「マイケル・ジョーダン」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Ur (会話 | 投稿記録)
→‎シカゴ・ブルズ: 段落分けや加筆
61行目:
プレイオフでは、1回戦で[[シャーロット・ホーネッツ]]を3勝1敗で下し、続くカンファレンス・セミファイナルでは[[オーランド・マジック]]と対戦した。オーランドは[[シャキール・オニール]]と[[アンファニー・ハーダウェイ]]という二人の才能ある若手を擁した新進気鋭のチームだった。このシリーズ、ジョーダンは重要な場面で些細なミスを繰り返し、2勝4敗でブルズが敗退する原因の一つとなった。
=== 後期スリーピート ===
[[画像:Jordan_last_shot.jpg|thumb|300px280px|1998年の[[NBAファイナル]]第6戦、試合終了間際に決勝のシュートを放つジョーダン]]
 
1994-95シーズン終了後のオフ、ジョーダンはバスケットボールの体型を取り戻すべく、そして再び優勝を狙うことを目的として、懸命にトレーニングを行った。
82行目:
 
5戦目までで3勝2敗でシリーズの舞台をユタに戻し、臨んだ第6戦、ジョーダンは残り5.2秒で決勝シュートを決め、ブルズに6度目の優勝と2回目のスリーピートをもたらした。ジョーダンはシーズン終了後に2度目の引退を発表した。
 
=== 有名なプレイ ===
* [[1986年]]のプレイオフ、当時史上最強と言われた[[ボストン・セルティックス]]と対戦したイースタン・カンファレンス第1回戦2試合目で、プレイオフ記録となる63得点を上げた。試合後、[[ラリー・バード]]は「あれはマイケル・ジョーダンの姿をした神だ」とコメントした。試合自体はブルズの負けで、シリーズも3連敗で落とした。