「Wikipedia‐ノート:良質な記事」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Y tambe (会話 | 投稿記録)
160行目:
:また、今までの議論とは別の角度からお話させていただきますと、例えばある編集者によって記事に誤りが埋め込まれた場合、general references方式の記事では、参考文献で挙げられたすべてに問題の原因の嫌疑がかけられてしまいます(読者はそう判断する可能性があります)が、これは出典とさせてもらった文献の著者に対して失礼にもなります。inline citationsならば問題発生時の影響を極小化できる上に検証・修正も比較的容易です。
:'''(3)「良質な記事」について''':言うまでもなく[[Wikipedia:良質な記事]]は「Wikipedia日本語版」独自の記事の評価システムの1つに過ぎませんので、Y tambeさんの「''ウィキペディア規準がどうこうという意味を超えて''」というのは、なんといいますか、重く受け止め過ぎなのではないでしょうか…。別に「良質な記事」でなくても価値のある記事、優れた内容の記事は当然あるでしょうし、特に断らなくても「良質な記事」というのは「Wikipedia日本語版の基準における良質な記事」を意味しているということは、読者や編集者にも理解してもらえると思いますが…。--[[利用者:Penn Station|Penn Station]] 2009年10月29日 (木) 10:04 (UTC)
::えーと、また一つ言い忘れたことだけ(何度もすみません)
::とりあえず「良質な記事の選考」で「inline citation形式にすることを必須」とするんならするで、別にそれは構わないです。ただし、その際([[ノート:腸炎ビブリオ]]の最終段落でのやり取りのように)「既存のスタイルからの変更」を勝手に行われるとなると、それはそれで面倒です。とりあえず、そのようなケースでは、英語版でのWP:CITEの規定に順じて「原則的に、既存の形式を尊重する」「形式変更の際はまずノートで議論する」というのを守ることを徹底していただけますでしょうか? もちろん記事の私物化をするつもりはないけど、「良質な記事」に通すという口実で、なし崩し的にinline citation形式への統一が進められることは、あまり好まないし、何より「フェアではないやり方」ですので。
:::ここで決められる「出典の示し方」が、ウィキペディアにおいて「良質な記事」の規準になってしまうし、ほとんどの記事は「良質→秀逸に向かうことが望ましい」ということが言われている以上、それは実質的に参照形式の統一も暗示してるわけですが…その重要性はご承知ですよね? だったら、こういう場所で(一部の者だけが参加してる議論で)勝手に決めるのでなく、本来ならば[[wikipedia:出典を明記する]]などできちんと議論して統一見解を立ち上げてからにするのが、筋というものだろうと思います(し、後からごちゃごちゃと言われることもなくなると思いますが…)
::それが守られるのであれば、個人的には変に巻き込まれる虞れがなく、安心してこのプロジェクトから距離を置いていられますので(もし「守れない」、あるいは「将来、守らない参加者が出てきた」場合、それこそ「まずは英語版にでも行って、WP:CITEの文書を変更させてから」ということで、どうか一つ ^^; …まぁそれは無理でしょうから、せめて日本語版の[[wikipedia:出典を明記する]]で「inline citation方式を使わなければならない」とでも決めてからにしてください、ということです)--[[利用者:Y tambe|Y tambe]] 2009年10月29日 (木) 11:24 (UTC)
 
こんにちは。えーと。結局は「良質」の基準に拠るんじゃないでしょか。
プロジェクトページ「良質な記事」に戻る。