「無菌播種」の版間の差分

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==培地組成について==
 一般にラン科植物は発芽初期には硝酸還元酵素の活性が低く、硝酸イオンのみを窒素源とする培地では生育が悪いか、あるいは育たない。初期栄養としてアンモニウムイオン、あるいは有機窒素源が培地に含まれなければならないが、これらの窒素源と硝酸イオンの適正比率・適正濃度はランの種類によって大幅に異なる。ある種のランに好適な培地でも、他種はまったく発芽・生長しないことがある。
 
 着生ランの多くは、[[ビタミンB]]群や[[ニコチン酸]](ナイアシン)、その他の有機物が培地に含まれていないと生育が不良になる。[[洋ラン]]の生産現場では、有効成分は確定されていないが経験的に野菜や果物のジュースや、すりおろし汁などを無機培地に加えて培養すると生育が促進されることが知られている。
なお、ランの種類や品種、時には同一個体でも生長段階によって効果的な添加物は異なる。添加材料の収穫時期や、品種による成分差などもあるため、添加物の有効性について検討した報文は多数あるが確実な再現性は期待できないのが難点である。
 
一方、温帯以北の地生ランでは、春が来るまで種子が発芽しないように種子が休眠性をもっている場合がある。それらの種類では単に培地に播種するだけでは発芽せず、何らかの手段によって種子の休眠を打破する必要がある。具体的には下記のような方法がある。
 
・''';低温処理''':
 :一定期間、摂氏5度以下(凍結しない範囲でなるべく低温)にさらす。一般には播種した培養容器を温度設定した冷蔵庫内で保管する。寒冷地では温度条件が適切なら室内放置でもよい。
 
:[[アツモリソウ]]など寒冷地のランの完熟種子では休眠打破に低温処理がほぼ必須であり、発芽後の苗も越冬芽を形成した段階で再度低温処理をおこなう。ヨーロッパ産の冬緑性の地生ランでは未熟苗の段階で低温期を必要とする場合もある。[[ウチョウラン]]や[[イワチドリ]]なども低温処理で発芽率が向上する。
 一定期間、摂氏5度以下(凍結しない範囲でなるべく低温)にさらす。一般には播種した培養容器を温度設定した冷蔵庫内で保管する。寒冷地では温度条件が適切なら室内放置でもよい。
・''';洗浄処理''':
[[アツモリソウ]]など寒冷地のランの完熟種子では休眠打破に低温処理がほぼ必須であり、発芽後の苗も越冬芽を形成した段階で再度低温処理をおこなう。ヨーロッパ産の冬緑性の地生ランでは未熟苗の段階で低温期を必要とする場合もある。[[ウチョウラン]]や[[イワチドリ]]なども低温処理で発芽率が向上する。
 :種子に発芽抑制物質(その一部は[[フェノール]]系の物質であるようだが、完全には解明されていない)が沈着している場合、あるいは種子に撥水性があって吸水しにくい場合、培地に直接播種すると発芽率がきわめて悪い。
 
 :フェノール類はアルカリ性の水溶液に溶出するので、実用的には滅菌消毒をかねて[[次亜塩素酸ナトリウム]]の水溶液で洗浄する場合が多い。[[エビネ]]類、[[シュンラン]]、[[カンラン]]などのいわゆる[[東洋蘭]]、[[アツモリソウ]]属などは洗浄により発芽抑制物質を除去し、同時に薬剤の分解作用によって種皮を軟化させ、培養液になじむようにすることで発芽率が著しく向上する。なお、この処理は時間が長すぎると胚に障害を与え種子は死滅する。適正な処理時間はランの種類により大幅に異なるため予備実験を必要とする。
・'''洗浄処理''':
;暗所培養
 
:地生ランには明るい場所では発芽率が低下したり、発芽が遅れたりする種類もある。それらは暗黒下で培養し、展葉しはじめてから少しずつ光量を増加する。
 種子に発芽抑制物質(その一部は[[フェノール]]系の物質であるようだが、完全には解明されていない)が沈着している場合、あるいは種子に撥水性があって吸水しにくい場合、培地に直接播種すると発芽率がきわめて悪い。
・''';液体培地''':
 フェノール類はアルカリ性の水溶液に溶出するので、実用的には滅菌消毒をかねて[[次亜塩素酸ナトリウム]]の水溶液で洗浄する場合が多い。[[エビネ]]類、[[シュンラン]]、[[カンラン]]などのいわゆる[[東洋蘭]]、[[アツモリソウ]]属などは洗浄により発芽抑制物質を除去し、同時に薬剤の分解作用によって種皮を軟化させ、培養液になじむようにすることで発芽率が著しく向上する。なお、この処理は時間が長すぎると胚に障害を与え種子は死滅する。適正な処理時間はランの種類により大幅に異なるため予備実験を必要とする。
:地生ランの種子は液体の水に浸っている状態でないと発芽しづらい場合がある。液体培地に播種して発芽後に固体培地に移植するか、固体培地の表面に液体状の水分がたまっている状態(凝固水が不足している場合には固化後に液体培地を注入する)で培養することで発芽率が向上する。
 
・'''暗所;未熟種子培養''':
 :難発芽性と言われる種類でも、未熟な種子であれば比較的簡単に発芽する場合がある。[[クマガイソウ]]、[[キンラン]]、[[カキラン]]などで未熟種子による発芽例が報告されている。
 
:なお、これらの場合に発芽に成功しているのは胚がほぼ完成しているが種皮が硬化していない短い期間に限定されており、交配後の日数把握がきわめて重要である。
地生ランには明るい場所では発芽率が低下したり、発芽が遅れたりする種類もある。それらは暗黒下で培養し、展葉しはじめてから少しずつ光量を増加する。
・''';培地組成の見直し''':
 
 :一部のランでは培地に高濃度の硝酸イオンが含まれていると発芽・生育が不良になる。一般の植物培養で代表的な培地として知られる[[ムラシゲ・スクーグ培地]](MS培地)や京都培地([[ハイポネックス培地]])には窒素源として多量の硝酸塩が含まれており、前述のような特性をもつランでは標準濃度で使用すると著しい生育阻害をおこす。地生ランの培養では一般に無機塩を標準(洋ラン用)より希釈して使用するが、さらに窒素源を[[硝酸アンモニウム]]に置き換えたり、それでも生育阻害が生じる場合には窒素源として有機窒素化合物(たとえば[[アミノ酸]])を使用するなどの試みがされている。
・'''液体培地''':
 :また、発芽・生育阻害が生じる培地に[[活性炭]]の粉末を添加すると、他の配合組成が同一のままでも培養できるようになる例が経験的に知られている。生育阻害物質を活性炭が吸着するためだと推測されているが明確ではない。原理的には生育促進物質を吸着してしまう可能性もあるため、無添加培地との比較実験を必要とする。
 
・''';培地濃度の希釈''':
地生ランの種子は液体の水に浸っている状態でないと発芽しづらい場合がある。液体培地に播種して発芽後に固体培地に移植するか、固体培地の表面に液体状の水分がたまっている状態(凝固水が不足している場合には固化後に液体培地を注入する)で培養することで発芽率が向上する。
 :地生ランは培地に含まれる無機塩や糖類の濃度が高いと発芽率が低下する場合がある。着生ラン用培地と同組成で培養可能な種類でも、濃度は2分の1から3分の1程度に希釈したほうが好適な場合がある。温帯以北の地生ランでは糖濃度も10-15g/l前後(通常の培地では30-35g/l)でもっとも発芽率が高くなる場合があるが、苗の生育に好適な糖濃度はそれより若干高いため発芽後に新しい培地に移植することが望ましい。
 
・''';植物生長ホルモンの使用''':
・'''未熟種子培養''':
 :植物の[[組織培養]]では[[植物ホルモン]]の添加が必須だが、種子培養の場合は培地中にホルモンを添加すると種子に内在するホルモンのバランスをくずし、著しい生育障害をひきおこす場合がある。そのため、無菌播種において原則的には植物生長ホルモンの培地添加は禁忌である。
 
 :しかし例外的に、ごく微量の生長ホルモンを添加することで生育が促進される種類もある。また、前述の未熟種子の培養では培地に生長ホルモンが添加されていたほうが発芽率が向上する場合がある。そのほかシュンランなどの東洋蘭グループは発芽にはホルモンは不要だが、生長ホルモンで刺激しないと長期間(数年、あるいはそれ以上も)発葉しない。
 難発芽性と言われる種類でも、未熟な種子であれば比較的簡単に発芽する場合がある。[[クマガイソウ]]、[[キンラン]]、[[カキラン]]などで未熟種子による発芽例が報告されている。
 :一般的には[[オーキシン]]類と[[サイトカイニン]]類を併用すると単独の場合より発芽・生育促進効果が高まるが、植物組織培養の場合と同様に、両者の濃度比が適切でないと発芽した苗が多芽体を形成し発根しなかったり、[[プロトコーム]]が[[カルス]]化して再分化が困難になる場合がある。培養時に適切なホルモンの種類および濃度はランの種類はもちろん、個体(系統)によっても反応の違いがあるためマニュアル化が困難である。
なお、これらの場合に発芽に成功しているのは胚がほぼ完成しているが種皮が硬化していない短い期間に限定されており、交配後の日数把握がきわめて重要である。
・''';その他''':
 
 :上記の手法のうち、どれを採用すれば休眠打破できるかは種類(品種)によって異なる。いわゆる難発芽種では上記の手法を複数組み合わせなければ発芽しない。たとえばクマガイソウでは上記の手法のうち低温処理を除いた、すべての方法を併用して初めて発芽に成功している。
・'''培地組成の見直し''':
 :着生ランの無菌播種は基本的に大きな差異はなく、ごく一部の例外を除いて農業参考書に出ている基本技術を応用すれば実用レベルの生産が可能である。しかし温帯以北の地生ランはランの種類ごとに特異性があり、種類に応じた独自の培養法を開発しなければ育成は困難である。
 
 一部のランでは培地に高濃度の硝酸イオンが含まれていると発芽・生育が不良になる。一般の植物培養で代表的な培地として知られる[[ムラシゲ・スクーグ培地]](MS培地)や京都培地([[ハイポネックス培地]])には窒素源として多量の硝酸塩が含まれており、前述のような特性をもつランでは標準濃度で使用すると著しい生育阻害をおこす。地生ランの培養では一般に無機塩を標準(洋ラン用)より希釈して使用するが、さらに窒素源を[[硝酸アンモニウム]]に置き換えたり、それでも生育阻害が生じる場合には窒素源として有機窒素化合物(たとえば[[アミノ酸]])を使用するなどの試みがされている。
 
 また、発芽・生育阻害が生じる培地に[[活性炭]]の粉末を添加すると、他の配合組成が同一のままでも培養できるようになる例が経験的に知られている。生育阻害物質を活性炭が吸着するためだと推測されているが明確ではない。原理的には生育促進物質を吸着してしまう可能性もあるため、無添加培地との比較実験を必要とする。
 
・'''培地濃度の希釈''':
 
 
 地生ランは培地に含まれる無機塩や糖類の濃度が高いと発芽率が低下する場合がある。着生ラン用培地と同組成で培養可能な種類でも、濃度は2分の1から3分の1程度に希釈したほうが好適な場合がある。温帯以北の地生ランでは糖濃度も10-15g/l前後(通常の培地では30-35g/l)でもっとも発芽率が高くなる場合があるが、苗の生育に好適な糖濃度はそれより若干高いため発芽後に新しい培地に移植することが望ましい。
 
・'''植物生長ホルモンの使用''':
 
 植物の[[組織培養]]では[[植物ホルモン]]の添加が必須だが、種子培養の場合は培地中にホルモンを添加すると種子に内在するホルモンのバランスをくずし、著しい生育障害をひきおこす場合がある。そのため、無菌播種において原則的には植物生長ホルモンの培地添加は禁忌である。
 しかし例外的に、ごく微量の生長ホルモンを添加することで生育が促進される種類もある。また、前述の未熟種子の培養では培地に生長ホルモンが添加されていたほうが発芽率が向上する場合がある。そのほかシュンランなどの東洋蘭グループは発芽にはホルモンは不要だが、生長ホルモンで刺激しないと長期間(数年、あるいはそれ以上も)発葉しない。
 
 一般的には[[オーキシン]]類と[[サイトカイニン]]類を併用すると単独の場合より発芽・生育促進効果が高まるが、植物組織培養の場合と同様に、両者の濃度比が適切でないと発芽した苗が多芽体を形成し発根しなかったり、[[プロトコーム]]が[[カルス]]化して再分化が困難になる場合がある。培養時に適切なホルモンの種類および濃度はランの種類はもちろん、個体(系統)によっても反応の違いがあるためマニュアル化が困難である。
 
・'''その他''':
 
 上記の手法のうち、どれを採用すれば休眠打破できるかは種類(品種)によって異なる。いわゆる難発芽種では上記の手法を複数組み合わせなければ発芽しない。たとえばクマガイソウでは上記の手法のうち低温処理を除いた、すべての方法を併用して初めて発芽に成功している。
 
 着生ランの無菌播種は基本的に大きな差異はなく、ごく一部の例外を除いて農業参考書に出ている基本技術を応用すれば実用レベルの生産が可能である。しかし温帯以北の地生ランはランの種類ごとに特異性があり、種類に応じた独自の培養法を開発しなければ育成は困難である。
 
[[Category:農業技術|むきんはしゆ]]
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