「ジェームズ・ホール (古生物学者)」の版間の差分

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'''ジェームズ・ホール'''(James Hall、[[1811年]][[9月12日]] - [[1898年]][[8月7日]])は、アメリカ合衆国の地質学者、古生物学者である。[[層序学]]の権威で、アメリカの古生物学の発展に貢献した。
 
[[マサチューセッツ州]]ヒンガム(Hingham)に生まれた。創立されてまもないレンセラー工科大学でエイモス・イートン(Amos Eaton)とエベニーザー・エモンズ(Ebenezer Emmons)らのもとで学んだ。1833年に修士課程を終えて、レンセラー工科大学で化学と地質学を教えた。1836年から行われたニューヨーク州の地質学、自然史調査にエベニーザー・エモンズの助手として参加し、後に4分割された調査地域の1つの責任者となった。[[アディロンダック山地]]の鉄鉱山の調査を行い、翌年、西部地区の調査を行った。
 
調査の最後の年の1841年に、ホールは最初の州の古生物学者に任命された。1843年に報告書"Geology of New York," Part IV.を出版し、高い評価を得た。ニューヨーク州アルバニーに研究所を建て、研究と後進の指導を行った。研究所でホールの指導を受けた著名な地質学者にはFielding Meek、[[チャールズ・ウォルコット]]、Josiah Whitneyなどがいる。ジェームズ・ホール・オフィスと呼ばれる研究所は1976年に歴史的建造物に登録された。業績のひとつはSaratoga Springs近くのPetrified Sea Gardensで発見された[[ストロマトライト]]の化石が生物起源であることを示したことである。1850年にはミシガン州北部、ウィスコンシン州の調査を行ない、その他の州の調査にもかかわった。1866年にアルバニーのニューヨーク自然史博物館の館長になった。