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'''アキア株式会社'''(アキアかぶしきがいしゃ)は、かつて[[パーソナルコンピュータ]]の製造・販売を行っていた日本の企業。本社は[[東京都]][[渋谷区]]にあった。ブランド名はアルファベットの小文字の'''akia'''。
 
[[2009年]]に液晶テレビの製造・販売企業として再創業された。現在の所在地は[[千葉県]][[長生郡]][[長柄町]]。
 
== 概要 ==
[[デル|デル・コンピュータ]]日本法人社長だった[[飯塚克美]]が[[1995年]][[9月18日]]に創業。"akia"の最初の"a"は"Asian Pasific"の"a"、"ki"は飯塚克美のイニシャル、最後の"a"は"America"の"a"を意味する。飯塚を中心として、アジアとアメリカを舞台に事業展開するという意味が込められている<ref>日本放送出版協会「パソコンライフ」1997年2月号 「情報化時代のトップランナーに聞く 第4回 業界に旋風を巻き起こす アキア株式会社」</ref>。
 
デルを参考に[[ファブレス]]で生産した製品を[[ダイレクトマーケティング]]で販売するというビジネスモデルを導入し、デザイン性に優れた[[ノートパソコン]]"Tornado"や当時珍しかった[[省スペースパソコン]]と[[液晶ディスプレイ]]を組み合わせたデスクトップ機"MicroBook"を低価格で販売し、最初の製品発売から1年間で売り上げ100億円を超す成功を収めた。
 
1997年には[[Macintosh互換機]]"MicroBook Power"を発売するが、同年の[[アップル インコーポレイテッド|アップル]]の方針転換により[[Mac OS]]の供給を絶たれたことなどにより資金繰りが悪化。[[秋葉原]]や大阪[[日本橋 (大阪府)]]に直営店を出店するなどしたものの業績は回復せず、1999年2月に[[カシオ計算機]]と共同で新会社を設立し、カシオの傘下に入った。飯塚は2001年に社長を退任。しかし、その後も業績はふるわず、2003年10月1日にはパーソナル・コンピュータの保守サービス業務を有限会社インターに引き継ぐなど、事実上事業は消滅した状態である。2007年現在当時では、アキアのウェブサイトも保守を引き継いだ有限会社インターのウェブサイトも閉鎖されてい
 
=== 再創業 ===
現在2004年に[[薄型テレビ]]メーカーの[[バイ・デザイン]]を設立し社長を務めている飯塚克美は、2006年のインタビューでアキア・ブランドの復活を考えていると語ってい<ref>[http://arena.nikkeibp.co.jp/article/news/20060404/116157/ 【インタビュー】“アキア”復活も!? 薄型大画面テレビのバイ・デザイン飯塚社長「5大陸進出を狙う!」:デジタルARENA]</ref>。
 
{{現在進行|section=1}}
[[2009年]][[10月29日]]、直販サイトにて液晶テレビの予約受付を開始した。
[[2009年]][[2月6日]]に株式会社アキアが再び設立された。[[日立製作所]]やバイ・デザインの技術者だった多治見淑高が社長を務めており<ref>[http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20091029_325152.html アキア“復活”で液晶TV発売]、[[インプレス|Impress AV Watch]]、2009年10月29日</ref>、飯塚と新生アキアの関係は明らかでない。同年[[10月29日]]、直販サイトにて液晶テレビの予約受付を開始した。PCメーカー時代と同じくファブレスと直販を基本方針としている。
 
== 脚注 ==
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* [http://www.geocities.co.jp/SiliconValley/5855/ akia-Internet竜巻倶楽部 masty版] - ファンサイト
 
{{DEFAULTSORT:あきあ}}
[[Category:かつて存在したコンピュータ企業|あきあ]]
[[Category:かつて存在した東京都の企業]]
[[Category:千葉県の企業]]