線形のナセルに乗員が乗り、その後に推進式のプロペラを配置して尾翼は2本のビームで支えるというものであった。[[1914年]][[10月5日]]、ヴォアザン複座機がアヴィアティック複座機を撃墜したのが、初の空中戦での撃墜記録とされている。
 
しかし、より優れた性能を持つ戦闘機が次々に開発されると、ヴォアザン機はその形式のために戦闘機として使えなくなっていった。最後の[[ヴォワザン_LAS_ LAS (航空機)|ヴォワザン LAS]]でもその形状は受け継がれていたが、これは当初より[[爆撃機]]として開発されており、そのうえ[[西部戦線_ (第一次世界大戦)|西部戦線]]では爆撃機としても旧式で役に立たないと評価され、[[東部戦線]]へ回された。東部戦線では、ヴォアザン機は最後まで大きな活躍を見せた。
 
[[Category:航空エンジニア]]
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[[en:Gabriel Voisin]]
[[fr:Gabriel Voisin]]
[[fy:Gabriel Voisin]]
[[it:Gabriel Voisin]]
[[nl:Gabriel Voisin]]